1938年8月31日 松本・梅思平会談
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/06/29 18:42 投稿番号: [1738 / 2250]
松本重治著
『上海時代・下』
中公新書
309〜310p
《 翌日の第三回目の会談は、梅君の提案で、第三の場所を、
小さな中国人経営のホテルに定めた。梅君から、
「撤兵問題を君は話したが、撤兵に要する期間の問題とか、
例外的に駐兵する区域の問題とかは、君はどう考えるか?」
と、まず質問があった。
私は、待ってたとばかりに、
「撤兵には少なくも一カ年半か二年はかかるよ。あまりに早急に撤兵すれば、
撤兵区域を、中央軍と、八路軍や新四軍とが奪い合うに定っている。
治安がわるくなれば、君たちの心配している民生のための問題も懸念される。
それに、華北の一部と蒙疆にも、一部の駐兵が必要だろう。
もちろん駐兵は防共の名義だが、名義だけではなく、
実際上、防共のための必要から、そういう区域に、
一定期間、駐兵するという日本側の主張は、ぜひ考慮してもらいたい」
と主張した。
梅君は、
「撤兵は原則だということは解るが、例外が多すぎては、原則も変になってしまう。
しかし、君がいう防共のための小さな特定区域の駐兵と、
しかも、一定期間と限るというなら、呑んでよい。
しかし、ちらほら聞いたことだが、日本側は、上海を中心とする長江下流の
『三角地帯』
とかの駐兵を要求しているそうだ。僕は絶対反対だよ」
と、きっぱりいう。
私が、 「『三角地帯』
の駐兵は、海軍が主張しているように聞いているが、
盧溝橋事件以前の原状回復という限度なら、文句はないだろう」
と、
少し譲歩しながら、切り返すと、梅君は、
「そこまで君が譲歩するなら、 『三角地帯』
の問題は、解消したとみてよいね」
とだめを押す。
私は、東京で影佐大佐との話合いで、
陸軍としては、そこまで譲ってもいいとのことを想い出していたので、
「海軍は、まだぶつぶついうかも知れぬが、大局が走れば、これは、折れるだろう。
それで、 『三角地帯』
論議は、ここではもうやめよう」
と答えた。
梅君も私も、少し疲れてきたので、午後六時ごろ、打ち切った。
周隆序君は、徹頭徹尾、忠実、かつ正確に、通訳してくれた。》
つづく
これは メッセージ 1736 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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