日韓歴史論争

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>家系

投稿者: perfezionando 投稿日時: 2003/02/25 03:56 投稿番号: [201 / 6952]
そんなのはまだいい方ですよ。
豊臣秀吉は、天下統一後自らを平家の子孫と名乗り、摂家以外は関白になれないと分かるや、無理やり五摂家の筆頭近衛家の養子にまでなったんですから。

家系

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2003/02/25 02:29 投稿番号: [200 / 6952]
>防長の守護大名の大内氏も、百済の子孫やと名乗っとったみたいですな

土佐の大名であった長宗我部家は秦の始皇帝の子孫と称していたそうです。
伝承によれば、長宗我部家は秦氏の末裔らしい。

家系伝説の怪しさもここに極まれり。

静かですな〜

投稿者: u26699 投稿日時: 2003/02/25 01:45 投稿番号: [199 / 6952]
>いろんな返答と意見に目を通していろいろ考えさせられたりもした.

こちらも、いろいろ考えちゃいました。。

>その担い手は韓国から渡っていった弥生人と渡来人が中心だと言いたいのだ.
>古代韓国人はそうした.丸ごと人間の集団が移り住んだ.弥生の風と文化を吹き込んだ.
>昔の韓国は大変、素晴らしい国だった.なにも、その影響を恥ずかしく思う必要は無いと思う.

韓国を日本、弥生を明治と置き換えたら、あっしらがいつも言ってる事とそっくりですな〜、、、以下、妄想です。。。

第3者から見れば、古代においては中国文明が朝鮮を経由して日本にもたらされ、近代においては西欧文明が日本を経由して朝鮮にもたらされたことは明白です。

えっ!渡来人は日本人を殺してないって??
そんなことは、ありまへんがな、、弥生期の遺跡からは、渡来人系の弥生人が、縄文人系の住民を殺戮した痕跡のある人骨が多く発掘されてまんがな。。。弥生期約500年は、中国の歴史書では、「倭国大いに乱れ、更々相攻伐し」と記述があるように、戦乱の時代と考えられておりますから、ひょっとしたらオランダが350年間に殺した、インドネシア人よりもぎょうさん殺してるかもしれまへんで〜

まぁ、新しい価値観や制度が導入されるときは、少なからずそれに対する抵抗勢力・守旧派との衝突が起きるから、渡来人に殺された縄文人も、抗日義兵も、不運な役回りを演じた犠牲者でんがな、、

もっとも、日本人にとって、2000年以上も前の出来事など、とうの昔に忘れてしもうとるけど、韓国人にとっては、記憶がまだ新しいと云うことだけの違いですなぁ。。

日本人が、中国文明が朝鮮を経由して日本にもたらされたと考えるように、韓国人が、西欧文明は日本を経由して朝鮮にもたらされたと認識するのは、やっぱ、2000年の時間が必要なんでっしゃろか???
(またまた、近代史とごっちゃにしてしもうた、、純粋な古代史ファンの皆様、すんまソ)



>敏達天皇は百済王族の子孫、と言うより百済王族である.

当時の極東アジアの国際情勢は、大雑把に言えば、日本・百済同盟陣営vs唐・新羅同盟陣営の構図でしょう。その状況で政略結婚もあろうし、百済から多くの王族を含む渡来人が日本にやって来て日本で重用されたり、女性は後宮に入って皇子を産んだりしてるのだから、子供が「百済王族の子孫」ではあっても、父親が「百済王族」とはならないでっしゃろ!?

まぁ、中世までの日本では、百済の血統ちゅうのは、ステータスやったみたいですな。。室町時代の、防長の守護大名の大内氏も、百済の子孫やと名乗っとったみたいですな。。

訂正

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/02/24 11:24 投稿番号: [198 / 6952]
①地名を問った→地名を取った
②菜が書かれていないのが→名が書かれていないのが

以上、訂正し、お詫び致します。

「敏達の孫の百済王」?

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/02/24 11:21 投稿番号: [197 / 6952]
そうですね。totalx3さんの読み方になると思います。

ところで、「敏達の孫の百済王」という人物は、どういう人なのでしょうか。どなたかご存知ないでしょうか? 実際に敏達天皇の孫が百済王になったのか、それとも単に地名を問った「くだらのきみ(または「おおきみ)」という皇子だったのか??? 菜が書かれていないのが、残念ですね。
確かに日本には百済滅亡後百済王家が移住し、陸奥守などの職に任ぜられていますが…。
百済王家は、日本亡命後、どうなったのでしょうか?

http://www.infonet.co.jp/nobk/kwch/myousin.htm

>>天皇の血筋

投稿者: tanaka_kakuei2001 投稿日時: 2003/02/24 10:55 投稿番号: [196 / 6952]
天皇の血筋に百済があったとしてわしゃあ別に不思議はないと思うね。

むしろ高度な文化を持っていた百済の影響があって当然だと思う。

たしか百済観音とか弥勒菩薩なんかは百済のものでしょ?

ただ百済という国は現韓国の直系ではないというのを何かの本で読んだ覚えがあるね。

百済は高句麗に滅ぼされ、その時に高度な文化も同時に失われてしまった。高句麗の直系が今の韓国。

だから韓国には菩薩像をはじめとする美術的な遺産が無いという事だそうだ。

>天皇系と百済王室を結ぶ新撰姓氏禄

投稿者: totalx3 投稿日時: 2003/02/24 10:30 投稿番号: [195 / 6952]
素人ですみませんが、普通に読んだら、そうは読めないのでは?

「鳥根真人は大原真人と同じ祖先を持つ」...A

ここまではいいですよね?

じゃ、大原真人の祖先はどういう人かというと、敏達の孫の百済王より出ず...B

A・Bより、鳥根真人の祖先も、敏達の孫の百済王と読めるんですが。


>大原真人は敏達天皇の孫で、島根真人と同じ祖先を持つが、その島根真人は、百済親王の
>子孫なのである.つまり、敏達天皇は百済王族の子孫、と言うより百済王族である.

「つまり」の後が論理的におかしくないですか?



新撰姓氏録
http://www.h4.dion.ne.jp/~munyu/ookimikeizu/siryo.htm

>>天皇の血筋

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/02/24 04:51 投稿番号: [194 / 6952]
仮に入っていたところで
投稿者: joker365jp 2002/ 1/21 1:47
メッセージ: 1130 / 2183

  古代天皇家は九州のクマソやら、東北のアイヌからも側室の類をもらっていたから仮に天皇家に百済の血が混じっていたところで、天皇陛下の神聖が失われるわけではない。
それにしても、天皇陛下から‘親類‘扱いされた朝鮮は、本来反日のクセに何故あれだけ喜ぶのだろうか?

これは fujita_000 さんの 1128 に対する返信です

>天皇の血筋

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/02/24 04:49 投稿番号: [193 / 6952]
仮に入っていたところで
投稿者: fujita_000 2002/ 1/21 10:58
メッセージ: 1132 / 2183

私が韓国人を嫌いになったのはここに原因かあるのです。桓武天皇は生母腹を隠す為に同腹の弟まで殺している。京都と言う所が今も排他的だと言う事はここに見られる様な気がしますね。韓国人を4代で韓国人の血の入っていない天皇にもしています。そんな昔から日本人は半島を嫌っていたのでしょう。反日でも天皇が韓国人の血の子供なら優越感を感じるのでしょう????

これは joker365jp さんの 1130 に対する返信です

天皇の血筋

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/02/24 04:47 投稿番号: [192 / 6952]
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天皇の血筋
投稿者: fujita_000 2002/ 1/21 0:44
メッセージ: 1128 / 2183

桓武天皇の生母は49代光仁天皇です期待されていたわけではなく称徳天皇(女)皇太子を決めていなかった事から天智天皇の孫であり施其皇子の子白壁王63歳の時立太子に皇后は45代聖武天皇の皇女は天武系であった。そこに期待があったのに夫人と言う身分の低い高野新笠が皇后腹の他戸王を押し退け45代天皇の皇女井上皇后ともども殺してしまった。渡来人腹の50代桓武天皇は生母の血筋を百済王に頼み繕った。八色の姓にも入らない土師宿禰真妹を母に父を渡来人和史高野乙継と言う塀を作る奴隷以下の身分の生母を百済王が親戚にしてやっている。桓武天皇は恥じただろう事察するにあまりある。どうしても遷都しかなかったのだろう長岡京10年、やっと京都に落ち着いた。しかし今の天皇は韓国の血はど入ってはいない水戸家、薩長が親王を養育していた明治天皇は南朝に変わってしまったこては梨本宮伊都子妃殿下が日記に残されている。百済の血など入ってはいない。

これは araaraoyamaa さんの 1104 に対する返信です

天皇系と百済王室を結ぶ新撰姓氏禄

投稿者: sadamraden 投稿日時: 2003/02/24 04:18 投稿番号: [191 / 6952]
いろんな返答と意見に目を通していろいろ考えさせられたりもした.

別に多くの人が知っているとは思うけど
前回、日本の天皇と百済王家との関係が唯一はっきり出ている新撰姓氏禄を説明と言うか紹介をすると言ったので以下の通り紹介する.

新撰姓氏禄は日本古代皇室の家系図とも言うべき古文書で   815年桓武天皇の第五王子である万多親王(788〜830)などが編纂したものである.この本には当時の王都である京都を中心とした地域の1182個の姓氏の起源を明らかにしてある.
その姓氏らは大きく三つに分けられてあるが、次の通りである.
神別:(日本開国に携わった神々の子孫)
皇別:(日本天皇系の王族)
諸藩:(貴族や豪族)
さて、この中には夥しい数の半島からの渡来人が登場するのであるが、それに関してはまたの機会に紹介するとして、今回は日本天皇=百済王族の図式だけを見てみたいと思う.
この本には真人と言う人々が登場するが、彼らは天武天皇 13年(684)に定められた八色之姓 と言う身分制度の中でも最も上位に位置する人々である.八色之姓 は中央政権の権威を確立し、社会構造のなかでの身分制度を確かにするため天武が成立させたいわゆるカスト制度と言えよう.真人はその中で1位の身分なのである.二位は朝臣氏、三位は宿禰氏と続く.
この真人が新撰姓氏禄に当然、出てくるが、その内容はこうである.
応神天皇の王子が真人であり、そして、継体天皇の王子をはじめ敏達天皇の子孫が真人なのである.特に、敏達天皇の孫は百済の王だと言うのである.この敏達天皇の孫であり百済の王(王族)だと言う大原真人と同じ祖先を持つと書かれている島根真人は百済王族の子孫だとある.清原真人も同じく 敏達天皇の子孫で大原真人、桑田真人系に属する百済親王の子孫なのである.
原文は次の通りである.
息長眞人 出自譽田天皇「諡 應神」 皇子 稚渟毛 = 王之後也.
三國眞人 諡繼體皇子椀子王子後也
大原眞人 出自諡敏達孫,百濟王也
鳥根眞人 大原眞人同祖,百濟親王之後也
芿原眞人 桑田眞人同祖,百濟親王之後也

つまり、大原真人は敏達天皇の孫で、島根真人と同じ祖先を持つが、その島根真人は百済親王の子孫なのである.つまり、敏達天皇は百済王族の子孫、と言うより百済王族である.従って、敏達天皇とつながる上、下の天皇はすべて百済人であると言うわけだ.

この新撰姓氏禄は京都大学の上田正明教授が所蔵しておられる.以前、テレビでこの件に関する取材の時、上田先生が自らお見せになられてたけど、その手は震えていた.
そして全てを説明されたけど、大原の真人の所だけを飛ばして説明されて、取材の記者に説明を頼まれたら、本当に戸惑った様子で仕方なく、敏達天皇が百済王族の末裔である事を認めておられた.

新撰姓氏禄に関しては吉川弘文館からでている佐伯有芿氏の『新撰姓氏禄の研究』に詳しく出ていると思う.手に入り難いと思うけど.

もう、寝る時間だ...
追伸:私は普段、日本の王を天皇とは書かないけど、日本人にわかりやすいようにするため、天皇と書いといた.
(天皇を百済人と主張しながら天皇とは書かないと言う屈折した韓国人と言うだろうけど..仕方ない〜)

RE:日韓歴史論争

投稿者: yamattai 投稿日時: 2003/02/23 15:43 投稿番号: [190 / 6952]
  の表題が、イデオロギー論へ向かわせるような気がします。

※中世・近現代史の為の表題ならば、妥当かも知れませんが…。

※古代史にあっては、国境線が無いはずです。朝鮮半島に遍く倭人が住んでいても、何も不都合は在りませんし…。

※壇君神話も金首露王神話も、異民族社会に降臨して支配統治する内容です。被統治社会が倭人で無かった証拠は在りませんし…。

※高句麗の地名に、倭数詞の片鱗が残っていて、朝鮮語に数詞として留まっていないのは、倭語を倭人が置き土産としたからだと謂った方が、説得力が在りそうです。
  現に、私は、其の数詞を解明しましたが、ここでは、ハングル表記が出来ずに説得力を缺くので公表は差し控えます。

※私は、古代の渡来人とは、帰還倭人であろう、と認識しています。神話の神様の名前も…。
・伊奘諾尊⇒伊珍阿鼓王=彌烏邪馬國(大伽耶國)の建国王(倭人)。
・彌烏邪馬國⇒邪馬臺國=水縄連山=帰還倭人の命名、etc。

※檀君、金首露王が何処から来たのか、知りたいですね。
  古代史研究家の私見です。罵倒合戦には応答致しません。

>賑やかですな〜

投稿者: bianchi20022002 投稿日時: 2003/02/23 09:57 投稿番号: [189 / 6952]
>おっと、それから、ビアンキちゃん!

>まっとうな人生、歩んでる!?(爆
















































ウルサイ!(怒笑

横レス>sadam螺鈿さん

投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2003/02/23 09:37 投稿番号: [188 / 6952]
>日本語や日本人の起源、などなど、本当に様々な説が入り乱れているのを私は韓国、日本両国で実際確認した.
>そして、その流れは大きく二つに分けられる.
>1韓国よりの主張
>2それに反対する主張

先に韓国よりの主張があって、それに反対する主張があるということですか?

日本語や日本人の起源についての主張はほんとうに上記1と2に二分されるものでしょうか?

あなたがそういう見方をするのは、さいしょから「韓国よりの主張」が正当で、それに反する説は「韓国よりの説に反対する主張」だと感じるのではないでしょうか?

あえて「韓国よりの主張に反対する」というよりも初めから韓国よりではない主張、韓国よりの主張とは無関係な主張も多いのではないでしょうか?

日本人の起源については科学的なDNAの分析などに基づいたNHKスペシャルなので編集したマンモスハンターが北からやってきた、北方ブリヤート説など、あえて韓国よりの説を意識して、それに反論しているというふうには見えませんが。

sadamradenさん 最後と言っておいて

投稿者: araaraoyamaa 投稿日時: 2003/02/23 07:04 投稿番号: [187 / 6952]
何ですが。

  私はあなたを、掲示板でよく見かける日本のことになると頭に血がのぼって、冷静に事を見られない韓国人の一人だと思っていました。

  しかし、昨日のあなたの態度は堂々としていて好感が持てます。

  ところで、私は騎馬民族説自体は評価しませんが、江上先生の雄大な発想自体は素晴らしいと思っています。
  しかし、古代の列島と半島との関係を論じる時、韓国の人からは自らのルーツに対してのコメントが少ないのを残念に思います。

  日本の学界、マスコミの目は既に朝鮮半島を超え、シベリア、中国大陸、東南アジアに及んでいます。
  人、言語、文明、文化の伝播について、朝鮮半島のルーツを踏まえた上でのご発言を期待します。

  私見では日本列島、朝鮮半島とも100%のオリジナル文化・文明は存在しない。しかし、ルーツよりも取り入れたものを自分たちのものとし、より高度化していくことにより独自の文化となっていくことは、万国共通、当然のことでしょう。

  ついでに言えば、文明は高いところから低いところに流れるとしても文化はそうではない。程度に関係がなく相互交流するものだ(量の差はあっても)とも思います。
  日本の浮世絵が西洋の印象派に与えた影響を持ち出すまでもなく、現在の東京には開発途上国と呼ばれる国々の料理屋が花盛りなのを見れば明らかです。

  sadamradenさん、韓国の人はどうしても日本のことになると意識過剰になるようですが、広く世界史、東洋史の中での視野を持った冷静な発言をお願いします。

  現時点では、私はあなたおの意見はおかしいと考えますが、それでも今後の活躍に期待します。
  孤独だとは思いますが、頑張って下さい。

  それではこれで失礼します。

訂正

投稿者: u26699 投稿日時: 2003/02/23 03:26 投稿番号: [186 / 6952]
レスが別にいいッスよ。→レス「は」別にいいッスよ。













ふぅ、、ビアンキちゃんに鴨られるとこだった(^^;。。

賑やかですな〜

投稿者: u26699 投稿日時: 2003/02/23 03:21 投稿番号: [185 / 6952]
皆さん、ここに集まってたんですか。過去レスが溜まらないうちに、ようやくざざっと目を通しました。

さて、螺鈿さん、、一人で孤軍奮闘してるみたいで、ご苦労さんです。^^

>その担い手は韓国から渡っていった弥生人と渡来人が中心だと言いたいのだ.

なんか、あれですかね〜大雑把に云えば、螺鈿さんのイメージとしては、白人がアメリカを開拓したみたいに、弥生期に半島系渡来人が、日本を開拓したのだと。。。まぁ、それに近いものだったかもしれないし、そうでないかも知れない。ようわかりまへんわ〜

>古代韓国人はそうした.丸ごと人間の集団が移り住んだ.弥生の風と文化を吹き込んだ.

つまり、朝鮮半島の植民地だった訳ですなぁ〜、、、(おっと、近代史とごっちゃにしてしもうた(^^;。。)

>昔の韓国は大変、素晴らしい国だった.なにも、その影響を恥ずかしく思う必要は無いと思う.

「恥ずかしく」って云うのはちょっと違うと思うんやけど…別に日本人の間では、その影響について、色々議論されてる訳だし、、ただ韓国人から指摘されると、「韓国は日本に文化を伝えた」→「しかし、日本は、倭寇や朝鮮出兵や日韓併合で、恩を仇で返した」の伏線のような気がして、意義を唱えたくなるんですよねぇ、、、


それにしても、トピの主旨にそって、古代史から順序よくやってるなんて、相変わらず律儀ですな〜いつになったら、現代にたどり付くのやら。


あ、それから、忙しそうだから、レスが別にいいッスよ。

ほんじゃ、また^^















おっと、それから、ビアンキちゃん!

まっとうな人生、歩んでる!?(爆

>天の浮き船

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/02/23 01:11 投稿番号: [184 / 6952]
>天の浮き船伝説は実は世界中にあります。

天の浮き船ですか。
昔は、トンデモ本でよく、「UFOだ!」とか言われていましたね。
それはさておき、「天の浮き船」は、人皇、つまり神武天皇からはさすがに伝説として出てきませんね。

>高天原って何処かわ
からないのがホントのところだとおもいます。

安本美典が、「高天原に出てくる各地名からして、九州北部の福岡県甘木地方だ」と言っていますね。私は、「そうかもなあ」と思いました。
そして、甘木地方の地名が東遷の際にそのまま大和地方に移植されたとも言っていますね。(ヨーク→ニューヨーク、オルレアン→ニューオーリンズみたいに。)

高天原以前の、アマテラスのさらに古い祖先が朝鮮から来たというなら、それも候補としては考えられるとは思います。(確固たる証拠などありはしませんが。)

神様の話もでてますね。

投稿者: kjm_2002_japan 投稿日時: 2003/02/23 01:03 投稿番号: [183 / 6952]
  神様は一杯居るので多分、韓国の神様もどこかに居ます。日本の神道は何でも取り
入れます。明治の瓦解で廃仏毀釈運動が起こる前は仏神といって仏様も神様として取
り入れて居たくらいです。基本的にはシャーマニズムなので柔軟すぎる嫌いがあります。

  それは置いて置いて、多分、おっしゃられているのは高天原は朝鮮にあった。朝鮮
の神がそのままアマテラスオオミカミだという説だとおもいます。韓国では有名な説
らしいですけれども、天の浮き船伝説は実は世界中にあります。高天原って何処かわ
からないのがホントのところだとおもいます。

  新嘗祭の祝詞に日本語では意味がとれない歌があってそれが韓国のものだという説
もありますけど、あまり一般的ではないですよ、それって(^_^;。

>>韓国からやってきたのである

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/02/23 00:44 投稿番号: [182 / 6952]
埴原先生、自分の説の正当性を主張するために、100万人渡来説をいいだしたが、このころからおかしくなったのかな。江上波夫の騎馬民族説が笑われているのと同じになってしまった。

縄文→弥生もしくは、縄文・弥生初期→弥生中後期以降説を否定するために。

>中国文化と韓国文化 (2)

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/02/23 00:32 投稿番号: [181 / 6952]
>今の日本の家電製品が元を辿れば西洋かも知れないけど、紛れもなく日本の文化であるようにね.

ハハハ。しかし、戦後のいわゆる「経済大国」とか何とか言われる日本はそんな事で恩着せはしませんよ。単なるビジネスですから。「我々日本人は、艱難辛苦して、波涛を越え、危険な飛行機にも乗り、ウォークマンの『恩恵』を遠く欧州にまで伝播させたのでアール」などと言えば、それはバカでしょう。利害に基く「取り引き」ですから。(まあ、社史や、テレビ番組ではドラマチックに描かれますが、そんなのは外国に言えば、「うるさい。買ってやったんだ」となりますよ。また、昔の百済人が恩着せ口調にでもなれば、それこそ、「こっちはそっちの願いを聞いて、実際に血まで流して中国とも激突してやったんだぞ」となりますね。)
買ってもらって、向こうは生活が便利になり、こっちも儲かる。あっちもハッピー、こっちもハッピー。ただの取り引きですよ。
まさか日本人が自動車エンジンを発展させたって、ガソリンエンジンを発明したのは間違いなくドイツ人のゴットリープ・ダイムラーですし、蒸気機関を発明したのはイギリス人ジェームズ・ワットですよ。

>中国人は遠くの島などには関心がない民族である.黙っていると何も教えても、伝えてもくれない.あんな危ない海を越え日本まで行ってはくれない.

だからこっちから、危険を冒して、何度も遭難しながら遣隋使・遣唐使を送ったのですよ。黙っていても、本場の中華文明は手に入れられない。まあ、日本人は「不遜」にも「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に為す。恙無きや?」などという国書を送りつけ、煬帝が「蛮夷のくせに無礼だ。無視しろ」と言うのですが。

>しかし、古代韓国人はそうした.丸ごと人間の集団が移り住んだ.弥生の風と文化を吹き込んだ.

そこに、なにやら恩着せ的なニュアンスがありますね。(ケンカを売っているのではなく、不思議なのです。)
また、弥生人自体、半島出身かどうか、分からないのが実情です。沿海州あたりのツングースかもしれないし(まあ、韓国人の源流の一つが満州ツングースですから、当たらずとも遠からずですが。)。
また、DNA鑑定では、どなたかがおっしゃったように、日本人の源流は主に北東アジアのブリヤート族で、それに様々な人種がごちゃごちゃに混ざり合っていて、現在の日本人になったわけですから。
当時の朝鮮半島は、日本にとって東京ディズニーランドですよ。しかし、欲が湧いたり航海にも多少の自信が出れば、アナハイムのディズニーランド「本店」、つまり中国本土に行きたいのが、当然でしょう。支店よりも本店のほうが、そりゃきらびやかに見えますから。

>島国日本にマレーシアから、中国江南から人々が大勢やってきたわけではない.韓国からやってきたのである.韓国からしかいけないところが日本なんだ.

朝鮮半島からは来易いですが、それ以外からも潮流に乗って様々な人種が来ているのが日本であるのは、他の方がおっしゃったとおりです。(もちろん文明的に朝鮮半島経由の影響が圧倒的なのは、言うまでもありません。それは事実です。)
また、環日本海圏という発想から、沿海州→樺太→北海道とか、沿海州→東北地方というルートも、言語的に考えられるのですよ。

>今は、あまり見習うものがない国では有るが、昔の韓国は大変、素晴らしい国だった.なにも、その影響を恥ずかしく思う必要は無いと思う.

前述の通り、日本は飛鳥時代までの朝鮮半島からの文化的影響を軽視していませんし、明治以降も学校教育でその事を教えておりますよ。(記紀を丸ごと信用するのは危険であるにせよ、影響が伝承として残っている事自体、重要です。)
恥じるとか恥じないとか、むしろ貴方様に何か鬱屈した何かを感じるのは、私の気のせいでしょうか。(もし間違っていたら、すみません。)
何だか、つねに日本と相対化することで貴国をご覧になっているような気がしてなりません。
「今は、あまり見習うものがない国」というご発言自体、他国人である私も腹立たしく感じますし(見習うものは、貴国人である貴方ご自身が発見せずに、誰がするのですか?)、逆に昔の韓国を観念的に理想化すること自体、「誇り」ではない「虚栄心」と、私は感じます。(観念とは、つまり実際に昔が「素晴らしかった」かどうかとは関係なく、現代人が心情に基いたイメージを作り上げているという意味でです。)

東方礼儀の国って

投稿者: bianchi20022002 投稿日時: 2003/02/23 00:17 投稿番号: [180 / 6952]
私となんの関係かな?(笑

>相変わらず罵倒しか考えてないみたいだけど。

重症だね、君の場合?(爆
おしまいとかいってまた出て来るし?

>自分の考えをはっきり言えないで、

へっ??????

>後付けで意見するのは、日本の感覚では軽蔑の対象になるのをいい加減覚えてね。

ただ君が軽蔑という逃げ道に陥るような墓穴を掘っただけだろう?(爆

東方礼儀の国の解釈については雨森関係の本でも読むんだね。

>中国文化と韓国文化 (1)

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/02/23 00:17 投稿番号: [179 / 6952]
>韓国ほど中国と対等に渡り合い、対抗してきた民族もあまりない.

異議アリですね。(韓国を貶めて言っているのではありません。事実と違うという事です。)
尤も、高句麗を純粋に韓国史とするなら、そういう結論に帰結するかも知れませんが。

>韓国の起源は今の中国の地にその発祥を見出せる.

はて、これも異議アリ。
確かに百済や新羅の王家が北方ツングース(漢民族にとって長城の外の「化外の地」)の系統に属するかもしれないけれど、住んでいた民衆の血統を悉く変化はさせていないはずです。つまり、中国から「韓」と呼ばれた民族は、もともと朝鮮半島に居た筈です。(現在の韓国人はもっと血統的に複合されているにしても。)
ですから、王族の出身地がどこであるにせよ、ある土地に定着してそこで国として成立して長い年月が経てば、いかに朝鮮半島の外で支配者層が発生しようとも、それは韓族の国家でしょう。(高句麗は国家としての成立・発展自体が朝鮮半島の外なので、百済・新羅とは別種としてもいいと言えましょう。)

>担い手は韓国から渡っていった弥生人と渡来人が中心だと言いたいのだ.

はて?
「渡来人」は明らかに韓国人と呼んでいいでしょうが、弥生人は、そもそも日本列島や朝鮮半島には部族毎の小国家群が出来るか出来ないかの頃です。つまり、その頃には今でいう「日本人」も「韓国人」も存在していないのです。小部族による原始的な「クニ」としてのアイデンティティーはあっても、後の統一国家である「日本」も「韓国」も、影も形も無いのです。
5世紀以降の「渡来人」が日本の発展に寄与した事は、疑うべくも無く、日本自体がそれをキッチリ認識していますよ。そもそも当時の日本は明らかに今風に言えば発展途上国、いや後進国ですから。だから、記紀にもハッキリと百済経由で漢字や仏教が伝わったとか、百済の亡命王族が初代文部大臣みたいな職に任ぜられているのですよ。(内容は100%信用できないにしても)日本の公式史書である「書紀」に書かれていますから。

ただ、

>それは韓国人が日本と言う地に愛情を持って、夢を持って伝えた韓国育ちの文化だったわけだ.

当時の朝鮮半島三国から来る文物は、当の三カ国から来る人々も、受け取る日本人も、「ありがたい中華文明」という認識でいたわけで、そういう意識は、むしろ日本側ではなく、韓国で李朝時代に最高潮にまで濃縮されました。
文化の授受はもっとドライであったと思われ、双方の利害が一致していたからでしょう。極端には、倭国が朝鮮半島にとって物騒だったので、アメをやって宥め鎮めるという意味もあった事でしょうし、そうでなくとも同盟を強固にする道具でもあったでしょう。
例えば漢字の発音は、日本では中国南北朝までは、百済経由の「呉音(ごいん)」、つまり中国南朝式の発音でしたが、後に隋・唐という大帝国が成立し、日本が遣隋使・遣唐使を送ると早速「もう呉音は役に立たない。これからは漢音(長安での発音)に改めるべきだ」という議論がなされています。つまり、さほど日本では百済経由の中国六朝式に執着はせず、さっそくトレンディな隋・唐式に衣替えしてしまいます。幕末に必死でオランダ語を学んだ福沢諭吉が、もはやオランダ語は時代遅れで、これからは英語の時代だと思い知らされたのと同じです。
重ねて言いますが、だから韓国の影響を軽視していないという事です。むしろ重大でした。
ただ、ニュアンス的に、中華文明の橋渡し的な役割を果たした昔の朝鮮半島の各国家と、昔の日本の事実を、現代までにイデオロギー的・観念的に引き摺るのはナンセンスだと思いますし、日本の大王家(のちの皇室)と半島国家との何らかの血縁にしても、「だから日本の皇室は百済系」というのは、可笑しいですよ。現在の李王家当主は母が日本人ですが、李王家は紛れも無く韓国の王家でしょう。
また、日本の神々が殆ど韓国系とは、私も詳しく知らないので、資料か何か、お教えください。興味があります。(明らかに百済王子を祀った神社はありますし、百済王族を祀った神社もありますが。また、ヤマト系の神とイズモ系の神も、系統が違いますよ。前にも申しましたが、後者は半島の色彩が感じられますね。しかし、どれも全て神として住民達から尊崇されてきたものです。)

(続く)

東方礼儀の国って

投稿者: baggio_aug 投稿日時: 2003/02/22 23:30 投稿番号: [178 / 6952]
東方礼儀の国って、相手を小馬鹿にしながら、話すのが礼儀なのかな?
相変わらず罵倒しか考えてないみたいだけど。

自分の考えをはっきり言えないで、後付けで意見するのは、日本の感覚では軽蔑の対象になるのをいい加減覚えてね。

また逃げか

投稿者: bianchi20022002 投稿日時: 2003/02/22 23:17 投稿番号: [177 / 6952]
>また罵倒系に展開したいの?
相変わらずだね。

そういうつもりはないんだけど??????
言葉につまってビビッっちゃったの(爆

>じゃあ、その辺境に援助を受けてたのは、どちらの先進地帯でしょうか?

援助?米でも送ってたんか?(笑
百済と日本は同盟だと思うが?
でもいいように利用されてたんじゃないの?
任那の件で日本がたよりにならんと思うと親日系の奴等は廃され親唐派が台頭してきたし。百済ってのは腰が軽いのよ。
まぁ同盟するのは駄作先生の「人口論」じゃないが人数多いほうが脅威にはなるし、掻き回すぐらいの力は充分あっただろうし?

ところで文化の話じゃなかったの?(笑

>キチンとお話しないようなので、相手にするのはここまでね。

そんな話を変えてまで逃げなくてもいいじゃん!楽しくやろうよ(笑

またか

投稿者: baggio_aug 投稿日時: 2003/02/22 23:05 投稿番号: [176 / 6952]
また罵倒系に展開したいの?
相変わらずだね。

じゃあ、その辺境に援助を受けてたのは、どちらの先進地帯でしょうか?
百済を日本が支援したのは、有名なお話だと思うけど。

キチンとお話しないようなので、相手にするのはここまでね。

投稿者: bianchi20022002 投稿日時: 2003/02/22 23:02 投稿番号: [175 / 6952]
>また、新羅からの使者がたくさん来てるのに、返礼しないのも悪いでしょ?


返礼に留学してあれこれ教わるってのも笑っちゃうよな(爆

>>46回もの遣新羅使?

投稿者: bianchi20022002 投稿日時: 2003/02/22 23:00 投稿番号: [174 / 6952]
そう言われてあれこれ見てみると、



まちまちですな。
国史大辞典には20数回
日本史大辞典には30数回

ちなみに小学館の日本大百科事典には遣新羅使のとこに46とあります。




渤海との交流が始まるようになってからは新羅とはほとんど断交。
渤海とは非常にうまくいってたみたいですね、当時。
でも日本じゃつかいもんにならない毛皮とかもらって逆にたかられてたという話もありますが(笑

>やはり隣国とは仲良くしなきゃね。

そうしないと疲れるし(笑

キチンと見てね

投稿者: baggio_aug 投稿日時: 2003/02/22 22:56 投稿番号: [173 / 6952]
資料をキチンとみた?
半島経由の遣唐使については、書いてたでしょ?

また、新羅からの使者がたくさん来てるのに、返礼しないのも悪いでしょ?

>遣新羅使

投稿者: bianchi20022002 投稿日時: 2003/02/22 22:53 投稿番号: [172 / 6952]
>あいかわらず、頓珍漢な割り込みしてくるな。
中国へは韓国を経由しないといけないと書いてたから、航路を書いたのに。

だから「ついでに」って言ったじゃん!!(笑

で、「なんで」ってのはおせ−てくんないのぉ???????????

>46回もの遣新羅使?

投稿者: saitamanjiro 投稿日時: 2003/02/22 22:26 投稿番号: [171 / 6952]
46回のうち、遣新羅使は31回で遣渤海使が15回の間違いでは?
で朝鮮への使節が46回となっているのでは?
(そういうふうに在日の人のHPに書いてありました)
韓国的認識では日本や中国の認識とは違い、渤海を朝鮮史に組み込んでいるんですね。
ヘーッて感じです。

で、ついでに渤海からの日本への派遣使節は34回だそうです。

でその航路はこちらをご参照ください。
「加賀の國」
http://www.kaganokuni.com/data/campaign02.html

やはり隣国とは仲良くしなきゃね。

遣新羅使

投稿者: baggio_aug 投稿日時: 2003/02/22 22:17 投稿番号: [170 / 6952]
あいかわらず、頓珍漢な割り込みしてくるな。
中国へは韓国を経由しないといけないと書いてたから、航路を書いたのに。

http://www.pref.nagasaki.jp/sima/html/profile/tsushima/kouryudownside.html
今回は特別に航路図を調べてあげたから。

>アホ朝鮮人のbianchi20022002

投稿者: bianchi20022002 投稿日時: 2003/02/22 22:15 投稿番号: [169 / 6952]
>あんたしゃんみたいな何でも結論を「朝鮮マンセー」に結び付ける野郎には...



いつ私がそのような結論を?

>朝鮮人は歴史とは何たるやを知らない汚物無知民族ぶぁい。

その汚物無知民族の国新羅になんで40何回も遣新羅使があったのぉ??????
君でもいいからおせ−てぇ−???????

>汚物無知民族ぶぁい。

「ぶぁい」ってあんたバイブ使った新手のマスカキボ−イか?(猛爆

アホ朝鮮人のbianchi20022002

投稿者: chama_obo2003 投稿日時: 2003/02/22 22:03 投稿番号: [168 / 6952]
あんたしゃんみたいな何でも結論を「朝鮮マンセー」に結び付ける野郎には、日本の歴史を語る資格は無いぶぁい。朝鮮人は歴史とは何たるやを知らない汚物無知民族ぶぁい。

へけけ。

遣唐使の航路

投稿者: bianchi20022002 投稿日時: 2003/02/22 21:41 投稿番号: [167 / 6952]
のついでに遣新羅使の航路も教えてくれませんかぁ−??????

文化の低い新羅になんでわかってるものだけで46回もの遣新羅使があったんですかぁ−????????


遣唐使が新羅の船に頼ってたのはいつからいつまでですかぁ−?????????


よろしく教えていただけますかぁ−????????

>古代ハングル

投稿者: hiryuuyamaguchi 投稿日時: 2003/02/22 20:52 投稿番号: [166 / 6952]
ぐはっ!すみませんです。

言語の起源というネタだから近代用語の類似性を見つけるよりその対象言語の制定時での相違点を明確化しないと・・・という意味で近代の反意語として「古代ハングル」と命名しちゃいました。


>現代の韓国語を新羅語系列として考えるとすると、基礎語彙に大きな違いが認められる以上、日本語の起源としてより興味深いのはこの系列以前にまず、高句麗と百済の言語形態を明らかにすることが先決で、・・・

う〜ん   ていう事は日本語との比較対象があるのかないのか・・・よく判らないんですが・・・えと・・・無いって事ですかね?つまり現状、比較不可能って事で・・・Σ*ёlll)ガーン

中国との交流

投稿者: baggio_aug 投稿日時: 2003/02/22 20:43 投稿番号: [165 / 6952]
>中国人は遠くの島などには関心がない民族である

>韓国からしかいけないところが日本なんだ

日本の小中学校では、遣唐使の航路を教えています。
航路を確認してみてくださいね。
http://www.town.toyoura.yamaguchi.jp/bunkazai/koukomuseum/kikaku1/dete/jyori10.html

横レス

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2003/02/22 20:35 投稿番号: [164 / 6952]
螺鈿さんのお話は面白いのですが、少々結論を急ぎすぎとの感が否めません。

>独特な発展をなしてきたと思う.
>その担い手は韓国から渡っていった弥生人と渡来人が中心だ

これは極めて誤解を受けやすい文章ですな。
この部分だけを読めば、
「日本文化は韓国人が作ってやった。だからその独自性も含めてコリアンの手柄だ」
と読めなくもない。
(実際にそういう主張をするコリアンには何度もお目にかかったことがあるので)

韓国文化の担い手がコリアンであるのと同様に日本文化の担い手は日本人です。
弥生人が半島出身と結論付けるのはちょっと早すぎますし、渡来人は渡来した時点で日本人。

また、彼らが伝えた半島の文化は、日本に受容される段階で当然日本にあうようにアレンジされています。
そこから当時の文化における日本の独自性が生まれているんですから。
日本人が自分に合うように受け入れ育まないものは日本文化にはなり得ません。
(韓国人が中国文化を自分達に合うように韓国化したのと同じ)

渡来人にしても、半島のコピーを日本に作ったわけではないよ。

もともと半島から大きな文化的影響を受けたこと自体は、日本では否定する主張はほとんどないと思う。

それと、弥生人にしろ渡来人にしろ、日本の人口構成に影響を与えるほどに渡来したのであれば、それは当然朝鮮半島の人口構成にも大きな影響を与えなくてはなりません。
(当然それは政治的に大きな変化を誘発しているはず)
もともと日本列島のほうが人口は大きいんですから。

>韓国からしかいけないところが日本

それは全くの誤解ですな。
日本はガラパゴスのような隔離環境にはない。
黒潮に乗れば南からでも到達できるし、間宮海峡を通れば陸続き同然で北からも来られる。

「イギリス人はみんなノルマンディから来たというわけではない」
のと同じですよ。

戦国時代に来日した宣教師が報告したように、日本人は、身体的特徴から言えばアジアの雑種です。

コリアンはよく、
「日本は島国だから周辺から隔離された閉鎖社会だ」
と主張しますが、
現実には、島国は文化・文明の交差点であることが少なくない。

>その影響を恥ずかしく思う必要は無い

特に恥ずかしいと思ったことはないのですが・・・。

韓国人は、近代以降の韓国が日本の圧倒的な影響下にあることを恥じているのですか?

>韓国人だったら殆ど日本人が喜ぶ内容の研究はしない

学問はアイデオロジーからは独立したものであるべきだと思いますよ。

>言葉の問題にしてもそうだ

「基本単語が異なる」
というのは、決して無視できない問題では?
ドイツ語を知らない私でも、「グーテン・モルゲン」と聞けば、「グッド・モーニング」のことだと想像できますが、「カムサハムニダ」と聞いても、「ありがとう」とは知っていない限り想像できません。
(日本語と韓国語が似てないと言っているわけではありません)

>問題は的を得ているかどうか

揚げ足とりになりますが、
「的を射ているかどうか」
が正しい日本語です。

訂正

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2003/02/22 20:33 投稿番号: [163 / 6952]
>人種?そのあたりさっぱり知らなくてまったくの無知だけど、「プヨ」はツングース系のいわゆる満州族に該当するんじゃないのかな。ついでに高句麗もそうじゃないかな。司馬遼太郎はたしか高句麗を満州族としていたなぁ。

こういうことは何も知らなくて、ちょっと気になって、韓国ヤフー百科事典でプヨを見るとツングース系プヨ族になってた!ふむ。

古代ハングル

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2003/02/22 20:28 投稿番号: [162 / 6952]
なんて、ないよ。

それはともかく、いわゆる三国時代の言語が地名・人名程度などを除いてはさっぱり分からない状況で、比較もなにもないだろうし、韓国語が日本語の起源などというのもちょっとなぁ。

現代の韓国語を新羅語系列として考えるとすると、基礎語彙に大きな違いが認められる以上、日本語の起源としてより興味深いのはこの系列以前にまず、高句麗と百済の言語形態を明らかにすることが先決で、このあたりの資料の発掘と分析作業が必要になるだろうなぁ。高句麗の数詞と日本の数詞に類似性が見られることも興味深い。しかし、いかんせん資料がない。
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