イラク復興

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

>Irshad Manji・・むぎゅぎゅっ??

投稿者: asean_peace11 投稿日時: 2004/07/08 21:59 投稿番号: [874 / 1982]
こんばんは
ブルーパークさん

URL・・開いた瞬間に『OUToooww〜!!』(笑)

ありゃ駄目ですっ!
彼女がムスリムを語る資格は僕でさえも
『全〜〜っく、無いっ!』
っと断言出来ます。

先ず、
格好が駄目っ!
男性と引っ付いて写真に写る!なんてもっての他!

彼女は「生粋のアメリカ人」ですよ
そりゃ、怒りますよ、多分ですね、男性ばかりではなく、
女性のムスリムからも反感買いますよ、あれじゃ・・・

女性が何か意見を言うことが全く駄目、という訳じゃないんですけどね
節度っていうか、言うにしてもですねそれなりの礼儀ってのが
必要なんですね、でも彼女からはそれが全く見えないし感じれらない

トミーさんは”ウガンダ”でOUTでしょ。
僕も一瞬、へっ?っと思ったけど改めてURL開いて
腰が抜けそうになったっすも(笑)

で、結局ですね
誰も語ってくれないから、彼女しか居ないんだと思いますけど

あれでイスラムの批判めいたこと言われると僕でも「なにぉお〜っ?!」
ってなっちゃいますよ・・・(はは)

こういう辺りがアメリカのマスメディアが分かっていない点なんですよ

普通のムスリムは彼女を絶対に同胞なんて思わないでしょうね
特に中東圏のムスリムは・・・

aebunny84さんへ

投稿者: tommy39dec3 投稿日時: 2004/07/08 20:23 投稿番号: [873 / 1982]
>表向きではどうかしらないけど、心中ではアルカイダに同情するイスラム教徒が多いとしたら、怖いものです。

アルカイダが実際にはアメリカ人より現地人を殺している、といった見もフタもない報道がなされているわけではありませんから、かくあって欲しい反抗の形式をとっていさえすれば、遠隔地の人心をとらえるくらいは出来るのでは?

ブルーパークさんへ

投稿者: tommy39dec3 投稿日時: 2004/07/08 20:19 投稿番号: [872 / 1982]
>だとすると、彼らを導いている考え、彼らにとっての常識を知らなければ、戦争が予測どおりに進まないのは、当たり前のこと、と言っていい?

その通りです。
イラクに世論はない、相互に矛盾しあういくつかの要求が並存しているだけです。

>そして彼らにとっての常識の範囲内の行為は、イスラム圏の人々には、我々が感じるような違和感なく、すんなり受け入れられる、と考えていいのでしょうか?

とは限らないですね。よく知っているからこそ、その恐ろしさも充分に認識していると思います。
テロリストをかくまう側の人たちが、イラクを代表しているわけではないでしょう。しかし、彼らを取り上げたい報道機関はいくらでもあるでしょう。

ブルーパークさんへ

投稿者: tommy39dec3 投稿日時: 2004/07/08 20:19 投稿番号: [872 / 1982]
>だとすると、彼らを導いている考え、彼らにとっての常識を知らなければ、戦争が予測どおりに進まないのは、当たり前のこと、と言っていい?

その通りです。
イラクに世論はない、相互に矛盾しあういくつかの要求が並存しているだけです。

>そして彼らにとっての常識の範囲内の行為は、イスラム圏の人々には、我々が感じるような違和感なく、すんなり受け入れられる、と考えていいのでしょうか?

とは限らないですね。よく知っているからこそ、その恐ろしさも充分に認識していると思います。
テロリストをかくまう側の人たちが、イラクを代表しているわけではないでしょう。しかし、彼らを取り上げたい報道機関はいくらでもあるでしょう。

>合理性の外

投稿者: tommy39dec3 投稿日時: 2004/07/08 20:00 投稿番号: [871 / 1982]
>古来、戦争ほど単純なモノは無い・・・
相手に勝てば良い。
勝つ見込みも、大義も、道徳も、緊急性も無いのに戦う・・・
野獣でさえもそんな事はしない。

そうかな?
カンボジアの虐殺は何のためだっただろう?
アフリカの各地で繰り返されている、虐殺に勝利者はいただろうか?
個人のありようとして、戦いを肯定することと、人的物的被害を最小限に抑えながら、戦いを遂行することとは、別物です。

ついでに言うと、最初期のアフガン帰還兵たちは、カウンターカルチャーショック(不適応)という精神状態(でいいのかな)にあったと思っています。(プラス戦場神経症)
きちんとしたカウンセラーがついていたら、ここまでにはならなかったでしょうけど・・・。

>イスラム教はキリスト教よりも寛容であるとは良く言われる事だが・・・
本当に寛容なのだろうか?

テロを実行するものの、口実としてのイスラムと、キリスト教との比較において語られるイスラム教徒を同列に考えてしまうこと自体、間違っているような気がします・・・。

>合理性の外

投稿者: tommy39dec3 投稿日時: 2004/07/08 20:00 投稿番号: [871 / 1982]
>古来、戦争ほど単純なモノは無い・・・
相手に勝てば良い。
勝つ見込みも、大義も、道徳も、緊急性も無いのに戦う・・・
野獣でさえもそんな事はしない。

そうかな?
カンボジアの虐殺は何のためだっただろう?
アフリカの各地で繰り返されている、虐殺に勝利者はいただろうか?
個人のありようとして、戦いを肯定することと、人的物的被害を最小限に抑えながら、戦いを遂行することとは、別物です。

ついでに言うと、最初期のアフガン帰還兵たちは、カウンターカルチャーショック(不適応)という精神状態(でいいのかな)にあったと思っています。(プラス戦場神経症)
きちんとしたカウンセラーがついていたら、ここまでにはならなかったでしょうけど・・・。

>イスラム教はキリスト教よりも寛容であるとは良く言われる事だが・・・
本当に寛容なのだろうか?

テロを実行するものの、口実としてのイスラムと、キリスト教との比較において語られるイスラム教徒を同列に考えてしまうこと自体、間違っているような気がします・・・。

>合理性と寛容性

投稿者: tommy39dec3 投稿日時: 2004/07/08 19:47 投稿番号: [870 / 1982]
この説明に、付け加えることは何もありません。

>つまり、自由だ!と急に言われた時に彼らは”寄って立つモノ”の
消失感・・みたいなものを味わうと思うんですね。

そう、個人の倫理観は神と自分との間にあるものだから、第三者の容喙を受け入れないし、社会的行動基準としての善悪は、個人によらず部族や共同体・宗派などに基盤を置いていますから。

>そうした揺らぎを止められるのは、外からの”助言”しかない
訳ですよ、そうした助言の中に
その立場、立場による合理性と慣用性を入れ込まれると簡単に
彼らは、その助言に従ってしまうと思うんです。

中東の「民主化」は、そういった勢力が入り込む余地をわざわざ作り出してしまいますね。そのあたり、何らかの対策が立てられているといいのですけど・・・。

複雑で大規模な社会構造

投稿者: asean_peace11 投稿日時: 2004/07/08 19:29 投稿番号: [869 / 1982]
[国家]

ライターさんがイメージされている複雑で大規模な〜
っというのは国家体制かな、と思うので
それが可能な否か・・をちょっと

僕の結論からすると可能だと思います。
その理由ですが
1.階層分けが明確にされている。
2.その分化した階層間の特に上下移動は、ほぼ
  100%の確率で発生しない。
3.その分化した階層内での上下移動は可能。
があるからです。

この階層と言うのは、中東の場合往々にしてその時の
全体的な政治体制を握っている民族派閥や宗教派閥に
なっている場合が多いんですが、
3.にあるように、旧フセイン時代のイラクでも、スンニ派
だから全てが上層階級には一応所属はしても、その中には
かなりな上下関係があった、と言うかバース党員でない者や
単なる商店主、上位の人間と縁故関係が無い人間等は
必ずしも上の中以上の位置にはない訳です。

ただ、たまたたま商売の才とか目端が利いて商売なりが成功した
いわゆる「成り上がり者(これはこれで結構、尊敬はされますが)」
は、本当の意味での上位者となることは無理なんです。
(真の上位者との縁故関係やそれらの人達との付き合いや何代かに
渡る金持ちとしての実績が無いですから、自分の成功を
証明する為にはベンツや金のロレックス等が必要になるんです)

真の上位者は、そういったモノを見せびらかす必要が無いと言うか
自分の所属する階層だけの接触だけで問題はないですから
周囲に居る人間はお互いに相手のバックグランドを知っている人間
ばかりでなので、必要以上にひけらかす必要も無いということに
逆になる訳です。

で、どんなに努力しようが、才能があろうが、天才的な能力が
あろうが(ブルーパークさんに今朝書かせて貰ったレスのように)
自分の『親』が所属する階層を超えることもほぼ100%無理でしょうし・・
(それに、年長者の言を否定するなんてことは死んでも出来ませんから
その年長者が頭ガチガチの爺様だったりすると、まぁ120%目は無い
ですね、苦笑)

ということで、バクダッドのような大都市であっても基本的な構造は
何も変わらないと言いますか、首都であるが故に色分けがより
ハッキリしているというだけで
地方から人口流入があっても、その人間は自動的にその人間と同じ
階層やコミュニティに吸収されますから、階層の厚みは増しますが
それだけの話でしかないと思います。

で、シルバーさんが仰ってた「重石」ってのが、僕は言い得て妙だな
と思ってたんですが、僕がこの言葉でイメージしたのは
「漬物桶」です、はい。

外側を構成する一種の”鋳型”はフセイン率いるバースト党の
強権政治体制で、その中身(各民族や宗派等)は階層的に積み重なって
はいるんですが、お互いには全くと言ってよい程に交流は無い。
で、膨張したり吹き零れないように、フセインと言う重石を乗せて
いた・・・という感じでじゃないでしょうか。
(世俗的なバースト党の政治ってのも顕著だったのは首都だけの
話だったと思います)

ですから、各階層の移動が発生する(発生させられる)可能の高い米国は
確かに複雑で大規模な社会と言うことは出来ますが

こうした第三世界では、人口六千万人であっても、さして複雑な構造に
はなっていないのが一般的だと思います。

ですから、中東=イスラム教、イスラム教徒、とする欧米型の
レッテル貼りだと、どうしても無理が出るんじゃないかな?

なぜならですね、その各階層の中心を貫く「串」みたいなものが
イスラム教ってだけだと思うんですね。

誰もがイスラム教徒なんだけど、共通するインデックスは
「イスラム教徒」と言う”だけ”みたいな関係だと思うんです。
(彼ら自体も結構、紋切り型評価を相手に簡単に下すんですが
それはそれで95%以上正解みたいな所はありますよ、笑)

なもんですから、暫定政権が民族的なバランスを取った暫定組閣
してますよね・・・これは、分離して混ぜ合わさっていなかった
「漬物桶」の中を”混ぜた=複雑にした”ことになるんですよ。

それと、その漬物桶の外側=バースト党を取っ払った上に重石
迄なくしてしまったのが今のイラクの状況ですよね

ですから僕は「新指導者層=新上位層とそのリーダー達」の責任は
相当重いだろうなぁ・・とちょっと心配する訳です。

日本的あいまいさとイスラム

投稿者: katuragi1940 投稿日時: 2004/07/08 19:26 投稿番号: [868 / 1982]
イスラム教にしろキリスト教にしろ神との契約が信仰なんだと考えられます。
それは非常に絶対的なものであり、生活環境が厳しければ厳しいほど結びつきを強め、信仰をよりどころにしていくと考えます。
中世イスラムが寛容なのはそれが当時の世界での成功者だったからであり、中世キリスト教が不寛容だったのは環境が厳しい(ローマ帝国や当時のイスラム帝国に比べて)ためだったと考えます。
例外はあるにしろ裕福な安定な時代は寛容になり、不遇な時代は宗教に求心力と救済を求めるためよりその不寛容性、排他性を増大させるのではないかと思います。
日本人の大多数は神とはたくさんあるものであり、ご利益があり、祟りがあり、比較的身近なややアミニズム的な意味合いが残されたいわば雰囲気のようなものだと思います。江戸期の日本は非常に実利的で、機会主義的なところが多分にありました。しかも世界的な比較では裕福でさえあったはずです。神も仏も同居しており、絶対的な信仰などなかったと思います。私はこの精神的なあいまいさ、鷹揚さが明治の近代化が比較的軋轢も少なく急速に進んだひとつの原因だと思っています。ひるがえって、イスラム教の場合を考えると、いずれの帝国も没落し、西欧の植民地になっています。その過程でイスラム教のかつて持っていた寛容性がそぎ落とされたのだと思います。イスラム原理主義がメインストリームだという話しは一面では真実なのではないでしょうか。(当人たちの意識ではそんなこと考えていなくてもです。)
独立後石油利権を国有化して手に入れて近代化を推し進めても過去の宗教的なモーメントはいきなり消え去ることはないと思えます。
豊かな状況で宗教的に不寛容であることは経済的な利益とぶつかることが多いはずですから、一般的には寛容な方向に向かうはずです。
今のイスラム世界はそういった意味で過渡期であり、寛容になろうとする全体的なモーメントに乗り切れない不適応者(教育のある人ほどなりやすいかもしれません。挫折があるでしょうから。)が自分たちの生きかたが最善だと思って理不尽な周囲に当り散らすテロになるのではないかと・・・心情的に周りの状況を拒絶してしまっているように思えてしまいます。

個人的な意見ですのであんまり突っ込まないでください。(苦笑)

アセアンさん

投稿者: kumeruoukoku 投稿日時: 2004/07/08 17:15 投稿番号: [867 / 1982]
>つまり、自由だ!と急に言われた時に彼らは”寄って立つモノ”の
消失感・・みたいなものを味わうと思うんですね。


以下のアセアンさんの説明はとてもわかりやすかったです。

たとえば明治期になるまで日本には(自由)なんて概念はなかったですよね
だけど意外とすんなり受け入れたのは、日本人の法意識がかなりゆるかったのでは?と思うのです
なんというか法の目をかいくぐって見たいなところがあったんだと思うのです


キリスト教圏の人間の(自由)とイスラム教の(自由)一神教の人間の法意識と私たち日本人の(自由)って違うんじゃないかって思うんですけどどう思われます?

それってつきつめると言葉に対しての感覚の違いになるような気がするのですが。

トルコ人が「自分たちの言葉には魂がある」っていってたのがすごく気になってるんです

カカシ君&アセアン君へ

投稿者: lighter101rethgil 投稿日時: 2004/07/08 16:26 投稿番号: [866 / 1982]
カカシ君へ
『イスラムの寛容』

中世は明らかにイスラム教はキリスト教よりも寛容であった。

十字軍に代表されるキリスト教の根本的な考えが
異教徒と異端の抹殺に対して
イスラム帝国の支配に従順であれば信教の自由を保障したイスラム帝国

また、奴隷もキチント金を払ったり
それだけの仕事をした後では解放された。

で・・・
現在でもイスラム教は他の宗教にくらべ
寛容と言えるのか?どうか?

***********************************
『アセアン君へ』

#863・865を読んだ・・・
で、読めば読むほど訳判らなくなってくる・・・

感想としては・・・
小さな農村ならそれでも通用するかも知れないが・・・

複雑で大規模な社会は構成できないのでは無いだろうか?

合理性と慣用性

投稿者: asean_peace11 投稿日時: 2004/07/08 15:51 投稿番号: [865 / 1982]
[イスラムか民族か]

ライターさんかかしさん

どうしても、中東のことになるとイスラム教へ
行っちゃいます?

僕は”宗教自体”の話なら、イスラム教は結構
合理性と慣用性を持っていると思うんですね。

ただ、中東の人間が認識する合理性と慣用性の概念が
欧米や日本とそれとは違うんだと思うんですよ。

その結果、イスラム教の教義に関する理解も彼ら也の
理解のされ方になっているんじゃないでしょうか?

例えば、
それぞれの責任を果たす・・という考えは
指導者は指導者としての責任を果たす、女性は女性と
しての責任を果たす、奴隷は奴隷として責任を果たす・・・
といった’合理的な解釈’で歴史の時間を経て来た。
(かかしさんがオスマントルコの話の中でされている順位付けも
その合理的な解釈の結果だと思うんですね)

そうすると”寛容”という解釈も、そのそれぞれの責任の
範囲内での寛容になる訳ですよ。

で、部族長とか統治者と言う地位に居る人間は、そうした
合理性と慣用性に基づいて、
下位の者に対して、それぞれの役割と責任の範囲とか、
誰に対する寛容なのかを”示し、与える役”でもあると思うんです。

ブルーパークさんが、非イスラム的な指示は、苦しくないか?
と書いてらっしゃいますが、
これは基本的に反イスラムじゃなくて、イスラム教の教義を
そうした解釈の元で使っていると考えると
指示を受けた方は苦しいよりは、揺らぎが逆に止まると
思うんですね。

トミーさんが仰ってるのは
「西欧文明によって堕落させらているような自分への疑問」
を持つことで発生する揺らぎみたいなことだと僕は
理解するんですね。

つまり、自由だ!と急に言われた時に彼らは”寄って立つモノ”の
消失感・・みたいなものを味わうと思うんですね。

そうした揺らぎを止められるのは、外からの”助言”しかない
訳ですよ、そうした助言の中に
その立場、立場による合理性と慣用性を入れ込まれると簡単に
彼らは、その助言に従ってしまうと思うんです。

カリスマ的な要素を持った宗教指導者や思想指導者が出て来て
本来なら「絶対的な指示や命令」しか出さないはすの人間から
「その揺らぎを許そうじゃないか」という慣用性と示されて
その慣用性を示された後で、その立場での役割と責任を指示する
といった手法を使われて、その助言を理解した”褒美”に
具体的な金品を渡されたら・・・元々の部分に
強大で堅固な存在に頼る癖があるから訳ですし。

ライターさんが仰る、アルカイダの戦法が合理的じゃない
というのは、彼自体がそうした戦法やその結果得られる何かに
対する主役だと考えると、確かに合理的ではないんですが

当の昔に、それこそイスラムの大儀等の優先順位を下げていたら
つまり、何かの脇役でいいんだ、という判断になっているとすると
結果を考慮しなくていい訳ですから・・・
戦闘方法や攻撃方法にも合理性は必要がなくなるのではないでしょうか?

イスラム教の寛容性

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2004/07/08 14:44 投稿番号: [864 / 1982]
ちょっと横ですがライターさん、最近読んだイスラムの歴史でこれが出てきました。しかし、この寛容というのも「他に比べれば、、」という注意書きが着きます。しかもそれは今のことではなくてずいぶん前の話なんですよ。

西洋がカソリックかプロテスタントかでもめて宗教弾圧が厳しい時期に、オスマン帝国はあまり外国人の宗教に拘らなかった時期があったんですね。だからといって異教徒が公平に扱われたというわけではなくて、宗教によってその社会的地位にも順位があったのです。イスラム、ギリシャ、アルメニア、ユダヤ、というような具合にね。

奴隷制度を最後まで廃止しなかったのはオスマン帝国ですし、(スダンではいまだにある)女性弾圧はヨーロッパの比ではないですから。イスラム教が寛容というのも歴史的にみて、そういうときもあったというくらいのことじゃないかと私は思いますね。

尊重して”貰いたい”か?

投稿者: asean_peace11 投稿日時: 2004/07/08 13:04 投稿番号: [863 / 1982]
[自分しか信じない]

ちょっと、彼らの”本音”だろう、と僕が感じている
ことを書いてみます。

いわゆる、彼らとは「一般的な国民」と言う立場の
人達の本音ということです。

先ず、
1.『(本当は)放っておいて貰いたい』
・他人からとやかく言われるのは嫌いです。
・自分が緊張する状態は嫌いです。
(だから出来る限り自分より上位の人間とは関わりたくない)
・理詰めの議論をされるのは緊張状態に陥るので嫌いです。
・精神的な圧迫感が最も嫌いです。
(理詰めの議論:質問される:のは警察の尋問と同じ感覚)
(最近では特に30代以下の人間の多くは「田舎の濃密な人間関係」
が嫌いです)

2.『他人は絶対に信用しない』
・他人が言葉で言った通りになった試しがない。
・相互互助を受けられるのは、それなりのコネと一族的勢力が
  ある人間だ(事実です)
・だから、政府とか役人の言う保障やら制度等も同じだ。
・役人や都会の人間は全て、田舎の人間を馬鹿にしている。
・甘口、甘言はその全てが嘘だ。
・自分が他人を信じていないと同様に他人も自分を信じて等いない。
(結果、現物しか信用しません、極端な場合は銀行振り出しの小切手
さえも信用しません)

で、自分が以上のような状態に陥ってマイナスを背負い込みたくない
ので、他者に対しては逆に『強気で出る』と行為になるのでは
ないかと僕は考えています。

つまり「面子を潰す」と言うのは(前にも書きましたが)
自分の弱みを他者に晒け出すと同値なので、そうなると
相対者は往々にして、遠慮会釈無く自分の内側に入り込んで
来るのが普通です。
(甘い顔をみせると時には傍若無人な振る舞いに迄及びます)

こうした、超個人主義的な人間が集まる集団の中ではその緊張状態
を緩和する為に、血縁に頼る傾向がより強くなり且
他の血縁関係集団との軋轢を回避する為に、作法や礼儀、
普段の付き合いと言う表面的な”掟”の維持を行うことで
直接的な衝突を避ける工夫が発達するのではないか?
とも考えます。

(挨拶の行為ですが、これが相当に洗練された形で
具体的に使用されているのが、タイ人が使うワァイ:両手を合わせて
する挨拶:だと、思います・・・実際、このワァイには大変な数の
バリエーションがあって、合わされた指先の高低だけで、相手への
親しさの度合いから尊敬や服従迄様々な意思表示が可能になっています
更に、表情やボディアクションが加わりますので、旅行で行かれた
場合等は、安易にお使いにならないことをお勧めします)

ですから、エトさんが仰る
>リスペクトの要求
は、逆に彼らの”わがまま”を増徴し兼ねない可能性を持っていますし
欧米側からすると「尊重するだけの何かが分からない」限り
そうした感情を抱くことも難しいのではないかなあ?
と僕は思うんです。
(彼らにとって、彼らの歴史の長さ古代文化の芳醇さみたいなことは、
現在の自分達とは全く関係の無いことなので、その自分とは関係の
無い者への尊敬が自分達への尊敬に繋がるルートが彼らには理解
出来ないと思います)

そうした意味から、欧米型の「相手の存在やその尊厳に敬意を払う」行為
は、下手をすると「相手が自分に”へり下っている”」と
認識する確率が相当に高い場合があります。

一端、そう解釈された場合には、後から高圧的な態度に切り替えても
全く効果はなく、逆に「何っ処か、悪いんじゃないか?」と
思われるのが関の山です。

それでは手の打ちようが無いか?と言うと必ずしもそうではなく
極々、割合は少ないことは確かですが、
・金の切れ目が縁の切れ目
と考えない人間も居るのは確かです・・・・
(これは、逆に多くの人間がそう認識している、と言うことでも
ありますが・・)

そういった人間をとにかく見つけ出して、更にそうした人間が
現在のイラクの上位層に居ることを願いますが・・・
そうした人間と人間的な関係を築き上げていく方法

ちょっかいを出したら最後迄面倒を見る腹を括って端から上位者として
振舞う方法
のいずれかしか、根源的な解決方法は存在しないと僕は考えます。

更に、欧米生活が長いイラク人を現在、イラク国内に居住するイラク人が
同胞と認識してくれるか否か・・と言う問題は残ることは残るだろうなあ
とは思います。

ちなみに、現在のアルカイダや行っているテロ行為の目的に関しては
何かイスラム的な理想を実現するとか、抑圧されたイスラムに尊厳を
取り戻す・・等といったいわゆるイスラムの大儀等が
僕はひとかけらでも残っている、と

尊重して”貰いたい”か?

投稿者: asean_peace11 投稿日時: 2004/07/08 13:04 投稿番号: [863 / 1982]
[自分しか信じない]

ちょっと、彼らの”本音”だろう、と僕が感じている
ことを書いてみます。

いわゆる、彼らとは「一般的な国民」と言う立場の
人達の本音ということです。

先ず、
1.『(本当は)放っておいて貰いたい』
・他人からとやかく言われるのは嫌いです。
・自分が緊張する状態は嫌いです。
(だから出来る限り自分より上位の人間とは関わりたくない)
・理詰めの議論をされるのは緊張状態に陥るので嫌いです。
・精神的な圧迫感が最も嫌いです。
(理詰めの議論:質問される:のは警察の尋問と同じ感覚)
(最近では特に30代以下の人間の多くは「田舎の濃密な人間関係」
が嫌いです)

2.『他人は絶対に信用しない』
・他人が言葉で言った通りになった試しがない。
・相互互助を受けられるのは、それなりのコネと一族的勢力が
  ある人間だ(事実です)
・だから、政府とか役人の言う保障やら制度等も同じだ。
・役人や都会の人間は全て、田舎の人間を馬鹿にしている。
・甘口、甘言はその全てが嘘だ。
・自分が他人を信じていないと同様に他人も自分を信じて等いない。
(結果、現物しか信用しません、極端な場合は銀行振り出しの小切手
さえも信用しません)

で、自分が以上のような状態に陥ってマイナスを背負い込みたくない
ので、他者に対しては逆に『強気で出る』と行為になるのでは
ないかと僕は考えています。

つまり「面子を潰す」と言うのは(前にも書きましたが)
自分の弱みを他者に晒け出すと同値なので、そうなると
相対者は往々にして、遠慮会釈無く自分の内側に入り込んで
来るのが普通です。
(甘い顔をみせると時には傍若無人な振る舞いに迄及びます)

こうした、超個人主義的な人間が集まる集団の中ではその緊張状態
を緩和する為に、血縁に頼る傾向がより強くなり且
他の血縁関係集団との軋轢を回避する為に、作法や礼儀、
普段の付き合いと言う表面的な”掟”の維持を行うことで
直接的な衝突を避ける工夫が発達するのではないか?
とも考えます。

(挨拶の行為ですが、これが相当に洗練された形で
具体的に使用されているのが、タイ人が使うワァイ:両手を合わせて
する挨拶:だと、思います・・・実際、このワァイには大変な数の
バリエーションがあって、合わされた指先の高低だけで、相手への
親しさの度合いから尊敬や服従迄様々な意思表示が可能になっています
更に、表情やボディアクションが加わりますので、旅行で行かれた
場合等は、安易にお使いにならないことをお勧めします)

ですから、エトさんが仰る
>リスペクトの要求
は、逆に彼らの”わがまま”を増徴し兼ねない可能性を持っていますし
欧米側からすると「尊重するだけの何かが分からない」限り
そうした感情を抱くことも難しいのではないかなあ?
と僕は思うんです。
(彼らにとって、彼らの歴史の長さ古代文化の芳醇さみたいなことは、
現在の自分達とは全く関係の無いことなので、その自分とは関係の
無い者への尊敬が自分達への尊敬に繋がるルートが彼らには理解
出来ないと思います)

そうした意味から、欧米型の「相手の存在やその尊厳に敬意を払う」行為
は、下手をすると「相手が自分に”へり下っている”」と
認識する確率が相当に高い場合があります。

一端、そう解釈された場合には、後から高圧的な態度に切り替えても
全く効果はなく、逆に「何っ処か、悪いんじゃないか?」と
思われるのが関の山です。

それでは手の打ちようが無いか?と言うと必ずしもそうではなく
極々、割合は少ないことは確かですが、
・金の切れ目が縁の切れ目
と考えない人間も居るのは確かです・・・・
(これは、逆に多くの人間がそう認識している、と言うことでも
ありますが・・)

そういった人間をとにかく見つけ出して、更にそうした人間が
現在のイラクの上位層に居ることを願いますが・・・
そうした人間と人間的な関係を築き上げていく方br>か
ちょっかいを出したら最後迄面倒を見る腹を括って端から上位者として
振舞う方法
のいずれかしか、根源的な解決方法は存在しないと僕は考えます。

更に、欧米生活が長いイラク人を現在、イラク国内に居住するイラク人が
同胞と認識してくれるか否か・・と言う問題は残ることは残るだろうなあ
とは思います。

ちなみに、現在のアルカイダや行っているテロ行為の目的に関しては
何かイスラム的な理想を実現するとか、抑圧されたイスラムに尊厳を
取り戻す・・等といったいわゆるイスラムの大儀等が
僕はひとかけらでも残っている、と

合理性の外

投稿者: lighter101rethgil 投稿日時: 2004/07/08 12:27 投稿番号: [862 / 1982]
外交官が犯すあやまちに
「相手は馬鹿じゃないから、そんな事はしないと信じる事。」
って言ったのはマキャベリだったかな・・・

さて、
------------------------------------
>彼らは、この常識が前提としている合理性に価値を置いてはいないと思います。
------------------------------------

aebunny84君の理論的な考えでは無いが・・・
古来、戦争ほど単純なモノは無い・・・
相手に勝てば良い。
勝つ見込みも、大義も、道徳も、緊急性も無いのに戦う・・・
野獣でさえもそんな事はしない。

彼らは何に価値観を置いているのか?
『コーラン』なのか?

戦い方の常識とは平和ボケの日本人ならともかく
常に争いと紙一重で暮らしている民族に取っては普遍的な常識なのだが・・・

やっぱり理解できない。

---------------------------------- -
>自分たちの生き方が最善であるにもかかわらず、それを妨げてくる悪しき(笑)誘惑がわれわれを堕落に導いている。
と、考えているのじゃないかな?
------------------------------------


イスラム教はキリスト教よりも寛容であるとは良く言われる事だが・・・
本当に寛容なのだろうか?

70年代のウガンダ(参考資料)

投稿者: tommy39dec3 投稿日時: 2004/07/08 12:04 投稿番号: [861 / 1982]
ウガンダ出身ですか・・・。
イラクに関して発言が出来る人物ではありませんね。

以下参考までに、
「イディ・アミン・ダダ・オウメ(Idi Amin Dada Oumee, - 2003年8月16日)は、ウガンダの軍人出身の元大統領。ムスリム(イスラム教徒)。
1971年1月に、クーデターでオボテ政権を打倒して政権を掌握。アドルフ・ヒトラーを尊敬し、1970年代のウガンダに独裁政治を敷いた。

反体制派の国民約30万人(40万人説もあり)を虐殺し、「アフリカで最も血にまみれた独裁者」と称された。ついたニックネームが「食人大統領」。

1978年、隣国タンザニアに侵攻するも失敗、逆にタンザニア軍に首都カンパラまで攻め込まれた。

1979年、反体制派のウガンダ民族解放戦線に攻撃されて失脚。リビア経由でサウジアラビアに亡命した。

2003年8月16日、亡命先のサウジ・ジッダの病院で、多臓器不全による合併症で死去。」

>>恨みと妬み

投稿者: etranger3_01 投稿日時: 2004/07/08 10:35 投稿番号: [860 / 1982]
>自分たちの生き方が最善であるにもかかわらず、それを妨げてくる悪しき(笑)誘惑がわれわれを堕落に導いている。
と、考えているのじゃないかな?

まったく同感です。

『妬み』はありません。

むしろリスペクトの要求だと思います。

客観的な説明・・

投稿者: asean_peace11 投稿日時: 2004/07/08 09:22 投稿番号: [859 / 1982]
おはようございます
ブルーパークさん

>相手の理解を得る為の客観的な説明

なんですが、
「出来る」と言えば出来るんですが、その内容のほとんどは
『現象の説明』がほとんでして『なぜか』という説明ではないんですね。

例えば、実際に僕らの活動でも役人と打合せしなければならないことが
多いですから、そんな時には必ず大学以上を出た現地スタッフ
と一緒に行くんですね。

なぜ、そうするか、と言うと特権階級の人間が使う現地語は
「行間」を理解するのが物凄く難しいので、先ず外国人はどれだけ
勉強しても理解出来ないからです。

でその役人が「大丈夫、それなら何でも出来ます」と言ったら
先ずそれは「何にも出来ない」こととイコールなんですね(爆笑)

ここ迄は、説明出来るんですよ、しかし、それが『なせ、そうなるのか?』
の具体的で客観的な説明を僕は聞いたことがないんです(笑)

大体は「そんなもんだ」か「それがこの国の役人だ」とか
「それがこの国の人間の性格だ」と言う結論に直結してお終い(あはは)

ですから、風習や慣習の「具体的な作法」やら、食事の
「仕方や」らの説明は出来ますが、やはり「どうして?」の質問には
先ず答えられないんです。

で、これは『説明する』という言葉はあるんですが、
一般的に欧米や日本人が考える「説明する」はいわゆる起承転結
がある話をイメージするじゃないですか?

しかし、この道理や理屈に沿った因果関係を話す説明・・というのは
一般的な国内大学を卒業した人間でも非常に難しい概念なんです。

なもんで、僕は良く、第三世界の一般的な人間は
「考えること=考えたこと説明すること、は自分達の役割ではない」
と理解していると書いてもいるんですね。

で、アラビア語も一般的な庶民が使う言葉と上位階級者が使う
言葉にものすごい開きがあって、上に行けば行く程、
行間が読めなく傾向が強くなるんです。

で、一度、中東で他の外国人スタッフが現地の人間に幾ら説明しても
分かって貰えないんで、怒り出したらその相手側も怒り出したんで
僕が仲裁に入って、その二人に提案したんですね。
それは
『お互い母国語で怒ってみたら?』
です(ははは)

実際、やってみると分かりますけど、これで初めて
「相手の言っていること、つまり概念、はお互い全く理解出来ない
=全く違う価値観を持った人間だ」とお互いが理解出来るんですよ。
(ちなみにこの手法は相当相手を知っていないと出来ないですので、
ご注意願います、笑)

つまりですね、英語を話す第三世界の人間は、英語を使って
自分の国や特徴を説明している”つもり”で、更に英語を
使っているので”相手は理解しているはずだ”と言う前提(思い込み)で
話しているんですね

で、その英語を聞いてる(英語が母国語の)人間も
”英語を使って話しているからこちら側を理解しているはずだ”
という前提(思い込み)で話している場合が圧倒的に多いんだと思うんです。

これの典型が
湾岸戦争の時の、べーカー国務長官とアジス外相の会談で
国務長官が盛んに使ったミスカリキュレーションしている
という表現だったんじゃないでしょか?

取敢えずです

誰かわかりました

投稿者: bluepark788 投稿日時: 2004/07/08 08:31 投稿番号: [858 / 1982]
http://www.muslim-refusenik.com/aboutirshad.html

僕がテレビで見た女性が何者かわかりました。Irshad Manjiという今年35才の女性、イスラムといっても、1972年、彼女が3才の時に両親とともにウガンダからカナダに難民として移住したので、もう純粋の西欧人といってもいいわけです。アセアンさんがその言動に疑問を持ったのも、これでわかりました。

アメリカのメディアが取り上げるのもわかる。なんたって、理論展開や話題の取り上げ方が、自分たちにとてもわかりやすいから。しかし、それでいいのか?
aebunnyさんの見た人と同じかな?

非イスラム的な動機

投稿者: bluepark788 投稿日時: 2004/07/08 07:56 投稿番号: [857 / 1982]
>等などからアタの場合は既に非イスラム的な動機と目的を持っていたんじゃないか?と考えられのではないでしょうか?

非イスラム的な動機、ですが、もともとイスラムなのに、それに反する思想を持って非イスラム的な行為に走るというのは、当人にとって苦痛じゃないのでしょうか?見返りがあったかもしれないが、なかったかもしれない。UBLは多くの部下(?)に非イスラム的な行為を命令して実行させることができた、そういうことでしょうか?

911のすぐあと、在米のムスリムたちが、「イスラム教徒にあんな行為ができるわけがない、犯人はイスラムではない」と言っていたのを思い出します。

非イスラム的な動

投稿者: bluepark788 投稿日時: 2004/07/08 07:56 投稿番号: [857 / 1982]
>等などからアタの場合は既に非イスラム的な動機と目的を持っていたんじゃないか?と考えられのではないでしょうか?

非イスラム的な動機、ですが、もともとイスラムなのに、それに反する思想を持って非イスラム的な行為に走るというのは、当人にとって苦痛じゃないのでしょうか?見返りがあったかもしれないが、なかったかもしれない。UBLは多くの部下(?)に非イスラム的な行為を命令して実行させることができた、そういうことでしょうか?

911のすぐあと、在米のムスリムたちが、「イスラム教徒にあんな行為ができるわけがない、犯人はイスラムではない」と言っていたのを思い出します。

>イスラム的・・aebunny84さん

投稿者: bluepark788 投稿日時: 2004/07/08 07:48 投稿番号: [856 / 1982]
おそらくaebunnyさんが見たという女性は、僕が見た女性と同一人物と思うのでレスします。

>この発言も女性ですから「宗教的な指導者層」ではないことは確かなのに
なぜ、指導者層的な発言をするのか?
>つまり、総体的な発言をするのか?又は出来るのか?
>これが非常に不思議なんです。

アセアンさんの持った疑問、私はかけらも持ちませんでした。言うまでもなくそれは、まだ彼らをぜんぜん理解していないから。疑問を聞いて、また目からうろこが・・。

この女性、僕はチャンネルをスキャンしていてたまたま見つけて見入ってしまったので、最初から見たわけではないのでバックグラウンドどかわかりません。が、最近英語で本を書いたということで、そのことについても触れていました。イスラムの女性が、非常に虐待を受けていることも言っており、話の内容はかなりアメリカ人にも理解しやすいことでした。

インタビューの最後に、「自分のこういう言動に対して、同胞の男から、よく殺してやるという脅しを受ける」と語っており、自分でも、客観的にモスリムについて時に批判的にテレビでしゃべったり、本を書いたりしていることを、相当に非常識なことをやっていると、わかっているのだと思います。

そこでまた質問というか確認です。

一般的なイスラム教徒が、自分や自分たちのことを客観的に、非イスラムの人に対して説明をする、わかってもらいたくて話をする、そういう行為はかなり特殊なんですか?

僕などは、日本に対して間違った認識を持ったアメリカ人に、客観的に「日本人たちは・・・」と説明することはよくあるんですが、同じことはイスラムの人たちや仏教徒のタイ人には当てはまらない、そういうことですね?

それはなぜなのでしょう?アメリカで出会ういろんな国からの移民たちに彼らの祖国について聞くと、ほとんど客観的に説明してくれます。これはアメリカに来る人間が特殊だということなのでしょうか?

又も、最後が切れました

投稿者: asean_peace11 投稿日時: 2004/07/08 07:11 投稿番号: [855 / 1982]
おまけに数字が間違ってました(苦笑)

それだと’上手くすれば’Level’6’か’7’の中級官僚’
にはなれた・・かも知れないので
(これは親が中央政府の中に強力なコネを持っているか、
完全な特権階級でない限りはLevel4以上には絶対になれないからです)

等などからアタの場合は
既に非イスラム的な動機と目的を持っていたんじゃないか?
と考えられのではないでしょうか?

が切れました。
お詫びして補足します

何かへの貢献

投稿者: asean_peace11 投稿日時: 2004/07/08 07:03 投稿番号: [854 / 1982]
おひょうございます
ブルーパークさん

いわゆる普通のイスラム教徒と言うか第三世界に住む人達には
「社会に貢献する(出来る)」のは金持ち(余裕がある)
特権階級の人間”だけ”という意識が普通なんですね。

実際「社会に貢献する」というセンテンスはアラビア語でも、タイ語でも
マレー語でもあるんですが(実際、僕はそれを全部の場所で
試してみたんですけどね:笑)
返って来た答えは全て同じ
「アセアンってそんなこと出来る程金持ちだったのかぁ」
です(あはははは)

つまり、その言葉が持つ彼らの概念は、欧米や日本等で理解される
「様々な役割での様々な出来る貢献」という概念ではなく
(何度も僕が使うんですが)上位者から下位者に対するベクトルしか
持っていない概念なんですね。

そうすると
自爆テロ型の行動に関しては、自分の「死」が残される家族
(この場合は、自分の家族:妻子供ではなく:父母兄弟の家族)に
何かを残してやることが出来て自分はアッラーの元へ行ける、という
(表現は悪いですが)差引勘定は成り立つと思うんです。

でもですね、9.11の場合はブルーパークさんが仰る
「操縦していた人間と客室を抑えていた人間の持っていた情報の違い」
はちょっと疑問なんですね。

その理由は、国際テロを起こそうと計画している人間が
如何に末端の実行犯だとしても2001年の段階で最も非効率な
テロ行為であるはずのハイジャックをして
何を要求するのか?が
疑問を持たないはずがないですし乗客を人質に取って、
何かを要求して自分達の目的を達成させる為には
「何処かに着陸しなければならない」訳ですから、そうなると
一気に人質を取っている「優位性」が崩れてしまうのが現在の
カウンターテロ対策の原則でもあると思うんですね。

ですからハイジャック犯にしてみると、飛んでいる状態が最も
「安全な状態」なはずですから、9.11のハイジャックは端から
「着陸する意図をハイジャック犯達は持っていなかった」
と考えた方がいいと思うんです。

ので、
トミーさんが書いてらっしゃるように、自分達は”アメリカ(人)を壊す
(殺害する)ことが出来る”ことを証明することに力点が
置かれた行為だと理解した方が早いと僕も思います。

ですから、9.11以降の欧米系を(特にアメリカ人が)対象になった人質事件
では、要求も何も無いですし、いわゆる前に僕が書いた「見せしめ行為」
としての面しか無いんじゃないでしょうか。

ただ、9.11の段階ではハードターゲットとソフトターゲットの区分け
みたいなものは「半々」だったと言うか「アメリカの繁栄の象徴」というハードターゲットと
「民間人を巻き込む」というソフトターゲットの中間的なものだったと
思うんですね。

だからペンタゴンも狙ったしホワイトハウスも狙った。

で、実際にやってみて、ソフトターゲットに対するテロ行為が
彼らが想定した以上のプラス効果をそのターゲットにされた側の
マイナス効果として与えたと考えると、9.11以後のテロ行為が
ソフトターゲットに特化する理由も理解出来るかな
ということなんですね。

で、ブルーパークさんが疑問に思われる部分
「原動力は何か?」
ですが、あの行為ではアタの家庭が何らかの見返りを得られたか?
若干疑問ですよね、それに彼の出身地での境遇等から僕は
「ひょっとすると’ねたみ’という感情」や’うらみ’という感情は
持ったかも知れないですが、余り現実的ではないですんですね。

なぜ、現実的じゃないか、と言うと「親が持つ境遇を子供は基本的に
超えられない」のが普通で、つまり「金持ちの家に生まれた
子供は当然金持ち」なのでその逆も当然成り立つ訳です。

で、驚かれるかも知れませんが
大学へ進学する場合に最も重要な要素は学費を支払い続けれられるかなんですが
入学願書に「親の職業と年収を証明する書類」を添付するのもが
一般的なんです。
つまり、その子供の大学への入学を決定する要素の一つに
親が金持ちか否か(学費を支払い続けられるという意味も含めてですが)
が関わって来ますし、入学する側もそうれは当然大事な
ことだと考えているんです。

つまり「超えられない社会制度(掟)」が完全無比に存在しちえるのが
こうした第三世界の常なので、そうした越えられないものに
’うらみ’や’ねたみ’を持っても始まらない訳です。

ましてやアタは独の大学へ行っていた訳ですから(よりベストだろうと
思うのは母国の国立大学を出てから外国の大学院へ行くだったでしょうね
それだと’上手くすれば’Level4\xA4

何かへの貢献

投稿者: asean_peace11 投稿日時: 2004/07/08 07:03 投稿番号: [854 / 1982]
おひょうございます
ブルーパークさん

いわゆる普通のイスラム教徒と言うか第三世界に住む人達には
「社会に貢献する(出来る)」のは金持ち(余裕がある)
特権階級の人間”だけ”という意識が普通なんですね。

実際「社会に貢献する」というセンテンスはアラビア語でも、タイ語でも
マレー語でもあるんですが(実際、僕はそれを全部の場所で
試してみたんですけどね:笑)
返って来た答えは全て同じ
「アセアンってそんなこと出来る程金持ちだったのかぁ」
です(あはははは)

つまり、その言葉が持つ彼らの概念は、欧米や日本等で理解される
「様々な役割での様々な出来る貢献」という概念ではなく
(何度も僕が使うんですが)上位者から下位者に対するベクトルしか
持っていない概念なんですね。

そうすると
自爆テロ型の行動に関しては、自分の「死」が残される家族
(この場合は、自分の家族:妻子供ではなく:父母兄弟の家族)に
何かを残してやることが出来て自分はアッラーの元へ行ける、という
(表現は悪いですが)差引勘定は成り立つと思うんです。

でもですね、9.11の場合はブルーパークさんが仰る
「操縦していた人間と客室を抑えていた人間の持っていた情報の違い」
はちょっと疑問なんですね。

その理由は、国際テロを起こそうと計画している人間が
如何に末端の実行犯だとしても2001年の段階で最も非効率な
テロ行為であるはずのハイジャックをして
何を要求するのか?が
疑問を持たないはずがないですし乗客を人質に取って、
何かを要求して自分達の目的を達成させる為には
「何処かに着陸しなければならない」訳ですから、そうなると
一気に人質を取っている「優位性」が崩れてしまうのが現在の
カウンターテロ対策の原則でもあると思うんですね。

ですからハイジャック犯にしてみると、飛んでいる状態が最も
「安全な状態」なはずですから、9.11のハイジャックは端から
「着陸する意図をハイジャック犯達は持っていなかった」
と考えた方がいいと思うんです。

ので、
トミーさんが書いてらっしゃるように、自分達は”アメリカ(人)を壊す
(殺害する)ことが出来る”ことを証明することに力点が
置かれた行為だと理解した方が早いと僕も思います。

ですから、9.11以降の欧米系を(特にアメリカ人が)対象になった人質事件
では、要求も何も無いですし、いわゆる前に僕が書いた「見せしめ行為」
としての面しか無いんじゃないでしょうか。

ただ、9.11の段階ではハードターゲットとソフトターゲットの区分け
みたいなものは「半々」だったと言うか「アメリカの繁栄の象徴」というハードターゲットと
「民間人を巻き込む」というソフトターゲットの中間的なものだったと
思うんですね。

だからペンタゴンも狙ったしホワイトハウスも狙った。

で、実際にやってみて、ソフトターゲットに対するテロ行為が
彼らが想定した以上のプラス効果をそのターゲットにされた側の
マイナス効果として与えたと考えると、9.11以後のテロ行為が
ソフトターゲットに特化する理由も理解出来るかな
ということなんですね。

で、ブルーパークさんが疑問に思われる部分
「原動力は何か?」
ですが、あの行為ではアタの家庭が何らかの見返りを得られたか?
若干疑問ですよね、それに彼の出身地での境遇等から僕は
「ひょっとすると’ねたみ’という感情」や’うらみ’という感情は
持ったかも知れないですが、余り現実的ではないですんですね。

なぜ、現実的じゃないか、と言うと「親が持つ境遇を子供は基本的に
超えられない」のが普通で、つまり「金持ちの家に生まれた
子供は当然金持ち」なのでその逆も当然成り立つ訳です。

で、驚かれるかも知れませんが
大学へ進学する場合に最も重要な要素は学費を支払い続けれられるかなんですが
入学願書に「親の職業と年収を証明する書類」を添付するのもが
一般的なんです。
つまり、その子供の大学への入学を決定する要素の一つに
親が金持ちか否か(学費を支払い続けられるという意味も含めてですが)
が関わって来ますし、入学する側もそうれは当然大事な
ことだと考えているんです。

つまり「超えられない社会制度(掟)」が完全無比に存在しちえるのが
こうした第三世界の常なので、そうした越えられないものに
’うらみ’や’ねたみ’を持っても始まらない訳です。

ましてやアタは独の大学へ行っていた訳ですから(よりベストだろうと
思うのは母国の国立大学を出てから外国の大学院へ行くだったでしょうね
それだと’上手くすれば’Level4

イスラム的・・aebunny84さん

投稿者: asean_peace11 投稿日時: 2004/07/08 05:57 投稿番号: [853 / 1982]
おはようございます
はじめまして

僕がアメリカ在住の方々からお聞きする中で前からちょっと
気になっているのが、

aebunny84さんが書かれた

>イスラム教徒の女性が「どの宗教でも原理主義者はいるが、
  イスラムにおいては、それがメインストリームである。
  イスラム教徒は、コーランこそが、唯一完成された聖典である
  と信じている」と発言していました。

中に「イスラム」や「イスラム教徒」と言う言葉が何度も
出てくることなんですね。

それも「イスラム教徒」自らがそういう発言をしている。

此処が非常に疑問なんです。
この発言も女性ですから「宗教的な指導者層」ではないことは確かなのに
なぜ、指導者層的な発言をするのか?

つまり、総体的な発言をするのか?又は出来るのか?

これが非常に不思議なんです。

僕が知っている限りの一般的なイスラム教徒で「自分達イスラム教徒は〜」
という発言の仕方をする人間に正直、僕は会ったことがないんですよ。。。

キリスト教国の中に居るから、区別する意味で使っているのかな?

例えば、タイに住むイスラム教徒でもこういう物言いをするのは
いわゆる宗教指導者と言われる人間なんでんすね

一般的なムスリムでも仏教徒であるタイ人でも宗教というのは
自分自身と表裏一体だから、殊更にそれを区別して表現すること自体
思いつかないと言うか、彼らを外側から見ている僕が居る為に
彼らが見せる行動や発言等の背景として
「ああ、成る程なぁ、宗教的な影響がそうした無意識な行動や発言に
なっているの”だろうなぁ”」と理解する手がかり、にはしますけど
それ自体を行ったり発言している側には、明確な意識が彼らを外側
から見ている僕程、ある訳じゃない。

それに加えて、いわゆる民族的な特徴や性格的なものと文化的な
影響と言うのも、一般的な庶民レベルでは宗教=文化なので、
宗教的儀式が特別日常生活と分離して存在していない訳ですよ。
(歴史的な文化遺産みたいなものはこうした第三世界では庶民側に全くと
言って良い程無いですから・・文字を扱えた特権階級にしかいわゆる
しきたり的な文化遺産となるものはないのが普通だし)

これは中東でも同様で、大方の人間は「一人称」でしか話をしないんですよ
例えば、考え方や立ち振る舞いが僕の方法では違ったとして
それを「此処ではそれは間違いで、こうしたやり方の方が正しいんだ」と言う
場合でも、主語にイスラムやイスラム教やムスリムが付いた発言を
聞いたことがないのです。

なもんですから、彼らは殊更にコーランが唯一無二の・・とかも
言わないでんですよ、なぜなら「初めから最後迄コーランしかない訳」
だし、一般的なイスラム教徒が他の宗教と自分達の宗教を相対的に
考える・・といったことも先ず起こらないですからね。

だからマレーシアみたいに国の宗教はイスラム教だが、
他の宗教には干渉しないと言うか、イスラム教徒と仏教徒系の華僑と
ヒンドゥー系のインド人が共存出来るし、憲法で「信教の自由」を認めても矛盾が起こらない。
(イスラム教の教義:コーラン:でさえも他の宗教を認めている訳ですから)

ですから、どうして欧米のメディアに出てくるそうしたイスラム教徒と
名乗る人達は殊更に(極端な場合女性でさえも)イスラムやイスラム教や
ムスリムという区分けを協調したがるかのか?が僕には非常に
不思議なんですよね・・・

>面子

投稿者: bluepark788 投稿日時: 2004/07/08 04:07 投稿番号: [852 / 1982]
実は僕が一番理解に苦しむのは、これだけソフトターゲットを標的にして、一般市民を殺戮してきたUBLを筆頭とするテロリストたちを、いまだに支援している国家やグループがいるということ。

もちろん誰か特定することはできないけれど、テロリストのネットワークだけで、こうも逃げながら、テロを繰り返すことなどできないと思うから。

ところが、その自分の疑問、「支援する奴がいることが理解できない」という考え方そのものが、西洋的な価値観に基づいているということに最近気づいたので、根本的に頭をひっくり返して考えなければ、この謎は解けないという気がしてきました。

そのイスラム教徒の女性、FoxNewsで僕も見たと思う。(たしかaebunnyさんも在米?)流暢な英語で、できるだけアメリカ人にもわかるようにしゃべっていた気がする。たしか、同胞のモスリムから常に脅されてると言ってましたね。

アラブ、モスリムというものだけでも理解するには程遠いのに、さらにその中身は複雑に絡み合ってるという印象が深まる今日この頃です。

>面子

投稿者: bluepark788 投稿日時: 2004/07/08 03:43 投稿番号: [851 / 1982]
>彼らは、この常識が前提としている合理性に価値を置いてはいないと思います。そのような合理性の外から実弾を打ち込んくる。

この場合の常識は、我々の世界での「常識」なんですよね?

合理性の外から実弾を打ち込むということは、彼らにとって、それは非常識ではない、ということですね?

だとすると、彼らを導いている考え、彼らにとっての常識を知らなければ、戦争が予測どおりに進まないのは、当たり前のこと、と言っていい?

そして彼らにとっての常識の範囲内の行為は、イスラム圏の人々には、我々が感じるような違和感なく、すんなり受け入れられる、と考えていいのでしょうか?

>面子

投稿者: bluepark788 投稿日時: 2004/07/08 03:43 投稿番号: [851 / 1982]
>彼らは、この常識が前提としている合理性に価値を置いてはいないと思います。そのような合理性の外から実弾を打ち込んくる。

この場合の常識は、我々の世界での「常識」なんですよね?

合理性の外から実弾を打ち込むということは、彼らにとって、それは非常識ではない、ということですね?

だとすると、彼らを導いている考え、彼らにとっての常識を知らなければ、戦争が予測どおりに進まないのは、当たり前のこと、と言っていい?

そして彼らにとっての常識の範囲内の行為は、イスラム圏の人々には、我々が感じるような違和感なく、すんなり受け入れられる、と考えていいのでしょうか?

>憧れと妬み(ねたみ)

投稿者: bluepark788 投稿日時: 2004/07/08 03:31 投稿番号: [850 / 1982]
アセアンさんとトミーさんが「妬み」という感情を否定されたので、もう私などはそれで確信してしまいました←(いーのか、それで(笑)

いえ、他人は自分と違って当たり前!という個人主義のアメリカにいると、アラブ世界ほどではありませんが、他人の生活をうらやましがる、という感情は日本よりはるかに低く、結構共通点があるので、これは理解できます。

質問があります。アタの名前が出たので思い出したのですが、ああいったハイジャック・自爆の実行犯たちというのは、自分が死ぬことが決まっているミッションを遂行する時、その原動力になるものって、いったい何なんでしょう?

私が思うに、操縦桿を握っていた者以外は、普通のハイジャックだとしか知らされていなかったと思うのですが(でないと、乗客に知られ、決死の抵抗にあう恐れがあったので、味方にも嘘をついていた)、ビルに激突するようにジェット機を操縦したアタたちは、目の前にWTCの壁が迫り、激突する瞬間、いったい何を考えていたのか。パレスチナの自爆テロの実行犯たちとは、かなり動機が違うような気がするのですが。やはり洗脳なんでしょうか。

>面子

投稿者: aebunny84 投稿日時: 2004/07/08 02:22 投稿番号: [849 / 1982]
UBLのカリスマ、財力があれば、アセアンさんがおっしゃる様に国内で活動し善い国造りに励んだほうが賢いですよね。それをあえてしないのは、彼には国造りなんかより、イスラム教の敵と戦うという事が(なにしろ聖戦ですから、、)大切なのでしょう。

イスラム教でない先進諸国が経済的にも、文化的にも世界に影響力を持ち支配し(以下トミーさんの意見の引用ですが)自分達の生活を妨げて悪しき誘惑が堕落に導く、、。UBLは狂信的にそう信じているのでしょう。妬みがあるとしたら、自分では気づいていないでしょうが、権力、影響力に対する妬みだと思います。

最近、イスラム教徒の女性が「どの宗教でも原理主義者はいるが、イスラムにおいては、それがメインストリームである。イスラム教徒は、コーランこそが、唯一完成された聖典であると信じている」と発言していました。

表向きではどうかしらないけど、心中ではアルカイダに同情するイスラム教徒が多いとしたら、怖いものです。

ライターさん、私は理系の理論的な考え方が好きですが、世の中、理系より文系の人口のほうが多い様です。感情、感性は馬鹿にできないとつくづく思っています。感情とはやっかいなものですねー。

>恨みと妬み

投稿者: tommy39dec3 投稿日時: 2004/07/07 20:36 投稿番号: [848 / 1982]
>どうしてあいつらは豊かな生活が出来て
俺達は出来ないのか?
俺達が出来ないのなら、あいつらも出来ないようにしてやれ・・・
純粋な『妬み』では無いかと思う。

これはない。

自分たちの生き方が最善であるにもかかわらず、それを妨げてくる悪しき(笑)誘惑がわれわれを堕落に導いている。
と、考えているのじゃないかな?

虐待が発覚した後

投稿者: tommy39dec3 投稿日時: 2004/07/07 20:29 投稿番号: [847 / 1982]
すぐさま、アメリカ国籍の人質を殺害し、その映像をネットで公開した理由は、受けた屈辱を速やかに晴らす血の復讐の原理だったと考えています。

それが事件を解決に導くものであったか、実行犯を殺害しないでどうするのか、国際世論を味方に付けるチャンスをみすみす失ったとか、合理的な批判はいくらでも出来ますが。彼らは、自分たちのアメリカ人を殺すことが出来ることを映像でなによりもアラブ人に、そして世界に知らしめることのほうを選んだわけです。
無論、彼らが期待した効果が得られたかどうかは定かではありませんが・・・。

職業訓練のレベル

投稿者: katuragi1940 投稿日時: 2004/07/07 19:44 投稿番号: [846 / 1982]
こんばんわ

イラクの職業訓練なんですが、湾岸戦争前のまた聞きで申し訳ないんですが、イラクの労働力は基本的には質がいいと聞いていたんです。
日本から行った連中のマネジメントがうまかったのかわかりませんが、あの暑いなか良く働いてくれたという話しがほとんどだったんですよね。
で、けっこう日本の職人的な人もいたらしいと聞いてます。
酒の席ですから多分に過去の美化が入ってたかもしれませんが・・・根本的な悪い話は聞いてないんですよ。
どうもサウジとか遊牧の味が濃いところとは一味違うのかと思っていました。
それがこのトピでアセアンさんやトミーさんなどのお話しを聞くとどうも違うようだと・・・そうするとこのギャップはどこから来てるのかと思うわけなんですよ。
日本の監督は基本的に現場に出ますから実際の作業員の印象はだいぶ掴んでるはずなんですよね。
逆にイギリスとかのコンサルについてはうらみつらみを言ってましたけど。
ですから私としてはイラクには基幹となる西欧的な労働価値に染まった人たちがそれなりにいるんじゃないかと思ってたんですが。
均一といわれる日本でさえ差があるように、イラクの部族社会にどっぷり染まってる人たちは無理があるかもしれませんが、一応あれだけの体裁を整えていた国であったわけなんですよね。
しかもサウジとかと違って労働の大部分は自前でまかなえたと聞きます。それだけでもイラクには可能性があると思うんですよね。
ということでここはちょっとその辺お話しをお聞かせ願えればと思います。
いちから教育するのとある程度の洗礼を受けてる場合とではだいぶ違いますし、即戦力があるかどうかで復興の前提も変わるはずなので・・・

だいぶ他のテーマでお忙しそうなのでゆっくりでけっこうです。(笑)

>面子

投稿者: tommy39dec3 投稿日時: 2004/07/07 19:23 投稿番号: [845 / 1982]
>完全に常識を外れているんだ・・・
戦争するならばなるべく敵は少ないほうがいい。
敵の同盟国をなるべく中立国にさせ
中立国をなるべく自分の同盟国にさせるのがセオリーなんだが・・・

彼らは、この常識が前提としている合理性に価値を置いてはいないと思います。
そのような合理性の外から実弾を打ち込んくる。と考えていいのではないでしょうか?

面子

投稿者: lighter101rethgil 投稿日時: 2004/07/07 16:40 投稿番号: [844 / 1982]
つまり、『妬み』で無く
『恨み』であってその根底には面子を潰された事にある。

判らん・・・・

質問なのだけど
ラディンがアメリカだけに『恨み』を抱くならば・・・
アルカイダはなぜアメリカ以外の国まで攻撃するのだろう?

完全に常識を外れているんだ・・・
戦争するならばなるべく敵は少ないほうがいい。

敵の同盟国をなるべく中立国にさせ
中立国をなるべく自分の同盟国にさせるのがセオリーなんだが・・・

ラディンってマジで馬鹿なんだろうか?

遅レス>イラク復興・・日本と国際社会

投稿者: etranger3_01 投稿日時: 2004/07/07 14:16 投稿番号: [843 / 1982]
アセアンさん、やっと読みました。

ずいぶん前の投稿に対するレスで恐縮ですが、
2点だけまず確認したいことがあります。

>(この件を曖昧な記録で話すのは良いこととは思えませんが)
以前、トルコ国内のクルド人過激武装テロ集団のリーダーだったか
が国際司法裁判所へ自首しようとした際に(此処からが肝心です)
『オランダ政府はそのリーダーの入国を「拒否した」』はずなんです。

1、ここなんですが、テロ集団のリーダーは本当に「国際司法裁判所(ICJ)」に自首しようとしたのですか?

アセアンさんほどの見識の方ならとっくにご存知だと思うのですが、ICJは刑事機関ではありませんし、まず個人を裁いたり判決を言い渡すことのできる機関でもありません。ICJは国家間の紛争の調停を行うための機関であるはずなので、まずこの事実の確認をお願いします。ICJに「自首」はできないはずです。

2、入国拒否を行った際のテロ首謀者の自首先が仮に国内の法廷であった場合、これは国際協定によって場所を提供したオランダ政府が履行義務を怠ったという事実にはならないため、アセアンさんの以降の問題提起がすべて崩れ去ってしまいます。この事件が国内の法廷を巡る政府の動きの場合、これは国内司法と政治との駆け引きの関係で政府が最終的に入国拒否をする判断をした可能性があります。国際協定によって拘束されている場合、オランダ政府の対応は違うのかもしれません。

リーダーの自首先がICJでない場合、それがどこだったのかの確認をお願いします。

この2点の事実が確認できた上で、現実的な問題として設置国の能力に関する議論に参加させていただきたいと思います。よろしくお願いします。

In Solidarity

憧れと妬み(ねたみ)

投稿者: asean_peace11 投稿日時: 2004/07/07 14:15 投稿番号: [842 / 1982]
今日は、どういう訳か異常に暑いっ、室内温度が36度・・むぎゅぅ

言い訳しますとですねライターさん
この「ねたみ」ってのは、先ず『無い』と断定してもよいのです。
な、もんですからハズした(笑)と言いますかですね
その感情の選択肢は初めから僕の中にないんです。

で、此処から先はライターさんに「身体で分からぁーん!」って
言われてしまう領域なんですが・・・

簡単に結論から言ってしまうと
『他人の金に興味を持っても自分のものになる訳じゃない!』
という理屈が普及(?苦笑)しているので、「ねたみ」自体が
起きないんですよ。

「憧れ」はあるんです、ただその憧れもですね
「(自分は)金持ちになりたいっ!」と言う方が強くて
TVなんかを見れる所だと、国産ドラマなんかは必ずと言っていい程に
アラブ式のお金持ち家族が舞台にはなるので、そういった
モノへの憧れは確かにあります。

ただ、TVを見られない所や地方に住んでる人間が
「アメリカは世界一の金持ちだ」って言われても、そういう人達が
知っている「世界」って今居る所からせいぜい3泊4日
キャラバンした先にあるオアシスの町の市場(いちば)
迄、なんてことはそう珍しい話じゃない訳で「世界」を表す
スケールそのものが違いますから、金持ちに対するイメージも
おのずとそのスケールに合ったものでしかないんです。

イスラム教の教義では「うらみ」よりも「ねたみ」の
感情の方が更に下位の感情ですから、余計に「無視する」んですよ
「他人の金っ!」みたいな形へ切り替えてしまう。

これを長年やってるとですね、抑圧された感情の増殖ではなくなって、
逆の感情の方は強くなるんです。

それが「自分は金持ちになってやるぅ!」という感情なんです。

そうした感情を支えているのは
『他人の金は関係ないっ』
っというヤツなんです。

ですから、アメリカだけが豊かな生活で、何で俺達っは・・・ってのは
基本的に無いですよ、関係無いから・・自分には

それに彼らが考える「豊か」ってのは上でも書いたように
彼らのスケールでしかないから、砂漠の中で100%スタックする
ベンツ数台持ってるよりは
「らくだ20頭持ってるヤツの方が、ダントツ豊か!」

都市部の豪商やら特権階級の人間はそういう人間と交わること
自体を徹底的に嫌がるから、彼らが持つ世界観もそうした地方の人間の
世界観とは全くスケールが違うので、接点そものが無いし

9.11のアタとか言う「中途半端な階級」の人間だったら、
そうした「ねたみ」を持つかも知れないですけど、

例えそうであってもめちゃくちゃ自分を中心にした
現実主義が中東の人間の特徴でもあるんで、そういう
意味からしても一文の特にならない行為をする為には

「相当強い洗脳」みたいなものがないと「ねたみ」」だけでは
維持し切れないと思うんですが。

恨みと妬み

投稿者: lighter101rethgil 投稿日時: 2004/07/07 13:07 投稿番号: [841 / 1982]
チャウチャウ・・・
俺のは『妬み』(ねたみ)

どうしてあいつらは豊かな生活が出来て
俺達は出来ないのか?
俺達が出来ないのなら、あいつらも出来ないようにしてやれ・・・
純粋な『妬み』では無いかと思う。

イスラムテロリストの憎しみの根底には『妬み』があるのでは無いかと言う説。

************************************

ちなみに『毛沢東思想とイスラム原理主義』

共産主義が宗教を否定しているので
一見、かなり変に思えるけど・・・
毛沢東思想を革命・レジスタンスの為の『戦術』と考えればいい。

毛沢東戦術
①「農村が都市を包囲する」という農村拠点戦術
②「銃口から政権が生まれる」という人民戦術
その他、植民地闘争(中国の抗日戦線)
文化大革命による階級闘争の勝利

つまり、
自決権の行使、レジスタンス、革命に毛沢東戦術は有効って事らしい・・・

俺も良くは知らないが・・・
冷戦期にソ連による日本侵略を想定して・・・
占領下の日本に於いて対ソ連レジスタンスをするため
毛沢東を研究していた人がいるとかいないとか・・・
まぁ話し半分に聞いてくれ〜
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)