頑張れパレスチナ!(第2版)

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

独立国の主権ってものを勉強してから

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/12/07 00:48 投稿番号: [1254 / 2525]
出直しておいで。

パレスチナ独立国

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2006/12/06 09:24 投稿番号: [1253 / 2525]
>だから、それのどこが「独立国として認めてやる」なんだい?

君は自分の読解力のなさを棚にあげて他人に難くせつける悪い癖があるね。私がMSG 1227において、バラク首相の提案を箇条書きにしたのを読まなかったの?

* Israeli redeployment from 95% of the West Bank and 100% of the Gaza Strip
イスラエルはウエストバンクの95%とガザの100%から撤退する。
* The creation of a Palestinian state in the areas of Israeli withdrawal
イスラエルが撤退した地域にパレスチナ国を創立する。

「パレスチナ国を創立する」というのはイスラエルがパレスチナを独立国として認めるということになる。君にそう解釈できないとしたら、それは君の読解力の問題であって私がでたらめをいってるわけでも開きなおって誤魔化しているわけでもない。

これはコクナンさんもいってるが、アラファトがバラクの提案が気に入らなかったのなら、自分から飲める条件を反対に出せば良かったのだ。交渉というのは双方で条件と妥協を出し合って話あうものであり、どちらかが一方的に条件を出してそれが100%受け入れられなかったからといって交渉を蹴って帰るなんてのは、最初から交渉する気がなかった証拠だ。

もっともイスラエルの提案はあまりにも寛大すぎて、実際にアラファトが同意していたらイスラエルの議会が反対して絶対に通らなかったはず。アラファトが利口な政治家ならそれを見越して同意しておいて、イスラエル側から約束を撤回させるべきだった。そうしておけば和平交渉が決裂したのはイスラエルが悪かったのだと責任を押し付けることもできたのに。

アラファトはイスラエルを攻めたくてうずうずしていたせいで、その機会を失ってしまったというわけだ。パレスチナのやることはいつも愚かだよ。

しかしそんなパレスチナといまだに交渉を続けているイスラエルも輪をかけて愚かだと思うけどね。

だから、それのどこが「独立国として認めて

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/12/06 00:53 投稿番号: [1252 / 2525]
やる」なんだい?

カカシ君、開き直りの誤魔化しは見苦しいだけだよ。

ま、厚顔無恥なシオニストの本性をこの場で暴露してくれるいいサンプルではあるのだが。

かなりマヌケだけど。

Re: 『立ちすくむ』傍観者以外の何者でも

投稿者: evangelical_knight 投稿日時: 2006/12/05 16:30 投稿番号: [1251 / 2525]
これも著作権侵害?

キャンプデイビッド2000

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2006/12/05 09:11 投稿番号: [1250 / 2525]
で、当時のバラク首相がパレスチナに提案した考えられないほど寛大なオファーとは、パレスチナにガザ100%、ウエストバンクを75%から95%(段階をおいて)移譲する。そしてエルサレムも東側はパレスチナにくれてやる。パレスチナ難民のイスラエルへの「帰還」は親族が離反している場合のみ認める。(それでも10万人という数になる)というものだった。

jy君はパレスチナが要求した条件の90%以上を飲んだイスラエルにたいして、パレスチナの独立にはほど遠いものだとし、『イスラエル側がさも大きな譲歩をしたかのようなデタラメ』などというとんちんかんなことを言っている。難民帰還について、

>それと一旦独立国として認めたのならば「条件付きの」難民帰還なんぞそもそも成立しない。

jy君は難民がどこへ「帰還」すると考えているのかな?   パレスチナ人が要求している帰還とは今難民キャンプと言われるガザやウエストバンクに住んでいるパレスチナ人が現在のイスラエル国の領土に無条件で制限なしの移住を許可することなのだよ。外国人が無制限に移住してくるのを両手を広げて迎え入れる独立国がどこにある?

イスラエルが無制限でパレスチナ人をイスラエルに受け入れるということは、イスラエルにパレスチナによるイスラエル侵略をみとめろということであり、イスラエル崩壊を意味する。

jy君の理屈だと、なぜか軍事的に優勢なイスラエルがパレスチナに向かって全面降伏してイスラエル人全員で自決しない限り、パレスチナはイスラエルとの交渉に応じないといっているのと同じだ。

ま、要するにアラファトが前代未聞なこれ以上あり得ないイスラエルからの寛大な提案を拒否した理由はそこにある。パレスチナはイスラエルとの和平など望んでいない。パレスチナの独立も望んでいない。だからこそイスラエルが絶対に飲めない条件を出してイスラエルに拒絶させている。なぜならパレスチナのテロリストどもはパレスチナというお山の大将でいたいのであって、パレスチナを統治したいなどとは考えていないからだ。

jy君はパレスチナの話をずっとしていながら、コピペばかりで全く中身を読んでいないからパレスチナがイスラエルに要求している基本的な条件すら理解していない。ここまで自分のはなしていることに関して無知な人間も珍しいね。

『立ちすくむ』傍観者以外の何者でもない5

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/12/05 07:26 投稿番号: [1249 / 2525]
そして、終わったとばかり思っていた銃撃戦が再び始まった。
「撮るなら撮れ」と言ってガイドは私から離れた。
私は再びカメラを回した。しかしさっきまで私を包んでいた興奮はもうなかった。
逃げ惑い、繰り返し石を持って突進していく若者たちを見ながら、悲しみのようなものが湧き上がってきた。
私などが到底理解できない絶望感。
今パレスチナを覆っているのは行き場のない未来への暗澹たる不安だ。
暴発せずにはいられない怒りだ。
私にこれが伝えられるのか。私にその資格があるのか。

ガイドがまたやって来た。
「もう行こう。これ以上いるとまずい。テープを持ってガザを出たほうがいい」
私は素直に従った。
ガイドは車をエレツ検問所まで走らせた。その途中、ジャバリア難民キャンプを包囲するように、パレスチナ治安部隊の装甲車やジープが待機しているのを目撃した。

エレツ検問所を通ると、またあのイスラエル兵がいた。
「ガザはどうだった。何かあったか?」
「ああ、ちょっとね」
「そう?   さっき通った奴は何にもなかったと言ってたけどな、ハバ・ナイスデイ」
ジャバリア難民キャンプの一角に立ち寄らなかった者には何も見えなかったに違いない。
多くの瓦礫を見ただけなのかもしれない。それもパレスチナの現実であった。
私が見たのもまたパレスチナの現実だった。

翌日の朝、再びガイドから電話があった。
「昨日は5人以上死んだ。今日の葬儀もすごいことになりそうだぞ、来るか?」
私は断った。
その日の葬儀は荒れることなく平穏に終わったことを次の日の新聞で知った。
もうパレスチナ人同士の殺し合いはなかった。
ホッと胸をなでおろした。
だからと言って、パレスチナの現実が変わったわけではなかった。

何を伝えられるのか。何を伝えようとしているのか。
私は傍観者以外の何になれるのか……。(了)
(後略)

------------------ -

悪逆テロ国家イスラエルによる虐殺はずっと続いている。

そして昨日も又イスラエル軍ジープに投石した少年が射殺された。。。
http://www.afpbb.com/article/1144156

『立ちすくむ』傍観者以外の何者でもない4

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/12/05 03:56 投稿番号: [1248 / 2525]
老人に向かって若者たちが叫び返す。「戻れ!   撃たれるぞ!」
老人は哀願するように両手を広げる。「やめろ、やめてくれ」
デモ隊のリーダーも「やめろ」と双方に叫ぶ。
それも若者たちの怒号に打ち消される。
リーダーの目の前に硝煙が「ビシッ!」と立つ。標的になっていながらもキッと警察署をにらむ。
混乱。狂乱。収拾がつかない怒りの爆発。
警察署を取り巻くあちらこちらで銃撃戦は繰り広げられた。T字路はどこから弾が飛んでくるか分からない危険地帯となった。人々は銃声が響くとそれぞれ近くの建物にへばりついた。

この日7人が死に、100人が負傷したことを数日後の新聞で知ることになったが、私は群集に混じってその一部始終を撮影していた。
本来ならイスラエルに向けられるパレスチナ人の怒り、それが今目の前で、行き場のない怒りとして爆発している。なぜだ。人々の鬱屈はこれほどまでに深刻なのか。

およそ1時間、混乱は続いた。銃撃の音がやんだ。
若者たちが路上に飛び出した。口々に何かわめいている。
私はガイドを探した。
ガイドは、騒乱を避けるように後方に車を待機させていた。
「撮ったか?」
「撮った」
「もういいか?」
「いやもう少し」

私はこの混乱の結末が見たかった。
銃声がやんで、群集は警察署の前に移動していた。
警察署の前のビルの上に黒覆面の戦士たちが見え隠れしていた。なるほどあそこから撃っていたのか。パレスチナ警察は警察署の中から応戦していたのだろう。ビルの上へ、また道路へ。だが、今は銃撃をやめている。
警察の前には人が集まっている。
ハマスのリーダーたちと警察官か。大声で怒鳴りあっている。
同じパレスチナ人同士、無益な血の流しあいに終止符を打とうとしているのか。

その時だった。二人の私服の男が、私を両脇からガシッと捕まえた。
「テープを出せ!」と言っているようだった。
私は拒否を身振りで示し、プレスカードを差し出した。
男の一人が首を振った。「分かってない奴だな」と言っているようだった。
私のカメラに手が伸び、それを地面にたたきつけようとした。
「待て!」と私は叫んだ。
「それなら出せ」と言われた気がした。男は興奮している様子ではなかった。
男の暗い眼に現れていたのは、軽蔑に近いものだった。
私はその眼に立ちすくんだ。
恐怖もあったが、それとはまた違ったものだった。
「よそ者」と言われた気がした。「邪魔者」となじられた気がした。
さっきまで「撮れ!撮れ!」と言っていたあたりのパレスチナ人たちが突然遠い存在に思えた。
男の手に力が入った。憎悪ではなく冷たい殺意のようなものを感じた。
私は今撮ったばかりのテープを渡した。
男は、犬を追い払うように「あっちへ行け!」とあごを振った。
男は私服のパレスチナ警察だった。
悔しかった。今撮ったばかりのテープを没収されて情けない気持ちだった。
今までこんな経験はなかった。どんな闘争を撮影しても「撮ったか?」と言われたことはあっても「テープを出せ」と言われたのは初めてだった。
うかつだった。甘かった。パレスチナ警察がこの暴動を撮影されて喜ぶはずがなかった。

数百人の群集がいたが私は一人だった。
屈辱感に私は呆然とした。
「分かっていない」のは私のほうだった。
そして、よそ者である自分を痛いほどに感じた。立ちすくんだ。
とぼとぼと歩いて来た私をガイドが見つけた。
「どうした?」
私は一部始終を話した。
ガイドはあきれた顔で「だから、警察署に近づくなといっただろう」と言った。
そんな言葉を私は覚えていなかった。
銃撃戦があった。興奮したデモ隊とパレスチナ警察がぶつかった。それが終わった。
パレスチナ人同士が争う。なんともいえない悲劇。やりきれなさ。
しかし、銃撃というシャッターチャンスに同時に興奮していた私。
どこかパレスチナ人は敵ではないと思っていた私。パレスチナ人の敵でもない私。
なんでもない私。傍観者以外の何者でもない私。
私はそのとき、私がここにいる意味を突きつけられていた。

ガイドはそれから慎重になった。
私をガイドしていることがばれると、彼も捕まる。今パレスチナ警察は反自治政府行動をするものを取り締まっている。
「気をつけろ、こちら側にもスパイはいるんだぞ」

『立ちすくむ』傍観者以外の何者でもない3

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/12/05 03:54 投稿番号: [1247 / 2525]
ここにはイスラエル兵はいない。すべてパレスチナ人。たった今も、パレスチナ人は、イスラエルに対して闘争をしているという意識がある。パレスチナ人同士の撃ち合いというこれまで体験したことのない状況に、私は混乱していたのかもしれない。私は心情的にはパレスチナ側なのだから。まさか撃たれまい。私は敵ではないはずだ。
これは、ハマス対パレスチナ警察に違いない。路上に飛び出しカメラを回しているメディアもいる。私も当然回し続けた。

およそ10分間銃声は続いた。負傷者も出たはずだ。救急車が目の前を通り抜けた。
白昼夢のような銃撃戦が終わると、パレスチナ警察署を過ぎた葬列はまた整然と死者の生家に向かった。今のはなんだったのか。
ジャバリア難民キャンプのパレスチナ警察署も、数日前イスラエル軍の激しい攻撃で破壊されていた。警察もハマスも敵は同じイスラエルのはずだ。だが一方はハマスを捕まえる命令下にあり、一方は民衆の裏切り者と自治政府のやり方をなじる。
その衝突もまた銃撃であった。

モスク。死者は生家で近親と別れを告げ、ここに横たわる。数百人に及ぶ難民キャンプ内の民衆がモスクに集まる。祈りがささげられる。
外で待つ。集まった少年たちが、燃えカスのようになった車に乗って騒いでいる。大きなスピーカーをつけた車が待機している。ガイドがやっと私を見つけた。
「どうだった?」
「ああ、すごかった。ばっちり撮った」
「それはよかった。だから言っただろう。今日は何かが起こるって」
「ああ、それにしても驚いた。パレスチナ人同士だろう?」
「今は最悪だ。みんないらいらしている。パレスチナ政府のやり方にいらいらしているんだ。」

奇しくもこの日、ハマスは「自爆攻撃停止」宣言をしていた。これ以上パレスチナが被害にあってはたまらない。内輪もめするくらいなら、しばらく自爆攻撃は控える。イスラエルとの交渉が先だ。
政治的判断だった。イスラエルの分断工作に乗ってはならない。自滅してはならない。
しかし、極限まで追い詰められた民衆の怒りは臨界点に達していた。
モスクでの祈りが終わると、広場に激しい銃声が響いた。スピーカーから掛け声がこだました。数百人に膨れ上がった群集が先導する車とともに、本格的な葬儀デモに繰り出した。
シュプレヒコールが続く。角々で銃を放つ。ハマスに加え、イスラムジハードも合流した。
もう何度も見た光景だった。何度も撮影した光景だった。

が、デモ隊が進むにつれて違う予感がしてきた。デモのコースが次第に分かってきた。
デモ隊は、再びパレスチナ警察署に向かっていた。前よりもはるかに多い群集となって。
先ほどとは逆コースで警察署に突き当たるT字路に差し掛かったとき、すさまじい銃声が炸裂した。群集は警察署に向かって投石を始めた。応戦する銃撃が始まった。角々のビルに人々が身を寄せた。どこかのビルの上から銃声、また銃声。頭上を実弾を発射する音が絶え間なく襲いかかった。
向こうから、撃たれた少年が抱えられて走ってきた。「撮れ!撮れ!」と私に向かって叫ぶ者がいる。言われなくても私はカメラを向けていた。
予想できない突発的事件だったので、救急車がすぐに来ない。「車を!」と叫ぶ者がいる。
警察署から離れた場所までけが人を運ぶ。大人たちが憤怒の叫びを上げる。
迫撃砲の音が時たま響く。機関銃音もする。そのたびに頭を低くする者、柱の陰に隠れる者、逃げ出す者、石を手に取る者、私の前を群集が走り回る。
また一人、小さな女の子が運ばれる。
一般の車があわてて走りこむ。それにけが人を乗せる。狂ったように走り出す。
銃声が途絶えると、群衆は警察署に襲いかかる。それに混じって前進する。
また応戦の音が響く。「タン、タン、タン」
ビルの陰に身を寄せる。あふれんばかりの人で、身を隠したことにならないが、それでも一時的には避難した気になる。
道路を挟んで向こう側のビルとビルの間に隠れている群衆もいる。
そこを飛び出した者の足元に硝煙が上がる。跳ね返った弾で負傷した者がいる。
今度は、銃撃を縫って救急車が走りこんできた。
急停車したその車の窓めがけて大きな石をぶつけた者がいる。「遅い」と怒っているのだ。向こうにも撃たれたばかりの若者がいる。
身を寄せていた家の重い鉄扉が開く。中からその家に住む女性が顔を出す。あきれた表情で何か言うと、扉を硬く閉ざす。
何度も繰り返される銃撃と、間隙を縫っての突進、投石。怒号。悲鳴。近づいては遠ざかるサイレン。
濃密な興奮があたりを支配する。銃声は止まらない。
道路の真ん中を悠然と歩く老人がいる。みんなに聞こえるように叫んでいる。

『立ちすくむ』傍観者以外の何者でもな2

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/12/05 03:35 投稿番号: [1246 / 2525]
その朝、私は迷った。
もう散々戦禍は撮影した。これでもかという破壊の跡を撮影した。
葬儀も撮影した。ほんの二日前撮影したばかりだった。ガザ地区の難民キャンプでの銃撃戦で13歳の少年が射殺されたのだった。葬儀には、ハマスや、イスラム聖戦、PFLP、DFLP、ファタハなどの各組織が銃を持って集まった。激しく銃を撃ち放ち、葬列は続いた。
葬儀の後、わずかばかりの少年たちがイスラエル入植地に向かって走ったが、かつてのような投石はなかった。多くの者は葬儀の後、黙りこくって家路についた。
もう葬儀はよかった。これまでも何度も、今回も撮影した。
できれば金曜日、投石を今でも続けているであろうヨルダン川西岸のラマラの町に行こうと思っていた。投石が撮りたかった。イスラエルに対して激しく戦うパレスチナ人たちの姿を収めたかった。

しかしその日、私は再びガザに向かった。
ラマラの投石も日を追って縮小化しているのを知っていたし、もう何度も撮影した。
ガザでの葬儀は17歳の青年のものだったが、彼を撃ったのはイスラエルではなく、パレスチナ警察だった。パレスチナ警察が、パレスチナの組織ハマスのリーダーを逮捕しに行ったとき銃撃戦は起こった。その被害者の葬儀。これまでとは違った葬儀。それを見てみたかった。

ガザとイスラエルを隔てる国境ともいうべきチェックポイント、エレツ検問所。
何度か顔を会わせたことのあるイスラエル兵が言う。
「お前も物好きだな、今ガザは危ないぜ。ハマスはアニマルだ、気をつけろ」
よく言うぜ。ここまでパレスチナを追い込んだのはどっちだ。君は今ガザの各地がどんな状態か知っているのか。君たちの軍隊が破壊した町を見たのか。
私たちはもう何度も交わした、「お前には分からない」という笑みでお互いを見つめた。
彼も平和な日本からわざわざ戦火の中にやってきた自称ジャーナリストの気持ちが分からない。私も、20歳そこそこの若者がいばりくさって通行許可のスタンプを押しているその気持ちが分からない。自国の政府が理不尽な占領を続けていることに鈍感な青年の神経が分からない。

ガザ。ジャバリア難民キャンプ。
ガイドはさっそく私をそこへ連れて行った。目の前を黒いバンが走る。後ろの扉は開けられ、何人もの人間がひしめき合って乗っている。窓からは自動小銃を手にした黒い覆面をした男たちが半身を覗かせている。
病院から遺体を運ぶ車だ。地元のメディアの車が跡を追う。
私のガイドもそれを追う。追いながら昨日何があったか説明する。
今、パレスチナ警察は、イスラエルのプレッシャーの中、過激派の掃討作戦に出ている。
イスラエルのこれ以上の攻撃を食い止めるには、自らが「テロリスト」を摘発しなくてはならない。それが仲介国アメリカの要望だし、イスラエル政府は「もはやアラファトにその力はない」と断定し、独自に「テロリスト狩り」を始めている。イスラエルの軍事的行動をこれ以上拡大させないためにも、自治が顕在であることを示さなくてはならない。
パレスチナ警察は、ジャバリア難民キャンプでハマスのリーダーの逮捕に踏み切った。それに反対した民衆を含んだハマス支持者と銃撃戦になった。17歳の青年が撃たれた。
遺体を運んだ車が今、自宅に向かっている。それからモスク、そしてデモとともに墓地へ。
段取りは分かっていた。
もう何度も見た光景だった。

だが、ガイドが先回りしてバンを迎えようとした時、それは起こった。
パレスチナ警察の前を車が通ろうとしたとき、激しい銃声音が響いた。どちらが先に、どこから撃ったのか、判断もつかないうちにあたりは激しい銃撃戦となった。
葬儀の車を迎えていた群衆が銃撃音の中を逃げる。黒覆面の男たちが、銃を撃ちながら走る。その中を、遺体を板に載せたメンバーが通る。大きな石をパレスチナ警察の車の窓ガラスに投げつけている者もいる。怒号と銃声、サイレンの音。
パレスチナ青年の葬儀の幕開けはこうして始まった。目の前のパレスチナ警察署の中からも反撃しているのだろう。時たま機銃音も響く。
私もカメラを手に走った。音がしてから身をかがめても仕方がないのかもしれないが、なにしろ撃ち手が見えない。時に身をかがめ、辺りの混乱ぶりを眺め、狙いをつけてカメラを回す。逃げ惑う人間もいるが、悠々と歩いている人間もいる。叫ぶ者もいるが、いやに落ち着いて見える者もいる。
まさか撃たれまい。何の保証もないのだが、不思議とそういう気になる。

『立ちすくむ』傍観者以外の何者でもなく1

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/12/05 03:34 投稿番号: [1245 / 2525]
2002年1月4日
http://www.furutachi-project.co.jp/sakka/got/data/ch027.html

もう何度も見た光景だった。
イスラエル軍との銃撃戦、または一方的な侵攻作戦でパレスチナ人に死者が出る。
死者は「殉教者」と呼ばれ、手厚く葬られる。
病院から自宅へ、自宅からモスクへ、モスクから遺体は多くの民衆とともに墓地に運ばれる。死者の境遇にもよるが、時にその葬儀デモは数百人規模の大行進となる。
死者が特定の組織に属している場合などは、その組織の民兵たちが、手に手に自動小銃を持ち空に向かって撃ち放つ。

12月21日、金曜日。
一昨日まで、ガザにいたのだが、その日の朝、エルサレムのホテルにガザから電話があった。
「昨日、ハマスのリーダーが逮捕されそうになった。銃撃戦があり一人死んだ。今日葬儀がある。何かが起こる」
ガザで頼りにしているガイドからの電話だった。一瞬迷った。
その日は金曜日。金曜日はイスラムの休息日。昼近く、多くの教徒たちがモスクに行く。
モスクでは祈りとともに、地区の指導者の講話がある。
昨年9月末から始まった、第2次インティファーダ(民衆蜂起)。指導者の講話の多くはイスラムの教えに則って、ジハード(聖戦)を鼓舞するものだった。
モスクでの祈りをあげると、人々は大挙して、それぞれの自治区の中にあるユダヤ人入植地やイスラエル軍が管理するチェックポイントに繰り出す。
インティファーダ。投石が起こる。イスラエル軍が発砲する。怒号と硝煙。ゴム弾やガス弾と石つぶての応酬。時として民兵たちの自動小銃が炸裂する。イスラエル軍の機銃がうなる。救急車はひっきりなしにサイレンを鳴らし、闘争現場を走り回る。
負傷者が出る。死者も出る。そこで流れ弾に当たったメディアの姿もあった。
昨年来、何度も見た光景。何度も撮影した現場。

その現場が、今回のパレスチナ行きでは少なかった。
9月のアメリカ同時多発テロ以来、イスラエル軍は、ここぞとばかり、パレスチナ自治区を攻撃した。10月も11月も、そして12月も。
ヨルダン川西岸、ガザ地区、多くの治安施設は完膚なきまで破壊されていた。民家の多くも破壊されていた。
F-16戦闘機による爆撃、アッパチ・ヘリコプターによるミサイル攻撃、戦車や装甲車による住宅街や民家への攻撃、ハマスやイスラム聖戦、PFLP といった、イスラエル政府が「テロ組織」と指定した組織メンバーの摘発を名目に掃討作戦を展開した。それ暗殺命令を含んでいた。
もう、ガス弾やゴム弾ではなかった。軍事的オペレーションだった。叫び声をあげて、石を投げるなどといった抗議行動は無力だった。自治区は再びイスラエルの完全占領地となった。
ガザでは多くの瓦礫の山を見た。それは一瞬にしてビルを破壊し、人体を吹き飛ばす戦争の実体だった。瓦礫の中を空ろな表情で歩いている警官や軍人を見た。
少なくともそれまでの闘争現場には、人間の顔があった。石を投げる少年たちをせせら笑う若きイスラエル兵の顔が見えた。イスラエル兵の慌てふためく姿をからかうパレスチナ少年の無邪気な笑い声もあった。互いにののしりあい、からかいあい、数時間たつと「今日はこれまで、またな、今度は撃ち殺すぞ」というイスラエル兵の声、「明日も来るからな、お前に石をぶつけてやるぞ」というパレスチナ少年の叫び。抵抗現場の人間の日常があった。それがインティファーダだった。

しかし、12月のパレスチナにはそれはなかった。
そこにあるのは、およそ人間を介在しないのではないかと思われる近代兵器の空虚で絶望的な戦果だった。無残な光景が目の前にあった。
少年たちはおとなしかった。大人たちもおとなしかった。じっと耐えているようだった。
各自治区を結ぶ道路の検問はより厳しさを増し、人々の通行や物資の流通は妨害されていた。町の出口には戦車や装甲車が配備され銃口が道行く人々に向けられていた。
人々は無力感とその屈辱の中で、じっと押し黙っているようだった。
パレスチナ自治政府のアラファト議長もイスラエル政府の有無を言わせぬ侵攻にお手上げだった。ハマスや、イスラム聖戦が最後の抵抗とばかりに自爆攻撃を仕掛けていたが、それも限界に来ていた。一人や二人の勇敢な自爆テロリストが、抵抗の意志を証明してはいたものの、イスラエル軍の報復は幼児や老人、女性と見境いがなかった。
アラファトもとうとう、身内のパレスチナ過激派狩りに乗り出していた。パレスチナ人は分断されていた。抵抗を続ける派と、しばし沈黙する派と。そして、どちらでもなくただ平穏な日々がほしいという多くの民衆とに。暗い鬱屈と閉塞感に包まれながら。
沈鬱な空気がパレスチナを覆っていた。

ぱれまん(パレスチナまんが)

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/12/05 01:08 投稿番号: [1244 / 2525]
ちょっと一服。

http://www.satoko3.com/paleman/PALEMAN1.html

ちなみに18についてはボッタクリはどこの国にもあるからそれこそ自己責任だと思うし「ゴミやガラス」については確かにパレスチナ人の公共意識が低いってことだと思うけどね。

もっともそんなもんが熟成される時間がなかったってのもあるからそれを以ってパレスチナ人が野蛮人だとか遅れているとか言えるものでもないし、作者の人もそんなつもりもなかろうが。

ついでに言えば「腐れシオニスト」の歪曲相手でなければ自分はあんま強く言う気はないなぁ。

Re: あのー、一応反応しとりますが?

投稿者: himuka21 投稿日時: 2006/12/05 00:49 投稿番号: [1243 / 2525]
反応されていたんですね

大変失礼いたしました。

ジョン様とメシア様は違う人物だったのですね

大変失礼いたしました

この内容に関しましては、また明日にでも書きます

みなさま   おやすみなさいませ

それのどこが「独立国として認めてやる」

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/12/05 00:47 投稿番号: [1242 / 2525]
なんだい?

それと一旦独立国として認めたのならば「条件付きの」難民帰還なんぞそもそも成立しない。

しかもNo.1231 で「条件付きの」であることも言っていない。

イスラエル側がさも大きな譲歩をしたかのようなデタラメ言ってパレスチナ側を悪し様に貶めようとするゲスなプロパカンダだな。

しかし、それはシオニストの下卑た性根をこの場に晒しているだけだって気付かないのかねぇ?

やっぱ愚かだね。

あのー、一応反応しとりますが?

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/12/05 00:29 投稿番号: [1241 / 2525]
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834682&tid=4hda5a4la5qa5la59a5aa5ja1aaa1jbh a32hga1k&sid=1834682&mid=1223&thr=1215&cur=1215&dir=d

???

Re: 自分に都合の悪い話題からは目を閉じ

投稿者: himuka21 投稿日時: 2006/12/04 22:50 投稿番号: [1240 / 2525]
vitamin_cc100様

はじめまして

それと   ご忠告ありがとうございます。

でも   その回答は   おふたりから聞きたいと思いますが、なにも反応がありませんね   おふたりの名誉をきずつけたようなら、ご本人たちから   いちはやく反応があるのではないかと思うのですが

私は掲示板で何度か話をしただけのかたと   一緒にお酒を飲むという感覚は全くもちあわせてはいないのですが・・・

vitamincc様をかなり前侮辱した記憶はありませんが、あどべんかな   ?
と   思って   騒いだ記憶があります

気にさわったらごめんなさいませ

Re: 自分に都合の悪い話題からは目を閉じ

投稿者: himuka21 投稿日時: 2006/12/04 22:50 投稿番号: [1240 / 2525]
vitamin_cc100様

はじめまして

それと   ご忠告ありがとうございます。

でも   その回答は   おふたりから聞きたいと思いますが、なにも反応がありませんね   おふたりの名誉をきずつけたようなら、ご本人たちから   いちはやく反応があるのではないかと思うのですが

私は掲示板で何度か話をしただけのかたと   一緒にお酒を飲むという感覚は全くもちあわせてはいないのですが・・・

vitamincc様をかなり前侮辱した記憶はありませんが、あどべんかな   ?
と   思って   騒いだ記憶があります

気にさわったらごめんなさいませ

Re: 自分に都合の悪い話題からは目を閉じ

投稿者: vitamin_cc100 投稿日時: 2006/12/04 21:53 投稿番号: [1239 / 2525]
>
ジョン粉もめしあさんではないですか?
まともな意見を言って   このトピ   に参加しませんか
ぱれすちな   がんばれでも   もっとまじめになれませんか?
<

双方の名誉のためにも伝えておきます。
双方とも常人とはいいがたい変人ですが、別人です。
文面と時間帯みたら判別は容易ではないっすか。


確か、あなたは、かなりまえに私のことを侮辱してましたよね。
まあ、たかが掲示板ですしね〜。
まあ、関係ないところで、アホがいろいろと私のことを何度も侮辱してたので、感化されたのもしかたないのかなとおもいましたが、

前の分でひむかさんは、素直すぎるのか、検証をヨクせずに判断するきらいがあるのではないですか?
誰がどのような文章を書いたのかどうかをじっくり考えてみたほうがいいのではないでしょうか。

Re: 自分に都合の悪い話題からは目を閉じ

投稿者: vitamin_cc100 投稿日時: 2006/12/04 21:53 投稿番号: [1239 / 2525]
>
ジョン粉もめしあさんではないですか?
まともな意見を言って   このトピ   に参加しませんか
ぱれすちな   がんばれでも   もっとまじめになれませんか?
<

双方の名誉のためにも伝えておきます。
双方とも常人とはいいがたい変人ですが、別人です。
文面と時間帯みたら判別は容易ではないっすか。


確か、あなたは、かなりまえに私のことを侮辱してましたよね。
まあ、たかが掲示板ですしね〜。
まあ、関係ないところで、アホがいろいろと私のことを何度も侮辱してたので、感化されたのもしかたないのかなとおもいましたが、

前の分でひむかさんは、素直すぎるのか、検証をヨクせずに判断するきらいがあるのではないですか?
誰がどのような文章を書いたのかどうかをじっくり考えてみたほうがいいのではないでしょうか。

オスロ合意に納得いかないなら、、

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2006/12/04 17:15 投稿番号: [1238 / 2525]
オスロ合意の中身がどういうことかというよりも、もっと基本的な問題をjy君は無視している。それはパレスチナが和平交渉の中身が気に入らないのであれば、最初からそれをはねつけ、提案には同意できない、攻撃は続けるとはっきりさせるべきだったということだ。

だがパレスチナはそれをせず、アラファトはあたかもオスロ合意に同意するような声明文を発表した。その理由はなんだ?

これは明らかにパレスチナが国際社会に自分らは和平交渉に真剣に取り組んでいると思わせるのが目的だ。奴らははなからイスラエルとの和平など望んではいないが、交渉中ということにしておけばイスラエルからの攻撃を国際社会が牽制してくれるので、その間に自分らがイスラエルを攻撃し、イスラエルが反撃したらイスラエルこそが和平交渉を崩そうとしていると国際社会に訴える、、という作戦だったからだ。

イスラエルには気の毒なことにこの作戦は大成功だった。パレスチナが取り決めを無視してイスラエルを挑発し、イスラエルが反撃するごとに国際社会はイスラエルを批判して自制を促した。

ネッテンヤフはこのダブスタに腹をたてて、パレスチナが約束を守ってないのにイスラエルだけが守る義理はないといって、ガザやウエストバンクの入植を減らすどころか増やしてしまった。私はびーびーは嫌いじゃないが、この作戦は愚作だったと思う。気持ちは分かるけどね。

2000年に始まったブッシュ大統領提案のロードマップでも、パレスチナはオスロの時と全く同じ作戦をとっている。和平交渉に参加する、同意したようにみせかける、同意を無視してイスラエルを攻撃する、イスラエルが反撃すると約束違反だといって国際社会に訴える。

イスラエルが何度もこの手にだまされることがどうしても理解できない。

オスロ合意に納得いかないなら、、

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2006/12/04 17:15 投稿番号: [1238 / 2525]
オスロ合意の中身がどういうことかというよりも、もっと基本的な問題をjy君は無視している。それはパレスチナが和平交渉の中身が気に入らないのであれば、最初からそれをはねつけ、提案には同意できない、攻撃は続けるとはっきりさせるべきだったということだ。

だがパレスチナはそれをせず、アラファトはあたかもオスロ合意に同意するような声明文を発表した。その理由はなんだ?

これは明らかにパレスチナが国際社会に自分らは和平交渉に真剣に取り組んでいると思わせるのが目的だ。奴らははなからイスラエルとの和平など望んではいないが、交渉中ということにしておけばイスラエルからの攻撃を国際社会が牽制してくれるので、その間に自分らがイスラエルを攻撃し、イスラエルが反撃したらイスラエルこそが和平交渉を崩そうとしていると国際社会に訴える、、という作戦だったからだ。

イスラエルには気の毒なことにこの作戦は大成功だった。パレスチナが取り決めを無視してイスラエルを挑発し、イスラエルが反撃するごとに国際社会はイスラエルを批判して自制を促した。

ネッテンヤフはこのダブスタに腹をたてて、パレスチナが約束を守ってないのにイスラエルだけが守る義理はないといって、ガザやウエストバンクの入植を減らすどころか増やしてしまった。私はびーびーは嫌いじゃないが、この作戦は愚作だったと思う。気持ちは分かるけどね。

2000年に始まったブッシュ大統領提案のロードマップでも、パレスチナはオスロの時と全く同じ作戦をとっている。和平交渉に参加する、同意したようにみせかける、同意を無視してイスラエルを攻撃する、イスラエルが反撃すると約束違反だといって国際社会に訴える。

イスラエルが何度もこの手にだまされることがどうしても理解できない。

Re: 拉致されたイスラエル兵は

投稿者: adventureoftheultraworld 投稿日時: 2006/12/04 07:20 投稿番号: [1237 / 2525]
レバノン戦争中に街角のテレビで「ベイルートで墜落するイスラエルのF16」という映像が流れました。(後でヒズボラのミサイルだったと判明)。「うわ、こりゃパイロット死んだな」と言ったら、側にいた人から「でも生きて捕まるよりは大分マシだよ」と言われました。


>イスラエル国内でオルメルト首相の人気はどんなものですか?
>国民は彼のパレスチナ政策にたいしてどのような意見をもっているのでしょう?  
>政府を解散して総選挙なんて期待はもてませんか?

オルメルトは一時期かなり批判を受けましたが、まだなんとか生き延びています。

彼のパレスチナ政策はもともとはシャロン政権末期に仄めかされていた「西岸からの入植地撤退」だったのですが、これを公に論議する前にレバノン戦争がありました。これで「ガザ撤退は間違いだった」という声が強くなり、オルメルトは看板を下ろさないといけない状況です。

国民の不満は全般になんとなく高まっていますが、それがガザ・スデロットの戦闘のせいなのか、レバノン戦争での不手際が引きずっているのか、高官の汚職なのか、すべてが混ざっているのかはよくわかりません。しかし停戦自体には好感?   パレスチナ側の違反行為が大きく報道されていても、あまり憤っている様子もなく「早く報復しろ」みたいな声は低いです、今のところは。
やっかいなのはカッサムが偶に人を殺すこと。武器としては夏に降っていたカチューシャに比べて子供だましみたいなものですが、たまに人に当たるときもあります。現在カッサム向けのミニミサイル防衛装置を作っていますが、費用対効果は絶望的(笑。
ただ軍事作戦でカッサム完全根絶するとなると、ガザを全面再占領するか、ガザ住民をシナイ半島に追放するくらいしか方法がないので、「それはあんまりだ」と。そこで「停戦も一つの選択肢。ひとまず様子を見よう」でしょうか?
パレスチナ側の停戦違反は「お約束」ですし、もとから期待していないのではないかとも。

総選挙という声は、今は聞いたことないです。

Re: 拉致されたイスラエル兵は

投稿者: adventureoftheultraworld 投稿日時: 2006/12/04 07:20 投稿番号: [1237 / 2525]
レバノン戦争中に街角のテレビで「ベイルートで墜落するイスラエルのF16」という映像が流れました。(後でヒズボラのミサイルだったと判明)。「うわ、こりゃパイロット死んだな」と言ったら、側にいた人から「でも生きて捕まるよりは大分マシだよ」と言われました。


>イスラエル国内でオルメルト首相の人気はどんなものですか?
>国民は彼のパレスチナ政策にたいしてどのような意見をもっているのでしょう?
>政府を解散して総選挙なんて期待はもてませんか?

オルメルトは一時期かなり批判を受けましたが、まだなんとか生き延びています。

彼のパレスチナ政策はもともとはシャロン政権末期に仄めかされていた「西岸からの入植地撤退」だったのですが、これを公に論議する前にレバノン戦争がありました。これで「ガザ撤退は間違いだった」という声が強くなり、オルメルトは看板を下ろさないといけない状況です。

国民の不満は全般になんとなく高まっていますが、それがガザ・スデロットの戦闘のせいなのか、レバノン戦争での不手際が引きずっているのか、高官の汚職なのか、すべてが混ざっているのかはよくわかりません。しかし停戦自体には好感?   パレスチナ側の違反行為が大きく報道されていても、あまり憤っている様子もなく「早く報復しろ」みたいな声は低いです、今のところは。
やっかいなのはカッサムが偶に人を殺すこと。武器としては夏に降っていたカチューシャに比べて子供だましみたいなものですが、たまに人に当たるときもあります。現在カッサム向けのミニミサイル防衛装置を作っていますが、費用対効果は絶望的(笑。
ただ軍事作戦でカッサム完全根絶するとなると、ガザを全面再占領するか、ガザ住民をシナイ半島に追放するくらいしか方法がないので、「それはあんまりだ」と。そこで「停戦も一つの選択肢。ひとまず様子を見よう」でしょうか?
パレスチナ側の停戦違反は「お約束」ですし、もとから期待していないのではないかとも。

総選挙という声は、今は聞いたことないです。

停戦?の行方

投稿者: adventureoftheultraworld 投稿日時: 2006/12/04 06:57 投稿番号: [1236 / 2525]
イスラム聖戦が「イスラエルが停戦違反を繰り返しているため、停戦は崩壊寸前。もし我らが停戦違反に反撃(攻撃再開)しても責めるな」との声明発表。
"Nobody should blame [Islamic Jihad] for any reaction its brigades will take in the coming hours in response to the violations by the Zionist occupation," he said.

イスラム聖戦は「イスラエルによる70回の停戦違反」と言いながら、具体的に何を示すかは言明せず。ペレツによる「西岸へは停戦拡大しない」との声明にも噛み付いている。
http://www.haaretz.com/hasen/spages/795736.html
Islamic Jihad warns Gaza Strip cease-fire on verge of collapse

拉致されたイスラエル兵は

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2006/12/04 04:44 投稿番号: [1235 / 2525]
まだ生きてるんですかね?   私はかなり疑わしいと思いますよ。ジハーディストが捕虜をどういうふうに扱うか我々はみてきてますから、拷問されたことは確かだろうし、医療機関がきちんとしてるわけではないので、殺すつもりはなくても怪我がひどすぎて回復せず死んでしまった可能性は多いにあります。

もっとも私は拉致された時点ですでに殺されたと考えています。その理由は、これまでにイスラエルはイスラエル兵の遺体とパレスチナ囚人を交換したことがあるからで、今回もパレスチナやヒズボラはそうするつもりだったのではないかと思うからです。

生きていても死んでいても交換が可能なら生かしておく必要なんかありません。拉致した時点で死んでいなければその後さんざんいたぶって殺したと考えるのが妥当でしょう。ご家族には気の毒ですけどね。

ところでアドベンさん、イスラエル国内でオルメルト首相の人気はどんなものですか?   国民は彼のパレスチナ政策にたいしてどのような意見をもっているのでしょう?   政府を解散して総選挙なんて期待はもてませんか?

Re: 虚偽に塗れたジコチューなデタラメばっ

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2006/12/04 04:36 投稿番号: [1234 / 2525]
あれ、アラファトが拒絶したバラクの提案と題してソースをつけたけど、よまなかったの? 言っておくが、私は1993年当初のオスロ合意の内容を書けといったのではないよ。2000年に、クリントン大統領がバラクとアラファトをキャンプデイビッドによんで交渉した際に、バラクがアラファトに提案して、君が「パレスチナの独立にはほど遠い内容だった」といっていたバラク首相の提案の内容はどういうものだったのかという話をしているので勘違いしないように。

この交渉の内容は公表されたわけではないので、あちこちで土地返還の%は多少異なるが、種々のソースをみたところ、ガザの75%〜95%、ウエストバンクは100%、東エルサレムをパレスチナの自治に任せるという提案だったようだ。パレスチナはテンプルマウント全体をよこせといって騒いだがね。

http://www.palestinefacts.org/pf_1991to_now_campdavid_2000.php
http://en.wikipedia.org/wiki/Camp_David_2000_Summit
http://www.mideastweb.org/campdavid2.htm

アラファトが拒絶したバラクの提案はイスラエルとしてはこんなにやっていいのかとうほど寛大な提案だったのだよ。

難民の帰還についてさえ条件付きで認めている
Israel would allow the return of around 100,000 refugees under “humanitarian” grounds in the form of family reunions and considers such a step as compliance with UN Resolution 194.

この内容が「虚偽に塗れたジコチューなデタラメ」といいはるなら、君もそれなりのソースを出したまえ。

虚偽に塗れたジコチューなデタラメばっかだ

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/12/03 23:49 投稿番号: [1233 / 2525]
>パレスチナを独立国として認めてやる、難民も帰還まで許してやる、

ソースを出してごらん。

やれやれシオニストは嘘吐きな狂人ばかりなり。

Re: 「停戦」にいつも騙されるイスラエル

投稿者: adventureoftheultraworld 投稿日時: 2006/12/03 23:09 投稿番号: [1232 / 2525]
>100回連続で約束やぶった相手が101回めには約束を守るなんて本気でしんじてるとしたら、イスラエル政府はバカだ。

今回の停戦は、例の拉致された兵士の返還交渉の一環らしいです。ま、停戦と言っても今日もカッサムは降っておりますので、その程度のものですがね。

http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/news/20061204k0000m030063000c.html
ガザ停戦1週間:和平交渉の再開へ正念場
  【エルサレム前田英司】イスラエルとパレスチナが暴力の相互停止に合意したパレスチナ自治区ガザの停戦は3日、発効から1週間が経過した。同日朝を含め、これまでに合意に反して計15発のロケット弾がイスラエル南部に撃ち込まれたが、イスラエル軍が報復を控えたことで「砂上の楼閣」は持ちこたえている。停戦の持続には和平交渉の再開に向けたさらなる進展が不可欠であり、正念場を迎えている。

  ガザ停戦の行方を左右する最大の要因は停戦範囲をイスラエルによる占領地ヨルダン川西岸に拡大できるかどうかだ。

  オルメルト・イスラエル首相とアッバス・パレスチナ自治政府議長はガザ停戦時に西岸地域についても検討すると表明しており、パレスチナ政策調査研究センターのシカキ代表は「拡大できなければガザ停戦も数カ月ともたないだろう」と分析する。

  イスラエル軍はこの拡大に否定的とみられる。西岸地域には治安対策として多数の検問所があり、武装勢力の掃討作戦も継続しているためだ。軍はガザ停戦にも消極的だったが「最大の懸案であるイラン問題に集中するためオルメルト首相がパレスチナとの緊張緩和を政治決断した」(シカキ代表)。しかし、西岸地域については対イスラエルのテロ防止上、軍事行動を中止できないとの主張が軍内部に根強いという。

  シカキ代表によると、イスラム原理主義組織ハマスとパレスチナ解放機構(PLO)主流派ファタハはガザ地区で、別名を冠した小規模の武装集団をそれぞれ結成し、ロケット弾の供給を始めている。西岸地域への停戦拡大が難航すれば、両組織が表向きは停戦合意を順守したまま、こうした小集団を使ってイスラエル領内へのロケット弾発射を再活発化させる可能性があるという。

  一方、オルメルト首相が和平交渉再開の前提条件の一つとしたパレスチナの「統一政府」樹立に向けた動きも、アッバス議長が先月末のライス米国務長官との会談で「行き詰まり」を宣言したことで緊張が高まっている。PLO執行委員会は1日、ハニヤ首相(ハマス最高幹部)に辞任を要求。アッバス議長も2日、「樹立協議が中断した理由は周知のことだ」と述べ、現政府を主導するハマスを暗に批判した。

  議長側では議長権限によるハニヤ首相の解任などを唱える声が高まっている。だが、強硬策に出れば逆に事態の混乱を招くのは必至で、ハマスへの圧力を強めて譲歩を迫る狙いがあるとみられる。


○停戦はイスラエル側の対外アピールじゃないですか?   「あいつらが撃ってきても俺たちは停戦守るよ」と。このイスラエルのイメージ戦略に寄与し続ける、パレスチナ各武装組織の頭の中身は知りませんが。一方、西岸への停戦拡大はないようです。これもカッサムのおかげです(笑。

議長権限でハニヤを解任しても、後任首相はハマスが多数派を占めるパレスチナ議会の承認を受けないといけませんので、アッバスの選択肢も少ないのですが。


>イスラエルの敵は全文明社会の敵なのだ。それに早く気が付かないと世界中がテロリスト天国になってしまうだろう。

あまり悲観することはないと思いますよ。私はすでにアルカイーダの試みは失敗したと思います。これについてはまた時間があるときに詳しく書きますが。

Re: 思考力なし劣化コピペマン

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2006/12/03 19:46 投稿番号: [1231 / 2525]
イスラエルはガザもウエストバンクもそしてエルサレムの一部もパレスチナにくれてやる、パレスチナを独立国として認めてやる、難民も帰還まで許してやる、そのかわりパレスチナがしなければならないことはこれ以上の土地を求めないこと、イスラエルへの攻撃をやめること、イスラエルの生存権を認めることだけ!

ここまでイスラエルが譲歩したのに、パレスチナは拒否。   はっきりいってイスラエルにとってはアラファトがこれを拒否してくれて助かったけどね。バラクはやり過ぎ。なんでイスラエルがパレスチナにこんなに譲歩してやんなきゃならんのだと一般市民は思っただろうね。

しかしパレスチナがこんなうまい話を拒絶したということは、コクナンさんやアドベンさんがいう通り、奴らにとってパレスチナの独立なんて本当はどうでもいいことなんだよね。最近私は奴らにとってはイスラエルだってどうでもいいんだろうと思うようになった。

要するに奴らはパレスチナの井の中の蛙でいたいだけ。パレスチナの難民キャンプで最大の勢力になれさえすればそれでいい、それだけの情けないちんぴらにすぎないんだろうと思う。迷惑なのはイスラエルとパレスチナ庶民だね。

思考力なし劣化コピペマン

投稿者: shibh_jazirat_sina 投稿日時: 2006/12/03 17:19 投稿番号: [1230 / 2525]
>もちろん、「国」としての防衛、外交権は認められてはいない。

▲どうでもいいんだけどさ、なんで国家でない地域が主権を行使できるのだ?   アホか。

シンパの共通する点は一回の合意ですべてが決まると思い込んでいる点。一般的に最初の合意は出発点にすぎず、その後の交渉でまた譲歩を引き出し、新たな合意をするということが可能だ。だから、最初は多少不利でもすべてが決まっているわけではないのだから、その後の交渉で徐々に解決していけばいいのである。しかし、連中、反対する。バカだから。一回ですべてを解決すべきと思っているから。一回で解決するなんて不可能であることは分かりきったことであるにもかかわらず。

基本的に劣化コピペマンにしろ、馬鹿の壁にしろ、リンク先のゴミにしろ、彼らは和平など願っていない。連中の目的は「弱きパレスチナ人」を見て、同情を抱き、「こんなこと思っているボクってスゴイでちゅ」と思うことが目的。要するに自己満足で、もっとドンパチやって欲しいというのが本心。和平のときは自分の出番がないけど、ドンパチやったら自分の出番があるから。

延々とジコチューな妄想を並べられてもなぁ

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/12/03 15:27 投稿番号: [1229 / 2525]
http://members.aol.com/Filastiin2001/Oslo.htm

(前略)
≪オスロ合意の中身≫

このオスロ合意の中身は一体、いかなるものだったか。

大筋を言えば、
・ヨルダン川西岸とガザで5年間の暫定自治を実施
・自治期間の最後の2年の間に(パレスチナの)最終地位交渉を行う
というものだった。

パレスチナにとっては、この自治の後に当然「独立」が来るものだと思う。しかし実はこの内容は、「ただし」という但し書きが大変多いものだった。

すなわち、この暫定自治、実は完全自治区は西岸で3%、ガザで60%というものに過ぎなかった。ご存知の通り、イスラエルの急進派はパレスチナ人の土地に強引に入り込み、土地を奪い、不法に入植するという行為を繰り返してきた(占領地に入植することは国際法で禁じられている)。

この入植問題こそがパレスチナ人を今日にいたるまで最も苦しめてきた元凶だった。完全自治区がこれほどまでに少なくなったのは、この時点では入植地の解体は行われず、最終地位交渉まで持ち越す、という決定をしたためである。

そしてまた、西岸とガザの自治区を結ぶ道路をはじめ、一切の交通路はイスラエル管理、軍の撤退は約束されず「再配置」のみ、というものだった。これではパレスチナ人の地位は全く改善されない。

パレスチナ人は入植者、軍によって道路を封鎖され、隣の街に行くにもチェックポイントを通らなくてはならず、例え病人であっても、何時間も待たされなくてはならない。事実上、移動の自由が全くない状態である。また、この少ない自治領域も入植地でずたずたに分断され、どこに行くにもイスラエル人の入植地を通らなくてはならない、ということである。

これは「自治を享受する」というよりは、治安責任という面倒だけを押し付けられただけで、状況は全く変わらない、という、大多数のパレスチナ人にとっては、何の保証もないただの妥協の産物としか思えなかった。もちろん、「国」としての防衛、外交権は認められてはいない。この時点では(そして現在も)パレスチナ自治政府はイスラエルの多くの政党のうちの一つ、という扱いだった。

そして、現在まで最大の問題として残った難民(全パレスチナ人の50%以上)の帰還権も最終交渉へ持ち越された。

(中略)

パレスチナはパレスチナ人の故郷。なぜ、自治が与えられて帰還権が認められないのか。

オスロ合意は、イスラエル強硬派だけでなく、大多数のパレスチナ人にとっても「ジョークとしか思えない」協定に過ぎなかった。

(中略)

≪ネタニヤフ政権時代≫

和平推進派のペレスを破って首相となったネタニヤフは、前政権がとった「パレスチナを西岸とガザに囲い込む」政策から、伝統的な「パレスチナをイスラエルから追い出す」政策に逆戻りした。

ネタニヤフはラビンが凍結していた急進派ユダヤ教徒のイスラエル人の西岸とガザの中への入植を黙認、奨励した。

入植者は、重装備をしてトレーラーでやってきて、そのまま住み着く。これは土地の不法占拠にあたる。軍が出動しても急進派議員が「君たちは神が与えたイスラエルをどうしようというのか」と、軍の前に立ちはだかって阻止、世論も急進派の論調に乗って入植者への攻撃を非難する。自治政府の領土は寸断され、ばらばらになっていく。

既成事実の積み重ねによって気力を奪い、妥協、または自滅を誘う。これが、ネタニヤフの狙いだった。パレスチナ過激派がこれに反発してテロを行うと、「オスロ合意違反」と非難し、「アラファトは交渉相手として信用ならない」と、オスロ合意で約束された軍の「再配置」も遅らせてきた。そして、イスラエル軍からの「倍返し」が全く何の関係もないパレスチナの民衆に行われる。

ネタニヤフは、確信犯的に(あるジャーナリストによれば「マッチポンプ」的に)その在任期間の3年間、「オスロ合意」の破壊を行ってきた。
(後略)

---------------- -

オスロ合意自体もパレスチナ側にとって元々容易く受け入れられるような内容ではなかったがな。

ネタニヤフはそれすらも踏み躙ったゲス野郎だ。

しかし、バラク提案の難民帰還ねぇ。

パレスチナ難民の帰還は離散家族の再会としてのみ認め、イスラエルは難民問題の発生についての責任は負わない、なんぞというものが提案に値する訳もないな。

やっぱアホ弁。

延々とジコチューな妄想を並べられてもな

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/12/03 15:27 投稿番号: [1229 / 2525]
http://members.aol.com/Filastiin2001/Oslo.htm

(前略)
≪オスロ合意の中身≫

このオスロ合意の中身は一体、いかなるものだったか。

大筋を言えば、
・ヨルダン川西岸とガザで5年間の暫定自治を実施
・自治期間の最後の2年の間に(パレスチナの)最終地位交渉を行う
というものだった。

パレスチナにとっては、この自治の後に当然「独立」が来るものだと思う。しかし実はこの内容は、「ただし」という但し書きが大変多いものだった。

すなわち、この暫定自治、実は完全自治区は西岸で3%、ガザで60%というものに過ぎなかった。ご存知の通り、イスラエルの急進派はパレスチナ人の土地に強引に入り込み、土地を奪い、不法に入植するという行為を繰り返してきた(占領地に入植することは国際法で禁じられている)。

この入植問題こそがパレスチナ人を今日にいたるまで最も苦しめてきた元凶だった。完全自治区がこれほどまでに少なくなったのは、この時点では入植地の解体は行われず、最終地位交渉まで持ち越す、という決定をしたためである。

そしてまた、西岸とガザの自治区を結ぶ道路をはじめ、一切の交通路はイスラエル管理、軍の撤退は約束されず「再配置」のみ、というものだった。これではパレスチナ人の地位は全く改善されない。

パレスチナ人は入植者、軍によって道路を封鎖され、隣の街に行くにもチェックポイントを通らなくてはならず、例え病人であっても、何時間も待たされなくてはならない。事実上、移動の自由が全くない状態である。また、この少ない自治領域も入植地でずたずたに分断され、どこに行くにもイスラエル人の入植地を通らなくてはならない、ということである。

これは「自治を享受する」というよりは、治安責任という面倒だけを押し付けられただけで、状況は全く変わらない、という、大多数のパレスチナ人にとっては、何の保証もないただの妥協の産物としか思えなかった。もちろん、「国」としての防衛、外交権は認められてはいない。この時点では(そして現在も)パレスチナ自治政府はイスラエルの多くの政党のうちの一つ、という扱いだった。

そして、現在まで最大の問題として残った難民(全パレスチナ人の50%以上)の帰還権も最終交渉へ持ち越された。

(中略)

パレスチナはパレスチナ人の故郷。なぜ、自治が与えられて帰還権が認められないのか。

オスロ合意は、イスラエル強硬派だけでなく、大多数のパレスチナ人にとっても「ジョークとしか思えない」協定に過ぎなかった。

(中略)

≪ネタニヤフ政権時代≫

和平推進派のペレスを破って首相となったネタニヤフは、前政権がとった「パレスチナを西岸とガザに囲い込む」政策から、伝統的な「パレスチナをイスラエルから追い出す」政策に逆戻りした。

ネタニヤフはラビンが凍結していた急進派ユダヤ教徒のイスラエル人の西岸とガザの中への入植を黙認、奨励した。

入植者は、重装備をしてトレーラーでやってきて、そのまま住み着く。これは土地の不法占拠にあたる。軍が出動しても急進派議員が「君たちは神が与えたイスラエルをどうしようというのか」と、軍の前に立ちはだかって阻止、世論も急進派の論調に乗って入植者への攻撃を非難する。自治政府の領土は寸断され、ばらばらになっていく。

既成事実の積み重ねによって気力を奪い、妥協、または自滅を誘う。これが、ネタニヤフの狙いだった。パレスチナ過激派がこれに反発してテロを行うと、「オスロ合意違反」と非難し、「アラファトは交渉相手として信用ならない」と、オスロ合意で約束された軍の「再配置」も遅らせてきた。そして、イスラエル軍からの「倍返し」が全く何の関係もないパレスチナの民衆に行われる。

ネタニヤフは、確信犯的に(あるジャーナリストによれば「マッチポンプ」的に)その在任期間の3年間、「オスロ合意」の破壊を行ってきた。
(後略)

---------------- -

オスロ合意自体もパレスチナ側にとって元々容易く受け入れられるような内容ではなかったがな。

ネタニヤフはそれすらも踏み躙ったゲス野郎だ。

しかし、バラク提案の難民帰還ねぇ。

パレスチナ難民の帰還は離散家族の再会としてのみ認め、イスラエルは難民問題の発生についての責任は負わない、なんぞというものが提案に値する訳もないな。

やっぱアホ弁。

Re: アラファトが拒絶したバラクの提案

投稿者: adventureoftheultraworld 投稿日時: 2006/12/03 13:50 投稿番号: [1228 / 2525]
ほかにも難民帰還についての提案もあったのですがね。>バラク提案

今になってみれば、イスラエル側からこれほど譲歩することはないでしょう。パレスチナにしてみれば「釣り逃がした魚は大きかった」ということでしょうか。

アラファトが拒絶したバラクの提案

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2006/12/03 08:01 投稿番号: [1227 / 2525]
* Israeli redeployment from 95% of the West Bank and 100% of the Gaza Strip
* The creation of a Palestinian state in the areas of Israeli withdrawal
* The removal of isolated settlements and transfer of the land to Palestinian control
* Other Israeli land exchanged for West Bank settlements remaining under Israeli control
* Palestinian control over East Jerusalem, including most of the Old City
* "Religious Sovereignty" over the Temple Mount, replacing Israeli sovereignty in effect since 1967

In return Arafat had to declare the "end of conflict" and agree that no further claims on Israel could be made in the future. Despite the considerable concessions by Israel, Arafat chose not to negotiate, not to make a counter-offer but to just walk out.

http://www.palestinefacts.org/pf_1991to_now_campdavid_2000.php

アラファトが拒絶したバラクの提案

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2006/12/03 08:01 投稿番号: [1227 / 2525]
* Israeli redeployment from 95% of the West Bank and 100% of the Gaza Strip
* The creation of a Palestinian state in the areas of Israeli withdrawal
* The removal of isolated settlements and transfer of the land to Palestinian control
* Other Israeli land exchanged for West Bank settlements remaining under Israeli control
* Palestinian control over East Jerusalem, including most of the Old City
* "Religious Sovereignty" over the Temple Mount, replacing Israeli sovereignty in effect since 1967

In return Arafat had to declare the "end of conflict" and agree that no further claims on Israel could be made in the future. Despite the considerable concessions by Israel, Arafat chose not to negotiate, not to make a counter-offer but to just walk out.

http://www.palestinefacts.org/pf_1991to_now_campdavid_2000.php

検索して調べて御覧

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2006/12/03 06:58 投稿番号: [1226 / 2525]
>不毛な3年間を経て99年5月にエフード・バラクの率いる労働党が政権に復帰すると、滞っていた和平交渉をふたたび活性化させようという動きが始まった(シャルム・エッシェイク合意)。78年にエジプトとの単独講和を結んだベギンやオスロ合意を結んだラビンの後継者をもって任ずるバラクは、パレスチナ人との最終和平合意を結ぼうという野心を持っていたが、彼が提案した内容はパレスチナが真に国家として独立するにはほど遠く、アラファート自治政府の承認をとりつけることはできなかった。

バラク首相の提案とはどのようなものだったのかね?   君はパレスチナが真に国家として独立するにはほど遠いといっているが、具体的にイスラエルはどのくらいの譲歩をするつもりだったのか、そしてそのためにパレスチナにどういう要求をしていたのか調べて御覧。

パレスチナの真の独立を阻止したのがどちら側だったのか君にもわかるはずだ。

摺り替え誤魔化し自己欺瞞のjy君

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2006/12/03 06:26 投稿番号: [1225 / 2525]
歴史を知らないjy君が付け焼き刃でどっかから検索してきた嘘八百を並べても意味ないんだけどね。(笑)

>交換書簡では、アラファートPLO議長がイスラエルの生存権を認め、テロ戦術を放棄して平和的な紛争解決をめざすことを表明し、ラビン・イスラエル首相はPLOをパレスチナ人の正式代表として認め、交渉を開始する意思を表明した。

という意志表明はしたが、アラファトはイスラエルの生存権をアラビア語では発表していない。西側への表向きの約束はしたが、実際にはなにもしなかったのだよ。君はしらんだろうがね。ラビン暗殺はイスラエルの過激派がやったことで、彼自身イスラエル人によって取り押さえられた。

ネッテンヤフが首相になった時代のことを私は覚えているが、彼がアメリカのテレビでパレスチナがオスロ合意をやぶり続けているのに、どうしてイスラエルだけが守る必要があるのか?   といっていたのをはっきり覚えている。

イスラエルの政策がどうだったからとかいうことではなく、パレスチナはオスロ合意に最初から同意していないのだよ。アラファトは同意するとは表明したが結果的には拒絶した。その理由はイスラエル生存の承認はできないという一点でひっかかったからさ。

私は当時から大人だったのでね、どういう状況でオスロ合意が破たんしたのか多少は覚えている。君のようにオスロなどという言葉を私にいわれるまできいたこともなかった人間が、パレスチナのプロパガンダを書いてるサイトをさっき検索してコピペしただけで、なにもかもイスラエルが悪いなんていってみても説得力ゼロなのよね。

オスロ合意

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/12/03 04:35 投稿番号: [1224 / 2525]
http://www.k2.dion.ne.jp/~rur55/J/Oslo.htm

オスロ合意とは1993年9月、イスラエルがはじめてパレスチナ解放機構(PLO)をパレスチナを代表する交渉当事者と認めて和平にむけた枠組みを直接交渉で取り決めたもので、①イスラエルとPLOの相互承認の交換書簡と、②イスラエルが占領する地域に5年間のパレスチナ暫定自治期間をもうけ、そのあいだに最終的な返還条件を決める交渉を行なうという「暫定自治の取り決めについての原則宣言」からなる。

交換書簡では、アラファートPLO議長がイスラエルの生存権を認め、テロ戦術を放棄して平和的な紛争解決をめざすことを表明し、ラビン・イスラエル首相はPLOをパレスチナ人の正式代表として認め、交渉を開始する意思を表明した。「原則宣言」では「5年を超えない移行期間のあいだに、ヨルダン川西岸地区とガザに暫定自治政府をつくり、国連安保理決議242および338(イスラエルの占領地からの全面撤退を要求)に基づく恒久解決に至る」とうたっている。

具体的なスケジュールとしては、①イスラエル軍は暫時撤退し、②西岸・ガザでパレスチナ自治政府の首長と評議会(議会)議員を選出、③暫定自治開始から3年以内にパレスチナの将来にかかわる重要問題(エルサレムの帰属、難民の帰還権、入植地の将来、国境など)を解決する最終地位交渉を開始し、自治開始後5年をめどに両者が歴史的和解を達成する、とされていた。

しかし1995.11のラビン暗殺でその実施は危うくなった。そもそも、オスロ合意はイスラエル労働党が米民主党とともに進めたもので、パレスチナ人との共存がうたい文句であった(それが真に共存をめざすものであったかどうかは、また別の問題である)。しかしイスラエルの右派は占領地も含め歴史的にパレスチナと呼ばれた地域のすべてを「イスラエルの土地」とみなしており、占領地(48年の国連分割案よりは狭いものの、現在ではパレスチナ人の土地として国際社会に承認されている西岸地区とガザ)からもパレスチナ人を追放することを公然と主張している

96年の総選挙で右派リクードが労働党を破りネタニヤフ内閣が成立するとオスロ・プロセスは暗礁にのり上げた。不毛な3年間を経て99年5月にエフード・バラクの率いる労働党が政権に復帰すると、滞っていた和平交渉をふたたび活性化させようという動きが始まった(シャルム・エッシェイク合意)。78年にエジプトとの単独講和を結んだベギンやオスロ合意を結んだラビンの後継者をもって任ずるバラクは、パレスチナ人との最終和平合意を結ぼうという野心を持っていたが、彼が提案した内容はパレスチナが真に国家として独立するにはほど遠く、アラファート自治政府の承認をとりつけることはできなかった。

そうするうちに、イスラエルの抑圧的な占領政策の加速によってパレスチナ自治区の貧困化が進み、解決の糸口が見えない占領状態の継続にパレスチナ住民の不満が募っていった。2000年9月のアル=アクサ・インティファーダと翌年2月のシャロン政権の誕生によって、オスロ和平プロセスは完全に崩壊した。
(後略)

--------------------

ラビン首相を暗殺したのは誰だい?

実際に和平を妨げてきたものは抑圧的な人種差別政策に反抗するパレスチナ人を「殺せ!追放せよ!」と叫んでいるオタクのお仲間の狂信的なバカどもだ。

しかし、すり替え&誤魔化し&自己欺瞞の人生って空しくないのかい?

ま、倫理腐らせて狂っていればそうでもないのかもしれないが。

まともな意見?

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/12/03 04:11 投稿番号: [1223 / 2525]
それはどんな意見なんだい?

イスラエル軍にパレスチナ人の一般市民が虐殺され続けている状態で、それを当然とし腐った詭弁で擁護する倫理の壊れたシオニスト相手に優しく声を掛けろとでも?

銃弾に腹や胸を抉られ、あるいは砲撃やミサイルで身体を引き千切られ死んでいく多くの無辜の人々。

その死に至る激痛・苦悶。

生憎とこっちはそういった苦痛から目を背け知らん振りできるほど人間腐っていないんでね。

虐殺の実行者、そしていろんな意味での共犯者どもを人間の屑と軽蔑するしそれをはっきりと非難するさ。

世界中でその声が大きくなれば、その実態が暴き立てられていけばやがては虐殺を抑止する力となる。

で、それはそれとしてこのトピに参加している君は実際にイスラエルは虐殺していると思っているのかい?いないのかい?

いないと思うならその客観的な理由は?

嘘や曲解、歪曲や誤魔化しじゃあなければ対話する価値はあるんだよ。

それも実態に近付く一つの道だから。

生憎ここのシオニストには内向けの誤魔化しばかりで「客観的な」話しを聞かせてくれる人間はいないようだが。

8日とか12日とかの問題じゃないの!

投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2006/12/03 03:10 投稿番号: [1222 / 2525]
まったくしょうがないなあ。パレスチナとイスラエルの和平交渉がはじまったのは2000年だよ。その間にオスロ同意というのもあって、一応パレスチナとイスラエルの間ではパレスチナがテロ行為をしないという前提でイスラエルがこれ以上のガザやウエストバンクへの入植をしないという同意があった。

パレスチナがイスラエル国存在を承認すれば、その場でパレスチナの独立すら認めるというパレスチナにとっては非常に有利な同意だったのに、パレスチナはそれを拒絶してテロを悪化させた。

クリントン大統領が中にはいって和平交渉が何度も行われたが、なにか同意される度にパレスチナ側からのテロ行為でおじゃんになっていた。君はイスラエルの攻撃の被害者が民間人だといってるけど、それはパレスチナ側のいい分であってイスラエルはテロリストを標的にしているといっている。だがパレスチナ側からの自爆テロはあきらかに一般市民を標的にしたものであり、それはパレスチナ側すら認めている。

君のダブスタはね、パレスチナ側の自爆テロでイスラエル人の民間人をいくら殺しても、それは虐殺ではなく、正当な抵抗だといいはること。だがイスラエルが誤って民間人を殺したらこれは虐殺なわけよ。

そして君はパレスチナの攻撃はいっさい無視して、イスラエルだけがパレスチナに攻撃しているかのように言う。いつでもそうだ。パレスチナからうってきたから応戦しているイスラエルに対し、パレスチナ側からやぶった停戦条約に対してのイスラエルの反撃も、君の理屈ではイスラエルだけが一方的に攻撃していると主張する。

どういう背景でこれらの攻撃が起きたのかという事実は完全に無視だ。

はっきりいって、君はオスロ同意なんてものがあったことすらしらないんじゃないの?   第2インティファーダは和平交渉が始まった後にパレスチナ側がイスラエルは弱まっていると判断してはじめた攻撃なんだよ。イスラエルの攻撃にたいする反応ではないのだよ。これはパレスチナさえ認めているのだから君のようなバカでも検索すればみつかるはずだ。

ダブスタを指摘されるとすぐごまかして逃げているのは君のほうだよ。

8日と14日のイスラエル軍の攻撃を無視

投稿者: jyonnconner 投稿日時: 2006/12/03 02:28 投稿番号: [1221 / 2525]
してどうする。

やっぱ狂ってるなぁ。

停戦に同意した何れの組織もイスラエルによってパレスチナ人が殺害された場合の報復の権利は留保する、としていた。

で8日にはハマスの地元幹部ら2人を含む4人が殺害され14日にはイスラム聖戦の幹部1名を殺害されている。

つまりイスラエルが停戦を踏み躙っているんだよ。

>ところがこのロードマップに同意してから最初の10週間でパレスチナは合計304回のテロ行為を行いイスラエル人が50人も殺害され315人が怪我をおわされている。

10月2日から12月25日までの間にイスラエル軍に殺されたパレスチナ人は117人。この死亡者のほとんどが一般市民で、子供が23人。負傷者は数百人にのぼる。また、468軒の家が破壊されて、何千人もの人が住む場所を失っている。

オタクの言い分はしょうもないなすり付けとすり替え、開き直りと誤魔化しに過ぎんな。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | [ メッセージ # オフセット ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)