尊重して”貰いたい”か?
投稿者: asean_peace11 投稿日時: 2004/07/08 13:04 投稿番号: [863 / 1982]
[自分しか信じない]
ちょっと、彼らの”本音”だろう、と僕が感じている
ことを書いてみます。
いわゆる、彼らとは「一般的な国民」と言う立場の
人達の本音ということです。
先ず、
1.『(本当は)放っておいて貰いたい』
・他人からとやかく言われるのは嫌いです。
・自分が緊張する状態は嫌いです。
(だから出来る限り自分より上位の人間とは関わりたくない)
・理詰めの議論をされるのは緊張状態に陥るので嫌いです。
・精神的な圧迫感が最も嫌いです。
(理詰めの議論:質問される:のは警察の尋問と同じ感覚)
(最近では特に30代以下の人間の多くは「田舎の濃密な人間関係」
が嫌いです)
2.『他人は絶対に信用しない』
・他人が言葉で言った通りになった試しがない。
・相互互助を受けられるのは、それなりのコネと一族的勢力が
ある人間だ(事実です)
・だから、政府とか役人の言う保障やら制度等も同じだ。
・役人や都会の人間は全て、田舎の人間を馬鹿にしている。
・甘口、甘言はその全てが嘘だ。
・自分が他人を信じていないと同様に他人も自分を信じて等いない。
(結果、現物しか信用しません、極端な場合は銀行振り出しの小切手
さえも信用しません)
で、自分が以上のような状態に陥ってマイナスを背負い込みたくない
ので、他者に対しては逆に『強気で出る』と行為になるのでは
ないかと僕は考えています。
つまり「面子を潰す」と言うのは(前にも書きましたが)
自分の弱みを他者に晒け出すと同値なので、そうなると
相対者は往々にして、遠慮会釈無く自分の内側に入り込んで
来るのが普通です。
(甘い顔をみせると時には傍若無人な振る舞いに迄及びます)
こうした、超個人主義的な人間が集まる集団の中ではその緊張状態
を緩和する為に、血縁に頼る傾向がより強くなり且
他の血縁関係集団との軋轢を回避する為に、作法や礼儀、
普段の付き合いと言う表面的な”掟”の維持を行うことで
直接的な衝突を避ける工夫が発達するのではないか?
とも考えます。
(挨拶の行為ですが、これが相当に洗練された形で
具体的に使用されているのが、タイ人が使うワァイ:両手を合わせて
する挨拶:だと、思います・・・実際、このワァイには大変な数の
バリエーションがあって、合わされた指先の高低だけで、相手への
親しさの度合いから尊敬や服従迄様々な意思表示が可能になっています
更に、表情やボディアクションが加わりますので、旅行で行かれた
場合等は、安易にお使いにならないことをお勧めします)
ですから、エトさんが仰る
>リスペクトの要求
は、逆に彼らの”わがまま”を増徴し兼ねない可能性を持っていますし
欧米側からすると「尊重するだけの何かが分からない」限り
そうした感情を抱くことも難しいのではないかなあ?
と僕は思うんです。
(彼らにとって、彼らの歴史の長さ古代文化の芳醇さみたいなことは、
現在の自分達とは全く関係の無いことなので、その自分とは関係の
無い者への尊敬が自分達への尊敬に繋がるルートが彼らには理解
出来ないと思います)
そうした意味から、欧米型の「相手の存在やその尊厳に敬意を払う」行為
は、下手をすると「相手が自分に”へり下っている”」と
認識する確率が相当に高い場合があります。
一端、そう解釈された場合には、後から高圧的な態度に切り替えても
全く効果はなく、逆に「何っ処か、悪いんじゃないか?」と
思われるのが関の山です。
それでは手の打ちようが無いか?と言うと必ずしもそうではなく
極々、割合は少ないことは確かですが、
・金の切れ目が縁の切れ目
と考えない人間も居るのは確かです・・・・
(これは、逆に多くの人間がそう認識している、と言うことでも
ありますが・・)
そういった人間をとにかく見つけ出して、更にそうした人間が
現在のイラクの上位層に居ることを願いますが・・・
そうした人間と人間的な関係を築き上げていく方法
か
ちょっかいを出したら最後迄面倒を見る腹を括って端から上位者として
振舞う方法
のいずれかしか、根源的な解決方法は存在しないと僕は考えます。
更に、欧米生活が長いイラク人を現在、イラク国内に居住するイラク人が
同胞と認識してくれるか否か・・と言う問題は残ることは残るだろうなあ
とは思います。
ちなみに、現在のアルカイダや行っているテロ行為の目的に関しては
何かイスラム的な理想を実現するとか、抑圧されたイスラムに尊厳を
取り戻す・・等といったいわゆるイスラムの大儀等が
僕はひとかけらでも残っている、と
ちょっと、彼らの”本音”だろう、と僕が感じている
ことを書いてみます。
いわゆる、彼らとは「一般的な国民」と言う立場の
人達の本音ということです。
先ず、
1.『(本当は)放っておいて貰いたい』
・他人からとやかく言われるのは嫌いです。
・自分が緊張する状態は嫌いです。
(だから出来る限り自分より上位の人間とは関わりたくない)
・理詰めの議論をされるのは緊張状態に陥るので嫌いです。
・精神的な圧迫感が最も嫌いです。
(理詰めの議論:質問される:のは警察の尋問と同じ感覚)
(最近では特に30代以下の人間の多くは「田舎の濃密な人間関係」
が嫌いです)
2.『他人は絶対に信用しない』
・他人が言葉で言った通りになった試しがない。
・相互互助を受けられるのは、それなりのコネと一族的勢力が
ある人間だ(事実です)
・だから、政府とか役人の言う保障やら制度等も同じだ。
・役人や都会の人間は全て、田舎の人間を馬鹿にしている。
・甘口、甘言はその全てが嘘だ。
・自分が他人を信じていないと同様に他人も自分を信じて等いない。
(結果、現物しか信用しません、極端な場合は銀行振り出しの小切手
さえも信用しません)
で、自分が以上のような状態に陥ってマイナスを背負い込みたくない
ので、他者に対しては逆に『強気で出る』と行為になるのでは
ないかと僕は考えています。
つまり「面子を潰す」と言うのは(前にも書きましたが)
自分の弱みを他者に晒け出すと同値なので、そうなると
相対者は往々にして、遠慮会釈無く自分の内側に入り込んで
来るのが普通です。
(甘い顔をみせると時には傍若無人な振る舞いに迄及びます)
こうした、超個人主義的な人間が集まる集団の中ではその緊張状態
を緩和する為に、血縁に頼る傾向がより強くなり且
他の血縁関係集団との軋轢を回避する為に、作法や礼儀、
普段の付き合いと言う表面的な”掟”の維持を行うことで
直接的な衝突を避ける工夫が発達するのではないか?
とも考えます。
(挨拶の行為ですが、これが相当に洗練された形で
具体的に使用されているのが、タイ人が使うワァイ:両手を合わせて
する挨拶:だと、思います・・・実際、このワァイには大変な数の
バリエーションがあって、合わされた指先の高低だけで、相手への
親しさの度合いから尊敬や服従迄様々な意思表示が可能になっています
更に、表情やボディアクションが加わりますので、旅行で行かれた
場合等は、安易にお使いにならないことをお勧めします)
ですから、エトさんが仰る
>リスペクトの要求
は、逆に彼らの”わがまま”を増徴し兼ねない可能性を持っていますし
欧米側からすると「尊重するだけの何かが分からない」限り
そうした感情を抱くことも難しいのではないかなあ?
と僕は思うんです。
(彼らにとって、彼らの歴史の長さ古代文化の芳醇さみたいなことは、
現在の自分達とは全く関係の無いことなので、その自分とは関係の
無い者への尊敬が自分達への尊敬に繋がるルートが彼らには理解
出来ないと思います)
そうした意味から、欧米型の「相手の存在やその尊厳に敬意を払う」行為
は、下手をすると「相手が自分に”へり下っている”」と
認識する確率が相当に高い場合があります。
一端、そう解釈された場合には、後から高圧的な態度に切り替えても
全く効果はなく、逆に「何っ処か、悪いんじゃないか?」と
思われるのが関の山です。
それでは手の打ちようが無いか?と言うと必ずしもそうではなく
極々、割合は少ないことは確かですが、
・金の切れ目が縁の切れ目
と考えない人間も居るのは確かです・・・・
(これは、逆に多くの人間がそう認識している、と言うことでも
ありますが・・)
そういった人間をとにかく見つけ出して、更にそうした人間が
現在のイラクの上位層に居ることを願いますが・・・
そうした人間と人間的な関係を築き上げていく方法
か
ちょっかいを出したら最後迄面倒を見る腹を括って端から上位者として
振舞う方法
のいずれかしか、根源的な解決方法は存在しないと僕は考えます。
更に、欧米生活が長いイラク人を現在、イラク国内に居住するイラク人が
同胞と認識してくれるか否か・・と言う問題は残ることは残るだろうなあ
とは思います。
ちなみに、現在のアルカイダや行っているテロ行為の目的に関しては
何かイスラム的な理想を実現するとか、抑圧されたイスラムに尊厳を
取り戻す・・等といったいわゆるイスラムの大儀等が
僕はひとかけらでも残っている、と
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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