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資料集を紹介してください

投稿者: hontonokotoga_shiritai 投稿日時: 2003/08/21 13:19 投稿番号: [258 / 7270]
>手が打てるとしたら、こうなる前でしたね。国際連盟脱退後は、
>もう打てる手が無かったと思います。アメリカがやる気満々だった
>ので。

この当たりから各論の世界ですね。私は総論を卒業したとは思いませんが
そろそろこの各論にも触れたいと思っています。

暇があるときで結構なんですが、以下の公式スペック集のような資料を探
しています。要するに事典形式みたいな感じのものをイメージしています。
適当なものがありましたら、ご紹介願えませんでしょうか。

1)戦前の日本の国家組織とその運営について(朝鮮総督府も含む)

2)軍編成などについて

3)戦闘詳細(戊辰戦争〜大東亜戦争)

4)その他お勧め資料集

専門家ではないので一次資料までは手をだすことはないと思いますが、新書程度を
読むのでもただ単に読み流すのではなく、ある程度組織などの概要を踏まえる必要
がありますよね。

ちなみに人物単位では

日本歴史人物事典   (朝日新聞社)

などを使っています。(古書でしたが高いですね(ため息))

しかし、この手の本は高そうですね。ま、飲みに行くのと競馬を少し控えて、捻出
する予定です(苦笑

宜しくお願いします。

>>>靖国神社参拝報告

投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/08/21 07:34 投稿番号: [257 / 7270]
>しかも、それを棄てれば、次々と要求はエスカレートしていくのは目に見えてます
>よね。どこまで毟り取られるかその先を想像するとなにか凍りつくようなものを感
>じてしまいます。

まったくその通りですよね。同意します。

満州の権益を全部放棄しろ。満州から撤兵しろ。そうすれば石油禁輸を
解いてやる、じゃなくて、

満州の権益を全部放棄しろ。満州から撤兵しろ。そうすれば交渉を
始めてやる

なんですから。

喩えれば、

さあ、ポーカーの相手をしてやる。ついては、始める前に、そちらの
切り札を全部放棄してくれたまえ。

って言われたのと同じです。

手が打てるとしたら、こうなる前でしたね。国際連盟脱退後は、
もう打てる手が無かったと思います。アメリカがやる気満々だった
ので。

朝鮮の朝貢

投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2003/08/20 20:05 投稿番号: [256 / 7270]
別トピックでイルクジさんがカラユキさんのことで奮闘されていますが、
朝鮮は清に対して毎年3000人の女性を貢いでいたという話を聞いたことがあるのですが、
これは事実でしょうか?
ネットで調べて見たけどキーワードがダメダメなのか「大清皇帝功徳碑」にもそんな記述は
ないようですし・・・
ご存じの方お願いします。

それにしてもこの「大清皇帝功徳碑」って「日帝」が再建したんですってね。エグイなぁ。

>>靖国神社参拝報告

投稿者: hontonokotoga_shiritai 投稿日時: 2003/08/20 18:57 投稿番号: [255 / 7270]
>五分五分の視点から出発して歴史を振り返るという意味で言えば、大東亜戦争
>の発端は、日米間の中国利権争いですね。その利権に対する切実さは、日本の
>方が遥かに大きいし、そのために父祖が血を流しているわけですから、横から
>ひょっと出てきた、安全保障上の必要性も持ち合わせていない米国に譲る気に
>なれなかった気持ちも理解できます。

実はここが肝だと思いました。日清・日露と幾多数多の血を流してなんとか中国
に対する権益を得たわけですよね。もう、それは国の威信とかもあったでしょうが、
生き残るための悲痛なまでの決意の結果だと思うのです。

アメリカと戦争回避するにはこの権益を全て棄てる必要があったということになる
訳ですよね。これを棄てること自体当時の日本には無理難題なのは痛いほど解りま
す。

しかも、それを棄てれば、次々と要求はエスカレートしていくのは目に見えてます
よね。どこまで毟り取られるかその先を想像するとなにか凍りつくようなものを感
じてしまいます。

とどめは石油の備蓄が開戦時に2年分しかなかったそうですね。石油がなくなれば、
軍艦も戦車も戦闘機も全て動きません。アメリカに石油を依存していた日本の政略
・戦略の瑕疵もあるでしょうが、じゃあ、その石油が無くなったあとどうなるの?
ですよね。(この場合二年分はなんとか備蓄していたと言うのが正解なんでしょうが)

依存していたのは石油だけではないわけですから、事態の深刻さは日本海溝のように
深くなっていた訳ですよね。

言われるがままに、なすがままにしていたら最後は丸腰・丸裸日本ですか。当時、
丸腰・丸裸になるってことはどんなことに例えれば私達に理解できるんでしょうか。
これは比喩が浮かびません。

結論として言い方は悪いけどアメリカに嵌められた・・・最初の一発を撃たされた・・・

この点は感情抜きにして事実だと思いました。

美女軍団を・・・

投稿者: copypaperjp 投稿日時: 2003/08/20 18:16 投稿番号: [254 / 7270]
韓国入りした美女軍団を追っかけて、カメラで撮影してる韓国の男たちって・・・、やはりヲタはどこの国にもいるのですね。

>靖国神社参拝報告

投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/08/20 17:43 投稿番号: [253 / 7270]
雨の中、お疲れ様でした。

>しかし、今回の参拝で靖国で強く感じたのは、戦わなければ独立国としての矜持は
>保てなかったということであります。

もっと有体に言えば、侵略する側かされる側かの二者択一を迫られた、という
ことでしょうね。で、日本は侵略する側を選んだ。

日本の安全を保障するためには朝鮮半島を押さえる必要がある。朝鮮半島を
押さえると、そこには日本人が住むようになる、もしくは住んでいる人が
日本人になる。そうすると、そこの安全も保障する必要が出てくる。半島の
安全を保障するためには満州を押さえる必要がある。だから満州の権益は
日本の安全保障上必須。ということでしょう。

>勿論日本に何の責任もなくすべて周りが悪かったから日本が戦争をしたなどと
>は思いません。また、侵略的行為により近隣諸国に少なからず迷惑もかけたこ
>ともあるかと思います。

日本国には国民の安全を保障する責任が有ったので、その責任を果たすために
満州の利権に拘り、結局泥沼的に戦争まで行ってしまったのだと思います。
日本は満州の利権を守るために、国際連盟から脱退までしたわけですから。

五分五分の視点から出発して歴史を振り返るという意味で言えば、大東亜戦争
の発端は、日米間の中国利権争いですね。その利権に対する切実さは、日本の
方が遥かに大きいし、そのために父祖が血を流しているわけですから、横から
ひょっと出てきた、安全保障上の必要性も持ち合わせていない米国に譲る気に
なれなかった気持ちも理解できます。

靖国神社参拝報告

投稿者: hontonokotoga_shiritai 投稿日時: 2003/08/20 14:22 投稿番号: [252 / 7270]
別トピでも書きましたが、少し天候が不順でしたが8月17日に靖国神社に参拝
に行ってきました。

過去、家族で行ったことはありました。家族で行った最後は8年前の終戦
50周年でした。私の父親の兄貴は徴兵され海軍にて戦死しております。
田舎では水兵姿の遺影が歴代の当主に混じって掲げられています。

実はサヨク史観から抜け出すきっかけは8年前の参拝でした。あの時初めて
遊就館にて特攻隊員達の遺書を目にしたのがきっかけでした。

これを確かに必要以上に美化することはできないけど、無駄死にだとか、犬死
だとかいっている連中の考え方は明らかに自分には受け入れられないと初めて
そのとき感じたのです。

それから8年間がたちました。仕事にかまけて中々時間がとれずにいましたが、
ようやくここ一年くらいは少しまとまって本なども読める時間が出来、自分な
りに積み上げて来ました。勿論専門家のような難しいことは解りませんが、淡
々とできるだけ事実を知るように心がけてきたことは事実です。

しかし、ここであらためて申し上げたいのですが、靖国神社側にたった歴史認識
も無条件で受け入れることは出来ません。勿論立場上、あのような歴史観を主張
するのは理解できますが、あれはあれで一つの視点として受け止めるべきだと、
個人的には思っています。

しかし、今回の参拝で靖国で強く感じたのは、戦わなければ独立国としての矜持は
保てなかったということであります。

当時、アジアで唯一の近代的独立国家であったのは日本だけであると言う事実。
日本は敗戦で連合国における占領統治は受けましたが、植民地としての歴史ない
のです。この有難さ。この誇り。これはいままで意識しませんでしたが、実はこ
れは大変なことだと今更ながら気が付いたのです。

勿論日本に何の責任もなくすべて周りが悪かったから日本が戦争をしたなどと
は思いません。また、侵略的行為により近隣諸国に少なからず迷惑もかけたこ
ともあるかと思います。

しかし、それらをひっくるめて五分五分の視点から出発して歴史を振り返る、
戦争の意義を考える、少なくてもその程度に自分は変化していることに気が
付きました。

自発的意思による靖国への参拝はその左に振れすぎた振り子を真ん中に持って
いくことの表れと自分では感じております。

そして、御霊へ捧げたのは、平和への感謝と不戦の誓いであることを報告致します。

>>素人なので

投稿者: kamisanga3 投稿日時: 2003/08/19 21:15 投稿番号: [251 / 7270]
>>このカテをロムってると、何だか自分が何者なのか不安になってきます。

>この辺の心理がよく理解できないです。半島の血が混じってるといやですか?

全ての生命の源”海”で、皆繋がってます(笑

>素人なので教えて下さい

投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/08/19 16:47 投稿番号: [250 / 7270]
>因みに先祖の墓は4〜5代前までは確認出来ますが,江戸末期に寺が焼けてしまっているので過去帳は無いそうです。

ということは、幕末までは遡れる、ということですよね。そういえば
うちは先祖代々の墓に何代前まで入っているか知らないです。両親とも
親戚と疎遠なので。

ところで、

>このカテをロムってると、何だか自分が何者なのか不安になってきます。

この辺の心理がよく理解できないです。半島の血が混じってるといやですか?

素人なので教えて下さい

投稿者: bone2103 投稿日時: 2003/08/19 10:54 投稿番号: [249 / 7270]
このカテをロムってると、何だか自分が何者なのか不安になってきます。

自分は本当に日本人なのだろうか?
‘在日によくある苗字’の中に私のものもありました。
在日ではないにしても渡来系なのだろうか?
はたまた部落系なのだろうか?


何か確かめる方法は無いのでしょうか?

因みに先祖の墓は4〜5代前までは確認出来ますが,江戸末期に寺が焼けてしまっているので過去帳は無いそうです。
宗派は天台宗で、戒名は大抵○○院○○○○居士(大姉)です。
本家のものは位牌堂の上の方にあります。


どなたかよろしくお願いします。

光の中に

投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/08/18 16:09 投稿番号: [248 / 7270]
読みました。青空文庫で読める彼の作品は少ないので、一通り読みました。
僕も、ああいう、少年が出てくる話って弱いんですよね。

その作品の中で、主人公の南(なん)先生が「みなみ先生」と日本風に
呼ばれることに対する戸惑いや、それを受け入れてしまう自分への羞恥、
怒りが描かれていましたが、こういう話にも切ないものを感じます。
その切ないところに子供との交流を絡めて行くあたり、この作家、ツボを
心得てますよね。

大爆笑

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/08/16 06:03 投稿番号: [247 / 7270]
あちゃー、小西摂津守は朝鮮で斬られちゃったですか…。
しかも、オカルト仕立てですねえ。

はあ…。
なんだか、映画「柳生一族の陰謀」で、将軍家光の首を持ってフラフラ歩いている柳生但馬守を思い出しました…。

小西行長の最期

投稿者: saru_timbanco2000gt_turbo 投稿日時: 2003/08/15 22:06 投稿番号: [246 / 7270]
笑った   笑

ちなみに、ユスラさん御紹介の金史良の作品の「光の中に」は読みました?
危なく泣きそうになりました。   すごくいい作品でした。

小西行長の最期

投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/08/12 22:52 投稿番号: [245 / 7270]
金応瑞(きんおうずい)は大いに吼(たけ)りながら、青竜刀の一払いに行長の首を打ち落した。が、この恐しい倭将(わしょう)の首は口惜(くや)しそうに牙(きば)を噛(か)み噛み、もとの体へ舞い戻ろうとした。この不思議を見た桂月香(けいげつこう)は裳(もすそ)の中へ手をやるや否や、行長の首の斬(き)り口へ幾掴(いくつか)みも灰を投げつけた。首は何度飛び上っても、灰だらけになった斬り口へはとうとう一度も据(す)わらなかった。
  けれども首のない行長の体は手さぐりに宝剣を拾ったと思うと、金将軍へそれを投げ打ちにした。不意(ふい)を打たれた金将軍は桂月香を小腋(こわき)に抱えたまま、高い梁(はり)の上へ躍り上った。が、行長の投げつけた剣は宙に飛んだ金将軍の足の小指を斬り落した。
  その夜(よ)も明けないうちである。王命を果した金将軍は桂月香を背負いながら、人気(ひとけ)のない野原を走っていた。野原の涯(はて)には残月が一痕(いっこん)、ちょうど暗い丘のかげに沈もうとしているところだった。金将軍はふと桂月香の妊娠(にんしん)していることを思い出した。倭将の子は毒蛇(どくじゃ)も同じことである。今のうちに殺さなければ、どう云う大害を醸(かも)すかも知れない。こう考えた金将軍は三十年前の清正(きよまさ)のように、桂月香親子を殺すよりほかに仕かたはないと覚悟した。
  英雄は古来センティメンタリズムを脚下(きゃっか)に蹂躙(じゅうりん)する怪物である。金将軍はたちまち桂月香を殺し、腹の中の子供を引ずり出した。残月の光りに照らされた子供はまだ模糊(もこ)とした血塊(けっかい)だった。が、その血塊は身震(みぶる)いをすると、突然人間のように大声を挙げた。
「おのれ、もう三月(みつき)待てば、父の讐(かたき)をとってやるものを!」
------------------ -

http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/78.html

朝鮮で語り継がれてきた,小西行長の最期だそうです.
最近,「青空文庫」で朝鮮関連の作品を探して読むのに嵌ってます.
紹介ついでに上げ.

現在の南北朝鮮の

投稿者: lvl_alpha 投稿日時: 2003/08/09 21:46 投稿番号: [244 / 7270]
ごく一般の人々というのは・・・
彼らの祖先の庶民文化というものを、本当に肌で感じることだできるのでしょうか?

掲示板での発言を基にして感じてるだけですけど

彼らの威勢が空しく感じられます。

いわゆる、これを虚勢というのでしょうが^^

戦後・・我慢強くお付き合いした政治家や文化人、教育者の皆様は
大変お疲れ様でした。

もう、お役目は終えていただいてもいい頃合いだと思いました。

マンネリだなんて・・・

投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2003/08/09 20:50 投稿番号: [243 / 7270]
北の国民を挙げてのパフォーマンスをマンネリだなんて・・・

http://sports.yahoo.co.jp/headlines/20030809/20030809-00000078-kyodo-spo.html

そういえば北の人文字を見てPL学園を連想していた人って結構いるのでは?(あるいは逆)
イメージもあると思うなぁ

ソ連の参戦

投稿者: qitiandashen03 投稿日時: 2003/08/09 03:16 投稿番号: [242 / 7270]
昔、朝日新聞の記事であったろうと思うのですが(私の実家では朝日しかとってなかったから)特派員がシベリア鉄道でモスクワまで旅行する話の中で、コンパートメントにソ連軍の佐官クラスの軍人が乗り合わせてきた。話をするうち、向うさんはソ連の参戦は関東軍が侵略してきたための防衛行動であった、日ソ中立条約を破ったのは日本だ、その様に歴史の時間に教わったから間違いない、と言うので驚いたと書いてありました。歴史のグレーゾーンならともかく、あれだけ明々白々の事実でも捻曲げるのには恐れいるしかないです。歴史には編集者の思惑とかは無しで事実はきっちり教えてもらいたいものです。

>れ>「検定不合格日本史」

投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/08/09 00:27 投稿番号: [241 / 7270]
>この部分をどう書いているか読んだのですが、わずか数行しか書いてないというのも驚きだった、というより、やはり、という感じもした。とってつけたような感じで。

検定を意識した記述なんでしょうか.でも最近の教科書にはシベリア
抑留という記述が無い教科書も有りますし,記述が有ってもその殆ど
は,戦争捕虜,という誤った説明で記述されているようです.

「シベリア抑留についてきちんと記述しているのは『新しい歴史教科書』
だけ」という主張に対する反論が下記に載っていますが,

http://www1.jca.apc.org/aml/200206/28686.html

他の教科書の記述を見ると,家永教科書でさえ良心的に見えてきますね.

>どっちなの?

投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/08/09 00:14 投稿番号: [240 / 7270]
>普通は『どちらか』一方を主張するならもう一方は成り立たないと思うのだけど・・・

侵略はしなかった.
侵略者とは勇敢に闘った.

ということでしょう.

勿論,侵略をしたことも有るし,
侵略者と勇敢に闘ったことも有るでしょう,

勇敢に戦い日帝に抵抗したとは,とても思えないですけど.

れ>「検定不合格日本史」家永三郎著

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/08/09 00:13 投稿番号: [239 / 7270]
--------------------
開戦後ソ連軍が市民に加えた略奪・強姦等の行為は、明白に国際法に違反
するものであった。ソ連の戦史がこれらの事実を認めていないのは遺憾千万
である。ソ連は日本人70万人をシベリアに送り、その内5万人が餓えや
寒さ過労のため異郷の土と化した。
--------------------

>当り前のことを言っているだけなのですが,ちょっとびっくりしました.


この部分をどう書いているか読んだのですが、わずか数行しか書いてないというのも驚きだった、というより、やはり、という感じもした。とってつけたような感じで。

>「検定不合格日本史」家永三郎著

投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/08/09 00:09 投稿番号: [238 / 7270]
>家永三郎が執筆当時(1956年頃?)にいだいた、日本の状況に対する危機感

家永三郎著「太平洋戦争」に,その危機感が記述されてるようですね.

--------------------
「戦争の惨禍」から解放された直後の日本人は、戦争に対し強い否定的
心情があった。しかし、米国占領政策の転換が始まり、1953年池田ロバー
トソン会談により、政府の公教育への国家管理姿勢、そしてマスコミ界の
戦争観は大きく右旋回した。戦争体験を持たない世代が大半を占めつつ
ある現在、戦争の全体像を歴史的にしっかり学ぶことは、第1次世界大戦
後のナチス台頭を引き合いに出すまでもなく、極めて大切なことである。
--------------------

http://www.eva.hi-ho.ne.jp/nishikawasan/new1/ienaga.htm#jyoron

それにしても,

--------------------
太平洋戦争を引き起こした条件は大きく次のようにまとめられる。
<1>日本の資本主義経済形成以前から、侵略主義思想の萌芽があった。
<2>農村の生活水準の低さ、国内購買力の低さから海外進出への意向が強かった
<3>絶対主義的体制下では、海外進出は軍事的色彩を帯びてしまう
<4>世界大恐慌の経済的打開策としての海外侵略
--------------------

太平洋を隔てたあっち側から中国に食指を伸ばしてきた米国の侵略主義
思想については不問のようです.中国を舞台にした日米の利権争い,と
いうのが正しい姿だと思うのですが.しかも,日本は中国からの撤兵
までを視野に入れて戦争回避への努力をしていますが,まるで日本が
積極的に戦争を招いたかのような認識ですねえ.

自虐的だなあ,と読み進めると,意外な記述も有ったりします.

--------------------
開戦後ソ連軍が市民に加えた略奪・強姦等の行為は、明白に国際法に違反
するものであった。ソ連の戦史がこれらの事実を認めていないのは遺憾千万
である。ソ連は日本人70万人をシベリアに送り、その内5万人が餓えや
寒さ過労のため異郷の土と化した。
--------------------

当り前のことを言っているだけなのですが,ちょっとびっくりしました.

どっちなの?

投稿者: dylake2r5j1 投稿日時: 2003/08/08 11:27 投稿番号: [237 / 7270]
韓国カテでよく見る
『無抵抗に併合された』に対しての言い分で
朝鮮人は勇敢に戦い日帝に抵抗した(極々一部の反政府ゲリラ(?)を指して)と言う反面
どこの国とも争わなかった平和を愛する民族だ(対した抵抗が出来なかった言い訳)と豪語する。

普通は『どちらか』一方を主張するならもう一方は成り立たないと思うのだけど・・・
どちらの主張が韓国スタンダートの『主』となるのでしょう?

>天皇を中心にした「社会主義」

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/08/08 09:46 投稿番号: [236 / 7270]
何度かどこかで書きましたが、2.26事件に関与した将校たちはどのような社会をめざしていたのかときかれて、「天皇を中心とする原始共産制みたいな物を考えていました」(末松太平)という人がかなりいます。

「一君万民」から一君たる天皇を神として取り除けば万民がのこるのですから(このプロセスは乗り越えるのがそれ程むつかしいことではないそうです)、万民平等を志向するのは矛盾でも何でもないそうです。

昭和動乱の一因は大正デモクラシーにあるというのが私の考えです。(芥川あたりをみてみればよくわかる)

http://homepage2.nifty.com/kumando/mj/mj010821.html

芥川と乃木を調べるためにネット検索してみましたら、乃木の評価については司馬の書いたもののみが使われていることがおおいみたですね。あれは一つの味方に過ぎず、反論も多いのだというとこまではみな考えがいたらないようです。

再び すみません

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2003/08/08 02:08 投稿番号: [235 / 7270]
  レス頂きました皆様、ありがとうございます。

  もう少し私の???な部分を整理してからうかがいたいと思います(なにぶん知識が乏しいもので・・)
また、よろしくお願いします。m(_ _)m


  kuuboakagi00様

>家永の検定不合格日本史が、一般図書として出版されたのは1974年(昭和49年)。昭和31年ころじゃなくて。
 
  31年頃に作られた申請用の教科書を復元して一般書で出版した(はず)・・なので、
  教科書部分の記述は31年頃に執筆されたものと思ってましたが・・


  qitiandashen03様

>雨の日の「今日は○○カウント

  ありがとうございます。本当だったのですね。
(カウントって死の灰の数だったのかな?杉花粉数えるみたいに・・凄い日常だ)


>」〜外に出て雨に濡れると禿げるんじゃないかと真剣に考えた〜

  そういえば、子供の頃、「雨に濡れると放射能でハゲになる」と大人が云っていたような憶えがあります。


  saru_timbanco2000gt_turbo様

>旧制東京高校→東京帝大の特権コース、アルバイト歴ナシの苦労知らず

  家永三郎の学生だった年代を考えると、何かブルジョアの「負い目」が在ったかも知れません。
  大正デモクラシーの少し後だし・・戦後のいきなりの変節かどうか?
  もしかしたら、226の青年将校と共通の思想があったかも・・
  (当時、天皇を中心にした「社会主義」みたいな考え方があったと聞いてます)

初めまして。

投稿者: sinnjinnromer 投稿日時: 2003/08/07 01:06 投稿番号: [234 / 7270]
ROM専門です。
いろいろな本を紹介してくださって、陰ながら楽しみにしています。

似たような面白そうな本があります。


オルグ学入門   村田宏雄   勁草書房(1982年1月30日発行)

ただし残念ながら現在絶版です。

「本書は、共産主義系勧誘・洗脳マニュアルである。

大衆を組織化し、より強力なパワーを発揮させることがオルグの目的である。
勘や経験のみに頼る試行錯誤から脱し、普遍妥当な学としてのオルグ技術の開発を目指す画期の書 」

下のHPから抜粋。

http://member.nifty.ne.jp/windyfield/org.html

家永の変節

投稿者: saru_timbanco2000gt_turbo 投稿日時: 2003/08/06 15:07 投稿番号: [233 / 7270]
●戦争中に書き、昭和22年刊行の「新日本史」より

(日露開戦を決したとき)「(天皇は)大奥入御の後も、御悲しみのためしばらく御言葉がなく、御目には御涙をたたへさせられていたと伝えられる」



●昭和51年「昭和の戦後史」より

(天皇。マッカーサーの第一回会見で)「開襟シャツスタイルの連合国軍最高司令官マッカーサーの横に背の低いモーニング姿の日本人が並んで立つ写真が新聞紙に掲載されたのを見た国民は・・・」


家永の父親は少将だったので、小学校講師の初任給が30円前後の時代に、父親は300円近い給料を貰っていたとか。
(本人も旧制東京高校→東京帝大の特権コース、アルバイト歴ナシの苦労知らず)

先に書いた体制ベッタリだったことと、
実はブルジョアだったという過去を払拭したかったというのが
原動力だったんじゃないでしょうか。

放射能予報

投稿者: qitiandashen03 投稿日時: 2003/08/06 03:17 投稿番号: [232 / 7270]
>「本日の放射能予報」ってのがあったらしい・・(本当か?)

予報があったのは知りませんが測定結果をラジオのニュースで喋っていたのを憶えています。雨の日の「今日は○○カウント」というアナウンスがとても印象的で怖かったです。外に出て雨に濡れると禿げるんじゃないかと真剣に考えたものです。

>すみません

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/08/06 03:02 投稿番号: [231 / 7270]
家永三郎についてはこういうのはどうかな。


急激な"旋回"をなさったのは家永さんではないのですか。
  私はかつて『「松代大本営」の真実』(講談社現代新書、九四年)という本を書いたことがある。その長い取材過程でも聞き書きの不確実性を日々実感した。三年ほど前、韓国の国営放送局ディレクター氏が私をインタヴューしたおり、「松代大本営の建設現場で韓国人は戦争が終わってからも日本人に銃殺された、と証言してほしい」と執拗に迫られたことがある。私は証言できる立場にはないし、しかも何より「戦争が終わってからも銃殺された」のは事実ではない、そんなことがもし万一あったら国際的な大スキャンダル(あるいは大スクープ)だ、と私は説明した。しかし韓国人ディレクター氏は、「韓国人がここで虐げられたことは事実なのだから、その象徴としてぜひ戦後の銃殺のことに触れてほしい」と繰り返し、ついに、どこから見つけだしてきたのか地元の研究者に「そのこと」を番組のなかで“証言”させていた。
  聞き書きに基づく著作群は、とりわけ半世紀前の大戦をめぐって爆発的に世に出された。その集大成ともいうべきは、家永三郎『太平洋戦争』(岩波書店、六八年)と『戦争責任』(岩波書店、八五年)である。
http://homepage2.nifty.com/higakitakashi/bari/bari4.html


家永の検定不合格日本史が、一般図書として出版されたのは1974年(昭和49年)。昭和31年ころじゃなくて。

すみません

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2003/08/06 01:21 投稿番号: [230 / 7270]
  文章力が稚拙なもので・・m(_ _)m

  えーとですね、上手く説明できるかわかりませんが・・

  どちらの教科書も執筆者の「熱意」がひしひしと・・・文章に感じられました。
文章表現が情緒的すぎて教科書には不向きでは?と思ったわけです。

  「つくる会」は現代日本の状況に危機感を持ってあの熱意のこもった教科書が出来たわけで・・・
(その、背景になった現代は私がリアルタイムで経験している時代ですから、
「つくる会」が持つ危機感が何かもだいたい見当がつきます。)

  それでは、同様に熱意あふれる教科書である「〜不合格〜」の方も
何らかの危機感を基に執筆されたのではないか?(あくまで、仮説です)
  では、その「危機感」とは何だったんだろう?
  執筆当時の日本はどんな社会だったのかがわかれば、
それが何か見当がつくのでは・・と思っています。

  当時の世間の雰囲気はどんなものだったか、
ここなら断片的でも知っている人がいないかなあ〜と思いまして・・・
朝戦戦争が休戦になった少し後で、不景気に入った頃か?好景気の末期か?
聞いた話では、大気圏内核実験はなやかな頃で
「本日の放射能予報」ってのがあったらしい・・(本当か?)

日本人として。

投稿者: sokokubanzai2003jp 投稿日時: 2003/08/05 23:57 投稿番号: [229 / 7270]
8月15日は
靖国にいきます。
http://members.tripod.co.jp/almond_choco11/kaiten.html

意味不明

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/08/05 22:52 投稿番号: [228 / 7270]
>家永三郎が執筆当時(1956年頃?)にいだいた、日本の状況に対する危機感と、

  「つくる会」のメンバーが持つ危機感は共通のもので、目指すものも同じなのでは?

詭弁を見抜く

投稿者: dylake2r5j1 投稿日時: 2003/08/05 09:06 投稿番号: [227 / 7270]
詭弁の特徴のガイドライン

http://bio-diversity.hp.infoseek.co.jp/kiben.html


いんちき、詭弁を見抜くための資料

http://member.nifty.ne.jp/KANGAERUKAI99/sophism.html

韓カテでは役に立ちそうなので(笑)

「検定不合格日本史」家永三郎著 

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2003/08/05 00:38 投稿番号: [226 / 7270]
  三一書房   定価1280円

  昔、買いました。ガキには大金でした。

  真っ先に、太平洋戦争の部分に目を通しました。

  そして「これは、教科書にはふさわしくない」と思いました。

  「つくる会」の歴史教科書を手にする機会がありました。

  先の大戦の部分を読みました。

  「検定不合格日本史」と書き方があまりに似ているので驚きました。

  やはり、同じく「教科書としては使えないな・・」と思いました。



  家永三郎が執筆当時(1956年頃?)にいだいた、日本の状況に対する危機感と、

  「つくる会」のメンバーが持つ危機感は共通のもので、目指すものも同じなのでは?

  以上、ただの印象ですが、家永三郎の名前があったので書き込みました。

  家永博士自身はどんな考えだったのか・・・支援者の人選をあやまったのかな・・。


伝承はおろか

投稿者: kkohshien2 投稿日時: 2003/08/04 23:37 投稿番号: [225 / 7270]
古事記、日本書紀などを一概に否定する歴史学者は誠実な人間とは言いがたいですね。否定の根拠も無しに、タダの憶測だけで論を進めるのは、やはりイデオロギーありきでしか考え様がありません。

伝承は民族の歴史、知恵を語り継ぐものです。伝えていく間に枝葉がつくのは仕方が無い。考古学や近隣諸国の伝承や文献等の対比でその枝葉を取り除き真実に近い部分を掬い出す事が要求さえるはずです。

戦後の歴史学者にマトモな人はどのくらいいるのでしょうか。

>家永三郎

投稿者: kkohshien2 投稿日時: 2003/08/04 22:51 投稿番号: [224 / 7270]
1983年5月、講談社が主催で、長編記録映画「東京裁判」が公開されたのを機に2日間にわたる国際シンポジュームが開催された。これに参加したのは
オランダ代表レーリンク判事
西独ルール大学学長イプセン博士
米マサチューセッツ大学マイニア教授
ロンドン大学ジョン・プリチャード教授
ソ連のルニョフ教授
ビルマのタン・トゥン教授
中国南開大学愈惇惇教授
韓国ソウル大学白忠鉉教授
その他東京裁判の弁護人ファーネス氏
補佐弁護人瀧川博士等々
日本側司会は細谷千春(一ツ橋大名誉教授)   安藤仁介(神戸大教授)大沼保昭(東大助教授)の3氏

その他に小島譲、栗屋憲太郎、秦郁彦、鶴見俊輔、木下順次、家永三郎氏らがパネラーとして発言した。        

このシンポジュームで東京裁判の無効性が結論付けられた。          

例の家永三郎も東京裁判の不当・不公正について発言したにも拘らず、その後はイデオロギーありきで日本悪前提の言いたい放題。こんなクソ野郎が日本の進歩的文化人とか良心とかのようです。

今更、同志社の浅野健一

投稿者: saru_timbanco2000gt_turbo 投稿日時: 2003/08/04 22:40 投稿番号: [223 / 7270]
電車の中吊り広告で某学会関係の雑誌の広告があったんですが、
見出しに「週刊新潮の●●学会批判記事は嘘だった!   同志社大学   浅野健一」。

イヤな連携だなぁ。

>戦前、弾圧されたことを勲章に

投稿者: harumaki_teikoku 投稿日時: 2003/08/03 09:19 投稿番号: [222 / 7270]
横レス、スマソ。

>戦後、「復活し」大いにもてはやされた津田左右吉の「科学的歴史学」がいかにいんちきで、歴史の本質をついていないか。

問題はむしろ、弾圧されたという津田左右吉を持ち上げて、自身の権威の強化にいそしんだ、家永三郎の方です。津田左右吉は(その限界性はともかくとして)実証主義者であり、天皇支持者でもあります。逆に、戦前の自身の阿諛追従の事実を隠すために、家永三郎はひたすら津田左右吉の権威化を進めたわけです。
津田左右吉の記紀6世紀編纂説に対し、貴殿が引用された梅原氏は7-8世紀編纂説を主張しました。そのときに梅原氏をクソミソに非難したのが、家永三郎や直木幸次郎といった人たちです。その非難の中には、「反動主義者中曽根に阿る御用学者」といった、およそ実証主義的とはいいがたい言動も含まれていました。

>マスメディアの海外情報

投稿者: honneiitaiyon 投稿日時: 2003/08/03 08:59 投稿番号: [221 / 7270]
突然横入りすみません。

私は日本人の海外支局の記者の言う事はあまり当てにはならないと思います。勿論,全部の人ではないとは思いますが。
私もタイで住んでいた事がありますが、彼らが「クーデターはもうタイでは起こらない」と自信を持って言い放ち、その後一月もしないうちにクーデターが起きました。

彼らは希望と願望で語るフシがあるようです。多分、高度な現地語が出来ないのではないでしょうか?おっしゃる通りに大方数種の英字紙を読み記事をかいているのでは?と私も思います。出世の為の腰掛け的な部分があるように感じてしまいます。数年いるだけですしね。本当の現地のことは判らないままで帰国になるのではないかと思います。

そして、日本人ばかりで固まっていて本当の現地の人と接しているのかには疑問があります。産経の古森義久氏は私的には信頼していますけれど。

朝日の川村は「クーデターはもう起こらない」と断言していたですねえ(笑)そんな事があったので、昼間にテレビに出ていますが私は彼の語る国際情報は信用していませんね。
「嘘つき〜〜」ってつい思ってしまう(笑)

では、御免なさい。

シュミレーションゲーム

投稿者: hontonokotoga_shiritai 投稿日時: 2003/08/03 08:59 投稿番号: [220 / 7270]
赤城さん、甲子園さん、いろいろレス有難うございます。

私も初心者ながら歴史に対しては思うところがあります。

誤解を恐れずに言えば、私にとって歴史を学ぶということは、フニッシュ・正解のないシュミレーションゲームをしてい
る感覚があります。

例えば、私が伊藤博文の立場だったらお妾さんはやっぱりもったのかなとか、ぎゃくにこの
人のこの性格ではこの時はこんなこと思っていただろうなとか想像してみたり。

人と人が、重なり合って、うなりあって、そりゃもうそれこそ奇麗だけではすまないだろうし、
また、それがたまらく面白かったり感じることもあるだろうし。

本を読みながら考えるのは、この提供された内容で、シュミレーションゲームが自分の頭の
中で出来るかな、なんですよね。

すると、大事な要素を(意図的に)抜かしてたり、結果だけしか書かれなかったり、非難ばか
りしていたのではゲームになりません。

だから、どうもこのサヨクと呼ばれる人たちが書いた本読んでもシュミレーションゲームにならない。
つまらないし、気分がだんだんわるくなってくる。そんな感じなんですね。

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。

自分はこの境地にまだ遠いなと感じますが、皆さんの話を聞いていると、お、これは(歴史に限らず)シュミレーション
の要素になるぞ、というのが結構あったりして、それが面白くてついついこのカテにきてしまうのです。

マスメディアの海外情報

投稿者: qitiandashen03 投稿日時: 2003/08/03 03:31 投稿番号: [219 / 7270]
日本のマスコミなんだですけれども、海外支局の記者の取材ってどうなんでしょうか。私の経験だと現地で生活している者と日本のマスコミのニュース話題の取り上げ方にかなりおかしな物を感じることがありました。バンコクにしてもクアラルンプールにしても現地の英字紙から抜いてるんじゃないかと思う時があり真面目に現場で取材してるんかなと再々思いました。ですからいまのソウルからの情報もマスコミよりここの掲示板や一部のネットのほうがある面では現地の空気をより正確に伝えてるのじゃないかと思うのです。それと逆のことが韓国紙の東京特派員の発する記事ですが反日の煽り屋かうりならまんせーのナルシストが書いた程度の低いのが目につきます。本当に正確な情報を伝えないと両国の友好をうたいながら亀裂をよけい広げてるようにも見えるのですが。
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