紫陽花亭日乗

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刺客列傳 第五話 「荊軻」 結の段 5 

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/08/14 01:31 投稿番号: [308 / 735]
太史公曰。世言荊軻、其稱太子丹之命、、天雨粟、馬生角也。太過。
又言荊軻傷秦王。皆非也。始公孫季功董生夏無且游、具知其事。
爲余道之如是。自曹沫至荊軻五人、此其義或成、或不成。
然其立意較然、不欺其志。名垂後世、豈妄也哉。

太史公曰く、
世に荊軻を言うは、それ太子丹の命と稱し、天、粟を雨(ふ)らし、
馬に角を生うなり。
太(はなはだ)過(あやま)てり。
また言う荊軻、秦王に傷すと。皆非(あら)ざるなり。
始め公孫季功・董生、夏無且と游び、具(つぶさ)にその事を知れり。
余のためにこれを道(い)うことかくの如し。
曹沫より荊軻に至る五人、これ、その義あるいは成り、あるいは成らず。
然してその意を立つるは較然、その志を欺かず。
名、後世に垂るは、豈に妄(ぼう)なりや。


太史公(作者・司馬遷)の論賛である。

「世間では荊軻の話として伝わっている中に、太子丹の運命と称して、
天が(彼を哀れんで)穀物を降らし、馬に角を生やしたというようなことを
言っている。がこれは大間違いである。

また、荊軻が秦王に傷を負わせたとも言っているが、
この話もありえないことである。

かつて公孫季功と董生は、夏無且と交遊があって
(夏無且から詳細に聴いて)、この話をよく知っていた。
そしてわたしに如上のように話してくれた。

曹沫より荊軻に至る刺客五人の、その義をかかげての暗殺は、
あるいは成就し、あるいは成就しなかった。
しかしながら刺客としての意義ははっきりと立てることができ、
その志を欺かなかった。
刺客として彼らの名が後世に伝わったことは、まさしく道理のあることである」


★太子丹の求めてきた徐夫人の匕首は、いとすじほどの血が滲む傷でも、
たちどころに死にました。
このことからも荊軻が秦王に傷を負わせたという話は真実ではないといえます。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835412&tid=bbgmdb2vdbffcbeh&sid=1835412&mid=283#under-deli

★太子丹が秦から逃げ帰ったときの逸話です。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835412&tid=bbgmdb2vdbffcbeh&sid=1835412&mid=255


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