日韓歴史論争
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なるほど これも法則ですね
投稿者: hiryuuyamaguchi 投稿日時: 2003/07/19 23:48 投稿番号: [666 / 6952]
私は日本人ですが・・・
で、在日韓国、北朝鮮人
>「私は、日本人の一人として、わが祖国日本を愛していることを、まず言っておきたい。……」
で、売国奴
左翼
共通点は反日利権で食ってるかメリットあるってところですか・・・
左翼も歴史問題に固執しているあたりにもはやただの反日利権団体の印象しかないです。
これは メッセージ 664 (bosintang さん)への返信です.
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本日、神保町のアジア文庫にも
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/07/19 23:47 投稿番号: [665 / 6952]
よってきて、韓国朝鮮関係書棚ものぞいたんですが、この本には気付きませんでした。
韓国カテでなんどか出た「朝鮮軍司令部」を買おうと思って。10年ほど前だから絶版かなあ。店主は以前はあったといってましたが。一応検索にはでてきますが。同じ著者の「天津軍司令部」はもっているんですが。
これは メッセージ 664 (bosintang さん)への返信です.
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前書きの冒頭が
投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/07/19 23:36 投稿番号: [664 / 6952]
「私は、日本人の一人として、わが祖国日本を愛していることを、まず言っておきたい。……」
まだ読んでないけど、相当に売国的内容と思われ。
これは メッセージ 663 (kuuboakagi00 さん)への返信です.
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バリバリの左派
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/07/19 23:31 投稿番号: [663 / 6952]
同じ東大工学部でも中川八洋とは対照的。
これは メッセージ 662 (bosintang さん)への返信です.
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>保坂祐二教授って誰?
投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/07/19 23:27 投稿番号: [662 / 6952]
〈略歴〉
1956年東京生まれ。
1979年東大工学部卒。
1995年高麗大学政治外交学科碩士
2000年同博士
現在、世宗大学日語日文学科教授
〈主要論文〉
「福沢諭吉と朝鮮開化派」
「吉田松陰の朝鮮侵略論に見る明治新政府の初期対韓政策」
「日帝の満州国同化政策」
「在日コリアンの法的地位」
「満州国における三つの支配理念」
「八紘一宇思想の一考察」
〈著書〉
『日本帝国主義の民族同化政策分析』(2002)
これは メッセージ 655 (healer089 さん)への返信です.
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やっぱ アカかな?
投稿者: licky_eto 投稿日時: 2003/07/14 12:02 投稿番号: [661 / 6952]
政治学修士って事は
共産主義者の可能性大って事かな・・・
日本の武士団の形成はともかく「孫子の兵法」を持ち出したのがよく判らんなぁ
私の認識では
戦国時代ですら「兵法」を元にした戦術・戦略が確立してなかったように思うんだけど
せいぜい
信玄公が用いた程度で・・・
「兵法」は後に「軍学」と呼ばれて
剣術なんかが後に「兵法」と呼ばれてしまう位に日本では軽視されていた筈なんだけどなぁ
「剣術」の話を持ち出すと
「クムドはウリナラ起源ニダ」って言い出すのかな?
この先生(笑)
これは メッセージ 660 (licky_eto さん)への返信です.
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この売国奴は・・・
投稿者: licky_eto 投稿日時: 2003/07/14 10:32 投稿番号: [660 / 6952]
在日なのかな?
向こうの大学を出てるみたいだけど・・・
彼岸の大学を出てないと教職に就けないのか?
でも北京大出身で教職に就いてる人もいるみたいだし・・・
まあもし日本が半島に謝る点があったとしたら・・・
「せっかく寝ていたのに起こしてごめんね」って程度で十分かな(笑)
これは メッセージ 656 (kuuboakagi00 さん)への返信です.
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結果的に事実である
投稿者: klvumnxw 投稿日時: 2003/07/14 04:35 投稿番号: [659 / 6952]
朝鮮半島のせいで原爆を落とされた。
これは メッセージ 1 (ryuckel さん)への返信です.
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あれだよね
投稿者: gogo55hayaku 投稿日時: 2003/07/14 00:16 投稿番号: [658 / 6952]
日本と韓国は歴史の共有は出来ない。(歴史だけじゃなくすべて)
これは メッセージ 1 (ryuckel さん)への返信です.
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無知をさらけ出していますねw
投稿者: anti_hijacker 投稿日時: 2003/07/13 23:41 投稿番号: [657 / 6952]
作文を書く時に事実確認をすべきでしたね、この人
これは メッセージ 649 (jaway さん)への返信です.
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前にも紹介されてたね
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/07/13 15:52 投稿番号: [656 / 6952]
第5節
教授紹介
職位
名前
学位
専攻分野
内線番号
副教授
李 應壽
文学修士(東京大)
日文学
3121
助教授
鄭 恵卿
文学博士(筑波大)
日本語意味論
3123
専任
朴 恵蘭
文学修士(早稲田大)
日本語教育
3122
専任
朴 裕河
文学修士(早稲田大)
日近代小説
3119
専任
森山 新
教育学修士(高麗大)
日本語教育
3125
専任
保坂裕二
政治学修士(高麗大)
政治学
3115
専任
村上賢一
文学修士(ソウル大)
国語学
3120
専任
矢野尊義
文学修士(啓明大)
近代文学
3116
専任
平木孝典
文学修士(韓国外大)
日本語文法
3124
専任
田島昭子
文学修士(北京大)
中国近現代史
3104
第6節
連絡先
http://jsl-server.li.ocha.ac.jp/morishin1003/sejongU.html
これは メッセージ 655 (healer089 さん)への返信です.
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保坂祐二教授って誰?
投稿者: healer089 投稿日時: 2003/07/13 14:49 投稿番号: [655 / 6952]
これは メッセージ 1 (ryuckel さん)への返信です.
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アメリカ軍に逆らっても
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/07/13 02:36 投稿番号: [654 / 6952]
皆殺しにはならないということを知っているイラク人は結構アメリカにさからっているけど、アメリカ軍よりはるかに多数のイラク人を殺したフセインは恐くてさからわなかった、ということもあるし。
これは メッセージ 653 (kuuboakagi00 さん)への返信です.
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>ふと思ったのですが、
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/07/13 02:29 投稿番号: [653 / 6952]
>すると、もしも朝鮮がロシアの領土となっていたら、やはり、韓国もしっかり共産圏になってた可能性が高いってことでしょうか?
歴史的ifですからむつかしいいですねえ。朝鮮を所有したこと自体がその後のロシア政治に(対日本を含めて)影響をあたえたかもしれませんので、ロシア革命もやや影響をうけたかもしれません。
「もし朝鮮がロシアの領土となっていたら、朝鮮人はどうなっていたか」はかなり解答が可能な問題だとおもいますが。
「ポーランド人みたいになっていただろう」ということです。ポーランド人は日露戦争の時は日本軍に対する弾除けにつかわれましたから。
以前この話題が一度でたときにポーランドに詳しい人が、いやポーランド人はロシアの下でもそれ程不幸ではなかったといってましたが、ここにやはり民族性がでるでしょう。「窮乏は見る西伸びず、これを救済に努めざるべからず」というような伊藤のような施策はまづとられなかったでしょう。アムール河事件を見れば明白です。
3.1運動のようなことがあれば数万、数十万の朝鮮人がころされていたでしょう。
これは メッセージ 651 (j_ururu さん)への返信です.
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驚きですね
投稿者: licky_eto 投稿日時: 2003/07/10 15:55 投稿番号: [652 / 6952]
日本人だとしたら
こんな程度の薄っぺらな歴史に関する知識程度で歴史の教師になんてなって欲しくないですね
韓国人(在日を含む)だとしたら
こんなヨタな捏造の歴史を後世に垂れ流して欲しくないですしね・・・
こんな中途半端な人間に
教師になって欲しくないですよ
ただでさえ
教師の質と荒廃が
12歳で殺人という極端な教育崩壊を来している一因にもなっているというのに・・・
ふぅ・・・
これは メッセージ 649 (jaway さん)への返信です.
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ふと思ったのですが、
投稿者: j_ururu 投稿日時: 2003/07/10 15:25 投稿番号: [651 / 6952]
すると、もしも朝鮮がロシアの領土となっていたら、やはり、韓国もしっかり共産圏になってた可能性が高いってことでしょうか?
もしもの推測でしかないのですが。
またまたお勉強になりました。
これは メッセージ 638 (kuuboakagi00 さん)への返信です.
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Re韓国を知るということ。
投稿者: na_175 投稿日時: 2003/07/10 14:29 投稿番号: [650 / 6952]
本当にどうなんでしょうね。
「高野新笠が 武寧王の娘 」も「金忠善」も伝説ですよね。
歴史を知る事になるんでしょうかね?
正しい歴史は教えなくても良いのかな。
高野新笠が百済系で 武寧王の血を引いている可能性はありますけどね。
高野新笠 は和乙継(やまとのおとつぐ)の子。
和(倭)氏は百済系渡来氏族。
武寧王501〜523の娘が 高野新笠?〜789は
常識で考えてありえないでしょう。
これは メッセージ 649 (jaway さん)への返信です.
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韓国を知るということ
投稿者: jaway 投稿日時: 2003/07/10 12:45 投稿番号: [649 / 6952]
困ったものだ。左なイデオロギーの歴史でも教えるんかな?
------------
韓国を知るということ 2003/07/04
http://www.janjan.jp/column/0306124248/1.php
私には夢がある。高校教師になるという夢だ。ドラマの金八先生のような熱い先生になりたい。科目は社会科・特に日本史だ。
ASYS(Asia Youth Summit)の活動に関わるようになってから、日本と韓国の歴史について調べるようになった。そして調べていくうちに、国際交流をするにあたって歴史を知るということがとても重要だと感じるようになった。
ところで、皆さんは次の2人の名前をご存知だろうか?「高野新笠」と「金忠善」。どちらも日本と韓国に深く関係のある人物である。前者は桓武天皇の母親で百済の武寧王の娘である。ご存知のとおり百済とは昔朝鮮半島にあった国のこと。つまり現在の天皇には「韓国人」の血が流れているわけである。
後者は、もとは日本の武将で、「沙也可」という名前だったそうだ。豊臣秀吉の朝鮮出兵のときに寝返ったという。現在、約7000人の子孫が友鹿里(ゆかり)という小さな村に住んでいるそうだ。
日本と韓国の歴史について触れると、目をつぶってしまう人が多いだろう。どうしても豊臣秀吉の侵略行動や戦前における韓国併合やそこでの植民地支配を考えてしまいがちだ。
しかし、このような歴史に対してしっかりと触れなければ、実のある交流はできないであろうし、日韓関係は改善しないだろう。それに他の歴史に対しても蓋をしてしまう。上に挙げた2人がよい例だろう。この2人を知っている人は数えるほどしかいない。
歴史を知るということ、当然それは自分の国のことを知ることである。そしてそれは国際交流にもつなげることができると私は思う。学校ではそのようなことを教わる機会にはあまり恵まれないと思う。しかし、そのような歴史を学ぶことも必要なのではないだろうか?
私が高校教師になりたいということは、冒頭にも述べた。私は高校でこのような普段は触れることのできないような歴史を教えていきたいと思っている。
(林賢一)
これは メッセージ 1 (ryuckel さん)への返信です.
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あーあ
投稿者: dradrakom 投稿日時: 2003/07/03 19:18 投稿番号: [648 / 6952]
また、バ韓国の電波がやってきた。
これは メッセージ 601 (park_sinyang_corea さん)への返信です.
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朝鮮戦争起こしたのは日本?
投稿者: joushin_tigers 投稿日時: 2003/06/30 14:43 投稿番号: [647 / 6952]
これは メッセージ 646 (small_watcher さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/ffc4znrbbkoc0ah_1/647.html
>追い込まれたともいえる
投稿者: small_watcher 投稿日時: 2003/06/30 13:44 投稿番号: [646 / 6952]
朝鮮人は何でもこれだ。
自分たちの責任は棚に上げて、他国が追い込んだんだと。責任転嫁は得意なんだろうけど酷いね〜。
救いようの無い民族。
これは メッセージ 645 (trek011 さん)への返信です.
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もっとも
投稿者: trek011 投稿日時: 2003/06/26 22:22 投稿番号: [645 / 6952]
息がつまるような鎖国状態は朝鮮王朝後期だけで、朝鮮王朝前期はさまざまな民族と交渉があった。
朝貢関係にあった明国から天使(天朝の使節)がソウルに来た外、満州は明の間接支配だったから、女真諸部族の酋長がそれぞれソウルに朝貢にきていた。日本からは足利将軍家の外、大内、島津を始め諸大名もソウルに使節を送った。このあたりのことは「海東諸国紀」に詳しく書かれている。招かれざる倭寇も来たが。
さらに南の琉球王国とも通交があったし、朝鮮からも使者が琉球に行った。琉球の山北王は朝鮮に亡命したくらいだった。また遥か東南アジアの暹羅(シャム)からも二度使節がソウルに来ている。
結局、日本が鎖国し、中国も満州女真が明国を征服したことで、朝鮮は鎖国状態に追い込まれたともいえる。
これは メッセージ 644 (trek011 さん)への返信です.
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鎖国
投稿者: trek011 投稿日時: 2003/06/26 21:24 投稿番号: [644 / 6952]
確かに鎖国によって日本人は海外への出国を禁止され、外国人の入国も制限されたが、長崎にもオランダ人や中国人は来ていたし、対馬藩は釜山の倭館で朝鮮と通商していた。薩摩藩は琉球を間接支配していたし、松前藩は北海道のアイヌを間接支配し、アイヌはカラフトや沿海州と自由に往来していた。鎖国といっても完全に国を閉ざしたわけではなかった。
その点、朝鮮王朝は北京に朝貢使を、江戸に通信使を派遣していたから、鎖国とはいえないかもしれないが、外国人との接触はきわめて少なかった。義州で中国人商人、釜山で日本人と貿易する程度で、ヨーロッパ人との接触は全くなかった。欧米人の間で朝鮮は「隠者の王国」として知られていた。わずかな数のカトリック宣教師が中国から朝鮮に入った程度でしょう。北に国境を接する満州は野蛮なオランケの住む世界で、朝鮮人は人参を取りに行くくらいだった。鎖国の程度は日本よりひどかったかもしれない。
これは メッセージ 643 (bosintang さん)への返信です.
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>日本近代史の可能性
投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/06/25 09:49 投稿番号: [643 / 6952]
これは メッセージ 640 (trek011 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/ffc4znrbbkoc0ah_1/643.html
受けた
投稿者: yakuruto1 投稿日時: 2003/06/25 01:37 投稿番号: [642 / 6952]
>朝鮮半島をロシアや清国が領有すれば、日本は脅威を受けただろうか。
ロシア帝国も清国も衰退する老大国に過ぎなかった。
清はともかくロシアは近代的軍事大国。
ロシアからソ連になってもその軍事的脅威は強大だった。
太平洋戦争時はソ連は西部戦線をメインに戦ったから。
西部戦線が片付くとソ連軍はシベリア鉄道を通って東部戦線へ。
弱体化した関東軍等を駆逐して北海道まで占領しようとしたのは周知の通り。
日本軍は虎の子の精鋭を千島等に集中させていたから北海道は助かったが・・・。
これは メッセージ 637 (trek011 さん)への返信です.
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南方進出という考え方の基盤が
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/06/25 01:23 投稿番号: [641 / 6952]
なかったよ、当時は。
明治から流行し始めた亜細亜主義も中国とまりなんだよな。
石油が重大国家資源になるなど当時は考えられていなかった。石炭のほうが重要だったろう。
佐藤鉄太郎の海軍南進論も国家政策として海軍が南進を考え始めたのは昭和8年の「対支時局処理方針」がはじめて。
これは メッセージ 640 (trek011 さん)への返信です.
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日本近代史の可能性
投稿者: trek011 投稿日時: 2003/06/25 01:12 投稿番号: [640 / 6952]
もし日本が最初から朝鮮を相手にせず、南方への進出を図っていれば、日本の近代史はもっと大きな可能性が開けていた。
日本はまず清国から台湾を奪い、1898年の米西戦争以前に腰抜けのスペイン人をフィリピンから追い出し、さらに弱小植民地主義者オランダを東インドから追い出して西太平洋に一大海上帝国を築いてたはずだ。もちもん、海軍が主導権を握ることになる。
そうなればシブラルが日本ヤフーに殴りこんでくることもなかった。
これは メッセージ 638 (kuuboakagi00 さん)への返信です.
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南進
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/06/25 01:10 投稿番号: [639 / 6952]
日本の南方関与は、アジア主義の特質に乏しく、その意味からも、日本の朝鮮半島、中国との関わりと、東南アジアとの関わりは本質的に違ったのではないか。
明治時代の南進論については思い切って評価を下げてよく(つまり国家規模としての南進政策としては、という意味らしい)、むしろ同時代の無告の民の南方流出のほうに比重をかけるべきではないか。
以上、矢野の説(南進の系譜)
ここんとここは当たってる。南方進出は当初も戦後も民間レベルということだな。
台湾、朝鮮の初期の統治のころ、日本からくいっぱぐれた連中がやってきたが、その後の南方進出の日本私人は本当に善人がおおいんだよな。今も残る南方諸島の日本びいきの礎をつくったのもかれらだし。
バリ島の三浦護などもその1人だし。
これは メッセージ 638 (kuuboakagi00 さん)への返信です.
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日本陸軍の潜在敵は日露戦争後も
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/06/25 00:49 投稿番号: [638 / 6952]
ロシア、ソ連だろう。
朝鮮半島は橋頭堡だな。
ま、一度朝鮮人をロシア人の奴隷にさせてみたかったという面はあるわな。
=====
アムール河の流血
=====
北清事変最中である明治33年6月1日
清国兵がロシア領ブラゴエシチェンスクを襲撃したことに端を発して、ロシアは同地の清国人を捕縛の上、老若男女5000人あまりを黒竜江(アムール河)にて虐殺した。この惨劇は清国人のみならず多くの日本人に義憤を巻き起こし、ロシアの非人道的行為を糾弾する声が高まった。さらにロシアは月には東清鉄道の防衛を口実にして大軍を送り込み、ついには満州全土を占領した。ついで明治33年11月
極東総督アレキシーフは清国に迫りロシアに有利な密約を結び、さらに翌明治34年には列国の反対にもかかわらず第2の露清条約を結ぼうとしたが、これは日英両国の反対によってロシアは要求を撤回するに至った。
義和団の乱の第一報が届いた時、ロシア陸相クロパトキンは笑みを浮かべて「満州を占領する口実ができた。満州を第二のブハラ(1868年に征服した中央アジア)にするつもりだ」とウィッテ蔵相に豪語し、さらに皇帝ニコライ二世は、満州を占領後は更に朝鮮も占領することを欲しており、ロシアの侵略的野心は止むことはなかった。かくして北清事変後に乗じてロシアは虎視眈々としていた満州を軍事占領、その矛先は朝鮮に及び、極東の緊張は一層たかまっていったのである。
http://yokohama.cool.ne.jp/esearch/kindai/kindai-hokusin.htmlアムール河事件を実際に見聞した日本人が石光真清だったということはどこかに書いたとおもうが。
「老若男女を問わぬ惨殺死体が筏のように黒龍江の濁流に流されたのである。
この日から大東亜の大仕掛けな血闘史が幕を切っておとされたといってよい」
日華事変も、「中国を叩いてからソ連にそなえるか、中国と手を組んでソ連にそなえるかの陸軍内の争いで、2.26事件のあと前者が勝った結果である」
これは メッセージ 637 (trek011 さん)への返信です.
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安全保障?
投稿者: trek011 投稿日時: 2003/06/25 00:25 投稿番号: [637 / 6952]
朝鮮半島の領有が日本の安全保障の役に立ったのだろうか。
太平洋戦争で朝鮮半島は日本の安全保障の役には立たなかった。
日本は太平洋から侵攻してきた米軍に本土空襲されて原爆まで落とされ、海上輸送ルートを寸断されて降伏に追い込まれた。
朝鮮半島が軍事上何かの役に立ったとすれば、大陸進出の足場でしょう。しかし、満州事変から日中戦争へ日本は戦争の泥沼にはまっただけだった。
朝鮮半島をロシアや清国が領有すれば、日本は脅威を受けただろうか。
ロシア帝国も清国も衰退する老大国に過ぎなかった。
もし東アジアの近代史上、日本が朝鮮を植民地支配しなければ、日本はもっと南方志向を強めていたはず。
これは メッセージ 628 (bosintang さん)への返信です.
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JUWAN用高級食材
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/06/24 23:18 投稿番号: [636 / 6952]
これは メッセージ 624 (juwan416jp さん)への返信です.
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>>なるほどね
投稿者: wakarannjin 投稿日時: 2003/06/24 22:31 投稿番号: [635 / 6952]
若槻氏の数字からは、バランスシートの数字しか読めないなあ。
「国策会社、東拓の所有耕地面積は、最大のときでも朝鮮の総耕地の4%に過ぎなかった」(若槻泰雄『韓国・朝鮮人と日本人』)
最大のとき総耕地の4%所有していたと記されているだけで、どれだけの耕地を扱ったのかについて記したものではなさそう。
解釈するにしても、分譲の統計なりが無いと、東拓が扱った可耕地の総量は掴めないし、未耕地との関係も不明じゃないかな。
マイクロ君とジャップブレイカー君とのバトルは見逃したけれども、耕地面積がさほど増えていないところを見ると、東拓は開拓よりも。むしろ既に耕地だったものを分譲するのが主であったかも知れないが、先にも述べたとおり推測の域を出ない。
『朝鮮土地調査事業史の研究』(汲古書院)は持っていません。
これは メッセージ 627 (bosintang さん)への返信です.
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それはね
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/06/24 22:24 投稿番号: [634 / 6952]
>海外旅行に頻繁に行き、文化や料理に熱中する国はどこですか?
韓国が近くて安いからよ。
グルメツアー、とか、な。
>BOAの日本歌謡界征服など韓国芸能人が活躍。
ほう、いつ日本歌謡界を征服したの?
>キムチや焼肉など韓国料理が持続的に大人気
焼肉にタレをつけながら食べるのは、日本式だって知ってた?
これは メッセージ 601 (park_sinyang_corea さん)への返信です.
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北朝鮮ブームに比べれば
投稿者: yakuruto1 投稿日時: 2003/06/24 22:20 投稿番号: [633 / 6952]
韓国は足元にも及ばん
これは メッセージ 601 (park_sinyang_corea さん)への返信です.
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ジュワン君
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/06/24 22:19 投稿番号: [632 / 6952]
>日本人はアイヌとか東南アジア人に似ていますね。
おっとっと!
東南アジア人は外国人だが、アイヌ人は日本人ですぞ。
これは メッセージ 600 (juwan416jp さん)への返信です.
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大爆笑park_sinyang_corea
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/06/24 22:15 投稿番号: [631 / 6952]
これは メッセージ 587 (park_sinyang_corea さん)への返信です.
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つづき
投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/06/24 22:04 投稿番号: [630 / 6952]
田舎の子
②
「きみだってさ、いつまでも本家のこの言うこと聞いてることないよ。きみはきみなんだからさ」と、日本は分家の地主の子に迫ったのである。
しかし分家の子は、「ぼくは、今まで通りでいい」と言った。
それで、日本は、さらに「どうして?
きみって遅れてるな。あ、分かった、きみって、都会の子とつきあう方法知らないんだ。それでビクビクしてるんだ。だったらぼくが教えてやるよ。ぼくと友達になんない?
ぼくの言うこと聞いたら、なんでも教えてやるからさ」と言った――日本の朝鮮侵略とはこういうものだった。
分家の地主の子にちょっかいを出した日本は、その結果、分家の子を子分にしている本家の大地主の子とケンカをしなければならなくなった。
つまりそれが、1894年の日清戦争なのである。
日本は、アジアという田舎の子とのケンカに勝った。そして、「ぼくは都会の子になれた」と思った。そうしたら、今度は都会の子がケンカを売ってきたのである――「お前、あんまりでかい顔すんなよ」と。
1904年に勃発する日露戦争は、「都会の子になりたかったら、都会の子とのケンカに勝たなければならない」という、田舎の子・日本に課された、新たなるハードルだったのである。
(橋本治『二十世紀』毎日新聞社2001)
これは メッセージ 629 (bosintang さん)への返信です.
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文学者の目
投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/06/24 22:01 投稿番号: [629 / 6952]
ここで、トレビゾンさんのあまりお好きじゃない(かもしれない)、文学者の見方を。
これ、コピペするたんびにトピがきえちゃうんだけど。
田舎の子
①
19世紀の後半のアジアは、急膨張する西洋に呑み込まれようとする時代だった。
これはどういうことかというと、「田舎に都市化の波が押し寄せて、ついこの間までは農村地帯だったところが、都市生活者のための住宅地に変わってしまうというようなことである。それまで進学競争とは無縁だった田舎の子供たちが、新設された受験校に吸収合併されてしまったようなものなのである。
「地元の大地主の子」が、たとえて言えば、中国である。その子の子分になっている分家の小規模地主の子供が、朝鮮である。日本は、貧乏な自作農の子だった。そういう田舎の子供たちが、都会から来た子供たちと一緒の教室で勉強するようになった――これが19世紀後半の東アジアなのである。
貧乏な自作農の子だった日本は、「さっさと都会の子みたいになろう」と思った。「今まで地主の一族の子たちとつきあってたけど、よく考えたら、ウチは地主と親戚じゃないしな」などと考えた。
都会の子みたいなファッションを着て、都会の子と一緒に受験勉強に精を出しはじめたら、あんまり勉強しない地元の子が、なんだか貧乏ったらしいように見えて、侮る気持ちが出てきた。「大地主の子とはちょっとケンカしづらいけど、あの分家の子ならボーッとしてて、オレの子分になるかもしれない」などと、悪いことを考えはじめた。
なんでそんなことを考えたのかというと、都会からきた子供たちは、みんな“自分の子分”というのを持っていたからである。「オマエのこと仲間に入れてやってもいいけど、オマエには“子分”っているのかよ?」と、カッコいい都会の子が言ってるような気がした。
都会の子は都会の子で、「ケンカが強くないやつは仲間に入れてやらない」と言っているのである。
それで、都会に憧れた貧しい自作農の子は、「ぼくも分家の地主の子をケンカでやっつけて子分にして、一人前の都会の子になろう」と考えたのである。これが、日本の朝鮮侵略のはじめなのである。
これは メッセージ 628 (bosintang さん)への返信です.
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>開発植民地主義
投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/06/24 21:56 投稿番号: [628 / 6952]
>台湾は輸出品目である砂糖を産出する宝島だった
マラリアと阿片の巣窟でもあったよね。
>列強はこの借金を日本に返済させるため、朝鮮を煮て食おうと、焼いて食おうと、日本の自由にさせた。
これは面白い。
>割りに合わない植民地だった。
経済的利益より安全保障上の理由が大きかったんでしょう。
>朝鮮王朝が森林で食べていたわけではない。
森林「を」食べていたといえるかも。
オンドルに使うため、無計画に乱伐していた。
>さらに朝鮮を直轄支配することによって、日本全体の国富も増加し、その結果、日本の経済的信用は国際的に高まったのである。
帝国主義国家の仲間入りができたということでしょう。
>日本はこの勢いを乗じて、もうからない植民地である朝鮮の開発に乗り出した。1902年代には農業開発をやってせめて米の増産を図り、1931年に満州国を成立させると、満州と北朝鮮を一体として重工業投資に乗り出した。日本は朝鮮を開発することによってもとを取るしかなかったのである。
なるほど、これがブルース・カミングス教授の開発植民地主義ですか。
安全保障上の理由については、あまり重視しない立場なのですね。
これは メッセージ 585 (trek011 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/ffc4znrbbkoc0ah_1/628.html
>なるほどね
投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/06/24 21:25 投稿番号: [627 / 6952]
これは メッセージ 586 (wakarannjin さん)への返信です.
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