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1939年3月21日 秘書 曾仲鳴暗殺される

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/09/25 18:44 投稿番号: [1921 / 2250]
児島襄著   『日中戦争4』   文春文庫
202〜203p


《 (汪兆銘) の縁者谷正鼎がハノイを訪ねて重慶への復帰をすすめると、

汪兆銘は夫妻でフランス外遊を希望するといい、

谷は三月中旬に再訪して必要な旅券や旅費を提供しているのである。

そして、谷正鼎は三月二十日に重慶に帰着したが、

その翌日、三月二十一日夜、ハノイ市の汪兆銘の寓居に   「暴漢四人」   が

忍びこみ、拳銃を乱射して秘書曾仲鳴を殺した。



重慶では、犯行は   「愛国僑民」   の仕業だと報道されたが、

以上のように複雑な動きをしていた汪兆銘にとっては、

あるいはこの   「刺客」   の襲撃が

「ふんぎり」   をつける契機になったのかもしれない。



晴気慶胤著   『上海テロ工作76号』   毎日新聞社
84p


《 重慶政府は汪兆銘の説に耳を藉   (か)   さないばかりか、

汪兆銘に共鳴した官氏を叛徒として弾圧し、

さらに汪の売国行為を封ずべくその暗殺を図った。

藍衣社員十数人は、仏印警察の厳戒の隙をねらって三月十一 (?21) 日、

ハノイの汪の寓居に乱入した。



汪は危うく助かったが、曾仲鳴は虐殺された。

汪を暗殺することに失敗した藍衣社は切歯して、

あくまで彼を仕とめようと大がかりな暗殺計画をすすめた。

かくして汪兆銘のハノイ滞在は危殆に瀕するに至った。》



塚本誠著   『ある情報将校の記録』   中公文庫
267〜268p


《 汪精衛声明は重慶政府の反省を切に望んだが、

重慶政府は特務工作員をハノイに派遣して汪精衛氏の身辺を脅威し、

仏印当局も江の工作を妨害するなど、危険が迫り、その活動はまったく不能に陥った。

現に三月には側近的同志曾仲鳴は

汪氏の隣室で重慶特務工作員の兇手に仆れるのである。》
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