1938年8月28日 松本氏神尾氏と情報交換
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/06/25 19:00 投稿番号: [1730 / 2250]
松本重治著
『上海時代・下』
中公新書
305〜306p
《 二十八日は日曜。また松代君に電話をかけ、
雨が上ったら神尾氏とゴルフでもやり、
神尾氏と久しぶりに晩餐をいっしょにしたいと申し入れた。
神尾氏はOK、 「正金」
支店長の有吉さんが、余分のゴルフ・セットをもってくるから、
九竜のコースで午後一時からゴルフができる由、十時ごろ晴天となったので、
午後、神尾・有吉組と松本・松代組と一ラウンドをやった。
勝敗は憶えていなかったが、神尾氏の日記によると、
私らのほうが勝った由
(同上、七二ページ参照)。
晩めしは、神尾氏と二人だけでゆっくり話し合った。
神尾氏は、宇垣 − 孔祥熙、張群を背景とする
張季鸞 − 緒方を背景とする
神尾の二つのチャンネルが出来つつあると確認してくれた。
そして、緒方氏は近衛・宇垣両氏と連絡を保っていることも私には判った。
それだけ打ち明けてくれたので、私も、高宗武の東京行きのこと、
高君が多田・杉山・岩永三氏らに会ったことを、あらかた話をした。
神尾氏から、
張季鸞が、日本が相手とすべきは、絶対に蒋介石であると主張していること、
神尾氏と喬輔三との接触は喬君の家庭ぐるみの交際なので、
旅に出ている自分(神尾)は温かい歓待を嬉しく思っていることなどを聞いた。
私は、喬輔三はよい人物だが、大任を果せる力量は疑わしく、
おそらく、孔のメッセンジャーだけだろうということ、
中村総領事はまじめな能吏ではあるが、外交官の通弊で、
中国との接触を独占的に考える傾向があるだろうこと、
喬輔三相手なら、機略のある外交交渉はおぼつかないのではないか、
ということなどを、神尾さんに率直に話した。
神尾さんは、「松本君のいうことは、いろいろ思い当ることがある」
といっていた。
話し合った結果、お互いに秘密を守りながらできるだけ協力しようと約束し合った
(神尾氏同上、七二−七三ページ参照)。
神尾氏との会談には、二人で、緒方・岩永の両先輩の
日中関係への関心のあることなども出て、非常に愉(たの) しかった。》
これは メッセージ 1728 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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