文学者の目
投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/06/24 22:01 投稿番号: [629 / 6952]
ここで、トレビゾンさんのあまりお好きじゃない(かもしれない)、文学者の見方を。
これ、コピペするたんびにトピがきえちゃうんだけど。
田舎の子 ①
19世紀の後半のアジアは、急膨張する西洋に呑み込まれようとする時代だった。
これはどういうことかというと、「田舎に都市化の波が押し寄せて、ついこの間までは農村地帯だったところが、都市生活者のための住宅地に変わってしまうというようなことである。それまで進学競争とは無縁だった田舎の子供たちが、新設された受験校に吸収合併されてしまったようなものなのである。
「地元の大地主の子」が、たとえて言えば、中国である。その子の子分になっている分家の小規模地主の子供が、朝鮮である。日本は、貧乏な自作農の子だった。そういう田舎の子供たちが、都会から来た子供たちと一緒の教室で勉強するようになった――これが19世紀後半の東アジアなのである。
貧乏な自作農の子だった日本は、「さっさと都会の子みたいになろう」と思った。「今まで地主の一族の子たちとつきあってたけど、よく考えたら、ウチは地主と親戚じゃないしな」などと考えた。
都会の子みたいなファッションを着て、都会の子と一緒に受験勉強に精を出しはじめたら、あんまり勉強しない地元の子が、なんだか貧乏ったらしいように見えて、侮る気持ちが出てきた。「大地主の子とはちょっとケンカしづらいけど、あの分家の子ならボーッとしてて、オレの子分になるかもしれない」などと、悪いことを考えはじめた。
なんでそんなことを考えたのかというと、都会からきた子供たちは、みんな“自分の子分”というのを持っていたからである。「オマエのこと仲間に入れてやってもいいけど、オマエには“子分”っているのかよ?」と、カッコいい都会の子が言ってるような気がした。
都会の子は都会の子で、「ケンカが強くないやつは仲間に入れてやらない」と言っているのである。
それで、都会に憧れた貧しい自作農の子は、「ぼくも分家の地主の子をケンカでやっつけて子分にして、一人前の都会の子になろう」と考えたのである。これが、日本の朝鮮侵略のはじめなのである。
これ、コピペするたんびにトピがきえちゃうんだけど。
田舎の子 ①
19世紀の後半のアジアは、急膨張する西洋に呑み込まれようとする時代だった。
これはどういうことかというと、「田舎に都市化の波が押し寄せて、ついこの間までは農村地帯だったところが、都市生活者のための住宅地に変わってしまうというようなことである。それまで進学競争とは無縁だった田舎の子供たちが、新設された受験校に吸収合併されてしまったようなものなのである。
「地元の大地主の子」が、たとえて言えば、中国である。その子の子分になっている分家の小規模地主の子供が、朝鮮である。日本は、貧乏な自作農の子だった。そういう田舎の子供たちが、都会から来た子供たちと一緒の教室で勉強するようになった――これが19世紀後半の東アジアなのである。
貧乏な自作農の子だった日本は、「さっさと都会の子みたいになろう」と思った。「今まで地主の一族の子たちとつきあってたけど、よく考えたら、ウチは地主と親戚じゃないしな」などと考えた。
都会の子みたいなファッションを着て、都会の子と一緒に受験勉強に精を出しはじめたら、あんまり勉強しない地元の子が、なんだか貧乏ったらしいように見えて、侮る気持ちが出てきた。「大地主の子とはちょっとケンカしづらいけど、あの分家の子ならボーッとしてて、オレの子分になるかもしれない」などと、悪いことを考えはじめた。
なんでそんなことを考えたのかというと、都会からきた子供たちは、みんな“自分の子分”というのを持っていたからである。「オマエのこと仲間に入れてやってもいいけど、オマエには“子分”っているのかよ?」と、カッコいい都会の子が言ってるような気がした。
都会の子は都会の子で、「ケンカが強くないやつは仲間に入れてやらない」と言っているのである。
それで、都会に憧れた貧しい自作農の子は、「ぼくも分家の地主の子をケンカでやっつけて子分にして、一人前の都会の子になろう」と考えたのである。これが、日本の朝鮮侵略のはじめなのである。
これは メッセージ 628 (bosintang さん)への返信です.
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