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1939年 土肥原機関を訪れた二人の素性

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/08/21 18:49 投稿番号: [1846 / 2250]
晴気慶胤著   『上海テロ工作76号』   毎日新聞社
26〜28p


《 清水書記官は二人の素性の説明にとりかかった。

それによると、丁黙邨はC・C団系の人物で、

もと中国政府の軍統局の最高幹部として文化工作を受け持っていた。

しかし抗日戦争に反対したため職を追われて昭和十三年の夏、香港に亡命した。

その後、同志李士群に招かれて最近上海に来たものだった。



李士群はウラジオストクの東方大学で地下工作を学んだ元の共産党員だが、

その後国民党に転向し、C・C団を経て同じく軍統局に入り、党の地下工作を受け持った。

彼もまた抗日戦争の前途に失望して、重慶から上海に逃れ、

ささやかな汽船会社を経営して身をひそめながら、

時局の推移を見守ってきたのだった。

このかつての特務工作の同志が、結びついて重光堂訪問となったのである。



全世界に比類のない強力な地下秘密組織だと自らを誇る軍統局の主な仕事は、

反蒋和平運動を弾圧して抗日戦を推進し、

かつ日本の政治工作を破壊して占領地の建設を妨害することだった。

資金は阿片の秘密収入から豊富に支出されたらしく、

丁黙邨は資金が不足で工作に困難を感じたことはなかったといったほどであった。



また彼の説明によると、藍衣社とC・C団の特務工作隊の指揮中枢をあわせて

つくりあげた軍統局の本部には、

軍事機関   (新聞、学校、労働組合、文化団体など)   の工作を

担任する   「処」   があって、局長兼第二処長は陳立夫、

第一処長は戴笠、 第三処長は丁黙邨   という顔ぶれだったこともあった。

また日本の政治工作をテロで妨害する特務工作は、

主として戴笠の受け持ちとされていた。



軍統局の工作は責任者に目的だけを示して、

各処ごとに各地の藍衣社、C・C団の組織を使って行うが、

全国に張りめぐらされた強力な情報網は、中国官民のすべての動向を監視し、

いやしくも和平を口にするものは、ことごとく地下工作によって抹殺されているという。



特務工作員の生活は、後顧の憂いがないように、ゆたかに保障されたが、

祖国愛を強調し規律を厳守することがきびしく要求され、

とくに秘密をもらしたものは容赦なく残酷に私刑された。

このような組織と人材をもった軍統局は、権力と資金にものをいわせて、

抗戦中国の地下を完全に支配したが、

日本の政治工作に対しても活発、執拗に妨害を試み、

その勇敢な直接行動をもって日本軍を悩ましつづけたのである。



土肥原中将は清水書記官の中国語まじりの長々とした説明にも飽きず、

熱心に聞きいっていたが、

ひとり丁黙邨だけは清水書記官の長話にいらいらして、

説明が終わるのを待ちかねているようだった。

清水書記官の話がすむや、彼は跳びかかるように土肥原中将にいった。》


つづく
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