南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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死活求め、?支那事変の終結

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/21 06:43 投稿番号: [9261 / 29399]
>この遺産が第二次大戦後に新しく起こった東南アジアの民族独立運動にとって、どれだけ多くの貢献をしたかを認めなければならない。日本が敗戦国になったとはいえ、その精神的遺産は、アジア諸国に高く評価されているのである。その一つに、東南アジアの教育に与えた影響があげられる。(中略) (日本は)目標達成のためにどれほど必死にやらなければならないかということを我々に教えたのであった。この必死の訓練が、後のインドネシア独立戦争の時に役立ったのである。
アリフィン・ベイ(インドネシア、ナショナル大学日本研究センター所長・政治学博士)


確かにアジアに与えた影響は大きいと言わざるを得ない、、がしかし、その全ては敗戦による結果論の域を出ることはない(笑)
少しでも、日本政府がアジアの独立に貢献していれば、納得も出来ようが、アジアの独立を掲げた割に、独立を果たした国は無い、また、支援した国もない。
全ては対米戦に利用しようとしただけで終わっている。

つまり、アジアの民衆は強盗にはいられて、鍵をかける習慣を身につけたと言うことでしょう。
過大の評価は日本軍の無責任な行動を誤って評価することになる。

>死活求め、支那事変の終結目指した仏印進駐

シナ事変の終結など、、、、、?
戦争拡大しておいて、終結目指したとは?何処に論理があるのでしょうか?
これも結果論か(笑)

火を消すのに水とガソリンを間違えてかけてしまった?と言うことのようです。(笑)

死活求め、支那事変の終結目指した仏印進駐

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/20 23:22 投稿番号: [9260 / 29399]
>南仏印へ侵攻すればアメリカとの戦いは避けられないと、軍上層部は判断していながら、インドネシア、フィリッピンの石油など軍需物資獲得に動いたのでしたよね(笑)


●仏本国が独に降伏したので、仏領インドシナ総督は対日関係を好転させるために仏印経由の蒋介石支援ルートの遮断を日本側に申し入れた。
日本はシナ事変を早期に終結させるために援蒋ルートの遮断を要求していたので歓迎し、援蒋ルート遮断の実行を確認するためにフランスとの協定に基づいて仏印に進駐した。(1940年9月23日)
すると、米国は屑鉄の対日輸出を全面的に止めた。

●さらに、タイと仏印との間で国境紛争が起こると、日本は、間に立って停戦協定を成立させ、東京のタイ・仏印国境紛争調停会議で調停が成功し1941年年3月11日タイ・フランス平和条約が成立。
すると、米英は苦々しく思い、ますます経済制裁を強めようとした。
当時、日本が最も多く石油を買っていた相手先は米国だったが、米国は理不尽にも戦争を続けさせる支那を支援し日本へ制裁をしたため、日本は南部仏印に進駐する約1年前の1940年7月からから米国に代わる石油供給源を求めようとして蘭印政府と交渉を始めた。
ところが蘭印政府は、既に米国政府から対日圧迫の協力を求められており、日本へは強硬姿勢を貫いた。
米国は、日本と蘭印間で交渉が行われている最中に、日本軍侵入の際にはすべての油田を破壊する命令を現地米総領事が出し、米陸軍も80機の戦闘機を派遣した。
英・米・蘭の結託で日本にとって必要な資源が手に入らなくなり、その為、日本は南方に資源を確保する必要に迫られた。
日本は、戦略物資の豊富な南部仏印が、米英に占領される事態を予防するために南部仏印への進駐に踏み切った。(1941年7月28日)

日本の全面屈服か戦争かを求めていた米国は、石油の全面禁輸、日本資産の凍結という報復手段に出た。(1941年8月1日)
しかも、南米産油国からの輸入を防ぐためパナマ運河も閉鎖したのである。
米国には、この行為が日米戦争につながるとの認識は当然明確にあった。


●日本の南部仏印進駐のもう一つの要因で、実は最大に目的は、「援蒋ルートを遮断してシナ事変を解決する」ことだった。
英国はビルマルートから支那に武器の輸送を盛んに行なっていた。
南部仏印進駐も英国によるビルマ経由の援蒋ルートを遮断してシナ事変を解決するために仏印政府と交渉して平和裏に行った。

〆   〆   〆
参謀本部の田中第一部長は手記に、「仏印、タイを我が軍事的結合圏内にすみやかに編入するため、取りあえず、仏印南部に所要の兵力を進駐させる必要がある。
その目的は全仏印の実質的把握…更にタイに、にらみを利かせ…情勢に応じてはビルマに進駐する為の基地とするにある。これによって対支封鎖の陣形は完成される」   と書いている。
〆   〆   〆
また御前会議の理由書にも
「…最近米国ヲ中心トスル英米蘭支ノ戦略態勢強化…若シ帝国トシテ速ヤカニ之ニ対抗スル措置ヲ執ルコトナク…
日ヲ閲スルニ於テハ…支那事変ノ   解決ハ更ニ遷延スヘク…帝国トシテハ此ノ際仏印・タイ全域ニ渉リ帝国ノ軍事的地歩ヲ先制確保スル要極メテ緊切ナリ…」   とある。
〆   〆   〆

つまり、真の目的は支那事変の解決だった。
ただその前に英米蘭の妨害があるわけで、日本が生きていくために必要な石油や鉱物資源などを止められ、売ってくれなきゃ、腕ずくでも取るしかなかった。



>ですから、なんら、文化的遺産など他国の植民地宗主国ほど現地には残してはおりません、ほとんど、破壊、経済疲弊と、人的搾取しかしていませんからね(笑)


  日本に占領された国々にとって、第二次世界大戦とは、ある面では日本の軍事的南進という形をとり、他面では近代化した日本の精神的、技術的面との出会いであった。日本が戦争に負けて日本の軍隊が引き上げた後、アジアに残っていたのは外ならぬ日本の精神的、技術的遺産であった。この遺産が第二次大戦後に新しく起こった東南アジアの民族独立運動にとって、どれだけ多くの貢献をしたかを認めなければならない。日本が敗戦国になったとはいえ、その精神的遺産は、アジア諸国に高く評価されているのである。その一つに、東南アジアの教育に与えた影響があげられる。(中略) (日本は)目標達成のためにどれほど必死にやらなければならないかということを我々に教えたのであった。この必死の訓練が、後のインドネシア独立戦争の時に役立ったのである。
アリフィン・ベイ(インドネシア、ナショナル大学日本研究センター所長・政治学博士)

>民間からの突き上げ

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/20 06:28 投稿番号: [9259 / 29399]
>政府が結んだ日露戦争講和条約が不満で、日比谷焼き討ち事件が発生したが、このことは欲が民間から起こったのだという感じをあたえる。


領土獲得不足、賠償金獲得不足をスローガンに日比谷公園へ集まった群衆は政府への大きな圧力となったようです。

司馬遼太郎氏によると、日露戦争の実態が世間に正しく、報道されていれば、この様な惨事は、、また、後の悲劇は防げてのではないかと、書かれています、また、TV放映でも言われています。

日露戦争は勝つには勝った戦争ですが、あと一歩、遅れていれば、大陸の日本軍は弾は無く、食料も無く、ほぼ全滅の状況の中での、海戦勝利により、起死回生の勝利を収めてのであって、ほっと胸をなで下ろしたにすぎない勝利だったのです、、と。

それを政府も、新聞も大々的に勝利を誇示し、報道したため、その後の戦争にも影響することとなりました。ということだそうですよ。

それから、日本人の武士道も日露戦争を境に失われたとも言われておりました。
失われたと言うよりも、その電流値がカナリ低くなったと、、

武士道とは己の責任の取り方ではないかと、、己で判断し、間違っていれば、腹を切る、、、これが武士道の規範であると、、。

日本人は武士道精神を少なからず、遺伝子として皆、持っている、、が、その数値が低くなっている、その数値を上げる努力が必要ではないか。

後始末が大変でしょうね(笑)

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/20 06:13 投稿番号: [9258 / 29399]
>>で、金も物資もなく、アメリカと戦わねばならず、その軍事物資を手に入れる為に、原産国を侵略し続けなければ、戦争遂行を維持できない状況においてしまったのでした。(笑)

>「原産国を侵略」とか言っているようじゃ全然分かっていないね。
当時、日本は軍事物資の80%以上を米英蘭の3カ国からの輸入に頼っていた。
3カ国が普通に売ってくれれば、何の問題もなかった。


対米戦争の為の軍需物資を調達している敵対国になんで、石油など、売らなきゃならないのでしょうかね?(笑)

南仏印へ侵攻すればアメリカとの戦いは避けられないと、軍上層部は判断していながら、インドネシア、フィリッピンの石油など軍需物資獲得に動いたのでしたよね(笑)

対米戦争の為の軍需物資獲得が日本軍の侵略行為でしたよね。
ですから、植民地政策とはカナリかけ離れた強奪政策じゃなかったかと思いますよ。ですから、なんら、文化的遺産など他国の植民地宗主国ほど現地には残してはおりません、ほとんど、破壊、経済疲弊と、人的搾取しかしていませんからね(笑)
だから、日本政府は謝罪するのですよ。
お分かりですね(笑)

大山中尉惨殺事件は蒋介石の命令

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/20 00:48 投稿番号: [9257 / 29399]
>なお、上海で大山中尉と、随行の下士官が虐殺された事件は、その時期に国府軍の上海方面司令官だった張發奎が部下に命じてやらせたのであって、張發奎は蒋介石の直命を受けたのだそうだ。このことは蒋介石の死後、民国七十一年(1982)八月二十三日の『中央日報』に、記事がある。

これは、初めて知りました。
大変、勉強になりました。

後始末が大変なのは、yominokuni56

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/20 00:45 投稿番号: [9256 / 29399]
>デマカセばかりじゃ後始末が大変ですね(笑)

オマエにだけは言われたくない。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4n13&sid=1143582&mid=6016


>トラウトマン和平行作のことらしいが、南京攻略が成功したので、和平交渉は日本側が依頼しておきならば、キャンセルしたのですよね。南京が簡単に手にはいったから、、ね。

まったく意味不明。
オマエは、以前、11月2日に広田外相が仲介を依頼して日本側の和平条件を提示したことを「トラウトマン和平行作」と称していた。
「キャンセル」とか「南京が手に入った」とか、いったい何のこっちゃ?


>日本の農民が中国領土を耕していたのを保護するために戦争したと言われます。
>か?(笑)
>こういうのは一方的とは言わないんじゃないですかね(笑)

支那で畑を耕していた日本の農民を一方的に攻撃すれば、「一方的」と言うんだよ。


>あげくの果てに世界制覇、八紘一宇という大きな目標を掲げ、世界征服を目論だのでした。

偽書と判明済みの「田中上奏文」とソックリの言い分だな。


>で、金も物資もなく、アメリカと戦わねばならず、その軍事物資を手に入れる為に、原産国を侵略し続けなければ、戦争遂行を維持できない状況においてしまったのでした。(笑)

「原産国を侵略」とか言っているようじゃ全然分かっていないね。
当時、日本は軍事物資の80%以上を米英蘭の3カ国からの輸入に頼っていた。
3カ国が普通に売ってくれれば、何の問題もなかった。

民間からの突き上げ

投稿者: unhoo 投稿日時: 2005/06/19 23:56 投稿番号: [9255 / 29399]
>その突き上げって具体的には?
___________________________________

具体的な例を挙げるほどには研究していない。「戦争開始のときに、日本の政府や軍部に領土拡張の計画がなかった」ことに気がついたばかりなのでね。

政府が結んだ日露戦争講和条約が不満で、日比谷焼き討ち事件が発生したが、このことは欲が民間から起こったのだという感じをあたえる。

「八紘一宇」という日本書紀の字句がスローガンになったのは、支那事変が始まってから一年たってからだ。「行け八紘を宇となし・・・」という愛国行進曲を、わしは昭和13年の夏休みに内地(日本)に旅行したときに、旅行中に初めて聞いた(註、わしは台湾に住む台湾人)。昭和12年7月7日以前にそんなスローガンはなかった。

蒋介石の次男の蒋緯国は、日本敗戦後、日本へ乗り込んで、日本の軍部に中国侵略の計画があったかどうか、証拠を探したが、全くないとわかった。このことを蒋緯国自身が台湾の新聞に寄稿している。蒋緯国がその文を書いた目的は「日本には戦争計画がなかったが、蒋公(蒋介石を指す)は始めから計画があった。だから勝てたのだ」と、蒋介石の偉大さを宣伝するためだった。

なお、上海で大山中尉と、随行の下士官が虐殺された事件は、その時期に国府軍の上海方面司令官だった張發奎が部下に命じてやらせたのであって、張發奎は蒋介石の直命を受けたのだそうだ。このことは蒋介石の死後、民国七十一年(1982)八月二十三日の『中央日報』に、記事がある。わしの手元にその記事の切り抜きがある。記事の筆者は岳騫という香港の論述家で、この記事もまた蒋介石がいかに偉大だったかを述べるために書かれた。

ヨミさん、お尋ねします

投稿者: nigari1985 投稿日時: 2005/06/19 20:52 投稿番号: [9254 / 29399]
ヨミさんは、いつの時点が正しい最終の
国境とお考えですか?
ヨミさんのお考えをお願いします。

教えます?。deliciousicecoffeeさん(笑)

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/19 17:56 投稿番号: [9253 / 29399]
あんた、こんな質問に答えてる暇無いのとチャウノ(笑)
かなり追いつめられているようですがね(笑)
デマカセばかりじゃ後始末が大変ですね(笑)

>上海戦の後(南京戦の前)の11月2日に広田外相が正式にドイツ大使に仲介を依頼して提示した日本側の条件にも、南京戦で勝利した後に提案した和平案にも、領土の要求なんてありませんでした

トラウトマン和平行作のことらしいが、南京攻略が成功したので、和平交渉は日本側が依頼しておきならば、キャンセルしたのですよね。南京が簡単に手にはいったから、、ね。

>支那事変は、支那軍が一方的に日本軍や日本人居留民や外国人や支那住民を攻撃して虐殺した戦争であり、日本軍は防衛のために戦っていただけです。

日本の農民が中国領土を耕していたのを保護するために戦争したと言われます。
か?(笑)
こういうのは一方的とは言わないんじゃないですかね(笑)

日本政府は自衛の為に、仮想敵国全てを占領する目的で戦っておりました。
あげくの果てに世界制覇、八紘一宇という大きな目標を掲げ、世界征服を目論だのでした。で、金も物資もなく、アメリカと戦わねばならず、その軍事物資を手に入れる為に、原産国を侵略し続けなければ、戦争遂行を維持できない状況においてしまったのでした。(笑)

ですから資源を求めて、東南アジア諸国へも手と足を伸ばさなければならなかったのです。イナゴの大量発生のごとく、侵略した国々を破壊、破滅させながら戦争を続けたのでした。、、ですよね(笑)

教えます。dodonnamonkさん

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/19 15:26 投稿番号: [9252 / 29399]
>よく判らないのですが、日本が戦争したのは、日本という国を広げたかったから、ということですが、ナゼ広げたかったんですか?

日本は、上海戦が始まる前の1937年8月9日に予定されていた和平会談で提案するハズだった和平条件にも、上海戦の後(南京戦の前)の11月2日に広田外相が正式にドイツ大使に仲介を依頼して提示した日本側の条件にも、南京戦で勝利した後に提案した和平案にも、領土の要求なんてありませんでした。

戦闘には常に勝っており、勝った方から提案した和平案に領土の要求がなかったのですから、領土を目的に戦争をしなかったことは明白です。

支那事変は、支那軍が一方的に日本軍や日本人居留民や外国人や支那住民を攻撃して虐殺した戦争であり、日本軍は防衛のために戦っていただけです。

>横レスへの横レス

投稿者: dodonnamonk 投稿日時: 2005/06/19 13:13 投稿番号: [9251 / 29399]
>>よく判らないのですが、日本が戦争したのは、日本という国を広げたかったから、ということですが、ナゼ広げたかったんですか?
___________________________________

>↑上の文を読んで気が付いたが、日本は領土を広めるために戦争したことはなかった。戦争が始まったときは、政府にも、大本営にも、領土獲得の計画は存在しなかった。ただ戦争に勝った後、欲が出てきたのだ。欲は民間から出た。「われわれの父、兄、息子を殺したのに、領土を取らないでは済むまい」と政府を突き上げたのだ。


民間から出た、というのはどういう資料を見ると、そう判断できるのでしょうか?
その突き上げって具体的には?
政府が、それで方針を決めたと判断する資料などは、どういうものでしょうか?

横レスへの横レス

投稿者: unhoo 投稿日時: 2005/06/19 03:24 投稿番号: [9250 / 29399]
よく判らないのですが、日本が戦争したのは、日本という国を広げたかったから、ということですが、ナゼ広げたかったんですか?
___________________________________

↑上の文を読んで気が付いたが、日本は領土を広めるために戦争したことはなかった。戦争が始まったときは、政府にも、大本営にも、領土獲得の計画は存在しなかった。ただ戦争に勝った後、欲が出てきたのだ。欲は民間から出た。「われわれの父、兄、息子を殺したのに、領土を取らないでは済むまい」と政府を突き上げたのだ。

完成された歴史

投稿者: saihatenokunimade555 投稿日時: 2005/06/19 01:03 投稿番号: [9249 / 29399]
過去の歴史?   において捏造は、多々あった。それは、時間差、年代差を利用して価値観のその差を短縮し過去を現在に引っ張り込みあたかも現在の其の時々の思考を同一にもっていこうとするもの。それにより擬似的なものから体験的なものそして先験的なものによって思考が事実として認識しはじめる。

  宗教などもそうであるように捏造が進めば進むほどその完成度は高くなる。

横レスです。came_sennninnさん。

投稿者: dodonnamonk 投稿日時: 2005/06/18 15:46 投稿番号: [9248 / 29399]
教えてください。

よく判らないのですが、日本が戦争したのは、日本という国を広げたかったから、ということですが、ナゼ広げたかったんですか?


以下、came_sennninnさんの発言
*******************************
>「狭い日本、そんなに急いで・・」の言葉ある様に、そもそもは「領土」と言いますか、日本と言う国を広げたい為の事だったのでしょう。
>しかし、そんなんことは只の「自慰行為」でしかなかったのが現実なんですね


<日本は国土を広めたかったと言う為に戦争をしたのですかい。


>当然のことでしょ?
>国内の領土争い(戦国時代)の事だって同じレベルなのでは?
そういった考えと同じ様な人間が戦争を始めたのであり、その矛先が海外(中国や韓国を始めとする、今の言い方ではアジアグループ?)であったに過ぎない。


>どんな形であろうが、力で(戦争で)ねじ伏せる方法を取った日本のやり方が、結果的にどうであったのか?
>又、そういう行動に移行する基に成ったのが何なのか、その事を知る必要あるのでは?

>戦争に限らず、争いには何らかの理由を付けたがる(起こす側は)のですから、それを知らないまま、言い合っても・・・どうなのかなー・・?
*******************************

>渫水県の殺戮

投稿者: kintakunte2002 投稿日時: 2005/06/18 07:56 投稿番号: [9247 / 29399]
県誌についての記述を見つけましたので、
その内容をそのままコピーさせていただきます。

>県誌や中国側発行書籍からの引用、証拠としての引用提示が甚だ多いのですが、その資料の正体たるや以下
のような恐ろしいものなのです。

『高淳県誌』、高淳県地方誌編纂委員会縞、江蘇古籍出版社、一九八八年
『腥風血雨ーー侵華日軍江蘇暴行録』、江蘇文史資料編輯部、江蘇省政協文史資料委員会、一九九五年
『江寧県誌』、江寧県地方誌編纂委員会、档案出版社、一九八九年
『江補県誌』、江補県地方誌編纂委員会、河海大学出版社、一九九五年
『句容県誌』、句容県地方誌編纂委員会、江蘇人民出版社、一九九四年
「日軍侵占句容期間暴行緑」、句容市誌斑公室、一九九七年
『江涌抗日蜂火』、中共江補県党史資料収集弁公室、一九八六年
『{さんずいに栗}水県誌』、{さんずいに栗}水県地方誌弁公室、江蘇古籍出版社、一九八七年
旧字体を新字体に変更した部分有り。

  すべて一九八〇年代後半から一九九〇年代のものです。いくらエセ学者でも学者という字が入っているのですからせめてもう一段ぐらいソースを追ったらどうなのでしょうか。あるいは「中国の旅」のように、どこの誰それの証言ぐらい書いたらどうなのでしょうか。
資料批判は全くなし、する能力もないのでしょうが、もうエセ学者とも言えない   単なる   中国傀儡宣伝売文屋   なので>はないですか。あきれ果てます。


笠原さんはこの資料を基に本を書かれていますので
資料自体が信憑性にかけるということですね。
なお、「牧原信夫上等兵の陣中日記」についてもはなはだ疑問点が多く検証なしに事実とするのはいかがなものかな。

渫水県の殺戮。(中国方面海軍作戦)

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/18 07:02 投稿番号: [9246 / 29399]
(渫水県の殺戮)

11月29日りっ水に中国軍総司令部があるという情報を得て、海軍航空隊の戦闘機、爆撃機計36機が相次いでりっ水市街を攻撃した。(中国方面海軍作戦)

昼食時の突然空襲に、県城は一瞬にして地獄絵と化し、投下爆弾により家屋の破壊、火災の発生、逃げ出した民衆の群れに爆弾が投下され、機銃掃射による殺戮が行われた。

防空壕にも爆弾は命中し避難していた100余名の命が失われている、一時間あまりの空襲で市民1200余名、倒壊家屋5000間(数千戸)が破壊された(県誌)

句容県における虐殺行為
12月4日午前8時40分丹陽を攻略した第16師団(京都師団長中島今朝吾中将)の先頭が句容(南京から約50km)の東方約15kmにある睨塘村に侵攻、南京戦区に突入した。(飯沼守日記)

句容は南京外囲防御陣地線の主要な県城であり、東部はトーチカで防御を固め、城内には砲兵学校があった。国民党軍が睨塘の西の句容に通じる橋を爆破したため侵攻を阻まれた第16師団所属の歩兵第30連隊はその日、睨塘村に宿営することになった。

そこで、村民虐殺事件が発生した。
村民の避難順序は、中国国内戦の経験から、殺害されるか連行される危険のある、青年男子が真っ先に遠くへ避難し、次に女、子供が避難し、殺害されるおそれの少ない老人が家と家畜、作物を守るために残るとうパターンを実行していた。

日本軍が睨塘村にやって来たとき、女や老人、子供はまだ、避難はしていなく、進入してきた日本軍の銃声を聞き、慌てて、女や子供は夕闇にまぎれて逃亡した。

日本軍は逃げ遅れた村民と他所から逃げてきた難民など40数名を捕らえ、睨安仁という村民の家に押し込めて、火をつけ、焼き殺してしまった。

翌朝9時頃   日本軍の部隊が国民党軍の捕虜も含めた他村の村人約80名を捕縛し、句容公路(丹陽〜句容)沿いに連行し、機関銃で全員を射殺した。

日本軍は村を去る前に村落に放火し、全村八〇余戸は全て焼失した。
睨塘村虐殺事件は120余名が殺害されたが多くは他村の農民で、睨塘村民は7人が犠牲となり、そのうち2名が女性であった。(句容県誌)(日本軍侵占句容期間暴行録)

12月5日朝9時頃   日本軍の一部隊が句容県城の北にある本湖村に食料徴発と部落掃蕩にやって来た。

これを遠くから見ていた村民は、てっきり国民党の軍隊と思いこみ、村の自衛団約30名に招集をかけ、槍や刀を持って、集合し、整列して歓迎しようとしたところ、全員捕縛されてしまった。

付近で捕らえられた青壮年男子も加えて40数名が村の酒醸造小屋に押し込められ、火をはなたれて、焼き殺されてしまった。

当時満16歳であった万仁勝だけがただ一人やけどを負いながらも生き延びている。

農村では通信手段が全く無かったので、街道から離れた村では日本軍の侵攻に全く、気づかず、このような悲劇が起きている。

南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実無根

投稿者: cluiten66 投稿日時: 2005/06/18 00:25 投稿番号: [9245 / 29399]
事実なら早く証拠を出してください。

納得致しました。

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2005/06/17 21:28 投稿番号: [9244 / 29399]
そう言う意見を、言ったら右翼呼ばわりの社会であります。

如何せん、敗戦国と言う宿命を背負った日本は何時までも謝罪しなければ許せないと言う隣国、まあ、はっきり言って民度が低いレベルと同じ様な価値観になる事を恐れる者ではあります。

教育制度はやはり、修身を取り入れての改革が必要と思います。

色々、意見を有難う御座いました。

虐殺否定論

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/06/17 19:03 投稿番号: [9243 / 29399]
「虐殺否定論というのは、南京で日本軍兵士の犯罪が一件もなかったとか、中国兵の処刑が一件もなかったという主張ではなく、中国側主張の”軍事行動とは無関係に数十万市民を殺害した”という事件の存在を否定しているのです。」


日本人の皆、間違えないでね。戦争では、人は死ぬ。それについては、認めてるし、謝罪もしてるし、賠償もしてる。

賠償については、中国人がいらないと言ったので、ODAを代わりにした。これは、実質賠償で良いと思う。

左巻きの日本人は、中国人の手先となって、日本の世論を撹乱しようとしている。

日本の教科書に載っている中国関連の全ては、もう一度、再検討が必要かも。

中国人のうそを信じ込んでいる先生が多すぎる。うそを教える先生とアサヒ新聞には要注意だ。

>>神田ガード下・新宿西口繁華街の小姐

投稿者: chan_to_chon 投稿日時: 2005/06/17 13:42 投稿番号: [9242 / 29399]
>>まさか日本国がビザを発行しているからといって『日本国の関与があった』

>50年後に請求してくるでしょう。日本政府が関与した悪質な行為として。日本を貶めたい日本国籍○○人の変な人権屋は、「売春を強要した」「保護しなかった」と騒ぐのでしょう。

  私もそう思います。

  半島の寄生民族は自国の公文書に賠償は終わっていると明記しているにも関わらず、個人賠償は別だとタカリってくるし・・

  大陸のダニ民族も同様の思考回路。しかしなによりも我等日本人が自浄作用をもって対応しなくてはならないのが、エセ人権派とプロ市民団体のクズ達。

  街頭で喚き散らす捨民議員に『拉致問題の責任をどうするんだ?』と質問したら『それは政府与党の問題です』と答えたのには通行人の殆どが苦笑し、呆れていた。そそくさとその議員は逃げて行ったけどネ。

  こういう種類の日本人が支那や半島の捏造・歪曲を助け助長しているんだろうなと思いますネ。いっそ支那や半島に帰化しろといいたいが、こういう粘着質のオタク系は絶対にしない。日本が住みやすい国だと一番良く知っているから。

中国の教科書

投稿者: miraisatoru21 投稿日時: 2005/06/17 12:51 投稿番号: [9241 / 29399]
中国の教科書の記述。

日本政府が「侵略したアジア各国の人民に本当の謝罪をしていない」
「右翼勢力が日本の歴史教科書を改悪している」

なるほど、と思った。

自らをバカ言う中共人

投稿者: yn970 投稿日時: 2005/06/17 01:28 投稿番号: [9240 / 29399]
あんたの言ってることって文革でシナ人同士殺し合った状況をそのまんま言ってるだけじゃん。      こりもせず中共はいまだに虐殺を繰り返してるけどwww
空想話するまえにシナ畜に殺された、いまだに殺され続けてるチベット人の惨状を受け止めるべきなんじゃないの?
中共シナ畜同士殺し合おうとかってだけどwww

>混血児

投稿者: bakabakabakakabaka 投稿日時: 2005/06/17 00:47 投稿番号: [9239 / 29399]
>日本軍が支那女を片っ端から強姦したなら何故に混血児がいないのか?

The answer
1、強姦後、銃剣で刺し殺された
2、南京大虐殺のように、穴を掘らせて生き埋めにした
3、辛うじて逃げ延びたが、精神的苦痛がもとで流産してしまった
4、強姦によるショックで、出産に至るのでに自殺に追い込まれた

混血児

投稿者: falungong19890604 投稿日時: 2005/06/17 00:38 投稿番号: [9238 / 29399]
日本軍が支那女を片っ端から強姦したなら何故に混血児がいないのか?

種無しだったのか?
100%安全日だったのか?

韓国人がベトナムで大量の混血児を生ませたのとはエライ違いだ。

1万の関東軍(警察)が30万の盗賊を追放

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/17 00:22 投稿番号: [9237 / 29399]
    寧ろ日本の支配を
紐育タイムス北平通信(1931年10月20日)
  数千の満州避難民(大部分富有階級の支那人)の談話を綜合するに彼等は連盟の主張するが如き現状の回復を望まず。彼等の満州より非難し来れるは支那兵及び土匪の乱暴を恐れたるが為めにして日本兵を恐れたる結果にあらず。彼等は張学良の秕政に苦しむよりは日本の支配下に生活せんことを欲す。蓋し満州の支那軍閥は通貨を下落せしめ、人民の生産物を無価値の紙幣を以て強制的に買上げて外国の金貨に代へて巨利を収め、人民の租税は悉く軍隊の支払に充つる有様なるを以て、張学良の復帰を見るよりは寧ろ日本の支配下に新なる支那政権樹立せられんことを望むものなり。蒙古に対する支那の悪政は更に甚だしく、官吏は土地を押収し重税を課し人民を飢饉に陥れる有様にて人民は徐々に奥地に逃れつつあり。特に最近日本兵より武装を解除せられたる支那兵は蒙古に入込み掠奪放火を恣にし居る有様にて、蒙古人は支那の悪政より免がるる為め日本の支配を歓迎せんとする状態なり。



    在支外人の事変観
リベルテ(1931年11月2日)
  在支外人は何人も支那政府の約束は日本居留民の生命財産を保障するに足ると信ずるものなく、実業家連は日本の態度は同時に一般外国人の自由と安全とを擁護する者として之を支持し、日本政府の態度は慎重にして其主張も理あり。日本は寧ろ連盟に気兼し寛容に過ぎたる位なりとして、理事会が支那の事情に通ぜず支那側に偏する態度を執れるに驚き居れり。又現在有名無実の支那政府は満州の将来を決する資格なく、右は満州人及び同地帯に移住せる支那人自身決すべきものなりとし、欧州大国は貧弱にして赤化に禍せらるる支那に対し文明を擁護する為め極東に実力を有する日本を助くべしと論じ居れり。極東に大なる利害を有する仏国が支那政客の空論に与し、平和と秩序の擁護者たる日本の同情を失ふは解すべからず。宜しく事実を正視し其政策を定むべし。



    日本の立場は道義的に鞏固
デーリー・テレグラフ(1931年11月15日)
  前回理事会が日本に期限付撤兵を要求したる事は何ら事態を好転せしめず単に理事会自身を益々難局に陥らしめたる失策なり。右は衡平及び常識の観念上明らかに日本の立場の正当なる問題に対し反日的措置を執りたるに等し。満州が日本に依り秩序を維持せられ居る部分を除き、南京政府の絶対に制御し得ざる兵匪跳梁の地なることは何人も熟知する所なるが故に、日本に撤兵を強要することは其国民を再び蛮行に曝さざるべからずと云ふに等しく、且つ撤兵に期限を付したる事は自己の立場を正当なりと確信し得る矜持高き国民に悲惨なる屈辱を与へたるものなり。吾人は日本の立場の道義的に鞏固なることを認め既に前回理事会の際此の趣旨を論述し、且つ連盟の冒しつつある過ちは支那を実際上統一せる国として取扱ひ居る事にありと指摘し置きたるが、南京政府は単に条約上の義務を履行せざるのみならず実に之を非難し居れり。若し日本の危急に際して執りたる措置不当なりとせば、条約の守護者と見られ居る連盟は支那側屡次の条約蹂躙を如何に取扱はんとするものなりや。日本は現状の下に於いて危険に暴露せられ居る権益を防護せんとするものにして右の外他意を有せず。若し其の安全保護せらるるに於いては撤兵すべく、此の点に付中立オブザーヴアの協力を拒否するものに非ざるべし。連盟は右の方法又は其他に依りて時局救済の途を講ずべきなり。




満州事変後の著しい治安改善

1934年末、満州を訪れたイギリス産業連盟の使節団の調査報告
  『満州国住民は治安対策の向上と秩序ある政府を与えられている。   軍(満州事変以前に、満州を牛耳っていた軍閥)による略奪と摂取はなくなった。課税制度は妥当なもので、公正に運営されている。住民は安定通貨を持つことができた。輸送、通信、沿岸航行、河川管理、公衆衛生、診療施設、医療訓練、そしてこれまで不足していた学校施設などの設備計画が立てられ、実施されている。こうしたことから、満州国の工業製品市場としての規模と将来性は容易に想像することができる。
  近代国家が建設されつつある。将来に横たわる困難はあるが、これらは克服され、満州国と他の国々の利益のために、経済繁栄が徐々に達成されるものと期待される』

南京大虐殺捏造は最も卑劣で恥知らずな事件

投稿者: heinz_bar 投稿日時: 2005/06/17 00:22 投稿番号: [9236 / 29399]
南京大虐殺捏造は、言論統制された中共の行為だから許されるとする工作員は、
きっと悪魔に魂を奪われたのでしょう   しかも、歴史捏造で政権維持が目的であったのですからね   鬼畜にも劣る行為です

中国・韓国の言論統制の実態   〜インターネット上の情報管制〜巧妙な中国政府のネット検閲、米の調査で明らかに:AP通信

  米国の研究機関が中国政府のインターネット統制について調べたレポートが14日(米国時間)に発表された。それによると、同国政府は様々なレベルで手段を講じ、体制を批判する言説のみを正確にブロックしており、その手法はますます洗練されつつあるという。

  精度が高まったことにより、中国政府のフィルターは、チベット一般に関する内容をそのまま通し、チベット独立関連の内容だけをブロックできるほどの機能を持つようになった。同様に中国政府は法輪功やダライ・ラマ、天安門事件など、要注意と見なされるトピックに関する議論を効果的に取り締まっているという。今回の調査は、『オープンネット・イニシアティブ』によって行なわれたもの。

  中国政府の検閲には多数の政府機関と数千人もの公務員や民間企業の従業員が関わっており、その範囲も、長距離にわたってデータを運ぶ基幹ネットワークから、多くの中国国民がインターネットにアクセスするネットカフェまで、あらゆるレベルに及ぶ。

  また、広範にわたる検閲活動により、中国政府によるフィルタリング・ツールはウェブ日記やブログといった新しい形態のメディアにも対応していることが明らかになったと、レポートは記している。

  「それに比べると中国ははるかに巧妙だ」とポールフリー氏。「ブロックされたことすら知らされない。存在は知っているのにアクセスできないとユーザー側にわかってしまう手法に比べると、こちらの方がより効果的だ」

  中国の検閲は、いくつかのサーチエンジンをはじめとする複数の箇所で行なわれており、禁止コンテンツの代わりに警告が表示されるのではなく、コンテンツそのものが削除されるのだと、ポールフリー氏は説明する。

  米グーグル社は、昨年秋から試験運用を開始した中国語のニュース・サービスで、中国政府が禁止するサイトを検索結果から削除していることを認めている(日本語版記事)。同社は、このような措置をとった理由を、ユーザーがたとえリンクをクリックしても中国側のフィルタリングのせいでページにたどり着けないからだとしている。

  またポールフリー氏は、中国でのフィルタリングが効果的なのは、常に変更が行なわれ、ユーザーの不意を突くからでもあると述べる。

  今回の調査では、以下の事実が明らかになった。

・一斉送信されるニュースレターが時折ブロックされると不満を述べる反体制活動家もいるが、個々の電子メールはほとんどフィルタリングされていない。

・フィルタリングの多くはバックボーンで行なわれるが、個々のインターネット・サービス・プロバイダー(ISP)でもさらにブロックされることがある。ネットカフェや掲示板運営者も、当局からの処罰を恐れて自主的にコンテンツの統制を行なっている。

・フィルタリングは、特定のドメイン名やIPアドレスにアクセスしたときよりも、特定のキーワードが出てきたことをきっかけに行なわれることが多い。キーワードベースのフィルタリングにより、禁止されたトピックを含む記事のブログへの掲載も阻止できる。

  「キーワードレベルでのフィルタリングはさらに精度を上げることもできる」と、ポールフリー氏は言う。「中国政府は、国民にインターネットの利用を促し、ひいては経済成長につなげたいと考えている。すべてのブログサーバーを閉鎖するのは政府にとっても賢いやり方とはいえないのだろうが、どんな形であれ体制批判は流したくないのだ」

http://blog.livedoor.jp/lancer1/archives/19584266.html

ベトナム戦争でベトナム人虐殺した糞チョン

投稿者: hi_de_buw 投稿日時: 2005/06/17 00:20 投稿番号: [9235 / 29399]
糞チョンどもわ、ベトナムのみなさんに謝罪汁!!

ボケめ


(^ω^)

南京大虐殺時は最も卑劣で残虐な事件

投稿者: bakabakabakakabaka 投稿日時: 2005/06/17 00:06 投稿番号: [9234 / 29399]
南京大虐殺は、戦争中での行為だから許されるとする日本人は、きっと悪魔に魂を奪われたのでしょう   しかも、自衛戦争ではなく侵略戦争であったのですからね   鬼畜にも劣る行為です

何も「全て日本悪し」とは・・・

投稿者: came_sennninn 投稿日時: 2005/06/16 22:07 投稿番号: [9233 / 29399]
そう言う事で、言ってるのでは在りません。

どんな形であろうが、力で(戦争で)ねじ伏せる方法を取った日本のやり方が、結果的にどうであったのか?
又、そういう行動に移行する基に成ったのが何なのか、その事を知る必要あるのでは?

戦争に限らず、争いには何らかの理由を付けたがる(起こす側は)のですから、それを知らないまま、言い合っても・・・どうなのかなー・・?


<貴方の仰る事は、やはり戦後教育の賜物でしょうな〜

確かに、そうでしょうね、自ら進んで調べないなら・・・解らない事であることは間違いないですね。
又、そういうことを含め、「知る必要が無い」事、とする、日本の教育制度そのものに問題があるんでしょうね。

正しく現実を伝える必要有る事と、隠すべき(隠しても良いんじゃない?とその関係者が思っただけの事でしょが・・・)事が、今の現状なのでは。

戦争するのに政府の命令は不要らしい?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/16 21:29 投稿番号: [9232 / 29399]
かなわんね〜ぇ(笑)

さすがの強盗団ですね(笑)

その身に染まりては、悪事も見えざるモノ、、ということですね、、、納得

盗賊を追い出すのに政府の命令は不要

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/16 20:59 投稿番号: [9231 / 29399]
>日本政府の命令もなく、日本軍は現地部隊が勝手に作戦行動を取った、その証明のようだね(笑)

現地に居る日本人の生命・財産を侵害する盗賊を追い出すのに、いちいち政府の命令を待つまでもない。
日露戦争後、関東州の租借地(遼東半島)と南満州鉄道が日本のものになり、それらの守備をするために関東都督府陸軍部が置かれ、1919年に関東軍となった。
当時、それらを守るために、1万人の関東軍(警察)が、満州に居た30万人の盗賊を追い出した。

>JR神田ガード下・新宿西口繁華街の小姐

投稿者: asia1867 投稿日時: 2005/06/16 18:42 投稿番号: [9230 / 29399]
>まさか日本国がビザを発行しているからといって『日本国の関与があった』

50年後に請求してくるでしょう。
日本政府が関与した悪質な行為として。

日本を貶めたい日本国籍○○人の変な人権屋は、「売春を強要した」「保護しなかった」と騒ぐのでしょう。

日本を救おう犯罪をなくそう

投稿者: saihatenokunimade555 投稿日時: 2005/06/16 18:29 投稿番号: [9229 / 29399]
左巻きの左信者が戦後日本を悪くした。現在の病巣は、戦前の日本をすべて否定し左思想に傾注するある一部分の人間が過去の問題を歪曲し現在の政治問題として取り上げ日本を共産主義国家に導こうとしている。
  戦後の奇跡の日本復活は、戦前に教育を受けた人たちが強い信念のもとに努力した結果だ。それがいまやつまらん戦後の教育をうけた人間が増え日本をだめにしているのだ。中学生、高校生の売春もその結果だ。
戦争で民間人の犠牲者が一人もないと言うのは、ありえないことだ。いまだ南京問題を現在の政治問題の一部として取り上げる手法は霧の中で理想国家ををつくろううとして太陽を嫌うものだ。
戦争は、すべて正義だ。なぜなら弱肉強食は、この世の標本だからだ。

>今度は石原莞爾、日本軍の暴発か?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/16 06:29 投稿番号: [9228 / 29399]
>当時、朝鮮人は日本人だったが、日本人としての権益を認めず、朝鮮語、朝鮮服の使用を禁止したり、朝鮮学校の没収を行い、帰化を強制し、あげくには帰化朝鮮人まで追放し、殺害、略奪の対象になった。これを見かねた日本人が日本人の被害と共に日本政府に対応を求めえたが、日本政府の対応は鈍かった。同情した関東軍作戦参謀石原莞爾中佐が自力救済の自衛として満州事変を起こしたが、日本政府は関東軍の行為を制限した。

こりゃ〜なんだ?(笑)

関東軍の単なる「暴発」を証明しているようだな(笑)

日本政府の命令もなく、日本軍は現地部隊が勝手に作戦行動を取った、その証明のようだね(笑)

はい、おめでとう、、座布団3枚だ、、サービス(笑)

日本の刑罰はなぜ軽い

投稿者: fdsafdasfdasfasgfasfd 投稿日時: 2005/06/16 06:25 投稿番号: [9227 / 29399]
朝鮮支族(日本民族ともいう)は犯罪民族だから、世界標準に刑罰を定めたら大変なことになる   ただでさえ少子化が問題になってるのに

売春と覚せい剤は、日本の中学生の日常生活の一部ですよ

まあ、

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2005/06/15 23:20 投稿番号: [9226 / 29399]
貴方の仰る事は、やはり戦後教育の賜物でしょうな〜

僕も戦後世代ですが、何故疑問を持ったかと言えば、余りにも隣国が日本人謝罪せよと、溺れる犬を 嘲るが如く日本に対処している。これで、疑問が湧いて来ましたがな〜

日本を貶める事によって、自国の体制を守っている馬鹿三国に目覚められましたがな〜

その時に生まれていなければ、責任はないと言うのではなくて、その時に生まれた父やお祖父さんが本当に、どう言う思い出戦ったのかを考えましょう。

全て、日本悪しなんぞ、有り得ません。

今度は石原莞爾の抗議を捏造か

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/15 23:05 投稿番号: [9225 / 29399]
>>戦争を始めたのは支那なんですけど。

>馬鹿言っちゃいけないよ(笑)
>理屈をこねて、中国本土の侵略を企てたのは日本だよ。
>石原莞爾(関東軍参謀)陸軍大学校において行った講義の内容


馬鹿言っちゃいけないよ(笑)
石原完爾の講義の内容は、全部か一部か知らないが、捏造もしくは改竄だらけであることが一目瞭然である(大笑)

支那事変が日本の侵略でないことが明らかになると、話題を満州事変に変えるのが馬鹿サヨのお決まりのパターンである(爆笑)

当時、支那を除けば満州事変を侵略だと言った国は全くない。

そもそも、1万の関東軍が30万の張学良軍相手に侵略したと考える神経が信じられない。

―――――――――――――――――――
  大体、満州は満州族の国で、中国人の立入りは禁止されていた。満州族は中国を征服し清国を作り、漢民族を支配していたので、孫文らは独立運動を起こし、日本人有志が応援したものである。そして、清国衰弱と共に満州には多くの中国人が流入し、日本の後援を受けた張作霖が独立国とした(張作霖、張学良が満州の民衆を搾取していた実態や、張作霖の度重なる危機を関東軍が救った話は古野直也氏著の近著「張家三代の興亡」が好著である)。
  張作霖父子は中国征服に乗り出し、20年先の税金まで一般人から取り、日本や朝鮮人にも法外な税金を徴収したり、土地、会社などを没収したりしたので日本に対する忘恩行為と言われたが、特に朝鮮人は虐待された。張作霖の暴政は関東軍高級参謀河本大佐が爆殺して防ぎ、張学良は日本に忠誠を誓ったが、4億円を求め、日本の田中内閣が交替するドサクサの間に、父の創った国を蒋介石に売り渡したもので、正に売国奴だった。そして、蒋介石の下、満州を支配し、アメリカに権益を与えるため日本人と朝鮮人の権益を取り消し、追い出しを始めたのである。
  当時、朝鮮人は日本人だったが、日本人としての権益を認めず、朝鮮語、朝鮮服の使用を禁止したり、朝鮮学校の没収を行い、帰化を強制し、あげくには帰化朝鮮人まで追放し、殺害、略奪の対象になった。これを見かねた日本人が日本人の被害と共に日本政府に対応を求めえたが、日本政府の対応は鈍かった。同情した関東軍作戦参謀石原莞爾中佐が自力救済の自衛として満州事変を起こしたが、日本政府は関東軍の行為を制限した。

  張学良の日本軍倒滅計画が発見されているが(古野直也氏同書)、張学良軍24万(プラス警官隊と張学良系馬賊10万)が先に行動すれば数に劣る関東軍(1万400)は圧倒され、民間の日本人は悲惨な状態になったであろう(当時すでに、1000名を越す朝鮮人が無実の罪で投獄されており、これは日本軍により開放されたが、この事変でシナ人地主らの策謀で朝鮮人小作人5千名以上が虐殺された)。

『ノモンハン事件の真相と戦果――ソ連軍撃破の記録』小田洋太郎・田端元著(2002年)

>>戦争ノ抛棄ニ関スル条約??

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/15 22:46 投稿番号: [9224 / 29399]
>交戦国の双方が共に自衛戦争の主張を行うような場合に
>自衛か侵攻かの認定の問題は「裁判に付し得ない」
日本は自衛戦争と言っているので、不戦条約に照らし合わせても、条約違反ではありません。

あほか?
国際不戦条約に天皇の名で署名し、守らなければ、条約規約違反だろ(笑)

国の交戦権である以上、その国においては全てが自衛戦争だと主張すると言っているのである。
自衛の為の戦争か侵略戦争かは、第三者機関が定めるものなのだよ。

日本の場合においては、国際条約、国際連盟決議において明らかに、侵略戦争とされている、、いつまでも馬鹿を書くな(笑)
恥かくだけだろう(笑)

泥棒も強盗も、貧乏人は許して貰えるという思考の持ち主ですから、、糠に釘ってとこですかね(笑)

嘘も100回云えばやはりウソだよ。

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/15 22:38 投稿番号: [9223 / 29399]
>日本には売春禁止法がある。

あっても罪は軽い。
国連、アムネスティなどから、人身売買、拉致、などの需要地として、日本国は先進国の中ではロシアと並んで警告を昨年から受けている。

北欧で誘拐あるいは拉致された女性が日本国内で売春を強要され、魔の手から逃れ警察に駆け込むも、売春容疑者として逮捕されるのだから、、驚きだね。年間150〜200人くらい強制送還されている。後進国だね、オレオレ詐欺も捕まらんしな、被害総額200億円だそうだぜ、昨年だけで、、驚きだよ、賢い日本人だね。犯罪天国だ。

日本人の著作に見る「南京事件」

投稿者: w_trouble3x 投稿日時: 2005/06/15 22:06 投稿番号: [9222 / 29399]
http://www.geocities.jp/yu77799/nihonjin.html

*なお、最初の児玉誉士夫氏の文は「華北」のもので、「南京」を対象にしたものではありません。
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