1938年1月8日 ラーベの日記
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2013/01/09 18:43 投稿番号: [2170 / 2250]
一月八日
《 ローゼン、ヒュルター、シャルフェンベルクの三氏が、
明日イギリス大使館の二人といっしょに南京にくると福井氏が知らせてくれた。
ローゼン、ヒュルターの家はどちらも無事だ。ドイツ大使館も。
ただローゼン家からは車と自転車、それから酒が数本盗まれた。
イギリス人の家の様子はわからない。
シャルフェンベルクの家は安全区の外だったこともあって、ひどい荒らされようだった。
ヒュルターの家に泊めてもらわなければなるまい。
こまったことに、どこも電気や水がとまっている。そこで福井氏にまた手紙を書いた。
アメリカ大使館の人たちの家も同じ状態らしい。
みな、寒い寒いと言いながら、大使館の大きな暖炉にへばりついているという。
電気や水が使えるよう、日本軍に要求すればいいと思うのだが。
福井氏がいうには、日本大使館が国から新しい車を取り寄せるそうだ。
ドイツ大使館に、おそらく他の大使館にもだろうが、盗まれた車を弁償するという。
今日、中国人の間で、中国兵たちが南京を奪いかえそうとしている
という噂が、またもやひろまった。
それどころか、市内で中国兵の姿をみかけた、という話まで出ている。
まず、安全区の家々に飾られていた小さな日の丸がそっくり姿を消した。
日本の腕章も。中国人のほぼ全員がつけていたのだが。
そしてつい今し方、ミルズが教えてくれたところによると、
相当数の難民が日本大使館を襲おうと考えていたという。
このときのささやかな暴動に加わった人たちは死刑になった。
いままで安全区が平穏でいられて、本当によかった。
どうかこういう悲惨なことにならないようにと祈るばかりだ。》
*
この中国人の反乱は、便衣兵による攪乱工作であった。
それは、安全区に潜伏していた郭岐が手記に書いている。
郭岐の手記は次で。
これは メッセージ 2166 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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