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1939年4月18日 影佐大佐汪兆銘と会う

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/10/06 15:08 投稿番号: [1948 / 2250]
児島襄著   『日中戦争5』   文春文庫
203


《 日本側に救援が要請され、影佐大佐の出動になったのである。

大佐は、陸相板垣征四郎中将の指示をうけたが、

〝救出〟後の汪兆銘の厚遇を確保するため、

海軍、外務省、興亜院、民間の代表の派遣と五相会議の諒解を得た。


同行した逓信省参与犬養健は、代議士でもあるので民間代表となり、

海軍は須賀彦次郎大佐を指名し、外務省は清水董三書記官、

興亜院は外務省から出向の書記官矢野征記を派遣した。



大佐と犬養健は、四月十六日にハイフォン港に到着し、

飛行機で先行した矢野書記官とおちあい、十八日、汪兆銘に会った。

「今後、如何なるところに赴いて、

如何なる方針の下に信念の遂行を期せられんとするのか」

影佐大佐が質問すると、汪兆銘は、上海にむかいたい、と応えた。


香港も考えたが、英国の監視が厳重で活動に不便であり、

広東は、「安全なるも、日本軍の占領下にあり、

恰(あたか) も日本の強制……又は日本の傀儡となって運動をおこなうが如き

印象を一般に与うべく、かくては運動は成功をみる由もない」



塚本誠著   『ある情報将校の記録』
268〜269p


《 影佐さんは出発に当たって本工作は陸、海、外、興亜院、

なし得るなら民間の者をも加えて各方面一体となっての工作でなければならぬと考え、

米内海相には海軍からも代表を出すことを要請したが、

海相は今回のハノイ行には影佐が海軍代表であると答え、

汪氏宛その旨を書いた親書を影佐さんに携行させた。

海相は後日、須賀彦次郎大佐を海軍代表に指名した。



影佐さんのハノイ行には、外務省興亜院兼任の矢野征記書記官と

外務省の清水董三書記官、それに民間代表という意味での

衆議院議員犬養健の三人および軍医その他が同行した。

糖業聯合会書記の身分証明書を持って仏印に上陸した影佐さんは、

矢野、清水、犬養三氏を同伴して四月十五日   (? 『日中戦争』   では18日)、

ハノイに汪精衛氏を訪問した。


会見の結果、汪氏が上海を拠点として工作を展開する意図であることがわかったので、

汪一行の上海上陸に対する日本側の協力について東京に打電して来た。》
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