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1937年12月 幕府山捕虜逃がし失敗射殺2

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/11/08 18:41 投稿番号: [2036 / 2250]
両角業作   手記
続き

《 もどったら、田山大隊長より

「何らの混乱もなく予定の如く俘虜の集結を終わった」   の報告を受けた。

火事で半数以上が減っていたので大助かり。

日は沈んで暗くなった。俘虜は今ごろ長江の北岸に送られ、

解放の喜びにひたり得ているだろう、と宿舎の机に向かって考えておった。



ところが、十二時ごろになって、にわかに同方面に銃声が起こった。

さては・・・と思った。銃声はなかなか鳴りやまない。

そのいきさつは次の通りである。



軽舟艇に二、三百人の俘虜を乗せて、長江の中流まで行ったところ、

前岸に警備しておった支那兵が、日本軍の渡河攻撃とばかりに発砲したので、

舟の舵を預かる支那の土民、キモをつぶして江上を右往左往、

次第に押し流されるという状況。



ところが、北岸に集結していた俘虜は、この銃声を、

日本軍が自分たちを江上に引き出して銃殺する銃声であると即断し、

静寂は破れて、たちまち混乱の巷となったのだ。



二千人ほどのものが一時に猛り立ち、

死にもの狂いで逃げまどうので如何ともしがたく、

我が軍もやむなく銃火をもってこれが制止につとめても暗夜のこととて、

大部分は陸地方面に逃亡、一部は揚子江に飛び込み、

我が銃火により倒れたる者は、翌朝私も見たのだが、僅少の数に止まっていた。



すべて、これで終わりである。

あっけないといえばあっけないが、これが真実である。

表面に出たことは宣伝、誇張が多過ぎる。

処置後、ありのままを山田少将に報告をしたところ、

少将もようやく安堵の胸をなでおろされ、さも 「我が意を得たり」 の顔をしていた。



解放した兵は再び銃をとるかもしれない。

しかし、昔の勇者には立ちかえることはできないであろう。


自分の本心は、如何ようにあったにせよ、

俘虜としてその人の自由を奪い、少数といえども射殺したことは

<逃亡する者は射殺してもいいとは国際法で認めてあるが> ・・・

なんといっても後味の悪いことで、南京虐殺事件と聞くだけで身の毛もよだつ気がする。

当時、亡くなった俘虜諸士の冥福を祈る。》


つづく
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