日韓歴史論争

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つづき

投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/06/24 22:04 投稿番号: [630 / 6952]
田舎の子   ②

「きみだってさ、いつまでも本家のこの言うこと聞いてることないよ。きみはきみなんだからさ」と、日本は分家の地主の子に迫ったのである。

  しかし分家の子は、「ぼくは、今まで通りでいい」と言った。

  それで、日本は、さらに「どうして?   きみって遅れてるな。あ、分かった、きみって、都会の子とつきあう方法知らないんだ。それでビクビクしてるんだ。だったらぼくが教えてやるよ。ぼくと友達になんない?   ぼくの言うこと聞いたら、なんでも教えてやるからさ」と言った――日本の朝鮮侵略とはこういうものだった。

  分家の地主の子にちょっかいを出した日本は、その結果、分家の子を子分にしている本家の大地主の子とケンカをしなければならなくなった。

  つまりそれが、1894年の日清戦争なのである。

  日本は、アジアという田舎の子とのケンカに勝った。そして、「ぼくは都会の子になれた」と思った。そうしたら、今度は都会の子がケンカを売ってきたのである――「お前、あんまりでかい顔すんなよ」と。

  1904年に勃発する日露戦争は、「都会の子になりたかったら、都会の子とのケンカに勝たなければならない」という、田舎の子・日本に課された、新たなるハードルだったのである。

(橋本治『二十世紀』毎日新聞社2001)
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