1939年 丁黙邨らとの会談2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/08/31 18:46 投稿番号: [1866 / 2250]
晴気慶胤著
『上海テロ工作76号』
毎日新聞社
47〜49p
「丁さん、国民党の和平運動を起こすとして、
上海にはいったいどれくらいの敵がいますか」。
丁黙邨は話題が運動の細部の点にだんだん触れてきたので、ひどく嬉しそうだった。
わが意を得たとばかりニコニコした彼は、
書類がギッシリつまった鞄から一枚の大きな図表をとり出した。
それは 「上海抗戦団体一覧表」 と題した大きな図表であった。
「これは李君が調査したものですが、これでご説明しましょう。
まず抗日勢力の骨幹ですが、それは国民党の党組織です。
上海における党組織の正統な元締めは、上海特別市党部です。
その下に十個の正党部と、各学校労働組合、文化団体などの中の特別党部があり、
これを市党部が統轄して党の基本的活動を規制し、
軍統局の指導下に抗日政治活動を展開しています。
抗日運動の別動隊としては、青年抗日会、婦女抗日会、抗日鋤好団と
共産系の抗日救国会、人民戦線などの多数の民間団体がありまして、
それぞれの部門で抗日活動を行っています。
上海周辺の遊撃隊を指揮する統制機関としては江南遊撃隊総司令部があり、
各地の遊撃隊と連絡して情報の交換、兵器弾薬の補給などに任じています。
特工組織の主なものは藍衣社、C・C団、三民主義青年団などで、
いずれも地下工作に狂奔しています。
各団体の組織、責任者、勢力、資金関係はここにくわしく書いてあります。
これらの団体は重慶軍が奥地に引き下がって、上海が孤立状態になったころから、
その活動がだんだん弱化しましたが、昨年 (昭和十三年) の夏に
軍統局が特工を指導するようになってから、勢力を盛り返しました。
軍統局では第一処と第二処が、市党部と藍衣社の組織を中心として最も活躍しています。
とくに第一処長の戴笠は、上海を重視して工作責任者をそれぞれ独立して
三人も派遣し、互いに功を競わせています。
軍統局の情報網は、ご覧の通りフランス租界を中心に南京、杭州にまでのびて、
維新政府の内部、上海特別市政府、工部局、鉄道、埠頭、電話局、市場、
歓楽場、主要デパートなどに手広く張りめぐらされて、
日華要人の行動、市民の動静を偵知して情勢の推移をいながらに把握しています。
藍衣社の幹部は日本軍憲兵の追跡を逃れるためにホテル、アパートなどを
転々として居所を絶えず変えていますが、情報中枢は第三国系大銀行の楼上とか、
某国領事館の地下室などの安全な場所に常設しています。
この表はご参考までに差し上げましょう」
それは私がこれまで見聞した日本側の調査とは、
とうてい比較にならぬほど素晴らしく精細を極めたものだった。
私は貧弱な日本軍の資料を思って心中ひそかに恥じた。
そうして憲兵隊の林少佐にこれを寄贈したならば、
どんなに喜び感謝されるだろうかと思いながら、
いつまでもひきつけられるようにこの図表に見入っていた。》
つづく
47〜49p
「丁さん、国民党の和平運動を起こすとして、
上海にはいったいどれくらいの敵がいますか」。
丁黙邨は話題が運動の細部の点にだんだん触れてきたので、ひどく嬉しそうだった。
わが意を得たとばかりニコニコした彼は、
書類がギッシリつまった鞄から一枚の大きな図表をとり出した。
それは 「上海抗戦団体一覧表」 と題した大きな図表であった。
「これは李君が調査したものですが、これでご説明しましょう。
まず抗日勢力の骨幹ですが、それは国民党の党組織です。
上海における党組織の正統な元締めは、上海特別市党部です。
その下に十個の正党部と、各学校労働組合、文化団体などの中の特別党部があり、
これを市党部が統轄して党の基本的活動を規制し、
軍統局の指導下に抗日政治活動を展開しています。
抗日運動の別動隊としては、青年抗日会、婦女抗日会、抗日鋤好団と
共産系の抗日救国会、人民戦線などの多数の民間団体がありまして、
それぞれの部門で抗日活動を行っています。
上海周辺の遊撃隊を指揮する統制機関としては江南遊撃隊総司令部があり、
各地の遊撃隊と連絡して情報の交換、兵器弾薬の補給などに任じています。
特工組織の主なものは藍衣社、C・C団、三民主義青年団などで、
いずれも地下工作に狂奔しています。
各団体の組織、責任者、勢力、資金関係はここにくわしく書いてあります。
これらの団体は重慶軍が奥地に引き下がって、上海が孤立状態になったころから、
その活動がだんだん弱化しましたが、昨年 (昭和十三年) の夏に
軍統局が特工を指導するようになってから、勢力を盛り返しました。
軍統局では第一処と第二処が、市党部と藍衣社の組織を中心として最も活躍しています。
とくに第一処長の戴笠は、上海を重視して工作責任者をそれぞれ独立して
三人も派遣し、互いに功を競わせています。
軍統局の情報網は、ご覧の通りフランス租界を中心に南京、杭州にまでのびて、
維新政府の内部、上海特別市政府、工部局、鉄道、埠頭、電話局、市場、
歓楽場、主要デパートなどに手広く張りめぐらされて、
日華要人の行動、市民の動静を偵知して情勢の推移をいながらに把握しています。
藍衣社の幹部は日本軍憲兵の追跡を逃れるためにホテル、アパートなどを
転々として居所を絶えず変えていますが、情報中枢は第三国系大銀行の楼上とか、
某国領事館の地下室などの安全な場所に常設しています。
この表はご参考までに差し上げましょう」
それは私がこれまで見聞した日本側の調査とは、
とうてい比較にならぬほど素晴らしく精細を極めたものだった。
私は貧弱な日本軍の資料を思って心中ひそかに恥じた。
そうして憲兵隊の林少佐にこれを寄贈したならば、
どんなに喜び感謝されるだろうかと思いながら、
いつまでもひきつけられるようにこの図表に見入っていた。》
つづく
これは メッセージ 1864 (kir**gotowa**me さん)への返信です.