1937年 体験談2 唐子浜で捕らえた姑娘2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/06/24 15:24 投稿番号: [1727 / 2250]
東中野修道
編著
『1937南京攻略戦の真実』
小学館文庫
191〜192p
《 いろいろ調べられるけれども臭いところは無いらしい。
ちょうど中隊に通訳がいなくて、何かと不自由していたこととて、
通訳代わりに使うことにしましたが、
炊事をさせると日本人の味の好みを心得て、乙なところを見せる。
所帯馴れしているから、兵隊にほどよく愛矯をふりまく。
姉さん、おっかさん、婆さん、好みの愛称をつけて、皆で大切にしたものです。
ときには宵待草や荒城の月を聞かせてくれました。
毎日の行軍も宿営も楽しみでした。
和気藹々
(わきあいあい)
として夕方の団欒
(だんらん)
の
紅一点、和やかなものです。
しかし相手は柳腰
(りゅうよう)
の支那女性、南京へ南京への猛迫撃に、
我々に伍
(ご)
して行ける筈がない。
中隊長殿が見かねて上海の方へ帰されたが、
その日の行軍のけだるいこと、道の遠いこと、足の重いこと、
皆、考えこんでしまっていました。
昨日までは中隊の先頭に婀娜
(なまめかしい)
しい奴が、
颯爽
(さっそう)
と秋風に吹かれながら、中支の荒野を馳けっていた。
「おいきついなあ」 「うん」
返事も上っすべり。誰かが思い出し風に、
「変なこと言いっこなしよ、皆兄弟じゃないか」
と彼女の口真似をすれば、とたんに爆笑が湧くが、
またもとのむっちりした重苦しい空気に帰る。
それに耐えかねた兵が
「宵待草のやるせなさ」、彼女の得意な歌だ。
翌日からはまたもとの何もなかったようになって、
一路南京へと、ほとんど小走りで行きました。
陣中の紅一点、あの日のあのときのことどもが未だに思い出に残っています。》
つづく
これは メッセージ 1725 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022058/ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfbfaj5doc0a47a4dea47a4ga4a6_1/1727.html