1937年 第十軍と南京の動き
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/08/05 15:39 投稿番号: [1812 / 2250]
戦史叢書
『支那事変
陸軍作戦1』
425p
第十軍
《 国崎支隊は、郎渓で水上機動の準備を行い、六日、同地を出発、
第十軍司令官は、杭州方面の敵にたいし、軍の左側背を掩護するため、
石湾鎮に歩兵半大隊、湖州に歩兵一大隊、下泗安に歩兵一中隊、
広徳に歩兵一中隊、ネイ国に歩兵半大隊を配備していたが、
六日、第一・第二後備歩兵団が湖州付近に到着したので、
右の警備をこれら兵団に移譲し、師団残置部隊を原所属に復帰させた。》
南京のようす
児島襄著
『日中戦争4』
183〜184p
《 南京市内は日本機の空襲による火煙でおおわれ、
外周防備にあたっていた第八十三軍、第七十一軍、第二軍団の敗兵が
続々と市内に逃げこんできた。
首都衛戍司令官唐生智は、市内の外国人に退去を勧告するとともに、
夕刻、城門の閉鎖を命じた。》
*
「南京市内が日本機の空襲で火煙でおおわれ」
と言いつつ、
「外周防備にあたっていた兵が続々と市内に逃げこんできた」
と
言うのは不自然ではないのか?
爆撃されている市内に、逃げこんだら、余計危ないだろう。
爆撃されている場所は、飛行場のような、特定の場所に限られ、
市民の居住区は比較的安全だったから、兵が逃げこんで来たのではないのか?
これは メッセージ 1803 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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