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1939年 汪兆銘の救出に動く

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/09/27 19:03 投稿番号: [1927 / 2250]
児島襄著   『日中戦争5』   文春文庫
203p


《「刺客」   の襲撃が   「ふんぎり」   をつける契機になったのかもしれない。

日本側に救援が要請され、影佐大佐の出動になったのである。

大佐は、陸相板垣征四郎中将の指示をうけたが、〝救出〟 後の汪兆銘の厚遇を

確保するため、海軍、外務省、興亜院、民間の代表の派遣と五相会議の諒解を得た。

同行した逓信省参与犬養健は、代議士でもあるので民間代表となり、

海軍は須賀彦次郎大佐を指名し、外務省は清水董三書記官、

興亜院は外務省から出向の書記官矢野征記を派遣した。》



塚本誠著   『ある情報将校の記録』   中公文庫
268p


《 三月には側近的同志曾仲鳴は汪氏の隣室で

重慶特務工作員の兇手に仆   (たお)   れるのである。

そこで、板垣陸相は影佐大佐に汪精衛   (兆銘)   氏を安全な地帯へ

救出させる任務を与え、ハノイに派遣したが、

救出場所などについては汪氏の安全と運動の利便とを考え、

汪氏の意思を尊重して行動するよう伝えたことは、いうまでもない。



影佐さんは出発に当たって本工作は陸、海、外、興亜院、なし得るなら

民間の者をも加えて各方面一体となっての工作でなければならぬと考え、

米内海相には海軍からも代表を出すことを要請したが、

海相は今回のハノイ行には影佐が海軍代表であると答え、

汪氏宛その旨を書いた親書を影佐さんに携行させた。

海相は後日、須賀彦次郎大佐を海軍代表に指名した。



影佐さんのハノイ行には、外務省興亜院兼任の矢野征記書記官と

外務省の清水董三書記官、それに民間代表という意味での衆議院議員

犬養健の三人および軍医その他が同行した。》
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