今度は石原莞爾の抗議を捏造か
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/15 23:05 投稿番号: [9225 / 29399]
>>戦争を始めたのは支那なんですけど。
>馬鹿言っちゃいけないよ(笑)
>理屈をこねて、中国本土の侵略を企てたのは日本だよ。
>石原莞爾(関東軍参謀)陸軍大学校において行った講義の内容
馬鹿言っちゃいけないよ(笑)
石原完爾の講義の内容は、全部か一部か知らないが、捏造もしくは改竄だらけであることが一目瞭然である(大笑)
支那事変が日本の侵略でないことが明らかになると、話題を満州事変に変えるのが馬鹿サヨのお決まりのパターンである(爆笑)
当時、支那を除けば満州事変を侵略だと言った国は全くない。
そもそも、1万の関東軍が30万の張学良軍相手に侵略したと考える神経が信じられない。
―――――――――――――――――――
大体、満州は満州族の国で、中国人の立入りは禁止されていた。満州族は中国を征服し清国を作り、漢民族を支配していたので、孫文らは独立運動を起こし、日本人有志が応援したものである。そして、清国衰弱と共に満州には多くの中国人が流入し、日本の後援を受けた張作霖が独立国とした(張作霖、張学良が満州の民衆を搾取していた実態や、張作霖の度重なる危機を関東軍が救った話は古野直也氏著の近著「張家三代の興亡」が好著である)。
張作霖父子は中国征服に乗り出し、20年先の税金まで一般人から取り、日本や朝鮮人にも法外な税金を徴収したり、土地、会社などを没収したりしたので日本に対する忘恩行為と言われたが、特に朝鮮人は虐待された。張作霖の暴政は関東軍高級参謀河本大佐が爆殺して防ぎ、張学良は日本に忠誠を誓ったが、4億円を求め、日本の田中内閣が交替するドサクサの間に、父の創った国を蒋介石に売り渡したもので、正に売国奴だった。そして、蒋介石の下、満州を支配し、アメリカに権益を与えるため日本人と朝鮮人の権益を取り消し、追い出しを始めたのである。
当時、朝鮮人は日本人だったが、日本人としての権益を認めず、朝鮮語、朝鮮服の使用を禁止したり、朝鮮学校の没収を行い、帰化を強制し、あげくには帰化朝鮮人まで追放し、殺害、略奪の対象になった。これを見かねた日本人が日本人の被害と共に日本政府に対応を求めえたが、日本政府の対応は鈍かった。同情した関東軍作戦参謀石原莞爾中佐が自力救済の自衛として満州事変を起こしたが、日本政府は関東軍の行為を制限した。
張学良の日本軍倒滅計画が発見されているが(古野直也氏同書)、張学良軍24万(プラス警官隊と張学良系馬賊10万)が先に行動すれば数に劣る関東軍(1万400)は圧倒され、民間の日本人は悲惨な状態になったであろう(当時すでに、1000名を越す朝鮮人が無実の罪で投獄されており、これは日本軍により開放されたが、この事変でシナ人地主らの策謀で朝鮮人小作人5千名以上が虐殺された)。
『ノモンハン事件の真相と戦果――ソ連軍撃破の記録』小田洋太郎・田端元著(2002年)
>馬鹿言っちゃいけないよ(笑)
>理屈をこねて、中国本土の侵略を企てたのは日本だよ。
>石原莞爾(関東軍参謀)陸軍大学校において行った講義の内容
馬鹿言っちゃいけないよ(笑)
石原完爾の講義の内容は、全部か一部か知らないが、捏造もしくは改竄だらけであることが一目瞭然である(大笑)
支那事変が日本の侵略でないことが明らかになると、話題を満州事変に変えるのが馬鹿サヨのお決まりのパターンである(爆笑)
当時、支那を除けば満州事変を侵略だと言った国は全くない。
そもそも、1万の関東軍が30万の張学良軍相手に侵略したと考える神経が信じられない。
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大体、満州は満州族の国で、中国人の立入りは禁止されていた。満州族は中国を征服し清国を作り、漢民族を支配していたので、孫文らは独立運動を起こし、日本人有志が応援したものである。そして、清国衰弱と共に満州には多くの中国人が流入し、日本の後援を受けた張作霖が独立国とした(張作霖、張学良が満州の民衆を搾取していた実態や、張作霖の度重なる危機を関東軍が救った話は古野直也氏著の近著「張家三代の興亡」が好著である)。
張作霖父子は中国征服に乗り出し、20年先の税金まで一般人から取り、日本や朝鮮人にも法外な税金を徴収したり、土地、会社などを没収したりしたので日本に対する忘恩行為と言われたが、特に朝鮮人は虐待された。張作霖の暴政は関東軍高級参謀河本大佐が爆殺して防ぎ、張学良は日本に忠誠を誓ったが、4億円を求め、日本の田中内閣が交替するドサクサの間に、父の創った国を蒋介石に売り渡したもので、正に売国奴だった。そして、蒋介石の下、満州を支配し、アメリカに権益を与えるため日本人と朝鮮人の権益を取り消し、追い出しを始めたのである。
当時、朝鮮人は日本人だったが、日本人としての権益を認めず、朝鮮語、朝鮮服の使用を禁止したり、朝鮮学校の没収を行い、帰化を強制し、あげくには帰化朝鮮人まで追放し、殺害、略奪の対象になった。これを見かねた日本人が日本人の被害と共に日本政府に対応を求めえたが、日本政府の対応は鈍かった。同情した関東軍作戦参謀石原莞爾中佐が自力救済の自衛として満州事変を起こしたが、日本政府は関東軍の行為を制限した。
張学良の日本軍倒滅計画が発見されているが(古野直也氏同書)、張学良軍24万(プラス警官隊と張学良系馬賊10万)が先に行動すれば数に劣る関東軍(1万400)は圧倒され、民間の日本人は悲惨な状態になったであろう(当時すでに、1000名を越す朝鮮人が無実の罪で投獄されており、これは日本軍により開放されたが、この事変でシナ人地主らの策謀で朝鮮人小作人5千名以上が虐殺された)。
『ノモンハン事件の真相と戦果――ソ連軍撃破の記録』小田洋太郎・田端元著(2002年)
これは メッセージ 9209 (yominokuni56 さん)への返信です.