Re: 刺客列傳 第五話 「荊軻」 結の段
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/08/14 01:15 投稿番号: [307 / 735]
参考
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&board=1835412&tid=bbgmdb2vdbffcbeh&sid=1835412&action=m&mid=251
それから荊軻は邯鄲(かんたん)に旅行して、
そこで魯句踐とバクチをしたときにそのやり方について口論となった。
魯句踐は怒って荊軻をどなりつけた。
★ところで、上記URLで、魯句踐のほかにもう一人
葢聶という人が出てきています。
嘗て荊軻は燕を出発する前に、
自分と一緒に秦に行き秦王暗殺に手をかしてくれる人を待っていました。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&board=1835412&tid=bbgmdb2vdbffcbeh&sid=1835412&action=m&mid=283
荊軻は、人を待っていた。
その人とともに秦に行きたいと考えていたのである。
その人物は遠方に居てまだ到着しないうちに旅の準備が整ってしまった。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835412&tid=bbgmdb2vdbffcbeh&sid=1835412&mid=284#under-deli
★さて、荊軻は自分に同行してくれる人を待っていたわけですが、
それは一体誰だったのでしょうか。
司馬遷は最後までその人が誰か明かしていません。
ただ推測することはできます。その推測ですが、
①司馬遷は荊軻の待ち人が誰だったか知っていて敢えて書かなかった。
(いたずら心かなんかで)
②司馬遷も知らなかった。
③見当はついているのだが、確定的ではないので書かずにおいた。
どうでしょうか。よかったら一度考えてみてください。
ちなみに、わたしは①或いは③です。
★司馬遷は、その人の名を知ってか知らずか。知っていて敢えて書かず、
いたずら心で含みを残しておいたのか、永遠の謎ではあります。
が、その人というのが、この葢聶であるという可能性は大だと思います。
ひとつには、荊軻は、自分とのかつてのいきさつから、
葢聶が肝の据わった命知らずの遊侠の徒であることを知っていたということ。
もうひとつには、魯句踐は最後に登場して彼についてはきれいに結着が
ついているのに、この葢聶については最初に登場したまま、
ついに宙に浮いたままで終ってしまっているから、です。
で、ロムのみなさまはどのようにお考えになられますでしょうか。
http://homepage3.nifty.com/alacarte/quiz-sub-q2.htm
http://homepage3.nifty.com/alacarte/quiz-sub-a2.htm
http://www.ume.sakura.ne.jp/~edo/cgi-bin/petit1/15.html
[327へのレス] 投稿者:坂本竜馬 投稿日:2003/03/09(Sun) 15:41:58
荊可(かの字は車へんに可なのだがパソコンでは出なかったのでご容赦)が誰を待っていたかについては史記・刺客列伝にも載っていない為わかりません、いあだこの件にかんしては色々な小説家の想像力を刺激してきたようで、たとえば陳舜臣先生の短編集中国任侠伝の中の一編「荊可、一片の心」の中では荊可の旧友で飛び道具の名人の辛朔(むろん陳先生の創作の人物で実在の人物ではない)という事になっています。
つづく
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http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&board=1835412&tid=bbgmdb2vdbffcbeh&sid=1835412&action=m&mid=251
それから荊軻は邯鄲(かんたん)に旅行して、
そこで魯句踐とバクチをしたときにそのやり方について口論となった。
魯句踐は怒って荊軻をどなりつけた。
★ところで、上記URLで、魯句踐のほかにもう一人
葢聶という人が出てきています。
嘗て荊軻は燕を出発する前に、
自分と一緒に秦に行き秦王暗殺に手をかしてくれる人を待っていました。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&board=1835412&tid=bbgmdb2vdbffcbeh&sid=1835412&action=m&mid=283
荊軻は、人を待っていた。
その人とともに秦に行きたいと考えていたのである。
その人物は遠方に居てまだ到着しないうちに旅の準備が整ってしまった。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835412&tid=bbgmdb2vdbffcbeh&sid=1835412&mid=284#under-deli
★さて、荊軻は自分に同行してくれる人を待っていたわけですが、
それは一体誰だったのでしょうか。
司馬遷は最後までその人が誰か明かしていません。
ただ推測することはできます。その推測ですが、
①司馬遷は荊軻の待ち人が誰だったか知っていて敢えて書かなかった。
(いたずら心かなんかで)
②司馬遷も知らなかった。
③見当はついているのだが、確定的ではないので書かずにおいた。
どうでしょうか。よかったら一度考えてみてください。
ちなみに、わたしは①或いは③です。
★司馬遷は、その人の名を知ってか知らずか。知っていて敢えて書かず、
いたずら心で含みを残しておいたのか、永遠の謎ではあります。
が、その人というのが、この葢聶であるという可能性は大だと思います。
ひとつには、荊軻は、自分とのかつてのいきさつから、
葢聶が肝の据わった命知らずの遊侠の徒であることを知っていたということ。
もうひとつには、魯句踐は最後に登場して彼についてはきれいに結着が
ついているのに、この葢聶については最初に登場したまま、
ついに宙に浮いたままで終ってしまっているから、です。
で、ロムのみなさまはどのようにお考えになられますでしょうか。
http://homepage3.nifty.com/alacarte/quiz-sub-q2.htm
http://homepage3.nifty.com/alacarte/quiz-sub-a2.htm
http://www.ume.sakura.ne.jp/~edo/cgi-bin/petit1/15.html
[327へのレス] 投稿者:坂本竜馬 投稿日:2003/03/09(Sun) 15:41:58
荊可(かの字は車へんに可なのだがパソコンでは出なかったのでご容赦)が誰を待っていたかについては史記・刺客列伝にも載っていない為わかりません、いあだこの件にかんしては色々な小説家の想像力を刺激してきたようで、たとえば陳舜臣先生の短編集中国任侠伝の中の一編「荊可、一片の心」の中では荊可の旧友で飛び道具の名人の辛朔(むろん陳先生の創作の人物で実在の人物ではない)という事になっています。
つづく
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これは メッセージ 306 (ajisai110701 さん)への返信です.
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