初心者のための日韓議論場
Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー
>李氏(李朝?)朝鮮
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/08/24 10:14 投稿番号: [270 / 7270]
これは メッセージ 267 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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>朝鮮の朝貢
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/08/24 10:06 投稿番号: [269 / 7270]
>朝鮮は清に対して毎年3000人の女性を貢いでいたという話を聞いたことがあるのですが、
>これは事実でしょうか?
美女三千人,牛馬三千頭,でしたっけ.これを毎年.この話は
いろんな所で目にしますが,出展は何なんでしょうね.
どなたかご存知の方,教えてください.
これは メッセージ 256 (mikenekonomanma さん)への返信です.
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緑茶さん,ようこそ.
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/08/24 10:02 投稿番号: [268 / 7270]
そんなに緊張させるような悪いことした覚え無いんですが
(^^;
>ここってウソ氏のHPですよね。
>かの方とはチョコっとだけやり取りしたことあるのですが、
>膨大な知識・文章構成力のある方で、勉強にはなるのですが、
>多少?主観が強い方で、たまに妙なHPを引張ってくる方ですw
はい.僕もこのHPのリンク集には引いてしまいました(笑)
日本の動機の全てを「膨張主義,植民地拡大野心」と説明している
点も,なんだかなあ,という感じです.当時の東アジアの情勢下で
安全保証を行うための帰結としての膨張政策だったと思いますが,
それを「野心」で片付ける乱暴さは,あれだけの資料を集める緻密さ
と懸け離れたものが有りますね.
ただ,イベントを時系列的に纏めた資料として,HP上であれ以上の
ものを目にしたことが無いのも事実です.
>内容によって、極めて左よりだったり右よりだったりのことが多いので、
本人は,右だの左だのを議論することそのものに興味を持っていない
ようですね.このスタンスは僕も賛成です.
と言いつつ,右だと言われても屁でもないけど,左だと言われると
むっとしたりしますが(笑)
これは メッセージ 266 (green_tea490 さん)への返信です.
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李氏(李朝?)朝鮮
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2003/08/24 03:16 投稿番号: [267 / 7270]
http://bbs.enjoykorea.naver.co.jp/jaction/read.php?id=enjoyjapan_8&nid=511772&work=list&st=&sw=&cp=1
↑ここの写真について以前から???に思っていることです。
併合前のソウルの様子は確かに自慢出来るとは思えませんが、
「かつては」相当に「繁栄していた」街の様に見えます。
そのようなところがあの写真にあるような様子になるには、
どれくらいの期間に、どのような事が起きたのでしょう?(飢饉?戦乱?)
年表によれば李氏朝鮮は15〜19世紀の約400年とあります。
この間、中国では17世紀に明と清が入れ替わっていますが、
元に代わって明が出来たころに高麗も李氏になっている・・・
まさか、清に服属決めて以降、国の運営ろくにしなかったなんてことありますか?
(日本は戦国時代でも領地の整備、運営には熱心だったような・・「信玄堤」とか「楽市楽座」とか)
「両斑」が制度として上手く機能していた時代はなかったんでしょうか?
yusuraさんへ
家永三郎のことが気になったので文庫本を買ってきました。
「一歴史学者の歩み」(岩波現代文庫2003年5月16日初版)
未発表原稿の「私と天皇制、天皇」が併録されています。
↑読む人が読めば「意外!」満載かも知れません。
私は遅読なのでなかなか読み進めませんが、
同世代の山本夏彦の戦前に関する文を思い浮かべながら
ちびちびと読んでおります。
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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>資料集を紹介してください…横〜
投稿者: green_tea490 投稿日時: 2003/08/22 12:04 投稿番号: [266 / 7270]
はじめまして、御無礼会幽霊会員の緑茶と申します。
ユスラさんに横するのもおこがましいとは思いますが、
>大東亜戦争に至る過程については、下記に詳しく纏められています。
このHPの管理者は Yahoo 掲示板でも目にすることができますが、
僕は直接やり取りしたことはありません。
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/1252/taiheiyou1.htmlここってウソ氏のHPですよね。
かの方とはチョコっとだけやり取りしたことあるのですが、
膨大な知識・文章構成力のある方で、勉強にはなるのですが、
多少?主観が強い方で、たまに妙なHPを引張ってくる方ですw
(・・・半月城氏のHPを紹介されたときには萎え萎えにww・・・さすがに、そのHPでは知識の源泉が疑われますよとカキコした記憶が・・・。)
内容によって、極めて左よりだったり右よりだったりのことが多いので、そのあたり考慮する必要のある方かなっと追加でw。
(・・・ふぅ〜ユスラさんにカキコは緊張するw)
これは メッセージ 259 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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>うん、そこなんだよな
投稿者: perusonanongrata 投稿日時: 2003/08/22 01:23 投稿番号: [265 / 7270]
>たまたまその時に首相をやった東条が戦争責任者として裁かれるなど愚の骨頂。東条は被害者だよ。
これは同意。
>誰が首相をやっても同じ結果だったろうな。
いや、近衛文麿は物事を悪い方へ悪い方へと持っていったと言えないでしょうか。
これは メッセージ 263 (chonkanchigaiyarodomo さん)への返信です.
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石原莞爾は師団長レベルじゃないの
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/08/21 18:48 投稿番号: [264 / 7270]
天才的戦略家などからはほど遠いとおもう。
世界的レベルの戦略をやるには、人をうごかさにゃならん。
人が付いてこないようでは何もできない。
ま、人間関係は複雑な面もあるけど。
石原をコケにした武藤章が、のちに東條にきらわれてスマトラにとばされるけが。
これは メッセージ 263 (chonkanchigaiyarodomo さん)への返信です.
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うん、そこなんだよな
投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2003/08/21 18:02 投稿番号: [263 / 7270]
>それをしたとしても、米国の要求がエスカレートしていくことは明らかですから、いずれは衝突したような気がします。
俺もそんな気がする。
つまり、満州を建国してからは誰がどうやっても日米戦争を避ける手だてはなかったと思う。
たまたまその時に首相をやった東条が戦争責任者として裁かれるなど愚の骨頂。東条は被害者だよ。
誰が首相をやっても同じ結果だったろうな。
俺は石原莞爾を評価していないよ。
自分で日米戦争の原因を作っておきながら、「日米戦回避論」など矛盾もいいところ。
むしろマルクスが主張する史的唯物論(歴史は物的生産力の増大により必然的に動く)の方がわかりやすい。
この立場に立てば、日米戦は明治維新以来、富国強兵策をとり続けた日本にとって必然だったことに気がつく。
今のバカサヨはマルクスの歴史観を故意に歪め、あたかも軍部の意向だけで日米戦が起きたように主張するけれども、史的唯物論の立場からいうと、ありゃ間違いだよ。
これは メッセージ 261 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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凄いですね、このサイト
投稿者: hontonokotoga_shiritai 投稿日時: 2003/08/21 17:32 投稿番号: [262 / 7270]
>第一次大戦について膨大な資料を有するHPが有ります。
>面白いし、ちょっと経緯を調べるときに重宝します。
少し覗いただけだけど、ここ凄いですね。ビジュアルが豊富なのもいいな。
あと地図が結構必要ですね。戦闘詳細とかいってながら地図もなかったら
大笑いされそう。ブックマーク&購買リストに追加・・・
あとついでといってはなんですが・・・
>米国はそんなに待っちゃあくれなかった、というわけですね。
もし、待ってくれたりしたら・・・
いや、もうこれは妄想なんですけど、その間に大日本帝国が「核」をもてば・・・
我ながら怖い妄想をしてしいました。そうすると唯一の被爆国がほんのちょっとした
違いで・・・あ、止めます。妄想ですから。
この手の議論に参加するには私はまだ色々と足りないようなのでしばらく潜伏して
充電します。
これは メッセージ 259 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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>満州国を建国した時点で
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/08/21 16:13 投稿番号: [261 / 7270]
>日米決戦は既定の路線だったと思う。
>
満鉄の経営に米資本を参加させてでもいれば話は別だったかもしれないけれどもねぇ・・・
僕も、大東亜戦争を避けるとしたら、そのタイミングで満州の権益を
一部米国に分け与えることくらいしか思い付かないです。後知恵で
考えてもこれが限界。ただ、それをしたとしても、米国の要求がエスカ
レートしていくことは明らかですから、いずれは衝突したような気が
します。
満州事変の首謀者である石原莞爾も、日米の衝突は歴史の必然、と
考えていたみたいですね。それに備えるためにこそ、東亜経済共栄圏を
早急に整備して日本の国力を高める必要がある、と考えていたよう
です。ただ、彼の想定していた日米衝突は、当時から30年後なんです
よね。つまり、1960 年代。その間に、日本の国力を高めて、というのが
彼の戦略だったようです。
米国はそんなに待っちゃあくれなかった、というわけですね。
これは メッセージ 260 (chonkanchigaiyarodomo さん)への返信です.
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満州国を建国した時点で
投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2003/08/21 15:06 投稿番号: [260 / 7270]
日米決戦は既定の路線だったと思う。
満鉄の経営に米資本を参加させてでもいれば話は別だったかもしれないけれどもねぇ・・・
日本にそんな気はなかったし・・・
まあ、日米決戦は必然だったんじゃないの。
これは メッセージ 257 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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>資料集を紹介してください
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/08/21 14:00 投稿番号: [259 / 7270]
これは メッセージ 258 (hontonokotoga_shiritai さん)への返信です.
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資料集を紹介してください
投稿者: hontonokotoga_shiritai 投稿日時: 2003/08/21 13:19 投稿番号: [258 / 7270]
>手が打てるとしたら、こうなる前でしたね。国際連盟脱退後は、
>もう打てる手が無かったと思います。アメリカがやる気満々だった
>ので。
この当たりから各論の世界ですね。私は総論を卒業したとは思いませんが
そろそろこの各論にも触れたいと思っています。
暇があるときで結構なんですが、以下の公式スペック集のような資料を探
しています。要するに事典形式みたいな感じのものをイメージしています。
適当なものがありましたら、ご紹介願えませんでしょうか。
1)戦前の日本の国家組織とその運営について(朝鮮総督府も含む)
2)軍編成などについて
3)戦闘詳細(戊辰戦争〜大東亜戦争)
4)その他お勧め資料集
専門家ではないので一次資料までは手をだすことはないと思いますが、新書程度を
読むのでもただ単に読み流すのではなく、ある程度組織などの概要を踏まえる必要
がありますよね。
ちなみに人物単位では
日本歴史人物事典
(朝日新聞社)
などを使っています。(古書でしたが高いですね(ため息))
しかし、この手の本は高そうですね。ま、飲みに行くのと競馬を少し控えて、捻出
する予定です(苦笑
宜しくお願いします。
これは メッセージ 257 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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>>>靖国神社参拝報告
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/08/21 07:34 投稿番号: [257 / 7270]
>しかも、それを棄てれば、次々と要求はエスカレートしていくのは目に見えてます
>よね。どこまで毟り取られるかその先を想像するとなにか凍りつくようなものを感
>じてしまいます。
まったくその通りですよね。同意します。
満州の権益を全部放棄しろ。満州から撤兵しろ。そうすれば石油禁輸を
解いてやる、じゃなくて、
満州の権益を全部放棄しろ。満州から撤兵しろ。そうすれば交渉を
始めてやる
なんですから。
喩えれば、
さあ、ポーカーの相手をしてやる。ついては、始める前に、そちらの
切り札を全部放棄してくれたまえ。
って言われたのと同じです。
手が打てるとしたら、こうなる前でしたね。国際連盟脱退後は、
もう打てる手が無かったと思います。アメリカがやる気満々だった
ので。
これは メッセージ 255 (hontonokotoga_shiritai さん)への返信です.
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朝鮮の朝貢
投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2003/08/20 20:05 投稿番号: [256 / 7270]
別トピックでイルクジさんがカラユキさんのことで奮闘されていますが、
朝鮮は清に対して毎年3000人の女性を貢いでいたという話を聞いたことがあるのですが、
これは事実でしょうか?
ネットで調べて見たけどキーワードがダメダメなのか「大清皇帝功徳碑」にもそんな記述は
ないようですし・・・
ご存じの方お願いします。
それにしてもこの「大清皇帝功徳碑」って「日帝」が再建したんですってね。エグイなぁ。
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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>>靖国神社参拝報告
投稿者: hontonokotoga_shiritai 投稿日時: 2003/08/20 18:57 投稿番号: [255 / 7270]
>五分五分の視点から出発して歴史を振り返るという意味で言えば、大東亜戦争
>の発端は、日米間の中国利権争いですね。その利権に対する切実さは、日本の
>方が遥かに大きいし、そのために父祖が血を流しているわけですから、横から
>ひょっと出てきた、安全保障上の必要性も持ち合わせていない米国に譲る気に
>なれなかった気持ちも理解できます。
実はここが肝だと思いました。日清・日露と幾多数多の血を流してなんとか中国
に対する権益を得たわけですよね。もう、それは国の威信とかもあったでしょうが、
生き残るための悲痛なまでの決意の結果だと思うのです。
アメリカと戦争回避するにはこの権益を全て棄てる必要があったということになる
訳ですよね。これを棄てること自体当時の日本には無理難題なのは痛いほど解りま
す。
しかも、それを棄てれば、次々と要求はエスカレートしていくのは目に見えてます
よね。どこまで毟り取られるかその先を想像するとなにか凍りつくようなものを感
じてしまいます。
とどめは石油の備蓄が開戦時に2年分しかなかったそうですね。石油がなくなれば、
軍艦も戦車も戦闘機も全て動きません。アメリカに石油を依存していた日本の政略
・戦略の瑕疵もあるでしょうが、じゃあ、その石油が無くなったあとどうなるの?
ですよね。(この場合二年分はなんとか備蓄していたと言うのが正解なんでしょうが)
依存していたのは石油だけではないわけですから、事態の深刻さは日本海溝のように
深くなっていた訳ですよね。
言われるがままに、なすがままにしていたら最後は丸腰・丸裸日本ですか。当時、
丸腰・丸裸になるってことはどんなことに例えれば私達に理解できるんでしょうか。
これは比喩が浮かびません。
結論として言い方は悪いけどアメリカに嵌められた・・・最初の一発を撃たされた・・・
この点は感情抜きにして事実だと思いました。
これは メッセージ 253 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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美女軍団を・・・
投稿者: copypaperjp 投稿日時: 2003/08/20 18:16 投稿番号: [254 / 7270]
韓国入りした美女軍団を追っかけて、カメラで撮影してる韓国の男たちって・・・、やはりヲタはどこの国にもいるのですね。
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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>靖国神社参拝報告
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/08/20 17:43 投稿番号: [253 / 7270]
雨の中、お疲れ様でした。
>しかし、今回の参拝で靖国で強く感じたのは、戦わなければ独立国としての矜持は
>保てなかったということであります。
もっと有体に言えば、侵略する側かされる側かの二者択一を迫られた、という
ことでしょうね。で、日本は侵略する側を選んだ。
日本の安全を保障するためには朝鮮半島を押さえる必要がある。朝鮮半島を
押さえると、そこには日本人が住むようになる、もしくは住んでいる人が
日本人になる。そうすると、そこの安全も保障する必要が出てくる。半島の
安全を保障するためには満州を押さえる必要がある。だから満州の権益は
日本の安全保障上必須。ということでしょう。
>勿論日本に何の責任もなくすべて周りが悪かったから日本が戦争をしたなどと
>は思いません。また、侵略的行為により近隣諸国に少なからず迷惑もかけたこ
>ともあるかと思います。
日本国には国民の安全を保障する責任が有ったので、その責任を果たすために
満州の利権に拘り、結局泥沼的に戦争まで行ってしまったのだと思います。
日本は満州の利権を守るために、国際連盟から脱退までしたわけですから。
五分五分の視点から出発して歴史を振り返るという意味で言えば、大東亜戦争
の発端は、日米間の中国利権争いですね。その利権に対する切実さは、日本の
方が遥かに大きいし、そのために父祖が血を流しているわけですから、横から
ひょっと出てきた、安全保障上の必要性も持ち合わせていない米国に譲る気に
なれなかった気持ちも理解できます。
これは メッセージ 252 (hontonokotoga_shiritai さん)への返信です.
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靖国神社参拝報告
投稿者: hontonokotoga_shiritai 投稿日時: 2003/08/20 14:22 投稿番号: [252 / 7270]
別トピでも書きましたが、少し天候が不順でしたが8月17日に靖国神社に参拝
に行ってきました。
過去、家族で行ったことはありました。家族で行った最後は8年前の終戦
50周年でした。私の父親の兄貴は徴兵され海軍にて戦死しております。
田舎では水兵姿の遺影が歴代の当主に混じって掲げられています。
実はサヨク史観から抜け出すきっかけは8年前の参拝でした。あの時初めて
遊就館にて特攻隊員達の遺書を目にしたのがきっかけでした。
これを確かに必要以上に美化することはできないけど、無駄死にだとか、犬死
だとかいっている連中の考え方は明らかに自分には受け入れられないと初めて
そのとき感じたのです。
それから8年間がたちました。仕事にかまけて中々時間がとれずにいましたが、
ようやくここ一年くらいは少しまとまって本なども読める時間が出来、自分な
りに積み上げて来ました。勿論専門家のような難しいことは解りませんが、淡
々とできるだけ事実を知るように心がけてきたことは事実です。
しかし、ここであらためて申し上げたいのですが、靖国神社側にたった歴史認識
も無条件で受け入れることは出来ません。勿論立場上、あのような歴史観を主張
するのは理解できますが、あれはあれで一つの視点として受け止めるべきだと、
個人的には思っています。
しかし、今回の参拝で靖国で強く感じたのは、戦わなければ独立国としての矜持は
保てなかったということであります。
当時、アジアで唯一の近代的独立国家であったのは日本だけであると言う事実。
日本は敗戦で連合国における占領統治は受けましたが、植民地としての歴史ない
のです。この有難さ。この誇り。これはいままで意識しませんでしたが、実はこ
れは大変なことだと今更ながら気が付いたのです。
勿論日本に何の責任もなくすべて周りが悪かったから日本が戦争をしたなどと
は思いません。また、侵略的行為により近隣諸国に少なからず迷惑もかけたこ
ともあるかと思います。
しかし、それらをひっくるめて五分五分の視点から出発して歴史を振り返る、
戦争の意義を考える、少なくてもその程度に自分は変化していることに気が
付きました。
自発的意思による靖国への参拝はその左に振れすぎた振り子を真ん中に持って
いくことの表れと自分では感じております。
そして、御霊へ捧げたのは、平和への感謝と不戦の誓いであることを報告致します。
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/252.html
>>素人なので
投稿者: kamisanga3 投稿日時: 2003/08/19 21:15 投稿番号: [251 / 7270]
>>このカテをロムってると、何だか自分が何者なのか不安になってきます。
>この辺の心理がよく理解できないです。半島の血が混じってるといやですか?
全ての生命の源”海”で、皆繋がってます(笑
これは メッセージ 250 (yusura_sdhk さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/251.html
>素人なので教えて下さい
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/08/19 16:47 投稿番号: [250 / 7270]
>因みに先祖の墓は4〜5代前までは確認出来ますが,江戸末期に寺が焼けてしまっているので過去帳は無いそうです。
ということは、幕末までは遡れる、ということですよね。そういえば
うちは先祖代々の墓に何代前まで入っているか知らないです。両親とも
親戚と疎遠なので。
ところで、
>このカテをロムってると、何だか自分が何者なのか不安になってきます。
この辺の心理がよく理解できないです。半島の血が混じってるといやですか?
これは メッセージ 249 (bone2103 さん)への返信です.
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素人なので教えて下さい
投稿者: bone2103 投稿日時: 2003/08/19 10:54 投稿番号: [249 / 7270]
このカテをロムってると、何だか自分が何者なのか不安になってきます。
自分は本当に日本人なのだろうか?
‘在日によくある苗字’の中に私のものもありました。
在日ではないにしても渡来系なのだろうか?
はたまた部落系なのだろうか?
何か確かめる方法は無いのでしょうか?
因みに先祖の墓は4〜5代前までは確認出来ますが,江戸末期に寺が焼けてしまっているので過去帳は無いそうです。
宗派は天台宗で、戒名は大抵○○院○○○○居士(大姉)です。
本家のものは位牌堂の上の方にあります。
どなたかよろしくお願いします。
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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光の中に
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/08/18 16:09 投稿番号: [248 / 7270]
読みました。青空文庫で読める彼の作品は少ないので、一通り読みました。
僕も、ああいう、少年が出てくる話って弱いんですよね。
その作品の中で、主人公の南(なん)先生が「みなみ先生」と日本風に
呼ばれることに対する戸惑いや、それを受け入れてしまう自分への羞恥、
怒りが描かれていましたが、こういう話にも切ないものを感じます。
その切ないところに子供との交流を絡めて行くあたり、この作家、ツボを
心得てますよね。
これは メッセージ 246 (saru_timbanco2000gt_turbo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/248.html
大爆笑
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/08/16 06:03 投稿番号: [247 / 7270]
あちゃー、小西摂津守は朝鮮で斬られちゃったですか…。
しかも、オカルト仕立てですねえ。
はあ…。
なんだか、映画「柳生一族の陰謀」で、将軍家光の首を持ってフラフラ歩いている柳生但馬守を思い出しました…。
これは メッセージ 245 (yusura_sdhk さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/247.html
小西行長の最期
投稿者: saru_timbanco2000gt_turbo 投稿日時: 2003/08/15 22:06 投稿番号: [246 / 7270]
笑った
笑
ちなみに、ユスラさん御紹介の金史良の作品の「光の中に」は読みました?
危なく泣きそうになりました。
すごくいい作品でした。
これは メッセージ 245 (yusura_sdhk さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/246.html
小西行長の最期
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/08/12 22:52 投稿番号: [245 / 7270]
金応瑞(きんおうずい)は大いに吼(たけ)りながら、青竜刀の一払いに行長の首を打ち落した。が、この恐しい倭将(わしょう)の首は口惜(くや)しそうに牙(きば)を噛(か)み噛み、もとの体へ舞い戻ろうとした。この不思議を見た桂月香(けいげつこう)は裳(もすそ)の中へ手をやるや否や、行長の首の斬(き)り口へ幾掴(いくつか)みも灰を投げつけた。首は何度飛び上っても、灰だらけになった斬り口へはとうとう一度も据(す)わらなかった。
けれども首のない行長の体は手さぐりに宝剣を拾ったと思うと、金将軍へそれを投げ打ちにした。不意(ふい)を打たれた金将軍は桂月香を小腋(こわき)に抱えたまま、高い梁(はり)の上へ躍り上った。が、行長の投げつけた剣は宙に飛んだ金将軍の足の小指を斬り落した。
その夜(よ)も明けないうちである。王命を果した金将軍は桂月香を背負いながら、人気(ひとけ)のない野原を走っていた。野原の涯(はて)には残月が一痕(いっこん)、ちょうど暗い丘のかげに沈もうとしているところだった。金将軍はふと桂月香の妊娠(にんしん)していることを思い出した。倭将の子は毒蛇(どくじゃ)も同じことである。今のうちに殺さなければ、どう云う大害を醸(かも)すかも知れない。こう考えた金将軍は三十年前の清正(きよまさ)のように、桂月香親子を殺すよりほかに仕かたはないと覚悟した。
英雄は古来センティメンタリズムを脚下(きゃっか)に蹂躙(じゅうりん)する怪物である。金将軍はたちまち桂月香を殺し、腹の中の子供を引ずり出した。残月の光りに照らされた子供はまだ模糊(もこ)とした血塊(けっかい)だった。が、その血塊は身震(みぶる)いをすると、突然人間のように大声を挙げた。
「おのれ、もう三月(みつき)待てば、父の讐(かたき)をとってやるものを!」
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http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/78.html朝鮮で語り継がれてきた,小西行長の最期だそうです.
最近,「青空文庫」で朝鮮関連の作品を探して読むのに嵌ってます.
紹介ついでに上げ.
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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現在の南北朝鮮の
投稿者: lvl_alpha 投稿日時: 2003/08/09 21:46 投稿番号: [244 / 7270]
ごく一般の人々というのは・・・
彼らの祖先の庶民文化というものを、本当に肌で感じることだできるのでしょうか?
掲示板での発言を基にして感じてるだけですけど
彼らの威勢が空しく感じられます。
いわゆる、これを虚勢というのでしょうが^^
戦後・・我慢強くお付き合いした政治家や文化人、教育者の皆様は
大変お疲れ様でした。
もう、お役目は終えていただいてもいい頃合いだと思いました。
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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マンネリだなんて・・・
投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2003/08/09 20:50 投稿番号: [243 / 7270]
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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ソ連の参戦
投稿者: qitiandashen03 投稿日時: 2003/08/09 03:16 投稿番号: [242 / 7270]
昔、朝日新聞の記事であったろうと思うのですが(私の実家では朝日しかとってなかったから)特派員がシベリア鉄道でモスクワまで旅行する話の中で、コンパートメントにソ連軍の佐官クラスの軍人が乗り合わせてきた。話をするうち、向うさんはソ連の参戦は関東軍が侵略してきたための防衛行動であった、日ソ中立条約を破ったのは日本だ、その様に歴史の時間に教わったから間違いない、と言うので驚いたと書いてありました。歴史のグレーゾーンならともかく、あれだけ明々白々の事実でも捻曲げるのには恐れいるしかないです。歴史には編集者の思惑とかは無しで事実はきっちり教えてもらいたいものです。
これは メッセージ 241 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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>れ>「検定不合格日本史」
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/08/09 00:27 投稿番号: [241 / 7270]
>この部分をどう書いているか読んだのですが、わずか数行しか書いてないというのも驚きだった、というより、やはり、という感じもした。とってつけたような感じで。
検定を意識した記述なんでしょうか.でも最近の教科書にはシベリア
抑留という記述が無い教科書も有りますし,記述が有ってもその殆ど
は,戦争捕虜,という誤った説明で記述されているようです.
「シベリア抑留についてきちんと記述しているのは『新しい歴史教科書』
だけ」という主張に対する反論が下記に載っていますが,
http://www1.jca.apc.org/aml/200206/28686.html他の教科書の記述を見ると,家永教科書でさえ良心的に見えてきますね.
これは メッセージ 239 (kuuboakagi00 さん)への返信です.
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>どっちなの?
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/08/09 00:14 投稿番号: [240 / 7270]
>普通は『どちらか』一方を主張するならもう一方は成り立たないと思うのだけど・・・
侵略はしなかった.
侵略者とは勇敢に闘った.
ということでしょう.
勿論,侵略をしたことも有るし,
侵略者と勇敢に闘ったことも有るでしょう,
勇敢に戦い日帝に抵抗したとは,とても思えないですけど.
これは メッセージ 237 (dylake2r5j1 さん)への返信です.
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れ>「検定不合格日本史」家永三郎著
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/08/09 00:13 投稿番号: [239 / 7270]
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開戦後ソ連軍が市民に加えた略奪・強姦等の行為は、明白に国際法に違反
するものであった。ソ連の戦史がこれらの事実を認めていないのは遺憾千万
である。ソ連は日本人70万人をシベリアに送り、その内5万人が餓えや
寒さ過労のため異郷の土と化した。
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>当り前のことを言っているだけなのですが,ちょっとびっくりしました.
この部分をどう書いているか読んだのですが、わずか数行しか書いてないというのも驚きだった、というより、やはり、という感じもした。とってつけたような感じで。
これは メッセージ 238 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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>「検定不合格日本史」家永三郎著
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/08/09 00:09 投稿番号: [238 / 7270]
>家永三郎が執筆当時(1956年頃?)にいだいた、日本の状況に対する危機感
家永三郎著「太平洋戦争」に,その危機感が記述されてるようですね.
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「戦争の惨禍」から解放された直後の日本人は、戦争に対し強い否定的
心情があった。しかし、米国占領政策の転換が始まり、1953年池田ロバー
トソン会談により、政府の公教育への国家管理姿勢、そしてマスコミ界の
戦争観は大きく右旋回した。戦争体験を持たない世代が大半を占めつつ
ある現在、戦争の全体像を歴史的にしっかり学ぶことは、第1次世界大戦
後のナチス台頭を引き合いに出すまでもなく、極めて大切なことである。
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http://www.eva.hi-ho.ne.jp/nishikawasan/new1/ienaga.htm#jyoronそれにしても,
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太平洋戦争を引き起こした条件は大きく次のようにまとめられる。
<1>日本の資本主義経済形成以前から、侵略主義思想の萌芽があった。
<2>農村の生活水準の低さ、国内購買力の低さから海外進出への意向が強かった
<3>絶対主義的体制下では、海外進出は軍事的色彩を帯びてしまう
<4>世界大恐慌の経済的打開策としての海外侵略
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太平洋を隔てたあっち側から中国に食指を伸ばしてきた米国の侵略主義
思想については不問のようです.中国を舞台にした日米の利権争い,と
いうのが正しい姿だと思うのですが.しかも,日本は中国からの撤兵
までを視野に入れて戦争回避への努力をしていますが,まるで日本が
積極的に戦争を招いたかのような認識ですねえ.
自虐的だなあ,と読み進めると,意外な記述も有ったりします.
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開戦後ソ連軍が市民に加えた略奪・強姦等の行為は、明白に国際法に違反
するものであった。ソ連の戦史がこれらの事実を認めていないのは遺憾千万
である。ソ連は日本人70万人をシベリアに送り、その内5万人が餓えや
寒さ過労のため異郷の土と化した。
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当り前のことを言っているだけなのですが,ちょっとびっくりしました.
これは メッセージ 226 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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どっちなの?
投稿者: dylake2r5j1 投稿日時: 2003/08/08 11:27 投稿番号: [237 / 7270]
韓国カテでよく見る
『無抵抗に併合された』に対しての言い分で
朝鮮人は勇敢に戦い日帝に抵抗した(極々一部の反政府ゲリラ(?)を指して)と言う反面
どこの国とも争わなかった平和を愛する民族だ(対した抵抗が出来なかった言い訳)と豪語する。
普通は『どちらか』一方を主張するならもう一方は成り立たないと思うのだけど・・・
どちらの主張が韓国スタンダートの『主』となるのでしょう?
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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>天皇を中心にした「社会主義」
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/08/08 09:46 投稿番号: [236 / 7270]
何度かどこかで書きましたが、2.26事件に関与した将校たちはどのような社会をめざしていたのかときかれて、「天皇を中心とする原始共産制みたいな物を考えていました」(末松太平)という人がかなりいます。
「一君万民」から一君たる天皇を神として取り除けば万民がのこるのですから(このプロセスは乗り越えるのがそれ程むつかしいことではないそうです)、万民平等を志向するのは矛盾でも何でもないそうです。
昭和動乱の一因は大正デモクラシーにあるというのが私の考えです。(芥川あたりをみてみればよくわかる)
http://homepage2.nifty.com/kumando/mj/mj010821.html芥川と乃木を調べるためにネット検索してみましたら、乃木の評価については司馬の書いたもののみが使われていることがおおいみたですね。あれは一つの味方に過ぎず、反論も多いのだというとこまではみな考えがいたらないようです。
これは メッセージ 235 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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再び すみません
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2003/08/08 02:08 投稿番号: [235 / 7270]
レス頂きました皆様、ありがとうございます。
もう少し私の???な部分を整理してからうかがいたいと思います(なにぶん知識が乏しいもので・・)
また、よろしくお願いします。m(_ _)m
kuuboakagi00様
>家永の検定不合格日本史が、一般図書として出版されたのは1974年(昭和49年)。昭和31年ころじゃなくて。
31年頃に作られた申請用の教科書を復元して一般書で出版した(はず)・・なので、
教科書部分の記述は31年頃に執筆されたものと思ってましたが・・
qitiandashen03様
>雨の日の「今日は○○カウント
ありがとうございます。本当だったのですね。
(カウントって死の灰の数だったのかな?杉花粉数えるみたいに・・凄い日常だ)
>」〜外に出て雨に濡れると禿げるんじゃないかと真剣に考えた〜
そういえば、子供の頃、「雨に濡れると放射能でハゲになる」と大人が云っていたような憶えがあります。
saru_timbanco2000gt_turbo様
>旧制東京高校→東京帝大の特権コース、アルバイト歴ナシの苦労知らず
家永三郎の学生だった年代を考えると、何かブルジョアの「負い目」が在ったかも知れません。
大正デモクラシーの少し後だし・・戦後のいきなりの変節かどうか?
もしかしたら、226の青年将校と共通の思想があったかも・・
(当時、天皇を中心にした「社会主義」みたいな考え方があったと聞いてます)
これは メッセージ 230 (usagigamemaimai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/235.html
初めまして。
投稿者: sinnjinnromer 投稿日時: 2003/08/07 01:06 投稿番号: [234 / 7270]
ROM専門です。
いろいろな本を紹介してくださって、陰ながら楽しみにしています。
似たような面白そうな本があります。
オルグ学入門
村田宏雄
勁草書房(1982年1月30日発行)
ただし残念ながら現在絶版です。
「本書は、共産主義系勧誘・洗脳マニュアルである。
大衆を組織化し、より強力なパワーを発揮させることがオルグの目的である。
勘や経験のみに頼る試行錯誤から脱し、普遍妥当な学としてのオルグ技術の開発を目指す画期の書 」
下のHPから抜粋。
http://member.nifty.ne.jp/windyfield/org.html
これは メッセージ 227 (dylake2r5j1 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/234.html
家永の変節
投稿者: saru_timbanco2000gt_turbo 投稿日時: 2003/08/06 15:07 投稿番号: [233 / 7270]
●戦争中に書き、昭和22年刊行の「新日本史」より
(日露開戦を決したとき)「(天皇は)大奥入御の後も、御悲しみのためしばらく御言葉がなく、御目には御涙をたたへさせられていたと伝えられる」
●昭和51年「昭和の戦後史」より
(天皇。マッカーサーの第一回会見で)「開襟シャツスタイルの連合国軍最高司令官マッカーサーの横に背の低いモーニング姿の日本人が並んで立つ写真が新聞紙に掲載されたのを見た国民は・・・」
家永の父親は少将だったので、小学校講師の初任給が30円前後の時代に、父親は300円近い給料を貰っていたとか。
(本人も旧制東京高校→東京帝大の特権コース、アルバイト歴ナシの苦労知らず)
先に書いた体制ベッタリだったことと、
実はブルジョアだったという過去を払拭したかったというのが
原動力だったんじゃないでしょうか。
これは メッセージ 230 (usagigamemaimai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/233.html
放射能予報
投稿者: qitiandashen03 投稿日時: 2003/08/06 03:17 投稿番号: [232 / 7270]
>「本日の放射能予報」ってのがあったらしい・・(本当か?)
予報があったのは知りませんが測定結果をラジオのニュースで喋っていたのを憶えています。雨の日の「今日は○○カウント」というアナウンスがとても印象的で怖かったです。外に出て雨に濡れると禿げるんじゃないかと真剣に考えたものです。
これは メッセージ 230 (usagigamemaimai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/232.html
>すみません
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/08/06 03:02 投稿番号: [231 / 7270]
家永三郎についてはこういうのはどうかな。
急激な"旋回"をなさったのは家永さんではないのですか。
私はかつて『「松代大本営」の真実』(講談社現代新書、九四年)という本を書いたことがある。その長い取材過程でも聞き書きの不確実性を日々実感した。三年ほど前、韓国の国営放送局ディレクター氏が私をインタヴューしたおり、「松代大本営の建設現場で韓国人は戦争が終わってからも日本人に銃殺された、と証言してほしい」と執拗に迫られたことがある。私は証言できる立場にはないし、しかも何より「戦争が終わってからも銃殺された」のは事実ではない、そんなことがもし万一あったら国際的な大スキャンダル(あるいは大スクープ)だ、と私は説明した。しかし韓国人ディレクター氏は、「韓国人がここで虐げられたことは事実なのだから、その象徴としてぜひ戦後の銃殺のことに触れてほしい」と繰り返し、ついに、どこから見つけだしてきたのか地元の研究者に「そのこと」を番組のなかで“証言”させていた。
聞き書きに基づく著作群は、とりわけ半世紀前の大戦をめぐって爆発的に世に出された。その集大成ともいうべきは、家永三郎『太平洋戦争』(岩波書店、六八年)と『戦争責任』(岩波書店、八五年)である。
http://homepage2.nifty.com/higakitakashi/bari/bari4.html家永の検定不合格日本史が、一般図書として出版されたのは1974年(昭和49年)。昭和31年ころじゃなくて。
これは メッセージ 230 (usagigamemaimai さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/231.html
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