入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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1937年 中国 清野 (焦土) 作戦の始まり

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/08/01 18:28 投稿番号: [1803 / 2250]
鈴木明著   『「南京大虐殺」   のまぼろし』   173p


《 日本軍が句容を占領したのが合図となったように、

中国軍部隊による南京郊外の   「焼き払いの乱行」   がはじまった。

湯山   −   ここは中国のウェスト・ポイントの所在地で、

各種兵学校及び蒋将軍の臨時最高司令部があったが   −

から田園地帯を十五マイル横切って、南京に至るあらゆる建物に火が放たれた。



村落はすべて焼かれた。ついで南門周辺や下関の諸設備にも火は放たれ、

この財産破損額は、内輪に見積っても二千万〜三千万ドルにものぼり、

これは南京攻撃に先立って、

数カ月にわたって日本空軍が南京空爆によって与えた損害を上廻るものだった。

そして、日本の南京占領後、日本軍によって引き起された損害額に、

ほぼ等しいであろう。



中国軍指導部は、この焼却作戦を軍事上の要請と説明した。

日本軍に利用されそうなものは、樹木、竹やぶに至るまで一掃された。

中立国の連中は、これを


① 〝中国流〟 の大きなジェスチュア、

②   怒りとフラストレーションのあらわれ、

③   どうせ日本軍にやられるなら……


という気持、などと見ている。だが、中立国軍事監視団は、この焼き払いは、

実際上は軍事目的に殆ど役に立たなかったと見る点で一致している。》



東中野修道著   『南京大虐殺の徹底検証』   45p


〈 一九三七年   (昭和十二年)   十二月七日南京発の

  『ニューヨーク・タイムズ』   のテイルマン・ダーディン記者の特電。


《 湯山と南京の間、公路沿いに

だいたい一マイルおきに堡塁   (ほうるい)   が設けられている。

首都に近づくと、中国軍に放たれた火が激しく燃え盛っていた。

敵軍が遮蔽物に使いうる農村の建物を清除しているのである。

ある谷では一村が丸々焼けていた。(略)



湯山地区では少年雑役兵が数多くいた。

少年たちは年齢十歳から十二歳、軍服姿の正規兵で、

伝令、運搬、炊事といった仕事をしている。

ときには最前線で戦争をゲームのように楽しんでいるように見える。》



少年兵が軍服を着用している限り、それは戦時国際法違反ではなかった。

ただ、少年兵までが動員されたということは、

南京の若者はほとんど動員されたことを意味する。

ダーディン記者の回想によるまでもなく、蒋介石は

「戦えるものは誰でも駆り集め」   て、南京の防衛にあたったことになる。〉
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