1938年9月1日 松本・梅思平会談
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/06/30 14:52 投稿番号: [1740 / 2250]
松本重治著
『上海時代・下』
中公新書
310〜311p
《 翌々日の第四回は、また別の小さな中国人のホテルで開かれた。
調度品その他が、だんだんわるくなってきた。
私が、「梅君、会議の場所が、だんだん格下げになってきたようだが、
話は、お互いに格下げはできんよ。
今日は、例の排日・抗日の宣伝や教育について、君の意見を聴きたい」
と問題を出すと、
梅君は、「抗日の宣伝や教育の問題は、あまり重要ではないだろう。
もともと、日本の帝国主義が中国の民族主義を武力や恐喝でいじめるものだから、
自然にそうなるんだ。国民政府や党部の取締りなんか、いくらやったってだめだろう。
松本君、そう思わないかね」
という。
私が
「そのとおりだ。本を匡せば、末はちゃんとよくなる。
中共や救国会がいくら効果的に宣伝をやったとしても、
火元が消えれば、自然、焔も消える。
撤兵をやれば、万事解決だ」
との持論を話すと、
「松本君、そのとおりだ。
しかし、近衛総理が解っても、日本には統帥権とかいうものがあって、
政府とは別行動をとってきたように思うが、撤兵は大丈夫かね?」
と、念を押す。
「梅君、君も相当な日本通になったね」
と、私が少しからかうと、梅君も大笑いする。
私がつづけて、
「だから、こんどの和平交渉は、私らは、統帥部の幕僚幹部と話を進めているのだ、
外務省には、話はしていないのだ」
というと、
「イヤ、それで、よく解った。中国の排日教育と日本の統帥権とね」
と、梅君もうなずく。
私は、 「排日教育の行き過ぎと統帥権の濫用とだよ。
とにかく、日本は、中国観を百八十度転回して、新たにしなければならん。
そうすれば、中国の日本観だって、また百八十度変ることになる」
というと、
梅君は、 「そのとおりだ」
といわんばかりに、大いにうなずいたのであった。》
*
梅思平が
「反日教育は、日本の武力や恐喝の結果だ」
と言い、
松本氏は、これに納得し
「中共や救国会がいくら効果的に宣伝をやったとしても、
火元が消えれば、自然、焔も消える。」
と能天気な事を言っている。
しかし、これが間違いのもとである。
日本が武力で威嚇する前に、中国人のテロや暴行、略奪があっている。
日本が抗議しても、蛙の面に小便の態度、だから、武力威嚇となる。
これは日清戦争より前からで、日清関係では台湾征伐までさかのぼれる。
「火元が消えれば、自然、焔も消える。」
と思うのは日本人の感覚。
現に日本軍が撤兵して67年近くなるが、未だに反日教育は消えてない。
火が消えたら、向こうは、火をつけるのだ。
つづく
これは メッセージ 1738 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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