さあ!諸君!捕鯨問題だ!

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科学的とは、人が考えられうる最も客観的な

投稿者: tom44 投稿日時: 1999/12/29 14:09 投稿番号: [160 / 62227]
科学的とは、人が考えられうる最も客観的なものの考え方のこと。

>>科学的、論理的な根拠なしに環境保護を行えるでしょうか?
>十分に行えるとおもいますよ、

↑決定的な誤り。科学的、論理的という意味を理解していない。


>街をきれいにしようと言うときには<科学的根拠>については余り論じなくても良いようですね。

↑詭弁。すりかえ。クジラから真正面に取り組むんで議論できないだけ。

勉強不足がまず目立つ。

投稿者: tom44 投稿日時: 1999/12/29 13:50 投稿番号: [159 / 62227]
勉強不足がまず目立つ。

しかし既に日本の捕鯨産業は解体されており、市場もなく、捕鯨が再開されたところで参入する企業は殆ど無いのが現状です。捕鯨賛成は決して捕鯨再開を願っているのではないと言うのが現状です。現在の食環境で<鯨>が持てはやされるほどの食品だとは思えません。

↑大間違い。

2重の誤り

投稿者: tom44 投稿日時: 1999/12/29 12:59 投稿番号: [158 / 62227]
2重の誤り

>感情論で人類の行為を修正しても良いのではないですか?

いけません。全体主義ですか・・・人間としての品性を疑うね。

>人類の情操・品位等がその評価軸になります。

誤った思い込みを『人類の情操品位』とすりかえてはいけません。

ドイツ帝国がユダヤ人を大量殺戮したとき、彼らの正義はなんだったか?
価値観はそれぞれですけど、重大な間違いは正されるべきです。

前もっておことわり:アニマルライトの話は

投稿者: tom44 投稿日時: 1999/12/29 12:25 投稿番号: [157 / 62227]
前もっておことわり:アニマルライトの話は別トピでしてくださいね。

このトピでは捕鯨を正しく理解するための議論をしましょう。
念のため。

横レスですが

投稿者: hemohemoanna 投稿日時: 1999/12/29 11:56 投稿番号: [156 / 62227]
横レスですが

>感情論で人類の行為を修正しても良いのではないですか?人類の情操・品位等がその評価軸になります。

もしもベジタリアンが感情的な理由で肉食を禁止したならば、
Earth_holeさんはそれに従いますか?感情論で人類の行為を修正
してもよいとはそういうことです。たまたまベジタリアンは少数
勢力なのでそういう問題が起こっていないだけです。

「人類が家畜の尊厳を理解出来る感性を持てるようになったなら、どうするべきか」

という質問にはEarth_holeさんはどう答えるのでしょうか?

本音を言ったらどうなんだ、といいたい

投稿者: tom44 投稿日時: 1999/12/29 11:51 投稿番号: [155 / 62227]
本音を言ったらどうなんだ、といいたい

捕鯨反対派って、クジラが可哀相だから殺すのはやめましょう、ということでしょう。人の、ごく自然な感情からくる自然な感性だと思う。

それがすべてだと、開き直ればよいではないか、と言いたい。
非科学的観念論を振り回しても論破されるばかりです。

何が間違っているのか、謙虚に学ぶ姿勢が重要なのだ。
ただの思い込みを言い張るばかりで『説得』しようなんて、無知の自覚がなさ過ぎる。

次元の違い(2)

投稿者: tom44 投稿日時: 1999/12/29 11:36 投稿番号: [154 / 62227]
次元の違い(2)

動物を殺す場面をみれば、多くの人は心穏やかではいられません。
『むごい』、『できれば助けたい』等、ごく正常な感情でしょう。
これも、捕鯨を不当に制限することの理由にはなっていません。
全く次元が違います。
捕鯨反対派は、ここを理解していないことがほとんどです。
家畜はどうなんだ、と矛盾を指摘しても、本質的な議論にかえることがない。
屁理屈やチンケなレトリックしか出てこない。
営利だの組織だのテディベアだの、愚かしいにもほどがある。
しかし、反捕鯨思想のパワーの源になっていることも事実だ。

次元の違い(1)

投稿者: tom44 投稿日時: 1999/12/29 11:14 投稿番号: [153 / 62227]
次元の違い(1)

捕鯨は産業基盤も鯨肉市場も解体されてきました。現状、衣食足りているのだから鯨肉などなくても困らない、という意見があるとします。
鯨肉の需要を正しく理解していない上、捕鯨が不当に制限される理由になっていないですよね。食べなくても困らない事と、食べる行為を否定することは次元が違います。

それはそれで問題でしょうけど

投稿者: tom44 投稿日時: 1999/12/29 11:06 投稿番号: [152 / 62227]
それはそれで問題でしょうけど

まず鯨肉を食品として正しく理解した上で、汚染の問題を考えるわけです。魚介類のみならず、一般の食品汚染を考える上で重要なことですけど、次元が違います。わが国の捕鯨が政治的道具にされ、このとき扇動されたいんちき思想集団が圧力団体となって、わが国は不当に捕鯨を制限されている事実があるわけです。反捕鯨派の主張では未来永劫鯨肉を食べてはいけないわけだから、間違いは正されるべきです。

tahugaiさんへ

投稿者: Earth_hole 投稿日時: 1999/12/29 09:51 投稿番号: [151 / 62227]
tahugaiさんへ

>食料問題なんですか?それとも倫理的な問題なんですか?
「正確には違いますが、倫理問題に近い視点です。人類が地球で生きていく上での<姿勢>の変更が求められる時代になってきていると言うことです。 これだけ人口を増やしてしまった人類という動物は、これからどのような方法で食料を得て、地球の中で生きていくのか?また、野生動物(自然の中で自立して生き抜いている生命体)の尊厳を理解出来る感性を持てるようになったなら、どうするべきか?と言う問題です。

shakeさんへの回答

投稿者: Earth_hole 投稿日時: 1999/12/29 09:49 投稿番号: [150 / 62227]
shakeさんへの回答

>生協は営利企業ではないですが産業として成り立ちます。多くの国立医療機関もしかりです。
「商品の安定供給が計れそうでない産業は、運営が辛くなるのではないですか?生協は経費の捻出に奔走しています。国立の医療機関はその必要性から、国で運営されていますが、経営の破綻は深刻な状態です。」
>街を綺麗にすることと捕鯨とを同一に論じることができるでしょうか?
「私は相似していると思っています。公共性とは、<税金で作られた公共物を利用する際のマナー>と言う定義付けは間違っています。公共性とは、<多くの人が、共同生活をする上での不文律>ではないでしょうか?これらは科学的・論理的発想からうまれた訳ではありません。
>環境保護にあたっては道徳と規律とをわけるべきです。
「分けるのも良いでしょう。それぞれの理由で環境保護について考えればいいわけですから、感情論で人類の行為を修正しても良いのではないですか?人類の情操・品位等がその評価軸になります。

もう・・・・。

投稿者: tukkomitaroh 投稿日時: 1999/12/29 03:08 投稿番号: [149 / 62227]
もう・・・・。

議論の途中申し訳ないです。

捕鯨の賛否以前に、鯨肉の汚染がひどくて
食べられないのではないですか?
例え権利を勝ち取ったとしても”鯨肉食”はもう・・・・。

とりあえず食糧調達法なんだけどさあ

投稿者: tahugai 投稿日時: 1999/12/28 23:58 投稿番号: [148 / 62227]
とりあえず食糧調達法なんだけどさあ

重要な食燎原として頼ってる魚ならともかく鯨のようなごく小さな産業は人類はいかに食料を調達するべきかなんて問題とははなから関係ないと思うんですけど。それとも野生動物を一匹でも捕獲すると畜産になにか影響するんでしょうか?
結局あなたが捕鯨に反対する理由は何なのですか?食料問題なんですか?それとも倫理的な問題なんですか?

Re:勝手に、お答えする価値ありという質問

投稿者: tom44 投稿日時: 1999/12/28 23:31 投稿番号: [147 / 62227]
Re:勝手に、お答えする価値ありという質問に、限定させていただきました。

答えられないことにはお答えしません。

断片的な情報で申し訳ないですが

投稿者: eco2azarak 投稿日時: 1999/12/28 21:15 投稿番号: [146 / 62227]
断片的な情報で申し訳ないですが

>営利を追求せず効率を追及しない捕鯨も可能でしょう?
>「そのようなものは産業として成り立ちません。いわゆる調査捕鯨の類ですね、<間引き>をしながら副産物を食用にするというなら、間引きの必要性を論じなければならないでしょう。」

http://luna.pos.to/whale/jpn_tafe.html
「シロナガスが回復しないのは、同じ種を索餌している他の競合相手の生物が増加しているので、シロナガスが比較的に索餌が困難であるということは 大いにあり得る。 」とあります。
ここでは「あり得る」、と書いているだけなので確定はできませんが、ミンク鯨が増加している件と関係ある、というのを他で読んだ覚えがあります。(記憶的にはあやふやなのでどこに書いているか確認します。)

RE:勝手に、お答えする価値ありという質問

投稿者: X_Windows 投稿日時: 1999/12/28 19:53 投稿番号: [145 / 62227]
RE:勝手に、お答えする価値ありという質問に、限定させていただきました。

   ↑
要約:「都合の悪い質問は無かったことにします」

なるほどね(^^;

規制と道徳

投稿者: Shake 投稿日時: 1999/12/28 19:45 投稿番号: [144 / 62227]
規制と道徳

>そのようなものは産業として成り立ちません。いわゆる調査捕鯨の類ですね、<間引き>をしながら副産物を食用にするというなら、間引きの必要性を論じなければならないでしょう。」
いいえ、調査捕鯨ではありません。生協は営利企業ではないですが産業として成り立ちます。多くの国立医療機関もしかりです。

>「十分に行えるとおもいますよ、街をきれいにしようと言うときには<科学的根拠>については余り論じなくても良いようですね。」
街を綺麗にすることと捕鯨とを同一に論じることができるでしょうか?ちなみに街をきれいにというのは公共性(税金で作られた公共物を利用する際のマナー)と衛生という科学的・論理的発想からうまれたということをご存知でしょうか?でなければ政府が規制を課すことはできません。
環境保護にあたっては道徳と規律とをわけるべきです。私はアースホールさんが捕鯨に反対するのに反対しません。しかし捕鯨をアースホールさんのように根拠もなしに禁止するのには反対します。

勝手に、お答えする価値ありという質問に、

投稿者: Earth_hole 投稿日時: 1999/12/28 18:46 投稿番号: [143 / 62227]
勝手に、お答えする価値ありという質問に、限定させていただきました。

>営利を追求せず効率を追及しない捕鯨も可能でしょう?
「そのようなものは産業として成り立ちません。いわゆる調査捕鯨の類ですね、<間引き>をしながら副産物を食用にするというなら、間引きの必要性を論じなければならないでしょう。」
>文化・感性に優劣、善悪があると思っている。
「はい、時間的経過を<価値>として認識すれば、優劣はありますね。」
>人間は自然とは異なる体系の存在であり、〜〜以下は
「どうしてこのような結論を?得られましたか?理解に苦しみます。」
>ネイティブアメリカンやイヌイットに学ぶことはないのでしょうか?
「食料調達方法という分野では、学ぶことはないと思います。」
>科学的、論理的な根拠なしに環境保護を行えるでしょうか?
「十分に行えるとおもいますよ、街をきれいにしようと言うときには<科学的根拠>については余り論じなくても良いようですね。」

反論2

投稿者: Shake 投稿日時: 1999/12/28 17:00 投稿番号: [142 / 62227]
反論2

オゾン層の問題も科学が論拠となっているでしょう?実際にオゾン層保護の原動力になっているでしょう?そこから先はおっしゃるとおり、人間の問題かもしれませんが。

おっしゃるとおり性悪説を唱えるなら、人間のエラーを織り込んでいる科学的思考方が人間を戒める道だと思うのですが。

イヌイットには1、科学的に生態系に関する知識が豊富であり   2、価値観として自然との共生を学ぶべきだと思います。共生など不可能だというのはまさに性悪な発言に思えます。

反論1

投稿者: Shake 投稿日時: 1999/12/28 17:00 投稿番号: [141 / 62227]
反論1

>捕鯨問題と地球の環境保護を結び付けるのにどれだけ「科学的」な論拠を持ちだせば良いのかわかりませんが、
ちゃんと読みました?私はそんなこといってませんよ。それはアースホール氏の発言ですよ。無論捕鯨問題は環境問題の一環であり、同一の様式で持って対処すべきだとは思いますが。

しかし、科学的、論理的な根拠なしに環境保護を行えるでしょうか?ほかに代わる根拠があるのあらば示していただきたいと思います。

科学が自然を守る理論的根拠となったこと?各種リサイクル、ワシントン条約などなど…ほんの一部の例外とは…、じゃ逆にお聞きしますが科学以外が理論的根拠となった「通常」の例を聞かせてください。

んにゃ

投稿者: eco2azarak 投稿日時: 1999/12/28 16:55 投稿番号: [140 / 62227]
んにゃ

私のジョークの書き方が間違っていた以上、もう既に論議にならないのです(^^;)

まじめに答えますと、まず、前提として「その種が絶滅の危機にないこと」があります。魚に限らず、動植物すべて、絶滅の危機に瀕していれば捕るべきではないと思います。

ここで言う「魚」は、日頃我々が食しているものを指していて、絶滅の危機には瀕してないもの、という意味で取ってください。
私自身も、絶滅の危機に瀕しているものを取って食べようと言う気はありません。

名古屋弁なんですか?>ご無礼いたしました

投稿者: Pen_Guine 投稿日時: 1999/12/28 16:10 投稿番号: [139 / 62227]
名古屋弁なんですか?>ご無礼いたしました。

>魚を取るのと同じで悪くない
というのは「魚を捕るのは何時でも悪くない」というように聞こえますが・・。

しまった(^^;)

投稿者: eco2azarak 投稿日時: 1999/12/28 15:54 投稿番号: [138 / 62227]
しまった(^^;)

no useではなくてnot useにするべきでしたね(^^;)
確かにこれだと「役立たず」ですね。
意味がつながらないわけだ・・・(汗)

ということで今回はボクの負けです。(競ってたのか?!(笑))

ご無礼いたしました。(名古屋弁)

すみません、わたしもジョークとしてレスし

投稿者: Pen_Guine 投稿日時: 1999/12/28 15:26 投稿番号: [137 / 62227]
すみません、わたしもジョークとしてレスしたので

捕鯨問題とからめて深い意味があるわけではなかったんです。
このジョークはどこかで見たことがあってその受け売りでした^^
たぶんこんな感じだと思いましたけど
Everything is useful. Even a failure is useful as bad example.

No_use(役たたず)と書いてあったのでつい、「いや、役に立つこともある!」
と思って・・。
ただ、わたし自身は捕鯨反対の立場なので、ちょっと「受けて立つ」みたいなところはありましたけど。

ジョークなのでまじめに論議する気はなかっ

投稿者: eco2azarak 投稿日時: 1999/12/28 15:11 投稿番号: [136 / 62227]
ジョークなのでまじめに論議する気はなかったですが

bad exampleは悪例ってそのまま訳せばいいのでしょうか。
何が悪いのかがわからないです。悪いというのは何に対してなのだろう?

鯨を食用にするために殺すことは悪いこととは考えられません。
何度も言っているように、魚と同じです。

なお、先のジョークは資源を「賢く使う」ことは許さず、「絶対使わない」と主張する捕鯨否定者たちを皮肉ったジョークです。
まあ、捕鯨に限らず、あらゆる環境絶対主義者に対して、ですが。

>Black Joke

投稿者: Pen_Guine 投稿日時: 1999/12/28 14:54 投稿番号: [135 / 62227]
>Black Joke

no use以外にも
bad exampleというのがあって、それはそれで立派に役に立ちます。

Black Joke

投稿者: eco2azarak 投稿日時: 1999/12/28 14:31 投稿番号: [134 / 62227]
Black Joke

捕鯨否定者の辞書には"wise use"という言葉はなく、"no use"という言葉があるのみである

科学の力

投稿者: Pen_Guine 投稿日時: 1999/12/28 14:19 投稿番号: [133 / 62227]
科学の力

捕鯨問題と地球の環境保護を結び付けるのにどれだけ「科学的」な論拠を持ちだせば良いのかわかりませんが、
少なくとも過去の歴史が証明する限りでは科学と文明は二人三脚で自然を破壊し続けてきました。
科学は人類が自然を解明して征服する尖兵であっても、自然を護る理論的根拠となりえたことは
ほんの一部の例外を除いてかつてなかったのではありませんか?

それでも、いま科学的見地からこれだけ環境問題が取り上げられているのは
人類が地球の資源の限界を認識して単に慌てているというだけのことだと思います。
事実、非常事態宣言を出してもおかしくないほど地球の生態系は危機的に崩れかけているという見方もされています。

オゾン層問題のように、科学的論拠が十分あってもまだ対策に積極的に動けないのを目の当たりにすると、
人類の環境に対する性悪説に賛成しないわけにはいきません。
少なくとも、科学というものが自然保護の論拠として必要十分な地位を
持っているという認識はわたしにはありません。

>人間と自然

投稿者: Pen_Guine 投稿日時: 1999/12/28 14:09 投稿番号: [132 / 62227]
>人間と自然

人類の歴史から言っても人間の本能から言っても、人間の性は自然の
征服にあります。
現在の快適な都市生活はそういう征服の究極の姿と言えるし、人類が
現在の文明を享受している限り共生ということは有りえないと思います。
イヌイットから学ぶのも結構ですが、現在の文明の恩恵を蒙っている
立場で「学ぶ」というのは何を学ぼうとされているのですか?

自然と人間

投稿者: Shake 投稿日時: 1999/12/28 02:28 投稿番号: [131 / 62227]
自然と人間

自然は確かに畏怖すべき対象でしょう。しかし自然(鯨)には科学を超えた力(例えば、愛)があるとか、思うのは勝手ですがそれを議論の俎上に持ち出すのはいかがなものかと考えます。

また人間と自然はそれほどかけ離れているでしょうか?人間が環境保護しようと思ったら野生動物を食べないくらい自然と離れないとできないということでしょうか?自然と共生するという道はないのでしょうか?アースホール氏はお答えになりませんが、ネイティブアメリカンやイヌイット(そういえばエスキモ−というのはまさしく肉を食うものという意味ですね)に学ぶことはないのでしょうか?

またテディベアに関してテディベアに愛情に感じるものは本当に野生動物を食べないのでしょうか?統計的に無関係という結果がでても「根拠はいらない」っていいきるんでしょうか?テディベアというのも象徴的ですよね、メディアに彩られたバーチャルな優しい自然像という意味で。

文化や感性

投稿者: Shake 投稿日時: 1999/12/28 02:18 投稿番号: [130 / 62227]
文化や感性

文化や感性って進化するものでしょうか?無論、時代の状況に応じて適応することはあるでしょうし、それを進化と呼ぶのかもしれません。しかし、ある一方の文化や感性が理屈もなしに素晴らしいなどということはないように思えます。もしそう思えるのならばそれは、文明や倫理観(つまり教育)が素晴らしいのではないでしょうか?

古代ギリシャの民主制が進化の賜物ならばなぜ近代まで民主制が本格的に運用されることがなかったのでしょうか?
近代以前にも動物に対する愛情はありました。
戦争に関する感性は起こした側の「正当な手段」という認識と民間人の「悲惨」という認識が時代に関わらず存在します。もっとも論理的批判は進「歩」していますが。

傾向

投稿者: Shake 投稿日時: 1999/12/28 01:39 投稿番号: [129 / 62227]
傾向

1、文化や感性について歴史と共に進歩しているという認識をもち、また文化・感性に優劣、善悪があると思っている
2、人間は自然とは異なる体系の存在であり、自然は超物理的な力を備えている。自然は人間が主人となって保護管理すべきとともに人間とは切り離して崇拝すべきものだと考えている。

という傾向が捕鯨反対論者にはないでしょうか?

価値観

投稿者: Shake 投稿日時: 1999/12/28 01:25 投稿番号: [128 / 62227]
価値観

>「組織=企業であるわけはないでしょう。お父さんは全部サラリーマン?」
それはむしろ私のセリフです。だったら営利を追求せず効率を追及しない捕鯨も可能でしょう?

>既に皆さんの持っている価値観を経験した人たちがいるのです。その人達にとっては<皆さんに遠回りして欲しくない>と言う気持ちなのです。
古い価値観というのは「私たちの価値観は優れているから広めるべきだ、その際根拠は必要ない」というものでした。ポストモダンの価値観は「価値観は多用だ、国際的な問題は論理的根拠をもってあたるべきだ」というものでしょう。

>>特定の宗教の感性や倫理観は提言されてしかるべきですが、それが他国に関して強制力を持つべきだとお考えですか?
>「いいえ、強制してはいけません。テディベアをナイフで刺している子供に対して、<やめなさい、そう言う行為は恥ずかしい行為です
つまり捕鯨をしている国家は子供で、していない国は大人ということですかな?

いつも思う

投稿者: eco2azarak 投稿日時: 1999/12/28 00:15 投稿番号: [127 / 62227]
いつも思う

ヒンズー教徒が「私は牛肉を食べない。だからおまえも牛肉を食うな」と

アメリカの捕鯨否定者に強制したとしたら、彼は何というのだろうか。

おそらく彼は受け入れないだろう。

これと同じことをやってるような気がするんですよね。今の捕鯨否定者は。

釈然としません。

#   ヒンズー教徒って牛を神聖としているんだっけ?(^^;)あやふや

根拠

投稿者: Shake 投稿日時: 1999/12/27 23:17 投稿番号: [126 / 62227]
根拠

>理由はしっかりあるのですが、感性として通じない部分がやっかいなのです。科学的という共通語でしか理解できないと言う人たちには、根気のある説得が必要だと思っています。
理由があるのならば、どうぞしっかり主張してください。
あなたが主権を有する国家が(それも複数の)捕鯨を主張し、多くの国と多くの成人が野生動物の狩猟を禁止せず、科学者が捕鯨して絶滅することはないという状況をまず理解してください。またその上で、野生動物を食べることの倫理的、宗教的根拠が出されていることも理解してください。
その上で、野生動物を食べることは環境保護を無視する行為で、嫌悪すべき行為だという主張をなんら根拠もなく、ただ私とその他にも多くの人の感性にあわないからという理由で行うのなら、それは単に思い込みで最近はやりの「定説」にすぎず、議論はできませんし、説得もできないと思いますが。

論理的破綻の証拠

投稿者: tom44 投稿日時: 1999/12/27 23:13 投稿番号: [125 / 62227]
論理的破綻の証拠

>>主権を有する国家に対して強制するためには納得さすだけの理由が必要だとは思いませんか?
>「理由はしっかりあるのですが、感性として通じない部分がやっかいなのです。科学的という共通語でしか理解できないと言う人たちには、根気のある説得が必要だと思っています。」

↑論理的破綻と非科学的感情論を自ら認めている

理論的破綻の証拠

投稿者: tom44 投稿日時: 1999/12/27 23:12 投稿番号: [124 / 62227]
理論的破綻の証拠

>>主権を有する国家に対して強制するためには納得さすだけの理由が必要だとは思いませんか?
>「理由はしっかりあるのですが、感性として通じない部分がやっかいなのです。科学的という共通語でしか理解できないと言う人たちには、根気のある説得が必要だと思っています。」

↑倫理的破綻と非科学的感情論を自ら認めている

詭弁の典型

投稿者: tom44 投稿日時: 1999/12/27 23:08 投稿番号: [123 / 62227]
詭弁の典型

>>だれが社会的にふさわしいと決めるのですか?
>「同じ質問がありましたが、<歴史が答えを出しているのです>と言っておきます。そして、既に皆さんの持っている価値観を経験した人たちがいるのです。その人達にとっては<皆さんに遠回りして欲しくない>と言う気持ちなのです。

↑詭弁の典型

畜産

投稿者: Shake 投稿日時: 1999/12/27 23:06 投稿番号: [122 / 62227]
畜産

>食料として動物を利用する行為に於いて、畜産の方が、環境問題を含めて、効率的でコントラーラブルな事は明らかですから、当面この方法で良いのではないですか?
食料確保の手段を理由もなく限定するのはナンセンスでしょう。食糧確保の手段は多いほうがいいにきまってます(そのほうが安定的に食料を確保できる)。

ところで、巧妙に議論のすり替えを行っていますが、畜産はともかく養殖に関して言えば漁業の方が効率的でコントロールがしやすいですよ。まさか鮭にかんして「養殖」したほうが効率的なんていうつもりはないでしょうね?

私は家畜化が正しい方向とは思わない。

投稿者: pacificoyster 投稿日時: 1999/12/27 13:25 投稿番号: [121 / 62227]
私は家畜化が正しい方向とは思わない。

詭弁です、どれだけ無駄なエネルギーを使い、
どれだけ水圏生態系に負荷をかけているか勉強してから物をいって欲しい

あと住み良い世の中にするならきちんと自然と向き合うことでしょう。
やんわりと捕鯨が反社会的行為であることを正当化しようとしていますが
その説明はなんらされていないと思います。
自然の力をどれだけ生かせるかがやはり効率のいい方法です。
今の所生態系を越える技術はありません。

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