捕鯨とクジラ保護

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白人は人間自体を8つに分けた

投稿者: kkkvzmoon1492 投稿日時: 2009/08/21 03:48 投稿番号: [58561 / 63339]
だから独立宣言の「human」とは、白人だけを指すのですね。黒人を人間と見なさなかったのではなく、別の種類の人間として差別していたんですね

http://en.wikipedia.org/wiki/Louis_Agassiz



Racial classification scheme and racism
Further information: Scientific racism
After Agassiz came to the United States he became a prolific writer in what has been later termed the genre of scientific racism. Agassiz was specifically a believer and advocate in polygenism, that races came from separate origins (specifically separate creations), were endowed with unequal attributes, and could be classified into specific climatic zones, in the same way he felt other animals and plants could be classified.[4]

These included Western American Temperate (the indigenous peoples west of the Rockies); Eastern American Temperate (east of the Rockies); Tropical Asiatic (south of the Himalayas); Temperate Asiatic (east of the Urals and north of the Himalayas); South American Temperate (South America); New Holland (Australia); Arctic (Alaska and Arctic Canada); Cape of Good Hope (South Africa); and American Tropical (Central America and the West Indies).

Agassiz denied that species originated in single pairs, whether at a single location or at many. He argued instead that multiple individuals in each species were created at the same time and then distributed throughout the continents where God meant for them to dwell. His lectures on polygenism were popular among the slaveholders in the South; for many this opinion legitimized the belief in a lower standard of the Negro.[5] Interestingly, his stance in this case was considered to be quite radical in its time, because it went against the more orthodox and standard reading of the Bible in his time which implied all human stock descended from a single couple (Adam and Eve), and in his defense Agassiz often used what now sounds like a very "modern" argument about the need for independence between science and religion; though Agassiz, unlike many polygeneticists, maintained his religious beliefs and was not anti-Biblical in general.[6]

Stephen Jay Gould has argued that Agassiz's theories sprang from an initial revulsion in his encounters with African-Americans upon moving to the United States.[7] Agassiz's racism was by no means unique for his time or context, though his reading of it into a formalized and scientific context gave it a sense of legitimacy, and allowed it to be easily exported to other contexts.

In the context of ethnology and anthropology of the mid-19th century, Agassiz's polygenetic views became explicitly seen as opposing Darwin's views on race, which sought to show the common origin of all human races and the superficiality of racial differences. Darwin's second book on evolution, The Descent of Man, features extensive argumentation addressing the single origin of the races, at times explicitly opposing Agassiz's theories.[8]

Agassiz's racial theories have, in the late twentieth and early twenty-first centuries, become seen as tarnishing to his scientific record, occasionally prompting the renaming of landmarks, schoolhouses, and other institutions which bear the name of Agassiz (many of which abound in Massachusetts). Opinions on these events are often torn, given his extensive scientific legacy in other areas.[9] On September 9, 2007 the Swiss Federal Council (Government) acknowledged the "racist thinking" of Agassiz but declined to rename the Agassizhorn summit.[10]

Re: 何も知らない△違い極痴kkkvzmoon1492

投稿者: kkkvzmoon1492 投稿日時: 2009/08/21 03:33 投稿番号: [58560 / 63339]
劣った人として差別していたのであり、生物学的に人間ととらえていなかったとは証明できないでしょうね



http://wikipanda.jp/j/78/c6/2a/02f7f4c820c9a465951eac1adfa85af0.htm

ネグロイド差別の起源中世イスラムの歴史家や地理家が描く黒人は非常に偏見に満ちたものである。

11世紀の歴史家バクリーは「スーダン人たちは人間よりも動物に近く、彼らはもっぱら物欲に興味を持ち、しばしば食人を行い、ほとんど羞恥心を持たない」と記している。

12世紀の地理学者イドリースィーは「スーダン人たちは最も堕落した人々であるが、子供を生む能力は最もすぐれている人々である。彼らの生活はまるで動物のようで、彼らは物と女以外の欲求以外になんの関心もしめさない」と記している。

14世紀の旅行家イブン・バットゥータは「彼らの教養の無さや白人に対する無礼な態度をみて、つくづくこんなところまで来てしまったことを後悔した」と記している。

中世イスラムの最も偉大な歴史家イブン・ハルドゥーンは「黒人の大半は洞穴や密林に住み、草を食い、野蛮のままで社会的集団生活をせず、たがいに殺して食べる。黒人は一般に軽率で興奮しやすく、非常に情緒的な性格で、メロディを聞けばいつでも踊りたがり、また、黒人はどこにおいても愚か者とされている」と記している。

中世イスラム世界で描かれているネグロイドの姿は今日の英米にある偏見と似通っている。これらイスラムの学者の著作は早くから翻訳され、ヨーロッパに伝えられたことから、近代以降のヨーロッパ社会に形成されるネグロイドに対する歪んだ認識のひとつのルーツとして考えられる。[3]

Re: 日本を外から見たお話

投稿者: bonbi_himanasi 投稿日時: 2009/08/21 03:30 投稿番号: [58559 / 63339]
簡単にだまされてはダメですよ。

「フランス国営放送情報番組」を偽装した謀略ビデオがYouTubeに
http://www.news.janjan.jp/media/0908/0908199003/1.php

Re: 何も知らない△違い極痴kkkvzmoon1492

投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/08/21 03:20 投稿番号: [58558 / 63339]
この通り、全く字が読めない△違い極痴である。

奴隷文化では奴隷は人間として看做されていない、人間以外の動物なのだ。

http://drhnakai.hp.infoseek.co.jp/sub1-16-3.html
  当時のヨーロッパ社会に、奴隷貿易を人類の罪と見なす神は存在しなかった。啓蒙主義者モンテスキューは、『法の精神』で、「黒人が人間だと考えることは不可能である。彼らを人間であると考えれば、我々がキリスト教徒でないことを認めざるをえなくなる。」としている。
・・・
[アメリカの奴隷制度]
  1776年に公布されたアメリカ独立宣言には、「すべての人間は生まれながらにして平等であり、創造主によって一定の奪いがたい権利を与えられ、そのなかには生命、自由、および幸福の追求が含まれていることを、われわれは自明の真理であると信じる。」と謳われている。ここで言う「すべての人間」には、決して黒人やインディアンは含まれていない。

Re: 何も知らない△違い極痴kkkvzmoon1492

投稿者: kkkvzmoon1492 投稿日時: 2009/08/21 03:16 投稿番号: [58557 / 63339]
当時の人間が黒人を別の生物に分類していた証拠にはならないね。それは差別の証拠でしかないからね

何も知らない△違い極痴kkkvzmoon1492

投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/08/21 03:14 投稿番号: [58556 / 63339]
>劣った人間と思われていたんだよね。同じ人間なのに優劣を付けようとする思想だったんだよね

アメリカの独立宣言を読めんのだろうな、極痴は?
[アメリカの奴隷制度]
  1776年に公布されたアメリカ独立宣言には、「すべての人間は生まれながらにして平等であり、創造主によって一定の奪いがたい権利を与えられ、そのなかには生命、自由、および幸福の追求が含まれていることを、われわれは自明の真理であると信じる。」と謳われている。ここで言う「すべての人間」には、決して黒人やインディアンは含まれていない。これが、「自明の真理」である。

Re: 人格障害の極痴餓鬼kkkvzmoon1492

投稿者: kkkvzmoon1492 投稿日時: 2009/08/21 03:11 投稿番号: [58555 / 63339]
>人格障害を判断できる苦死羅身餓鬼は一匹もいない。


こう書いている人が他人からどう思われるかですね

Re: 人格障害の極痴餓鬼kkkvzmoon1492

投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/08/21 03:10 投稿番号: [58554 / 63339]
人格障害の意味が分からない極痴餓鬼よ
人格障害を判断できる苦死羅身餓鬼は一匹もいない。

黒人は人間だとは思われていましたね

投稿者: kkkvzmoon1492 投稿日時: 2009/08/21 03:08 投稿番号: [58553 / 63339]
劣った人間と思われていたんだよね。同じ人間なのに優劣を付けようとする思想だったんだよね

Re: 人格障害の極痴餓鬼kkkvzmoon1492

投稿者: kkkvzmoon1492 投稿日時: 2009/08/21 03:05 投稿番号: [58552 / 63339]
人格障害が誰かなのは読んだ人が判断すればいいですね。

人格障害の極痴餓鬼kkkvzmoon1492

投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/08/21 03:03 投稿番号: [58551 / 63339]
△違い極痴kkkvzmoon1492>この人は鯨(ユダヤ人)を人間だと勘違いしているようですね。

かつて、アメリカ市民は奴隷のことを、ナチスはユダヤ人のことをそう言ったものだ、人格障害餓鬼よ。
「どうして君は、そんな残酷なことができたんだね」
「だってユダヤ人じゃないか」

幼児以上の知能(感性)を持つ存在を殺せというのだから正常ではない。
これは大量殺人とそれほど違わない。
宅間も宮崎も酒鬼薔薇も可哀想という感情が無かったから実行できたのである。
クジラ殺しの餓鬼は同じ様に可哀想という感覚すらない。
こういう連中が南京大虐殺やホロコーストを実行したのだ。
この芽を摘んでおくことが大切である。

http://www.san-to.co.jp/spl2.html
数百万のユダヤ人を「市の工場」で「ベルトコンベヤー式」に虐殺したナチスドイツ。
その下手人の一人アイヒマンなら、さぞかし悪魔のような殺人鬼にちがいない、とだれもが思っていたが、裁判を通じて浮かび上がってきたのは、まったく凡庸な普通の人間、組織の歯車として働く単なる小役人にすぎなかった。
ナチスの悪が凡庸だというのではなく、凡庸な人間が職務に勤勉で義務に忠実であることによって、巨大な悪の加担者になってしまうということの恐ろしさを、アーレントは指摘したのだ。
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一つ分かったこと

投稿者: kkkvzmoon1492 投稿日時: 2009/08/21 02:51 投稿番号: [58550 / 63339]
この人は鯨を人間だと勘違いしているようですね。

どうして捕鯨してはいけないか

投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/08/21 02:51 投稿番号: [58549 / 63339]
①ヒトを食べてもいいと思いますか?
(思う→G、思わない→②)
②ヒト以外なら人類より高知能の動物でも食べていいと思いますか?
(思う→K、思わない→③)
③チンパンジーを食べていいと思いますか?
(思う→④、思わない→⑤)
④チンパンジーの知能は3歳頃まではヒトよりも高いことを知ってますか?
(知っている→⑤、知らなかった→I)
⑤イルカの知能がチンパンジーのそれに匹敵することを知ってますか?
(知っている→⑥、知らなかった→I)
⑥イルカとクジラは大きさだけで区別されてることを知ってますか?
(知っている→⑦、知らなかった→I)
⑦3歳の幼児には自己認識や悲しみの感情があると思いますか?
(思う→⑧、思わない→D)
⑧銛を打たれた3歳の幼児並の知能を持つクジラとそれを見守る家族を想像してみて下さい。
それでも食べますか?(食べます→K、食べません→N)


<診断結果>
G.君は人格異常です。幼児期に必要な絶対的な愛情が欠落して共感が得られないのです。
   幸せな人生を送れないばかりか周囲を傷つけることになります。
   精神科医の下で幼児期に必要だったな情緒(愛情)形成訓練をやり直すことが必要です。
I.君は現代の正しい一般知識や社会人としての教養をほとんど身に付けていません。
   誰からも信頼されてる先生に指導を仰いで勉強して下さい。
D.君は痴呆です。すべて後見人に相談して行動して下さい。
K.君は「当面の仲間、ファミリー以外はどうでもいい」という自己本位の畜生です。
   一刻も早く改心して他者の為に生きることです。それで心の安寧を得るができます。

N.現代人として正しい判断力と良識を持っています。

食物連鎖の頂点にあるクジラ

投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/08/21 02:35 投稿番号: [58548 / 63339]
人の命を助ける目的であっても殺生を正当化できないのは言うまでもない。
生きるより大切なことがある。
人を殺してまで、又人を食ってまで人は生きる価値は無い。

「人はパンを食う為に生きるにあらず」
この言葉も消化できなかった餓鬼のままのバカが増えているらしい。

11944   マッドオノk_ono_1=lkarl_2008>命より大切なものがあるらしい

人は他の動物や人に食われる為に生まれてきた訳ではない。
そんな事を許せばモワイ人のように滅びるのである。
自然界で食物連鎖の頂点にあるクジラもそうだ。
ヒトの何十倍も歴史が長く、最も荘厳な動物で地球自然が造った究極の傑作である。
宇宙的視野で見れば、過去に何度も絶滅した人類、
今又百年以内で自滅する恐れのある現世人類など足元にも及ばない存在である。

広義では、自然の調和を壊すのが”悪”である。
食物連鎖の頂点にある動物は、既にそれ自体で平衡状態にある。
つまり、自然死と出生数が一致しているのだから、捕殺されればその分が減少する。
クジラ食いは、ヒトを狩って食うエイリアンのようなものだと想像すればいいのである。
日本人が美味いからと、毎年その1%を食われたら50年で消滅する。
どこかのバカは100年間は大丈夫ならそれで十分だと言ってるらしい。
つまり自分が生きている間よければいいのだと、まるで家を作るような感覚である。
クジラの自然増加率は寿命(脳の大きさと相関がある)から凡そ推定できる。
ヒトよりも更に悪い(マッコウクジラは深海の王者ダイオウイカの天敵)。

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鯨曰く”食えるものなら食ってごらん”

かつてヒトは座礁クジラの死肉を漁った。
これはヒトが偶然出遭ったトラに食われるような事故に過ぎない。決して自然ではないのである。
つまり、ヒトはトラの餌ではない。老いて素早い動物が獲れなくなったり、
一度ヒトを食って味をしめたトラは人食いトラになる。そのトラは殺されるまで続ける。
これと同じような振る舞いをバカな餓鬼が行っているようにも見える。
実際今では、座礁クジラは危険なので食ってはいけないことになっている。
一時絶滅したと言われたマッコウクジラはその独占的食性から爆発的に回復したようだが
この生物濃縮は最悪であって、”食えるものなら食ってごらん”とクジラ食いの餓鬼を
嘲笑、挑発してるようだ。
実際、ウマの肉もクジラの肉も区別がつかないゲテモノ食いの餓鬼同士のやることだ。
マッコウクジラの肉が少々混じっていても分かりはしない。

7078   鯨肉愛の恐れを知らないバカts657738>なぜ、「汚染の恐れがある」のに食うのかと言うと「食えるから」だろうね。


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高知能と知りながらクジラ食いをできる者は餓鬼である。
高知能と理解できないのはボケ、痴呆である。
この連中は人食いはおろか人殺しも平気で行うことができる。
自然の調和に反した集団は遅かれ早かれ滅びるのだが、日本人には前科がある。
かつて、一億層玉砕と”何でもアリ”の戦争を行った。
この流儀で相手国が対応したら日本人を根絶やしになってたことだろう。
ところが、盗人猛々しく、東京裁判は不当だったとか、憲法は押し付けだとか
50年も経って文句を言うから餓鬼というのは何をかいわんやだ。
鬼畜と言って殺そうと図った者たちに命を救って貰ったことを感謝しないのだから。
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餓鬼は人肉も食う存在だ。正常な人間はどんな状況でも食べない

神(自然)はクジラをヒトの為に与えたと考えられるかどうかということだ。

Re: もし君の良心と法が食い違ったら

投稿者: kkkvzmoon1492 投稿日時: 2009/08/21 02:33 投稿番号: [58547 / 63339]
>実定法が無くても倫理は自然法として機能している。


では世界中で野生動物・家畜である哺乳類が殺されて食べられているから自然法は捕鯨を認めているね

もし君の良心と法が食い違ったら

投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/08/21 02:32 投稿番号: [58546 / 63339]
これは餓鬼にとっては雲の上の話↓に過ぎないことが分かるだろう。

>>彼らは家族を決して見捨てません。
9004愛なき家庭に育った餓鬼sendagaya_mitsuo>つまり、バカってことじゃないの?

例えば、タマちゃんを救う会の代表が「(法を破っても)タマちゃんを救うこともあり得る」と、
言ったのを「何を信じてもいいが、遵法精神が欠けてるから駄目」と批判するのは誤りである。
何を信じるも既知害、人格障害者の自由ではない。法より良心(自然法)に従うのが正しいことだ。
問題は彼らの”気が違ってる”ことにある。
既知害は単純な論理回路も壊れていて、バランス感覚を失っている状態である。
それが可逆的なものならショック療法で治癒する場合もある。
如何に「電波攻撃」も「惑星衝突」も有り得ないことかを単純な論理構成で説明することである。
それでも駄目なら、いつ何をするか分からないので常時監視するしかない。




例えば、原発の隠蔽や食肉偽装を公にした内部告発がそうである。
こういう当たり前のことすら理解できない者が多いのは、社会全体に倫理観が欠如してる証なのである。
戦争犯罪は上官の命令に従うことで起こることが少なくない。
企業犯罪も上司の命令と業界の慣行に従っただけのことに過ぎない。
公務員の内部告発も法律では機密の漏洩に抵触する。





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最近、燃え盛る家に残った子供を助ける為に飛び込んだ若者が捕まった。
危険だから入るなという制止を振り切ったとすれば公務執行妨害となる。



倫理違反に罰則規定を法文化したものが法律に過ぎないのである。
罰則規定のない法などは無意味な子供騙しである(通過させることが目的)。
実定法が無くても倫理は自然法として機能している。
東京裁判で使われた「人道に対する罪」は事後法ではなく自然法である。

Re: ユダヤ人殺しとは違うだろう

投稿者: kkkvzmoon1492 投稿日時: 2009/08/21 02:29 投稿番号: [58545 / 63339]
他の動物の狩猟と捕鯨は同じだけどね。鯨は人間じゃないよね


捕鯨問題Wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8D%95%E9%AF%A8%E5%95%8F%E9%A1%8C#.E3.82.AF.E3.82.B8.E3.83.A9.E7.9F.A5. E7.9A.84.E7.94.9F.E7.89.A9.E8.AB.96

クジラ知的生物論 [編集]
捕鯨反対派のなかには、クジラの巨大な脳容積や、音波によって同族間の緊密なコミュニケーションをとっているらしいこと、ヒトと同様の哺乳類である事を挙げて、「知能が高い動物を食べるのは残酷である」と食のタブーとする意見がある。そもそもなぜ知能が低いと食べて良いのか、知能が高いと食べてはいけないかについては、決して科学的根拠が語られることがないのがこの論の常である。

それに対して当然出てくる反証は数多い。一つは「脳容積と知能レベルは必ずしも一致しない(後期のネアンデルタール人は、現生人類よりも脳容積が大きかった可能性が高い)」「脳の大部分の機能は身体機能の維持に使われる。脳重量と総体重の比でいえば、イヌやネコにも劣る」「クジラが駄目でブタが良いというのは、単なる感情的差別である」など、「クジラの知能が特別に高いわけではない」と言う立場であり、また、脳や神経の細胞分布などから、知能はイヌ程度だと推定されるとする分析結果もある。基本的に人間を含む動物にとって「知能が優れている」という事は「身体機能のある部分の機能が突出」している以上の意味はなく、クジラの巨大な脳は複雑な海中の環境に適応したもので、豚や犬、人間と比較するものでもない(それぞれの動物は枝分かれした進化の突端に過ぎない、参考「系統樹」)。科学的には、知能という定義不明瞭な生物の一能力をもって鯨の保護価値を論じることに意味がないことはほぼ決着がついている。

また知能の高低と殺してよいもの、そうでないものを結びつけることに合理的な理由はないうえに、その論法を用いれば知能が低い人間は殺害してもよいという考えに結びつくのではないかという人権平等論、イデオロギー論からの批判もある[5]。

反捕鯨国のマスコミ、NGOの論調より、このような価値観が反捕鯨の世論の形成の根底にあるという主張はあるが[6]、現実には、上記にあるように科学的決着が付けられているゆえ国際捕鯨委員会(IWC)等公式の場でこの系統の主張がなされることは少ない。

人を殺してはいけない理由

投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/08/21 02:28 投稿番号: [58544 / 63339]
可哀想と感じない、可哀想でも殺せるという人格障害(既知害)は人殺しができることになる。

事実、そういう既知害による快楽殺人が立て続けに何度も起こって旧世代を驚愕させたのだ。
それは、ここのクジラ殺しのそれ「可哀想だが食う」と全く根が同じである。
苛めを見ても「可哀想だが何もしない」と同じである。

可哀想だが”できない(無力感)”のと”しない(不作為、無関心)”のでは全く違う。
その根を作ったのは旧世代の善も悪も相対化した自己欺瞞、誤魔化しにある。
この既知害を抑制しているのは倫理ではなく、恥でもなく、捕まった場合の恐怖だけである。
クジラ殺しの餓鬼には善も悪も区別がつかない。

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善悪の見極めがつかないので害既知

可哀想という攻撃を抑制する感情が欠損している餓鬼は善悪の見極めがつかないことになる。
法律に反することをやらなければいい?
その全体量から、我々は法律などほとんど読んだことは無いと言ってよい。
それでもやっていいことと悪いことが分かっているのは、倫理観を有しているからだ。
法律のどこかににそれらが書かれているだろうと思っているのである。
それは法律を商売にしている連中でも大差ない。
全部に目を通すことも、読んだにせよそれを覚えていることも到底できはしない。

それでは、善も悪も見極めがつかない餓鬼はどうするのだろう。
法律にあるかどうか調べられる訳が無い。
そして、この種のバカにとっては知らないものは存在しないのだ。
5492(バカ)>ではETとはどこに生息しているどのような生物なのか、実証してもらおうか。

つまり、犯罪者になるしかない。
イジメが犯罪であると知っている餓鬼は果たしてどれだけいるだろう。
倫理観があるなら、それが何らかの法に触れているだろうことは分かってるものだ。
ところが、倫理観の無い餓鬼にはそもそもその基準が無い。
自分のやりたいことをさせない奴が敵なのである。他人、外界は皆そういうものだ。
即ち、全部が敵なのだが、偶々共通の敵で一時的に繋がることができる。

時には法律と良心が相反することがある。それでも己の良心に従うべきである。

Re: 可哀想なこと、残酷なことはするな!

投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/08/21 02:24 投稿番号: [58543 / 63339]
”残酷”、”可哀想”という感覚は行動抑制の為に人間に普遍的に備わっているものだ。
従って、この感覚を特別の場合以外、決して麻痺させてはならない。
麻痺させたら人間は人間でなくなる。畜生より劣る餓鬼と化す。
”可愛い”という感覚は保護行動を取る為に(鳥類や哺乳類にも)備わっている。
これらが欠損した存在が、畜生であり、餓鬼、人格障害者であると言ってよい。

残酷でも、可哀想と感じても実行してもいいとすれば歯止めがなくなる。
行動抑制するものがなく暴走する。これが宅間などの異常犯罪の土壌なのだ。
「どうして人を殺してはいけないのですか」と問うバケ者が出現してくるのである。

可愛くもないのに、好奇心を満足すれば「カワイイ!」という程度な感情しか持たないバカと
何でも、「カワイソウ!」と言ってのけるバカは全く同じである。
親、教師、上司、客にに怒られてるのを「カワイソウ!」と、反射的に口に出すバカ者が増えている。
悪いことをして怒られているのに「可哀想」は無い。
理由を聞いてからでなければ「可哀想」かどうか分からないことだ。

キャベツが食われて「カワイソウ!」ブタが食われるのが「カワイソウ!」と、
口で言いながら笑いながら食っている。この程度の”カワイソウ”なのだ。
この餓鬼どもに、一体「可哀想」という感情があるのだろうか?
有りはしない。あっても極希薄なものだ。だから残酷なことも平気で許容できる。
何でもかんでもちょっと気に入っただけで「カワイイ!」というバカには
本当に「可愛い」とはどういうものかも分かりはしない。
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動物を”可哀想と思いながら食ってる”というのは
口先だけの法螺か既知害のどちらか、又は、両方である。
我々は、可哀想と思わないからこそ動物や植物が食える。
それを食わなくても死なないのだから、本当に可哀想と思うなら幾らでも我慢できる。

今、無知の教師や母親が子供の食べ残しを防ぐ為に、ヤクザ映画を見過ぎた糞坊主の作り話を鵜呑みにしたのだろうが、”頂きます”とは”命を頂くこと”のだから少しも無駄にしてはいけないと諭すそうだ。
ウソだよウソ。「命を頂く」は時代劇でもヤクザ映画でも殺し屋の決まり文句なんだよ。
最近は考える力のないバカなガキばかりでこれが結構通用するようだ。
未だにそれを信じているバカがここにも時々顔を出す。
我々の時代にそんなことを言うものなら、皆ベジタリアンになってしまったことだろう。

可哀想という気持ち(共感)は攻撃の抑制と保護行動を起動する為に存在する。
人を殺してはいけない理由は可哀想だからである。正直に言ってこれ(”共感”)以上の理由は無い。

可哀想なこと、残酷なことはするな!

投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/08/21 02:20 投稿番号: [58542 / 63339]
これが人間の倫理の本質。黄金律である。

カントは道徳律(良心)がアプリオリに備わってる根拠を神の存在に求めた。
そうではなく、道徳律は人間の他者に共感する潜在能力にある。
幼少期に愛情が薄い環境ではこの生来の潜在能力は育たず萎縮してしまう(→畜生・餓鬼)。
性善説も性悪説もその者が育った環境次第である。

倫理は幼児でも分かる「可哀想なことはしない」という実に単純なことで
人に不注意を指摘されても、人に教わることではない。
又、道徳教育などで教わって分かるようなものではない。
共感し感動する能力、想像力が無ければブタに文句を言ってるようなものである。

可哀想なことでもやらねければならないことがあるではないかと反問が当然起こるだろう。
勿論、可哀想なことをしなければならない例外はある。
どちらの選択も可哀想な事態を生じる場合、より可哀想な事態を招く場合がそれである。
どちらが可哀想かを無心に判断するだけである。迷ったら現状維持、コンセンサスが鉄則。
必要悪と同じでこれを行うのはマクロ的には”悪”でも可哀想なことではない。
子供が悪いことをしたら叱る。これは可哀想なことではない。
餓鬼への躾などはそれである。餓鬼のままだと死ぬまで飢えと渇きに苦しむ。

もし、ブタを食うのが可哀想と思うなら、その者はブタを食ってはいけない。
それは避けられるのだから。
ブタを食わなくても死にはしない。植物を食っても、果物だけでも生きられる。
それが避けられるものなら残酷と感じる行為は決してやってはいけない。
もし、可哀想なのに敢えてやれば頭が壊れる。
悪とは可哀想なことをすることだから善悪の判断がつかなくなるのは当然。
ここでGP、動物愛護、環境保護運動家を一所懸命誹謗中傷しているクジラ殺しの餓鬼が
いつの時点で頭が壊れたかは定かではないが、この連中がゾンビの役割を果たしている。
ゾンビというのは、他人の幸福な状態を妬み、嫉み、恨み足を引っ張る餓鬼の性質である。

ドイツの諺に「共感すれば幸せは2倍、不幸は半分」というのがある。
幸せな人間とは他人の幸せを喜べるが、不幸な餓鬼には「他人の不幸は蜜の味」になる。
”さんま”や”たけし”のようなバカの皮肉を真に受ける大バカが尽きない。



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クジラ殺しを正当化し、道徳教育を行おうというのだから子供達の頭を壊すだけだ。




クジラ殺しの扇動者は既知害だから、社会から排除することだ。
君の周囲に捕鯨賛成論者がいれば、それは危険な信号として距離を取ることだ。
頭が狂ってるかどうかは、このクジラ診断が有効である。
ほとんどが狂っていることを露呈するだろう。

可哀想だと思いながら肉を食うという異常者

投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/08/21 02:19 投稿番号: [58541 / 63339]
善悪の判断基準

松本智津夫を死刑にするのは可哀想なことか?
この怪物の子供達はどうか?この怪物を生んだ両親にとってはどうか?
この既知害の犠牲となった本人、家族はどうか?
恐らく八つ裂きの刑にしても足りないだろう。

死刑廃止論者は死刑を可哀想だと考えるのであるし、
死刑維持論者は死刑にしないことがより大きな悲劇を齎すと考えるのである。
意図して人を殺した者はそれを償うには死を持って行うのが筋である。
少なくとも、死刑に代わる終身刑が先ず必要だ。

やられたらやり返すのには正当性がある。
カラスを駆除するのか可哀想なことか。それは駆除しない場合の悲劇に比べてどうか?
熊の捕殺は、熊に襲われる前に殺しておこうという先制攻撃である。
何もしてないのに先制攻撃は可哀想だろうと考える者もいる訳である。
これはアメリカのイラク攻撃に似ている。先制攻撃には正義は無い。


どちらの選択がより可哀想かという天秤にかける為には
正しい科学知識や経験、教養と無心・無欲の洞察が必要になる場合がある。
こういう場合の為に先人の知恵がある。
クジラがブタ並みの知能しかないと思ってる無知には判断以前の問題がある訳である。
見掛け上可哀想な行為は、より大きな悲劇が待ってるという相当の確信が無ければ
安易に行ってはいけない。躾であっても子供を殴る行為は虐待に繋がり易い。
可哀想な状態を避けるのが倫理的選択である。



タイタニック号では十分の救命ボートが無かったので子供、女が優先された。
災害の救助、ハイジャックでも解放される順は病人、子供、老人、女子の弱者からである。
これは、多くの人命を助けるという観点からは逆行する。
(モタモタしている障害者、老人、女子供よりも元気な者から救助した方が利得は高い)。

倫理基準が”可哀想””残酷”という感性で決定されるのが分かるだろう。
これが善悪の判断基準なのである。

ユダヤ人殺しもクジラ殺しも共通心理

投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/08/21 02:16 投稿番号: [58540 / 63339]
宅間も宮崎も酒鬼薔薇も、最近では幼児を屋上から落とした長崎の少年も
可哀想という感情(同感)、感情移入が無かったから可愛い子ども達を惨殺できた。可哀想、可愛いいという二段の抑制機能も働かなかった。
この連中は予行練習の如く、小動物を殺害していたと言われる。
蟻を踏み潰す子供のようにクジラやヒトを殺すのである。

蟻を踏んで遊んでる子供を見たら注意せよ
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835563&tid=a5afa58a5ildbj a4ka4da4a4a4f&sid=1835563&mid=12305
こういう子供が親になって子殺しをする危険率は、そうでない子供に比べて異常に高いだろう。

自己認識、自己を客体化できる存在、他者、自然に共感できる存在がヒトの属するグループである。他者へ共感できることが人間の尊厳、唯一の価値である。
定性的にクジラや大型類人猿は人類と同様、ブタなどの自己認識できないグループと差別される。彼らは他者に同情し、過去を憂い、未来に夢を託すことなど無い。

3、4歳幼児以上の感受性(知能)を持つと考えられるクジラや大型類人猿、
人類と同等以上のETも、殺して食っても平気と言うのは正常な神経ではない。
実は、これはユダヤ人を平気に殺せた心理と全く同質のものである。
ナチスは”ユダヤ人”だから、平気に殺せた。
それが同じ感受性を持つかどうかなど関係無かった。
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メッセージ: 14461 / 14464

投稿者: discover_200
  8.人殺しと鯨殺しとを同じように考えられない(→11845)

11839katonarumi>人殺しと鯨殺しとを、どうしても同じように考えられません。

似てないから、バカだと感じないのだ。
クジラ殺しが動物に対してそうであるように、他民族を同じように考えられないのが右翼だ。
誰だって、赤の他人の死は肉親の死と同じには感じられないが、同じに考えることはできる。
3歳児と同じ感性があると想像して考えることだ。
3、4歳児程度の知能や感情で成体となる存在を考えればいい。
百聞は一見に如かず、百見は一考に如かず。
感じただけでは人間にはなれない、考えてこそ人間だ。
イラク戦争の犠牲者も自分のことのように感じられないから、
その悲劇を想像し、結果を論理的に考えて補完するのが理性の役割だ。
13050 理性的なものは倫理的である discover_100


11839katonarumi>でも類人猿に人権をって考えがあることには爆笑してしまいました。

それはバカ(無知)の大笑いという。嘲笑されるのは爆笑したバカの方だ。
考えだけでなく既に”法”もあることを示した。
http://www.alive-net.net/world-news/world-991101.html
正常な成長可能な人間なら知らなかったことを恥じて赤面するものだ。
恥知らずのバカが学習できないのはその感性が欠落してるからである。

http://www.san-to.co.jp/spl2.html
数百万のユダヤ人を「市の工場」で「ベルトコンベヤー式」に虐殺したナチスドイツ。
その下手人の一人アイヒマンなら、さぞかし悪魔のような殺人鬼にちがいない、とだれもが思っていたが、裁判を通じて浮かび上がってきたのは、まったく凡庸な普通の人間、組織の歯車として働く単なる小役人にすぎなかった。
ナチスの悪が凡庸だというのではなく、凡庸な人間が職務に勤勉で義務に忠実であることによって、巨大な悪の加担者になってしまうということの恐ろしさを、アーレントは指摘したのだ。
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全く、ユダヤ人の殺戮とクジラの殺戮は同じ狂気に由来するものである。
ナチスは精神障害者や知能が低い者を殺そうとしたのではなく、
自分(ヒトラーの妄想)に役に立たないと思われた主に社会的弱者を
飯を食わすだけ負担となるとして殺そうとしたのだ。
これは奴隷・家畜の扱い方と同じである。
陽にネオナチの思想が出て来にくい日本では、それをクジラ殺し達に見ることができる。



かつて奴隷がそうだった。奴隷だから鎖に繋がれて、売買されて、鞭で打たれて殺されてもよかった(実質的には奴隷制は残存していると言われる)。

勿論、クジラが魚のようなものと思ってる無知の子供、老人達は除外してのことだ。

五悪=殺生・盗み・嘘・邪淫・薬物

投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/08/21 02:12 投稿番号: [58539 / 63339]
殺生
理由もなく殺されることが可哀想であることに異論は無いだろう。
盗み
一般的に人が努力して得たものを一瞬にして横取りするのは残酷であるといえる。
しかし金持ちから盗むのなら可哀想ではないと思う者もいるだろう。
これが、ねずみ小僧や怪盗ルパン、泥棒貴族などの夢物語を生んだ。
これは危険思想なので内緒にして置くのがいいだろう。

”嘘つきは泥棒の始まり”であるというのは先人の経験則である。
子供が泥棒になってしまったら可哀想なことだ。
嘘は信用を裏切る行為であり、友人にはなれない。
嘘が咎められない、当然の社会では人々は不安で仕方ないだろう。
子供は情緒不安に陥ることだろう。これは可哀想なことだ。
さんまのような嘘吐きを自認するバカが人気度NO1であることは恐ろしい状況にある。

邪淫には嘘と裏切りが付き物で、多くが刃傷沙汰となる悲劇が待っている。
AIDS、肝炎などの感染症も起こる。
薬物は社会の落ちこぼれ、子どもなど自己抑制できない者が犠牲になる。
自業自得とはいえ廃人になるのは可哀想なことだ。家族にとってそれは悲劇である。
賭博が禁止されるのは同じ様な理由からである。
5悪の中最後の2つは条件付で認めてもいいだろう。

自殺する場も与えた方が自殺は減少する。
ある年齢に達していて、麻薬などの幸福になる薬も当人が望むならば、
孤島かどこかの隔離した場所でやらせればいい。
この方が社会の悲劇、害悪は少なくなる。麻薬を求める為の犯罪が無くなるし
アウトローのシノギを削ることになるからだ。
癌の末期で麻薬を投与するのと、現実の精神的苦しみから逃れる為にアルコールや麻薬を
使うのは、苦しみという観点からはそう違うものではない。
放蕩して作った借金は自己破産でチャラにさせないとバカなことを言ってるようなものだ。
タバコを吸って肺ガンになったバカは助けないという訳である。
欧米では公娼制やカフェでのマリファナの吸引を公認している。

歴史的哲人のインサイトとプリウス

投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/08/21 02:08 投稿番号: [58538 / 63339]
AIDS,SARS、FLUなど
ズーノーシス(人獣共通感染症)予防の近道は肉食を止めることだ(ヂスカヴァ)

ガン予防、健康の近道は肉食を止めることである(アインシュタイン、バーナード・ショー)

反社会性人格障害者を減らす近道は肉食を止めること(ダ・ヴィンチ、ルソー)

人間が戦争を止める近道は肉食を止めること(プラトン)

食糧危機(ネオマルサス問題)を解決する近道は肉食を止めること(マルサス)

仏教国であった朝鮮半島

投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/08/21 02:01 投稿番号: [58537 / 63339]
14231墓穴掘り一筋の死んだ目shida_me11>おいおい、いつから韓国が仏教国になったんだよ。

仏教伝来の歴史も知らないバカな癖に、全く無知という自覚が無い△違い。
泳げもしない無能が、妄想願望で泳げるつもりになって溺れてる。
恥をかくのにもスッカリ耐性ができてしまっているので堪えない。
___________________________
http://homepage1.nifty.com/aigo/sub15.htm
犬を食することが、何千年にもわたる伝統であると表現することが、最も
おぞましい偽りです。活字になっている何の証拠もないからです。
犬を食べることがポピュラーになったのは、韓国経済が盛り上がる1980
年代になってからのことです。伝統とはよくも言えたものですね。
600年前までは、韓国は主に仏教国であり肉を食することはなかったの
です。歴史に記述があるのは、Yi帝国時代の医学書に記載されている
時代おくれの犬肉療法のみです。
スンナンと私は、韓国に育ちましたが、戦争中でさえ、犬を伝統食として
食べたことはありません。ただ、少数の哀れな老人が、裏通りの犬汁食堂
に入っていくのを見かけました。彼らは、犬を食べることで精力がつくと
信じているのです。
・・・・・
貴方のフォームレターにあるように、犬を食することが急速に減少している
のであれば、なぜ今、一部の犬を家畜に認定しようとするのですか?!
事実は、1980年代より、犬肉業者のロビー活動やデマの健康療法を通し
て、食犬は増加しているのです。事実は、韓国政府が食犬を取り締まる
法律を一度も実行に移さなかったことです。この国の歴史において、いまだ
かつて一人の肉屋も食犬食堂も摘発されていないのです。今や、6000を
超える食犬食堂や、犬スープ、猫スープを健康食品として売る店があります。
貴方が、そんなに韓国の伝統にお詳しいなら、犬市場を訪ねることをお薦め
します。そして籠に詰められた動物たちが、虐待され、殺される様を、ご自分
の目でご覧になりなさい。
犬と猫は家畜ではありません。人間の歴史の中で、肉食動物を食べる習慣
はなかったのです。1万年前に、犬と猫は、人と一緒に暮らし始めました。
彼らの特性は、人間と一緒に暮らすことに適していたからです。世界中の
どの国でも彼らはコンパニオンとして人と一緒です。これが世界共通の文化
伝統なのです。
・・・・・
貴方は、犬と猫を愛玩動物に分類する厳格な法律を
作る必要があります。そして、韓国国民を教育し、犬と猫を食べる習慣を
止めさせなければなりません。もし、貴方が、そうしないならば、私たち
は、世界規模のデモと抗議活動、そして韓国製品のボイコット運動、
さらには、2010年のオリンピック開催と万博を阻止するためのキャンペーン
を続けるでしょう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
http://www.mansai.jp/what's/world.html#corea
■韓国

韓国料理といえば焼肉とキムチ。この韓国にも、ベジタリアニズムの流れがありました。
朝鮮半島では、4世紀頃までは動物も食べられていましたが、仏教国の新羅が529年に殺生禁止令を出し、以降百済、高句麗、高麗がこれを引き継ぎ、朝鮮全土は肉食禁止・精進料理的な食文化でした。
ところが1321年に蒙古(後の元)が朝鮮半島に侵入し、以後1世紀あまり支配します。遊牧・肉食が主である蒙古の生活風習は、やがて朝鮮半島に浸透して一般化し、仏教国でありながらも肉食禁止の戒律は骨抜きになりました。

犬はペット用に改良された

投稿者: kkkvzmoon1492 投稿日時: 2009/08/21 01:59 投稿番号: [58536 / 63339]
鯨もペット用に品種改良するのかな

韓国犬食の誤解

投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/08/21 01:56 投稿番号: [58535 / 63339]
韓国でも犬食は法律で禁止されている(非合法)。
故に、衛生上の問題が生じている。

ベトナムでは犬食がありますが、地域による貧困格差によるものであり、南部では食されておらず、北部では貴重な蛋白源として食されています。
他の近隣アジア諸国でも、台湾・フィリピン・タイでは不法化されています。
中国でも、香港特別行政区域は、イギリスの支配を受けていた影響により、現在でも犬肉の流通が解禁されていません。
犬食のあった台湾では、2001年1月に犬猫を食用目的で屠殺することを禁じる動物愛護法が施行され、2003年12月に販売も罰則対象に含まれるようになりました。
今まで犬肉を扱っていた料理店では羊肉に変更するようになりましたが、需要があるので羊肉を装って犬肉を使用する店がまだあるようで、それらは摘発されています。

×もともと犬食文化のあった国でさえ、このような法整備がなされています。
○もともと犬食文化のあった国には、このような法整備がなされています。

法律上、韓国でも禁止されているが、適用されてないのは、
軍隊の放置している日本同様、非法治国家である証左である。
-韓国の動物保護団体IAKAからのメッセージ-

1998年のソウル・オリンピックの前夜、食料に犬を使用することを止めさせるために、二つの法律が導入された。一つ目は、1984年の法律で、「嫌悪感を与える食べ物を禁止する」というもので、二つ目は、1991年の法律で、「いかなる動物であれ、残酷な方法で、あるいは正当な理由なく屠畜することを違法とする」ものだった。犬を食べるということは、はっきり嫌悪感を与える行為であり、犬をこん棒で叩き殺すのが普通に行なわれていたので、この法律により、この恥ずべき習慣が完全に廃止されると考えられていた。だが、まったくそうはならなかった。

この法律は警察に告知されることすらなく、起訴された記録など一件もない。その結果、韓国では、なんと200万頭もの犬が殺され食べられているという。

「恥ずべき習慣を禁止せよ」という国際サッカーFIFAの要求に対して、新たな犬肉法案を提出ことにより、犬食を合法化しようとする全党的な議員連盟が結成された。

犬を食べた縄文人

投稿者: kkkvzmoon1492 投稿日時: 2009/08/21 01:50 投稿番号: [58534 / 63339]
犬食文化

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8A%AC%E9%A3%9F%E6%96%87%E5%8C%96#.E5.85.88.E5.8F.B2.E3.83.BB.E5.8F.A4. E4.BB.A3

先史・古代 [編集]
日本では、縄文時代に集落遺跡などの土坑底部から犬の全身骨格が出土する例があり、これを埋葬と解釈し[8]、縄文時代の犬(縄文犬)は、狩猟犬として飼育され、死後は丁重に埋葬されたとする説が一般的になっていた。

しかし、1990年代になって、縄文人と犬との関係について、定説に再考を迫る発見があった。霞ヶ浦沿岸の茨城県麻生町(現 行方市)で発掘調査された縄文中期から後期の於下貝塚からは、犬の各部位の骨が散乱した状態で出土し、特に1点の犬の上腕骨には、解体痕の可能性が高い切痕が確認された。調査報告では、当時犬を食用として解体していた事を示す物的証拠と評価しており、日本列島における犬食の起源がさらに遡る可能性が高い[9][10]。

犬・猫・猿も食べないのが世界の良識

投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/08/21 01:43 投稿番号: [58533 / 63339]
「感情移入」ができる「環境や人間」かどうかが捕鯨賛否のポイントになる。
ゲテモノ好きな者とそれが嫌いな者の違いは「感情移入」するかどうかである。
犬肉食もクジラ肉食、人肉食もこれと全く同様で、
クジラ肉食する餓鬼はほぼ間違いなく人肉食をする。
韓国で犬が食べられ、日本では忌避するのは「感情移入の差」「習慣鈍化の有無」に由る。
クジラ肉食する餓鬼には、日本で事実上犬肉食が禁止されている理由や
タイや台湾で法的に禁止された理由が全く解せないのである。
低脳の自己中なので自分の感性が異常だ(apathy)と内省できないのである。

一般の良識人が自然に「感情移入」する動物を食するのは公序良俗に反する。
その結果、タイでも台湾でも犬食は禁止された。http://www.admh.org/index1.htm
この進捗の差は、タイは仏教、韓国は儒教、日本は両者混合という世界観の違いに求められる。
将来は韓国でも食べられなくなる。
本来、仏教では(僧侶に)肉食を禁じている。仏教の本質(高み)は「不殺生」にある。
明治以後、僧侶の肉食妻帯によって、日本仏教は堕落して結果的に
前代未聞の無差別殺戮集団オウムを生む土壌となった。
その魁となっていたのが”悪党ほど極楽へ往ける”と詭弁を弄した親鸞。
(門徒物知らず=バカ)似非仏教であることを知るべきである。
--------------------------------------------------------
引用:http://www1.ttcn.ne.jp/~trade-food.cars/vege_an.htm
慈悲と不殺生が仏教徒の最も大切な実践徳目で、 このため仏教徒の多くは菜食主義者です。 仏陀は肉を食べることを無知による願望 と評し、やめるよう熱心にすすめました。

犬を埋葬した縄文人

投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/08/21 01:37 投稿番号: [58532 / 63339]
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=93001
  縄文人の生活の中心は狩猟採取だったから、イヌを猟犬として使っていたと考えられている。縄文遺跡からは、埋葬されたイヌの骨が出てくる。縄文人にとって犬は埋葬する対象となるほど親近感が強かった証拠がある。当時は人間にとってイヌは狩猟のための重要な存在だった。約1万1千年前の遺跡、愛媛県の上黒岩陰遺跡から埋葬された犬の骨が出てきている。縄文時代の犬の大きさは遺跡から発掘された骨の大きさが柴犬の大きさ程度だった。

犬食い変態猿gondawara_yuji

投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/08/21 01:23 投稿番号: [58531 / 63339]
△違い猿gondawara_yuji>◇だからどうした?

畏れ多くも自分が人間だと思ってる△違い猿よ
伴侶の犬を食うのは人間とは呼ばない。
昔からヒトデナシ、非人という。

地獄逝き確定の変態猿gondawara_yuji

投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/08/21 01:10 投稿番号: [58530 / 63339]
>言っている事が分からんのよ、意味不明なのよ。   ^^;

苦死羅身餓鬼ですら指摘してるように、
この変態猿の存在が意味不明である。

犯罪猿gondawara_yuji No.7364>・昔小学生のとき雀を200羽ほど捕まえて一週間続けて
丸焼きを食べた事がある、砂糖醤油で炭火焼きだった^^
ツグミ・スズメ・ヒヨドリ・野鳩全て美味しかった
確信犯罪猿gondawara_yuji No.23487 >◇日本で小鳥をかすみ網で獲ったら犯罪だ!
それを見て見ぬ振りも、また犯罪です、
友達を食う餓鬼猿   No.34786>30年程昔、俺は自分で飼っていた鶏(養鶏卵を産まなくなったら食べる)を、5年間で二百羽ほど潰して食べた。
だが、俺は泣きながら食うことは一度も無かった、


幼少期から小動物を大量虐殺してきたサイコパスの確信犯餓鬼猿の運命。

Q・地獄と極楽はあるのでしょうか?

A・あります。

間もなく極悪肉食変態猿gondawara_yujiの逝くところ↓
http://www.yamano.or.jp/zigoku-1.htm


見世物で食ってる奇形変態猿gondawara_yuji
gondawara_yuji No.34404>◇我が家の孫、5〜12歳5人も鯨はだいすきでよく食べている、勿論、俺も鯨は大好きだ〜^^
我が家では年間20kgほど鯨を食べておる、どうだ羨ましいだろう。^^

親の因果が子、孫に祟り
見世物小屋の奇形餓鬼が9匹。

http://www.asahi-net.or.jp/~VB7Y-TD/kak2/1208151.htm
ダイオキシン・PCB公害について



  PCBやダイオキシンという自然界に存在しない有機化合物によって
、海洋生物が汚染されている。これは沿岸においてはダイオキシン
の問題であり、PCBの場合には蒸発して大気循環によって遠洋・沖
合いで海中に降下するものもあって、地球規模の汚染になっている
らしい。

鯨肉を食べなければ問題はないかのように語る水産庁、消費者団体
、マスコミの姿勢は正しいのだろうか。人間が起こした海洋汚染に
よって、海洋生物が苦しむこと自体をどう受け止めればいいのだろ
うか。

海洋汚染がどの程度広がっているのかという実態を把握している人
もいない(調査が行われていない)というのも問題だ。

ダイオキシン: 国内で販売のクジラ・イルカ肉から高濃度  
2000.08.08

  国内各地の魚市場やスーパーで販売されていたクジラ・イルカ肉
から高濃度のダイオキシンが検出された。原口浩一・第一薬科大助
教授らの調査によるもので、原口助教授は「食品からこんなに高い
ダイオキシンが検出されるのは初めて」と話し、14〜17日、米
カリフォルニア州モントレーで開かれるダイオキシン国際会議で発
表する。

Re: 無差別殺戮魔lkarl_2008↓の背景

投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/08/21 01:03 投稿番号: [58529 / 63339]
公然猥褻罪でフリちん文化はとうに潰れたことを知らない極痴ロボだった

論理回路が無い△違いロボ>肉を食う事は公然わいせつ罪でないことを理解できないさすが反捕鯨

人殺し文化、人食い文化、海賊文化、侵略戦争文化もあったように
昔から行っていたことが倫理的に正しいとは限らない。
単純な論理すら機能しない苦死羅身餓鬼のペット△違い極痴ロボ。
こういう論理無用の△違いには、現実と夢の区別がなく歯止めが無い。

Re: 無差別殺戮魔lkarl_2008↓の背景

投稿者: lkarl_2008 投稿日時: 2009/08/20 23:05 投稿番号: [58528 / 63339]
>公然猥褻罪でフリちん文化はとうに潰れたことを知らない極痴ロボだった

肉を食う事は公然わいせつ罪でないことを理解できないさすが反捕鯨

>”魚で養える人口はせいぜい1億人”に過ぎないということも
計算できない無脳極痴の苦死羅身餓鬼を代表する無差別殺戮ロボ

魚を食いたい人間がゴマンと居ると言うことだ

>苦死羅身餓鬼も無視してるヒトデナシ非道ロボの投稿を敬愛してるのが
パーキングロボ”悪明1号”だということが証左

こうなりたくないと思うのは理想で現実はそうではなかったと理解できなかったらしい

>人や犬・猫は何故特別だ、低脳極痴?

自分が含まれてるから

>お前は、犬、猫を食ってるのか?

俺は魚が嫌いだから食わない
だからと言って他人が魚を食うことを認めないわけじゃない

>これは人種差別、奴隷制度、動物虐待、生贄の儀式、人食い文化などを認めないという
人道主義に基づいたものなのだよ、無知蒙昧の時代錯誤君。

外国人が認めないから無くなったわけじゃないのだよ。
無知君

>ヒトより高い可能性もある。

鯨は三歳児の知能しかないバカだとお前が書いたからその可能性は無い

>0.MSR(自己認識)できる大型類人猿やクジラ類は人間の幼児以上に知能も感性も高いこと
1.親近感が感情移入の動機であること   e x .知能、感性、形態、伴侶性
2.感情移入や同感が残酷さを感じさせるていること   e x .残忍な奴は同情心がない
3.残酷と感じる状態は「悪」であり排除すべきであること。e x .動物虐待、児童虐待、イジメ。
4.常習者、人格異常者には欠落するが、残酷(”悪”)の感情(”良心”)は普遍的であること。
5.子供達に残酷な行為を許容させれば脳(”良心と論理”)が壊れ、善悪の区別ができなくなること。
6.世界の文明人はイルカ・クジラの殺戮(捕食)を残酷だと感じていること

鯨の知能が高かろうがほかの動物を殺すときの残虐性、残酷性とは変わらないと思ってるが何か問題でも?

>7.殺生を避けるべきであること。殺生はヒトを残虐にする。

得意の妄想に過ぎない

>8.肉食をしなくても生きていけること。

生きてるだけじゃ楽しみが無い

>9.生命の重みは一様ではなく、殺生(”必要悪”)は選別的最小にすべきであること。

拠って人間殺しはダメだ

>10.終着点は不殺生。人類はベジタリアンに向かっていること。e x .ネオマルサス問題

このような問題は語られていない

ここで言いたい事は日本だけが悪者じゃない

投稿者: lkarl_2008 投稿日時: 2009/08/20 18:52 投稿番号: [58527 / 63339]
と言うことだ。
分かったぁ?

Re: 日本は野生動物駆除大国??

投稿者: gondawara_yuji 投稿日時: 2009/08/20 18:23 投稿番号: [58526 / 63339]
オマエ、freevinus=hogei_hoge_hoge=discover_200だろ!?

言っている事が分からんのよ、意味不明なのよ。   ^^;

日本は野生動物駆除大国??

投稿者: blonger5 投稿日時: 2009/08/20 16:44 投稿番号: [58525 / 63339]
>その国の動物愛護
>精神というのは、やはり日本とは大分違うのかもしれませんね。





熊も猪もサルも殺し放題。駆除の名目も、どこまで本当だろうか。
一般日本人は無関心だろうし、自分のペットを可愛がるしか脳がない。
日本人が動物愛護精神で優れているとは全然思えないな。


<日本には野生動物の保護のための法律がないも同然で、行政の有効な施策がないまま、なりゆ,,>
http://www.alive-net.net/wildlife/domestic/monkey/sarumondai010210.htm

メルボルン動物園で動物虐待

投稿者: akkxgfm55f 投稿日時: 2009/08/20 11:22 投稿番号: [58524 / 63339]
<…動物愛護精神というのは、やはり日本とは大分違うのかもしれませんね…>
●君の指摘どおり米欧豪NZの白人の動物保護精神は
われわれの考える動物愛護とはだいぶ違うようだよ。
上野動物園や旭日山動物園でこんな動物虐待なんて考えられんもんね。
(白浜アドベンチャーワールドで日本人調教師を首にして
タイ人調教師に変えたところ象を虐待死させた事件があったけど)
↓↓
※メルボルン動物園が動物虐待で非難を受けている。
  メルボルン動物園では昨年5月、調教師が13才のゾウを鋭い金属性の器具で12回以上にわたって刺すという事件が起きていた。この調教師は言うことを聞か ないゾウに激怒し、ゾウの足をマーリンスパイクと呼ばれる先のとがった器具で十数回刺した。事件は動物園職員が書いたメモによって明るみになった。メルボ ルン動物園の園長は、動物園スタッフが背負っている身の危険を考慮すれば調教師の取った行動は正当化できるとコメントしている。
  この他にもメルボルン動物園では、アザラシ4匹が塩素が原因で半失明状態であったり、眼病でマレーバクのまぶたが開かなかったり、「リゴ」という名前のゴリラが16年間も他のゴリラから隔離されているなどの問題点が指摘されている。

http://news.jams.tv/jlog/view/id-3539

反捕鯨派全人類が同じ考えをしろと恫喝

投稿者: lkarl_2008 投稿日時: 2009/08/20 03:37 投稿番号: [58523 / 63339]
>多くの野生動物を殺しまくりだと言うのが事実なら、その国の動物愛護
精神というのは、やはり日本とは大分違うのかもしれませんね。

反捕鯨は全人類が同じ考えをしろと恫喝し始めました
恐ろしい人間ですね。

何を今更「違うのかもしれませんね」だ

投稿者: lkarl_2008 投稿日時: 2009/08/20 03:18 投稿番号: [58522 / 63339]
>多くの野生動物を殺しまくりだと言うのが事実なら、その国の動物愛護
精神というのは、やはり日本とは大分違うのかもしれませんね。

何を今更「違うのかもしれませんね」だ
全員同じ精神だと思ってるところが白痴たる所以だ
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