入って中国人に南京事件真相議論しましょう

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

1939年8月 日本人から見た六全大会2

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2013/01/07 18:59 投稿番号: [2167 / 2250]
児島襄著   『日中戦争5』   文春文庫
219〜220p


《 大会は、予定どおりに午前十時にひらかれ、

会場から流れる中国国歌の合唱の声が、塚本少佐にも聞こえた。

「やあ、唱歌はうまくねえな……しかし、まあまあ無事でよかった」

少佐   (塚本)   は、同伴していたおなじく   『梅機関』   に配属されている

逓信省参与犬養健に、安堵した表情で語りかけた。

すると、間もなく、 「特工総部」   幹部の李士群が、

会議の議題を印刷した文書を、持参した。



国民党の総裁制を中央執行委員制にして汪兆銘を委員長にすること、

政府の組織と対日外交にかんする全権を汪兆銘に一任すること、

反共と日中国交調整を国民党の政策にすること……。

だが、黙読する塚本少佐は、重要政策の中に

「東三省回復」   がふくまれているのに気づき、顔色を変えた。



東三省すなわち満州であり、満州国承認は汪兆銘派との接触の当初から

日本側が主張し、汪兆銘側も承知してきた重要事である。

それなのに、新政府の政策としてその満州の失地回復をかかげるのは、なぜか。

日本の傀儡でない点を強調するためのジェスチュアか……汪兆銘の本心なのか

……それともやはり蒋介石と連携している事情を告白したものか……。

塚本少佐は   『梅機関』   に報告したが、逓信省参与犬養健によれば、

じつは、機関でも気づいていた。



前夜、中央宣伝部長周仏海が出席者名簿をとどけたが、

その中に   「東三省代表」   がふくまれていたのである。

この表現は、議決された   「東三省回復」   政策と同意義であり、満州国否認に通ずる。

影佐少将と犬養健は、塚本少佐と同様の感想をさそわれたが、

訂正させるのはかえって汪兆銘側を刺戟   (しげき)   しかねない、

新政府樹立のための具体的交渉の場で討議したほうがよい、と判決した

と、犬養健は記述している。



大会は午後四時三十分に終了した。

しかし、一般には三十日までの続行が発表され、参会者は

「特工総部」   と憲兵隊の隠密な警護をうけて、帰途についた。》



*   日本人は相手の裏切りを知っていても、相手を思いやって、厳しく追及しない。

   極悪視されている、特務機関ですら、今の平和主義者と似た行動をとっている。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)