1937年 中国 遷都と南京守城を決める
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/06/30 14:30 投稿番号: [1739 / 2250]
鈴木明著
『 新 「南京大虐殺」 のまぼろし 』
218〜219p
《 徐永昌の日記 11月15日
「11時、蒋介石が会議を招集、私が先着し、何応欽、唐生智、白崇禧、
○○ (判読出来ず。以下同じ)、 劉斐が続いて到着。
この会議で、敵と交戦しながら、首都機能を長江上流に移転されることが決定した。
私は、作戦を中断することは出来ないが、
急に臨んで、あわてふためくのは不可であると述べた。
会議後、何応欽は、銃弾を運ぶだけでも、準備が十日は必要だ。
何故 (蒋介石は) このことをもっと早くいってくれないか、
と不満げな口ぶりだった。
16日
十時、何応欽宅にて、各軍事機関の移転を決定。
何応欽は細かく説明していたが、一向に要領を得ず。
十二時帰宅、四時半 (上海方面の) 兵力配置を調整した。
広東軍と貴州軍を左翼 (南京から見て左、つまり揚子江の側) に、
広西軍、湖南軍を右翼 (太湖の南) に投入、
左翼から中央軍を五、六軍団引揚げさせ、南京防衛に当られる方針。
六時から会議は再開。南京守城を決議。
唐生智が司令長官となり、三カ月ないし一年を守衛出来るだろう、と皆に期待される。
続いて汪精衛が政府機関を動かす方法について報告。
最後に蒋介石は〝抗戦既に三カ月経って、わが軍の死傷者は三十万人に達した〟と報告。
次いで、日本はドイツ、イタリアの国際勢力を背景とし
(イタリアは、この日記の書かれた約十日前、十一月八日に 「日独防共協定」
に加わって、日独への好意を示していた)、
わが国の方は、イギリス、アメリカ、フランス、ソ連の応援があるが
(十一月から、日本に対して非難決議を行うと期待されていた 「九カ国会議」 が、
十一月二二日からベルギーのブリュッセルで開かれており、
十五日は、まだその会議が進行している最中だった)、
まだ対立点も残されており、予断は出来ない。
そのためには、ねばり強い抗戦を続けなければならず
(首都を重慶に移して ― 日本は、重慶まで攻めてくることは出来ない)、
日本も戦いを止めるわけにはゆかず、これによって、国際情勢の変化も考えられる。
抗戦を続けるに当って一番大切なことは、
持久戦に耐えられる民族精神を持つことである、という。 》
* この中で、蒋介石は 「日本はドイツ、イタリアの国際勢力を背景とし」
と言っているが、この言い方はおかしい。
ドイツ軍事顧問が、現に、中国軍を指揮し助けているではないか。
恩知らずにもほどがある。
ドイツは九カ国条約会議に参加しなかっただけで、
イタリアは日本糾弾宣言案に反対しただけだ。
ドイツが不参加なのは当然である。
この戦争は中国がしかけた事を、内部から知っているのだから。
日本が侵略しているとは、口が裂けても言えないし、
と言って、中国が悪いとも、立場上いえない。
日独伊防共協定が敵とするのは共産主義であって中国ではない。
つづく
《 徐永昌の日記 11月15日
「11時、蒋介石が会議を招集、私が先着し、何応欽、唐生智、白崇禧、
○○ (判読出来ず。以下同じ)、 劉斐が続いて到着。
この会議で、敵と交戦しながら、首都機能を長江上流に移転されることが決定した。
私は、作戦を中断することは出来ないが、
急に臨んで、あわてふためくのは不可であると述べた。
会議後、何応欽は、銃弾を運ぶだけでも、準備が十日は必要だ。
何故 (蒋介石は) このことをもっと早くいってくれないか、
と不満げな口ぶりだった。
16日
十時、何応欽宅にて、各軍事機関の移転を決定。
何応欽は細かく説明していたが、一向に要領を得ず。
十二時帰宅、四時半 (上海方面の) 兵力配置を調整した。
広東軍と貴州軍を左翼 (南京から見て左、つまり揚子江の側) に、
広西軍、湖南軍を右翼 (太湖の南) に投入、
左翼から中央軍を五、六軍団引揚げさせ、南京防衛に当られる方針。
六時から会議は再開。南京守城を決議。
唐生智が司令長官となり、三カ月ないし一年を守衛出来るだろう、と皆に期待される。
続いて汪精衛が政府機関を動かす方法について報告。
最後に蒋介石は〝抗戦既に三カ月経って、わが軍の死傷者は三十万人に達した〟と報告。
次いで、日本はドイツ、イタリアの国際勢力を背景とし
(イタリアは、この日記の書かれた約十日前、十一月八日に 「日独防共協定」
に加わって、日独への好意を示していた)、
わが国の方は、イギリス、アメリカ、フランス、ソ連の応援があるが
(十一月から、日本に対して非難決議を行うと期待されていた 「九カ国会議」 が、
十一月二二日からベルギーのブリュッセルで開かれており、
十五日は、まだその会議が進行している最中だった)、
まだ対立点も残されており、予断は出来ない。
そのためには、ねばり強い抗戦を続けなければならず
(首都を重慶に移して ― 日本は、重慶まで攻めてくることは出来ない)、
日本も戦いを止めるわけにはゆかず、これによって、国際情勢の変化も考えられる。
抗戦を続けるに当って一番大切なことは、
持久戦に耐えられる民族精神を持つことである、という。 》
* この中で、蒋介石は 「日本はドイツ、イタリアの国際勢力を背景とし」
と言っているが、この言い方はおかしい。
ドイツ軍事顧問が、現に、中国軍を指揮し助けているではないか。
恩知らずにもほどがある。
ドイツは九カ国条約会議に参加しなかっただけで、
イタリアは日本糾弾宣言案に反対しただけだ。
ドイツが不参加なのは当然である。
この戦争は中国がしかけた事を、内部から知っているのだから。
日本が侵略しているとは、口が裂けても言えないし、
と言って、中国が悪いとも、立場上いえない。
日独伊防共協定が敵とするのは共産主義であって中国ではない。
つづく
これは メッセージ 1737 (kir**gotowa**me さん)への返信です.