入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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1939年 影佐課長に会う晴気氏

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/09/06 18:43 投稿番号: [1878 / 2250]
晴気慶胤著   『上海テロ工作76号』   毎日新聞社
58〜60p


《 私は久かたぶりにながめる皇居の美に、しばしうっとりとしていた。

土肥原中将の電話命令によって、呉佩孚工作の続行を請願し、

また丁黙邨らの和平運動に対して、どんな   「日本の回答」   を与えてよいか、

中央の意向を聞きに空路上海から東京に飛んできたのである。



うす汚い木造二階建ての陸軍省が、参謀本部の裏手にゴミゴミと建っていた。

「やあ来たのか。久しぶりだったね。さあ、はいりたまえ」

「軍務課長」   としるされた部屋の入り口でばったり出会った

影佐禎昭   (かげささだあき)   大佐は、いつものように気さくにこういいながら

私に微笑みかけ、そして自ら先に立って、私を軍務課長室に導いた。



影佐大佐は、私が最も尊敬し、また恩義にもなった中国関係の先輩だった。

思慮の浅い私が今日までを大過なく過ごせたのは、

いつに影佐大佐の温かいいつくしみと、行きとどいた訓陶のおかげによるものだった。



「その後どうだい。随分苦労したなあ。だが、よい修業になったね」

他人行儀な挨拶がきらいな影佐大佐は、いきなり呉佩孚工作を談じて、

その失敗があたかも自分の責任であるかのように悲しみ、そして同情してくれた。

「それを報告したいと思って上京したのですが……」

「いや、もうすっかりわかっているよ。

一昨日上京した北支軍の参謀からくわしく聞いたが、厄介なことになってしまったね」



「土肥原機関がまずかったのです。ご心配かけてすみませんでした。

しかし、土肥原閣下はまだいろいろと努力をしておられます。

もうしばらくの間、このままつづけさせて下さいませんか」

私の女々しい繰り言を気の毒そうに聞いていた影佐大佐は、しんみりと声を落として、



「それはちょっとむずかしいね。

実は今しがたの会議で呉佩孚工作はやめると、決めたばかりなのだ。

土肥原さんにはお気の毒だが……」

「そうですか。でも、そこを何とかして下さい。お願いします」

意気ごんだ私は、いつの間にか立ち上がってとりすがったが、

軍務課長は慰めるように力なくつぶやいた。



「もうおそいよ、君。それに駄目なものにはあんまりこだわってはいけない。

だが、そんなに心配しなくてよいだろう。

工作が失敗したのは、あんな無理な計画を押しつけた中央部に責任があるのだから」

私は嘆息した。やっぱり、そうだったのか。

北支軍の参謀に一歩先んじられたのだ。万事休す。



一年の努力が水泡に帰した土肥原中将の痛々しい姿が目にしみる。

上海に帰って何といって土肥原中将に報告したらよいだろう。

こうなった上はいさざよく責任を負うよりほかはない。

自責の念に耐えられなくなった私は、もはや言うべき言葉もなく、

ただ歯を食いしばって、打ちひしがれたようにうなだれてしまった。



「それよりも君。丁黙邨とは何者だい。それを早く聞かせろよ」》


つづく
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