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1939年6月10日 汪精衛 日本で会談1

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/11/08 18:47 投稿番号: [2037 / 2250]
塚本誠著   『ある情報将校の記録』
278p


《 東京に着いた汪精衛   (兆銘)   氏は六月十日、平沼首相と会談したのを手初めに、

板垣陸相、米内海相、有田外相、石渡蔵相、近衛枢密院議長らとも会談した。

陸相は首相の委任を受けて、再度にわたり新政権の細部について討議した。

平沼首相の日中道義提携論と近衛枢密院議長の激励は、

汪氏にはとくに感銘深かった模様である。



東京会談における汪氏の主張は、新中央政権を傀儡政権にしないことに必死だった。

そのためには、中華民国の法統を中断しないという基本的観点に立ち、

現在重慶にいる国民政府が改組されて和平政府となり、それが南京に

帰って来るという指導理念で新中央政権を発足させるということを主張した。

したがって新政府といってもその名称は国民政府、

国旗は青天白日旗、指導理念は三民主義というのである。》




晴気慶胤著   『上海テロ工作76号』   毎日新聞社
121〜122p


《 平沼首相と汪の会談は、極めてスムーズに行われた。

汪兆銘はまず和平運動の新しい方針を述べて、

「日本政府が同意するならば、同志を集めて中央政府をつくり、

世論を動かして重慶政府を和平に転向させたい」

と決意を述べた。



平沼首相は、

「日華間の戦争は、お互いに協力して早く片づけたい。

日本政府は近衛声明の精神を堅持して新中央政府の樹立に同意する。

また、協力と援助を惜しまない」

と答えたが、その結果、汪兆銘は

日本政府が彼の運動方針を完全に承認したものと過信してしまった。



汪兆銘はついで、外務、海軍、大蔵の各大臣にも同様な意見を述べたのに対し、

各大臣はいずれも中央政府の新樹立に協力すると確言した。

また、板垣征四郎陸相との会見では、さらに具体的な協議が行われて

日本政府の意向がますますはっきりとしたように思われたので、

新政府をつくろうとする汪兆銘の決心は、ここでいよいよ不動のものとなった。》



つづく
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