入って中国人に南京事件真相議論しましょう

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

1938年8月 松本重治氏、高宗武を見舞う

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/06/23 15:26 投稿番号: [1726 / 2250]
松本重治著   『上海時代・下』   中公新書
304p


《 八月十日ごろであったか、突然、高君から電話があった。

「楊樹浦の病院から電話しているのだが、一度会いたい」   との話で、

すぐ飛んで行って、高君を見舞った。



様子を聞くと、上海に帰ってから喀血したらしい。

もう二週間も絶対安静をしてきたが、まだ数日は安静にしていなければならないという。

いっしょに病院食を食べながら、高君をできるだけ元気づけるように努めた。

二、三日経って、また病院に行くと、だいぶんよくなったので、

一両日中に香港へ船で行くという話だ。



話をしているうちに、

六月、香港で、彼が蒋・汪両者の間に、如何に行動すべきかについて

苦心しているといったが、いまだに同じ問題に煩悶しているのだと判断できた。

それに関連して、日本への信頼の問題もあったようだ。

別れる前に、高君から、私に八月下旬にぜひ香港に来てくれとの頼みがあった。》



塚本誠著   『ある情報将校の記録』   中公文庫
266p

《 高宗武の離日後この動きが進展をみせないので、

高宗武の計画は蹉跌したのではないか、と影佐さんは心を痛めていた。

しかし、後になってわかったのだが

高は香港に帰ってから病気で動けなかったのである。》



*   塚本氏は   「高は香港に帰ってから病気で動けなかった」   と

   言っているが、これは彼の勘違いで、

   「高は上海に帰ってから病気で動けなかった」   と言うのが正しい。

   楊樹浦は上海でしかも日本の管轄区域だから。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)