盧溝橋事件1 日本軍 銃撃さる
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/02/27 18:44 投稿番号: [1485 / 2250]
これは、寺平忠輔著
『悲劇の日本
盧溝橋事件』
より一部を要約したものです。
詳細は、
「484 清水中隊の演習準備 と 堤防上の中国兵」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=552022058&tid=ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfb faj5doc0a47a4dea47a4ga4a6&sid=552022058&mid=484
から
「581 盧溝橋事件73 内地師団の動員は保留」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=552022058&tid=ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfb faj5doc0a47a4dea47a4ga4a6&sid=552022058&mid=581
までに、書いていますので、必要な方はそちらを参照してください。
1937年7月7日、日本軍は盧溝橋の原で、鉄帽もかぶらず空砲を使って演習していました。
この時、永定河の堤防の上から中国29軍の兵士が見物していました。
ところが、夕方になっても帰りません。
「まさか、あいつら俺たちを監視してるのか」 と言いながら演習を続けていました。
夜10時半ごろ、清水中隊長は 「今夜の演習終了」 を伝令に伝達に行かせました。
本当は一声怒鳴れば聞こえるのですが、夜間の隠密作戦の訓練なので、そうしているのです。
そうした所、仮設敵陣地の機関銃が突然、うなり出しました。
伝令を敵襲と勘違いしたようです。
ところがその時、突然、堤防の方から実弾が飛んできました。
危険なので、中隊長は集合喇叭をふかせます。
そうすると、竜王廟と鉄橋の中間で懐中電灯の合図があり、途端に、
トーチカのすぐ南側、堤防上から十数発の実弾が飛んできました。
「伏せっ!」、 「小隊長は直ちに人員点検!」、
殆どの小隊に異状はありませんでしたが、第一小隊だけは報告がありませんでした。
伝令に行った新兵がまだ戻ってなかったのです。
まさか、今の弾で殺されたのでは。
清水中隊長は、岩谷曹長を騎馬で豊台 (大隊の基地) へ連絡にやりました。
ところが、その後で、行方不明の新兵が戻ってきました。
豊台で岩谷曹長の報告をうけた一木大隊長は、北京の旅団副官松山少佐に
電話しますが、少佐は河辺旅団長に随行して出張で留守でした。
そこで、こんどは牟田口連隊長に電話します。
こちらは出張から帰ってきたばかりでした。一木大隊長は、顛末を説明し
「部隊を率いて盧溝橋に行き中国側と談判したい」 と申し出、
牟田口連隊長が 「よろしい」 と答えたので一木大隊長は、岩谷曹長に
「絶対に応戦するなと、中隊長に伝えて置け」 と伝令に戻し、
出動の準備を始めました。
つづく
詳細は、
「484 清水中隊の演習準備 と 堤防上の中国兵」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=552022058&tid=ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfb faj5doc0a47a4dea47a4ga4a6&sid=552022058&mid=484
から
「581 盧溝橋事件73 内地師団の動員は保留」
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=552022058&tid=ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfb faj5doc0a47a4dea47a4ga4a6&sid=552022058&mid=581
までに、書いていますので、必要な方はそちらを参照してください。
1937年7月7日、日本軍は盧溝橋の原で、鉄帽もかぶらず空砲を使って演習していました。
この時、永定河の堤防の上から中国29軍の兵士が見物していました。
ところが、夕方になっても帰りません。
「まさか、あいつら俺たちを監視してるのか」 と言いながら演習を続けていました。
夜10時半ごろ、清水中隊長は 「今夜の演習終了」 を伝令に伝達に行かせました。
本当は一声怒鳴れば聞こえるのですが、夜間の隠密作戦の訓練なので、そうしているのです。
そうした所、仮設敵陣地の機関銃が突然、うなり出しました。
伝令を敵襲と勘違いしたようです。
ところがその時、突然、堤防の方から実弾が飛んできました。
危険なので、中隊長は集合喇叭をふかせます。
そうすると、竜王廟と鉄橋の中間で懐中電灯の合図があり、途端に、
トーチカのすぐ南側、堤防上から十数発の実弾が飛んできました。
「伏せっ!」、 「小隊長は直ちに人員点検!」、
殆どの小隊に異状はありませんでしたが、第一小隊だけは報告がありませんでした。
伝令に行った新兵がまだ戻ってなかったのです。
まさか、今の弾で殺されたのでは。
清水中隊長は、岩谷曹長を騎馬で豊台 (大隊の基地) へ連絡にやりました。
ところが、その後で、行方不明の新兵が戻ってきました。
豊台で岩谷曹長の報告をうけた一木大隊長は、北京の旅団副官松山少佐に
電話しますが、少佐は河辺旅団長に随行して出張で留守でした。
そこで、こんどは牟田口連隊長に電話します。
こちらは出張から帰ってきたばかりでした。一木大隊長は、顛末を説明し
「部隊を率いて盧溝橋に行き中国側と談判したい」 と申し出、
牟田口連隊長が 「よろしい」 と答えたので一木大隊長は、岩谷曹長に
「絶対に応戦するなと、中隊長に伝えて置け」 と伝令に戻し、
出動の準備を始めました。
つづく
これは メッセージ 1483 (kir**gotowa**me さん)への返信です.