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1937年 体験談3 七百名の敵を捕らえる2

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/06/26 18:40 投稿番号: [1731 / 2250]
黄浦江付近まで−歩兵第四十七連隊   (大分)   第三大隊第十二中隊座談会より
A軍曹


松江を朝の七時頃出発しました。

横光分隊が路上斥候となり、部隊の一五〇メートル前方を前進、

その後に車両部隊が続行、その車両の間に二個分隊を適当の間隔に配置して、

一個分隊が後方警戒に当たりました。



道の曲がり角のところで、向こうから十名ばかり白旗をかかげてくるのに出逢いました。

斥候よりの報告がないので、小隊長殿が駆けつけて見られますと、

どうやら降伏してきたらしいのです。

都合のいいことには小隊の坂部上等兵が少し支那語が話せるので、

訊ねさせてみますと、向こうの部落に同僚が七百名ばかりいて、

みんな降伏したいと言っているとのことです。



七百名 − 一寸   (ちょっと)   想像のつかない話です。

それに自分達は一個小隊   (約七十名)、車両部隊なんて戦闘力は無いも同じです。

敵に抗戦の意志があるとすれば、これは大変なことです。

それでこちらは慎重にかまえ、二個分隊で武装解除に当たり、

他は全部戦闘隊形をとらせられました。



二十三連隊の大隊砲も通り合わせましたので、これにも陣地進入をしてもらい、

降伏兵がくるのを待ちました。

そうして待っている間に、崑山から帰りの軍参謀や軍属の方もこられて、

やがて、向こうから長蛇の列をなして、こちらにくる支那軍を迎えました。



皆逞   (たくま)   しい顔つきをしている、

無表情な彼らの神経に隠されているのが何だろうかと一寸たじろぎもしましたが、

虎穴に入らずんば虎児を得ず、と武装解除をさせ、軍属にたのみ前進しました。

そのときびっくりしたのは彼らの持っていた書類の中に、

出征当時の六師団の中隊長以上の名が全部載っていたことです。



∪曹長

あれは実際特ダネだった。

くるもきたり七百名の降伏兵を見たとき、私はもう、戦争はじき済むと思いました。

奴らも今頃は皇軍の協力者として、新支那へ力強い生命を吹き込んでいることでしょう。》



*   この人達は、捕まえた捕虜が

   「今頃は皇軍の協力者として、新支那へ力強い生命を吹き込んでいることでしょう。」

   と言っています。

   後世の人の言う大虐殺など、この人たちにとっては想像もつかない話でしょう。
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