1938年8月28日 日本軍初めて特殊煙使用
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/06/26 18:51 投稿番号: [1732 / 2250]
日本軍は漢口攻略戦に於いて特殊煙を使用しました。
児島襄著
『日中戦争5』
文春文庫
33p
《 八月二十八日、第二軍方面では、第十師団第三十九連隊が六安を攻略した。
第三十九連隊にとっては、徐州戦いらいの戦闘であったが、
第一大隊が午後五時十二分に南門から突入し、次いで第三大隊が西門を占領した。
中国軍守備隊は、大部分が西門から退却ずみであったが、なお少数の残兵が
門内の民家を拠点にして抵抗した。
第三大隊は、 「特殊煙
(毒ガス)
ヲ使用シテ撃滅」
した。
第三十九連隊の損害は戦死四人、負傷三十人であった。
第十一軍第百六師団の戦場でも、翌日、八月二十九日、凱歌があがった。》
*
ここで、毒ガスとありますが、日本軍が使ったものは、催涙ガスとか
クシャミ剤で、イペリットガスのようなものではありません。
*
捕捉、昭和14
(1939)
年になって初めて、
黄剤
(イペリットなどのビラン性ガス)
の使用が検討されます。
《 大陸指第四五二号
指示
大陸命第二百四十一号に基き左の如く指示す
一
北支那方面軍司令官は
現占拠地域内の作戦に方
(あた)
り
黄剤等の特種資材を使用し其作戦上の価値を研究すへし
二、右研究は左の範囲に於て実施するものとす
イ
事実の秘匿に関しては万般の処置を講す
特に第三国人に対する被害を絶無ならしむると共に
彼等に秘匿することに関し遺憾なからしむ
ロ
支那軍隊以外の一般支那人に対する被害は極力少なからしむ
ハ
実施は山西省内の僻地
(へきち)
に於て秘匿の為に便利なる
局地に限定し試験研究の目的を達する最小限とす
ニ
雨下は之を行はす
昭和十四年五月十三日
参謀総長
載仁親王
北支那方面軍司令官
杉山元殿
(『毒ガス戦関係資料Ⅱ』P258)》
*
ここでは外国人はもちろん、一般支那人にも被害を極力少なくしろと言っています。
無差別使用の指令ではありません。
これは メッセージ 1706 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022058/ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfbfaj5doc0a47a4dea47a4ga4a6_1/1732.html