南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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日本が大好きで

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/18 08:07 投稿番号: [29153 / 29399]
>アジアでも一番嫌われてる日本人を他の国が受け入れてくれるはずはありません

↑世界で一番好きな国に選ばれている日本人は、昔も今も素敵な人達です。

Re: 日本が嫌で

投稿者: shoojouji 投稿日時: 2013/01/17 22:48 投稿番号: [29152 / 29399]
アジアでも一番嫌われてる日本人を他の国が受け入れてくれるはずはありません

Re: 日本が嫌で

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/16 08:15 投稿番号: [29151 / 29399]
日本が厭な人は、外国へ行って下さい、それが常識ですよね、帰化でも亡命でも良いからさ、嘘吐く脳死君。

Re: nyankotyanndamonの

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/16 08:14 投稿番号: [29150 / 29399]
日本人とオランダ人の共同調査の結果だからね。

それから調査結果で、資料の信憑性が一切語られていないと言う事だね。

当時の反戦ムードの中で、証言されたものだからね、其の証言の信憑性も語られていない。

日本人の証言者も、実在したはずのない人間の証言を採用している、研究者も居るしね。

日本の資料と合致しない事が多すぎるよね。

BC級戦犯の裁判では冤罪が多かったと言うことも事実だからね。

日本が嫌で

投稿者: shoojouji 投稿日時: 2013/01/16 00:40 投稿番号: [29149 / 29399]
ほんと気がめいる。日本人止めたいが国籍捨てれないし我慢するしかない

実社会では日本の悪口もいえないし掲示板で日本を叩くことだけが生きがいになってきた。中国と戦争になって日本が中国の一部になればこれほどうれしいことはない

nyankotyanndamonの

投稿者: kogyokurabu 投稿日時: 2013/01/15 18:54 投稿番号: [29148 / 29399]
屁理屈はもう飽きた。    お前さオランダで同様の主張してこいよ。

Re: 公文書からみるスマラン事件、他

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/15 18:29 投稿番号: [29147 / 29399]
>おまえの主張は、オランダ公文書に日本軍の関与が書いてない、ではなくて、
例によって「書いてあるけどそれはウソだ」のようだな。最初の主張を
そうっとすり替えてごまかす(藁

↑関与を完全に証明出来たとは何処にも書いた無いよ、嘘吐く脳死君。

Re: 公文書からみるスマラン事件、他

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/15 18:28 投稿番号: [29146 / 29399]
>日本軍がスマラン事件その他に関与したと判断出来ないとは書いてないようだね(藁

↑断定出来るだけの資料が在ったとも書いて無いようだね、嘘吐く脳死君。
嘲笑

Re: 公文書からみるスマラン事件、他

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2013/01/15 18:26 投稿番号: [29145 / 29399]
>日本軍の主計官の書類と照合出来なければ、お話しにならんよ、嘘吐く脳死君。

おまえの主張は、オランダ公文書に日本軍の関与が書いてない、ではなくて、
例によって「書いてあるけどそれはウソだ」のようだな。最初の主張を
そうっとすり替えてごまかす(藁

Re: 公文書からみるスマラン事件、他

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2013/01/15 18:21 投稿番号: [29144 / 29399]
>>今後の調査を待たなければ何を判断できないと書いてあるんだね?
>↑自分で考えなさい。嘘吐く脳死君。

日本軍がスマラン事件その他に関与したと判断出来ないとは書いてないようだね(藁

Re: 公文書からみるスマラン事件、他

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/15 18:13 投稿番号: [29143 / 29399]
>今後の調査を待たなければ何を判断できないと書いてあるんだね?

↑自分で考えなさい。嘘吐く脳死君。

>「軍の部隊が直接管理していた」という文章は、おまえの言ったところの
「オランダ公文書には軍が直接関与したと書いてない」という主張に
整合しているのかい?(藁

↑調査が不充分なのは理解出来ているかい、嘘吐く脳死君。

日本軍の主計官の書類と照合出来なければ、お話しにならんよ、嘘吐く脳死君。

Re: 公文書からみるスマラン事件、他

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2013/01/15 17:56 投稿番号: [29142 / 29399]
>↑今後の調査を待たなければ判断出来ないと書いてあるようだが、嘘吐く脳死君。

今後の調査を待たなければ何を判断できないと書いてあるんだね?
「軍の部隊が直接管理していた」という文章は、おまえの言ったところの
「オランダ公文書には軍が直接関与したと書いてない」という主張に
整合しているのかい?(藁

Re: 公文書からみるスマラン事件、他

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/15 16:48 投稿番号: [29141 / 29399]
ハルマヘラにあった数件の慰安所や、モア島にあった慰安所は軍の部隊が直接管理していた。
また、アンボン、カリジャティ、ティモールにあった慰安所は、軍指定や軍経営の慰安所
であったが、他の多くの地域にあった「慰安所」が軍に関連があったか、またどのように
関係があったかに関しては更なる調査が必要である。

↑今後の調査を待たなければ判断出来ないと書いてあるようだが、嘘吐く脳死君。

Re: 公文書からみるスマラン事件、他

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/15 16:47 投稿番号: [29140 / 29399]
関与したと書いてあったかい、嘘吐く脳死君。

最後に、今回の調査で公文書それぞれに規則性また性格があることが理解できた。詳細が綴ってある資料は、ジャワBC級戦犯裁判に関連するものであった。しかし他の地域で訴因は慰安婦とは全く関係がなさそうな戦犯裁判関係の資料の中に、微少ではあるが慰安婦に関する記述があった。つまり、無関係に見える資料の中から慰安所の開設、慰安婦の募集、慰安所の運営等の記録の多くが発見されるということである。このことは、当調査報告に記述がないから、あるいはBC級裁判や公文書の分類が慰安婦に関することではないからといって、オランダ公文書館に資料が存在していないというわけではないことである。

Re: 公文書からみるスマラン事件、他

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2013/01/15 16:32 投稿番号: [29139 / 29399]
>ハルマヘラにあった数件の慰安所や、モア島にあった慰安所は軍の部隊が直接管理していた。
>また、アンボン、カリジャティ、ティモールにあった慰安所は、軍指定や軍経営の慰安所
>であったが、他の多くの地域にあった「慰安所」が軍に関連があったか、またどのように
>関係があったかに関しては更なる調査が必要である。

またニャンコの自爆か(藁

Re: 公文書からみるスマラン事件、他

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2013/01/15 16:29 投稿番号: [29138 / 29399]
おまえの引用した部分のどこに日本軍が関与しなかったと書いてあるんだね。
まさか最後の「結論を出すのは難しい」の主語が「これら一連の事例が、
それぞれ何らかの結びつきがあるのかは」であるという文意が読み取れない
とか?(藁

Re: 公文書からみるスマラン事件、他

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/15 12:03 投稿番号: [29137 / 29399]
13人の日本人が有罪になった、バタビアBC級戦犯裁判のスマラン慰安所開設の公判記録は、事件を再現するに耐えられるだけの情報が公文書として残っていた。このスマラン慰安所事件の戦犯裁判の為に集められた情報から、ジャワの慰安所設置の許可は地元の兵站部から出され慰安所経営者は、一人一人の女性が売春する意志があるか確認、趣旨書に署名、定期検診、そして定期的に金銭の支払いがおこなわれているか確認しなければならなかったということがわかった。一方、ジャカルタの桜バー(桜倶楽部)に関する一連の資料は、軍の関与が非常に少なかったことを示している。しかし、定期的に軍警察または憲兵が点検にきたり、行政区長官が要請して開設したりといった状況は、他のケースと大変類似していたらしい。証拠となる公文書は充分見つかっていないが、ジャワにあった多くの慰安所は、公の許可は必要であったが個人が(私的に)経営していたようである。このような公的許可と私的経営のシステムは、基本的には日本の婦女子売買禁止国際条約への参加によって変容した公娼制度と同様であった。もちろん、こういった制度があろうが、日本や戦前のインドネシア(少なくともジャワ)のように、無許可や「不法」な売春業も多数存在していた。軍隊公娼制或いは慰安所の開設の許可は、ジャワの第16軍だけが特別おこなったというわけではない。海軍統括のボルネオ島ポンティアナックでは、軍当局が、地元のインドネシア人や中国人女性との関係の代替として、軍人、軍属、一般邦人用の

慰安所を作ることを命じている。ハルマヘラにあった数件の慰安所や、モア島にあった慰安所は軍の部隊が直接管理していた。また、アンボン、カリジャティ、ティモールにあった慰安所は、軍指定や軍経営の慰安所であったが、他の多くの地域にあった「慰安所」が軍に関連があったか、またどのように関係があったかに関しては更なる調査が必要である。

Re: 歴史学者の「慰安婦」問題に関する声

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/15 10:58 投稿番号: [29136 / 29399]
歴史学者が国際的問題に口出しして、成功と言うより丸く収まった歴史は無い。

学者は事実のみ研究すれば良い、捏造された証言や、文献を看破出来ない白痴的学者が多すぎるよね。

政治思想に左右される学者も居るようだね、中国贔屓とか、反日的とか。

バイアスを掛けてみるような学者は日本には不要だね。

Re: 従軍慰安婦強制連行 インドネシアの事

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/15 10:38 投稿番号: [29135 / 29399]
第二五特別根拠地隊歴代主計官一覧(前出は除き昭和十八年より)。

主計大尉   鳴戸清爾   昭和十八年二月

主計大尉   鳴戸清爾   昭和十八年六月

主計大尉   鳴戸清爾   昭和十八年十月

主計大尉   篠木達夫   昭和十九年二月

以降前出の通り。

Re: 従軍慰安婦強制連行 インドネシアの事

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/15 10:25 投稿番号: [29134 / 29399]
板部康正と言う人物は確認出来ないよ、主計将校として。

第25特別根拠地隊所属ノ主計官の職員名は以下の通(前出は除く)。

主計中尉   山中治雪

同      黒瀬保雄

同      宮本貞治

同      中村平左衛門

主計少尉   長岡伊三郎

主計曹長   相澤芳次郎

同      城所中一

Re: 従軍慰安婦強制連行 インドネシアの事

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/15 10:15 投稿番号: [29133 / 29399]
君が引用した「海軍第二五特別根拠地隊司令部付の主計将校だった板部康正の回想」に関し、当方はこの証言は出鱈目だと言いたいよね。

昭和20年1月の第二五特別根拠地隊職員表は以下の通り。

司令官   少将   長谷真三郎

参謀兼副官   中佐   小山亨

軍医長兼分隊長   医中佐   佐藤重人

主計長兼分隊長副官   主大尉   篠木達夫

上記のように何処にも名前が出て来ないよね、嘘八百位の証言だよね。

Re: 従軍慰安婦強制連行 インドネシアの事

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/15 10:05 投稿番号: [29132 / 29399]
1944年とは昭和19年の事だよね。この年の八月の情況は以下の通り。

主計兼分隊長副官   主計大尉   篠木達雄。


君の引用した「海軍第二五特別根拠地隊司令部付の主計将校だった板部康正の回想によれば」とは名前が違うようだね。

因みに職員氏名は以下の通り。

司令官   少将   長谷真三郎

参謀兼分隊長   中佐   小山   亨

軍医兼分隊長   医中佐   栗林   護

参謀件第二五通信隊司令   少佐   松田富夫

参謀    大尉   島井富三

主計兼分隊長副官   篠木達夫

隊附   コカス派遣隊長   大尉   境野藤作

Re: 公文書からみるスマラン事件、他

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/15 08:27 投稿番号: [29131 / 29399]
1943年までの時期は、慰安婦に関する公文書の記録が非常に少ないが、その時期でも、インドネシア人やヨーロッパ人女性の募集は、地方ごとに小規模な慰安所用に行われていたという。1944年の初頭に起こったスマラン事件を始めとする中部ジャワ抑留所関連の事件は、高級将校によって終止符が打たれた経過からも、事件は、確かにジャワにいたオランダ人慰安婦の募集という点において、1つの転機になったということは、オランダ3公文書館の資料からもある程度理解できたが、その事が直接他の人種、民族の募集でも同様であったとは限らない。しかし、この時期の前後半年間に(インドネシアの周辺で)種々の変化が起こったことを付け加えておく。1943年後半にはマレー半島の慰安施設の規定の発行、同年12月には、ボルネオで正式な慰安所数軒を開設、そして翌年の1944年初頭には、ハルマヘラでも慰安所が開設されていった。時期的に近接しているこれら一連の事例が、それぞれ何らかの結びつきがあるのかは、今後さらに詳細な記述のある記録の発掘がない限り、結論をだすのは難しい。

Re: 公文書からみるスマラン事件、他

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/15 06:22 投稿番号: [29130 / 29399]
オランダ公文書館調査の結論、嘘吐く脳死君。

http://sns.mynippon.jp/img.php?filename=d_452427_1_1358198466.j pg&w=360&h=360&m=pc

Re: 岸信介は“戦犯”ではありませんよ。

投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2013/01/15 01:04 投稿番号: [29129 / 29399]
●>>ジェノサイドの訴因で“有罪判決”を受けた、いわゆる“A級戦犯”が存在するのでしょうか?(笑)

>あら、国連で採択された「ジェノサイド条約」をご存じなくって?

レスをなさるのならば、訊かれたことにきちんとお答えくださらない?
私は「日本のいわゆる“A級戦犯”の中に、ジェノサイドの訴因で“有罪判決”を受けた人が存在するのですか?」とお尋ねしているのですけれども?



●>言葉は違ってもA級戦犯的なものは厳然と存在するのですよ(笑)

つまり、呼称は相違していても、“A級戦犯”と同じく「平和に対する罪」とやらで裁かれた国家の指導者は、東京裁判以降も「厳然と存在する」ということでしょうか?
でしたら、その方々の固有名詞(人名)を挙げていただけます?



●>もちろんニュールベルグ、東京国際軍事裁判に対する不公平との批判の声はありますが、それでも国際社会はそれを見過ごすことを正義に反し同じ犯罪の再発を防ぐためにジェノサイド条約を採択したのでございます。

あなたがどれほどの知識と理解力をお持ちなのかは存じませんけれども、この種のテーマでご投稿をなさる以上、「ジェノサイド」と、いわゆる「平和に対する罪」とはまったく別の概念であるということくらいご存知ですよね?
そこでお尋ね申しあげたいのですけれども、大戦前には存在しなかった「人道に対する罪」が、戦後「ジェノサイド条約」としてまがりなりにも追認されたのと同様、いわゆる「平和に対する罪」も有効に条約化され、加盟国において批准(これが重要なのですよ)された国際法として機能しているのでしょうか?
おわかりにならなければ、よくお調べのうえ、お答えになってね。



●>>不起訴で“戦犯”となっているナチスドイツの幹部とは具体的に誰でしょうか?

>”不起訴”と一概におっしゃいますが、戦犯は複数の罪状において起訴されたり不起訴されたりしているのでございます、

もういちど申しあげますけれども、レスをなさるのならば、訊かれたことにきちんとお答えくださいね。
あなたは29087で、「不起訴でもナチの幹部はいまでも戦犯」と断言なさいましたよね?
ですから私は「不起訴となったにも拘らず、“戦犯”とされているナチスドイツの幹部とは具体的に誰?」とお尋ね申しあげているのですよ。
ご自分の発言には責任を持ちましょうね。



●>またその解釈が国ごとに微妙に違いがあって、貴方のように単純に国内法を戦争裁判を適用することは不適当なのでございます。(ママ)

私がいつ「東京裁判は日本の国内法に照らして不当」と申しあげましたか?
その箇所を具体的に示してね。



●>アメリカのように国際法を国内法と一元的に適用する場合もあれば、欧州の一部の国のように国際法と国内法の関係が完全に分離している国もございまして、単純な理屈では理解できないのが戦争裁判というものですの(笑)

あ〜ら、そうなんですか?(笑)
ではお尋ね申しあげますけれども、米国が「国際法を国内法と一元的に適用する」国であるということを明記している合衆国の法律とその条文を挙げてくださるかしら?
それから、「国際法と国内法の関係が完全に分離している」「欧州の一部の国」の具体的国名と、その国が、あなたのおっしゃるような法体系を持っているということを証明する資料もいっしょにお願いね。



●>>今回の自民党の294議席のうち、不正選挙による当選者がいるとおっしゃるのならば、あなたがそれを立証してくださいな。

>べつにわたくしが立証しなくても、つい先日のニュースでも票の取りまとめの依頼のために食事の接待をしたとかである議員の関係者が書類送検されたことが報道されておりました

「ある議員」とは具体的にどなたのことでしょうか?
その方の固有名詞(人名)をお答えいただくのが第一点。
次に、その方は不正な選挙を行なって当選したということが、法的に確定したのでしょうか?
それをお答えいただくのが第二点。
次に、あなたは29087で、「日本の民主主義は」「とにかく勝てばよいという」「不正選挙の横行する発展途上国並み」とおっしゃったのですから、不正選挙による当選者はひとりやふたりではないはずですよね?
したがってあなたには、自民党もしくは他の“勝ち組”政党が、組織ぐるみで不正選挙を行なって、違法当選者を量産したということが事実であることを、客観的なデータによって立証する義務があります。
それを果たすのが第三点。
以上、三つの質問に適切にお答えくださいな。



your Steffi

Re: 公文書からみるスマラン事件、他

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2013/01/14 22:50 投稿番号: [29128 / 29399]
>オランダ公文書館には、日本軍が直接関与した資料は在りません。

日本占領下インドネシアにおける慰安婦―オランダ公文書館調査報告―
http://www.awf.or.jp/pdf/0062_p107_141.pdf

Re: 公文書からみるスマラン事件、他

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/14 21:16 投稿番号: [29127 / 29399]
オランダ公文書館には、日本軍が直接関与した資料は在りません。

河野・村山談話「堅持が日米の国益」米教授

投稿者: nukabosi 投稿日時: 2013/01/14 20:04 投稿番号: [29126 / 29399]
河野・村山両談話、「堅持が日米の国益」
米モチヅキ教授、安倍政権に注文

  「知日派」として知られる米ジョージ・ワシントン大のマイク・モチヅキ教授は10日、国会内で開かれたシンポジウムに出席し、安倍政権が見直しの動きを見せている「慰安婦」問題での「河野官房長官談話」と日本の植民地支配についての「村山首相談話」について、「日本とアメリカの国益、そして東アジアの繁栄のためにも堅持すべきだ」との見解を示しました。

  モチヅキ氏は、米紙ニューヨーク・タイムズや英紙エコノミストが昨年の総選挙を受けて発足した安倍政権が歴史認識の見直しをするのでないかと警戒を示していると指摘。「とりわけ、『従軍慰安婦』への謝罪をした『河野談話』と日本の戦争責任を認めた『村山談話』を見直すのではとの警戒が強い」と述べました。
(以下略)

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2013-01-11/2013011104_01_1.html#3219591738076568568 より

公文書からみるスマラン事件、他

投稿者: nukabosi 投稿日時: 2013/01/14 20:00 投稿番号: [29125 / 29399]
公文書からみるスマラン事件(白馬事件)、他の解説。
http://d.hatena.ne.jp/dj19/20120225/p1

1994年にオランダ政府が公表した『日本占領下蘭領東インドにおけるオランダ人女性に対する強制売春に関するオランダ政府所蔵文書 調査報告書』、それに、戦後のオランダによるバタビア裁判(バタビア臨時軍法会議)の公判記録などを基に、スマラン事件といくつか同様の事件を具体的にみていきます。

■スマラン事件(白馬事件)

オランダ政府の調査報告書には、1944年2月、インドネシア・ジャワ島のスマラン郊外の3ヶ所の民間人抑留所から選び出された17、8歳から20代のオランダ人女性たちが、抑留所で「強い抗議」が起きたにもかかわらず、4ヶ所の慰安所に「力ずくで連行」され、そこで「少なくとも24名」の女性が性行為を強制されたと記載されている。報告書ではさらに、2人は脱走したが警官に捕まり連れ戻され、1人は自殺未遂、1人は精神病棟に監禁、1人は妊娠中絶の処置を受けたと報告している。
(中略)
こうした周到な準備の上、1944年2月下旬、スマラン郊外の数カ所の民間人抑留所から女性が集められた。その際、オランダ人女性には読めない日本語で書かれた同意書に署名させたり、「仕事の種類が記されていなかったことがわかった」(公判での池田大佐の供述)。(1)   さらに(起訴状によれば)女性に対し「抵抗すれば家族に最も恐怖すべき手段をもって報復する」と脅迫も行われたという。
(中略)
判決では岡田少佐の行為を「軍の名の下に若い女性を売春目的で強制連行し、理解出来ない日本語の承諾書に署名させ、女性を各慰安所に分け与えて、売春を強制し、強姦した。」と事実認定されている。

(中略)
ところで、この事件を「唯一」とか「例外的」な事件とする主張があるが、そうでないことは、オランダ政府の調査報告書を読むだけでも明らかになる。スマラン事件の現場でもある「スマラン倶楽部」(軍慰安所)で、閉鎖を前にして別の事件が発生しているのである。

■フロレス(フローレス)島事件

1944年4月中旬、憲兵と警察がスマランで数百人の女性を検束し、「スマラン倶楽部」で選定を行い、20名の女性が憲兵によってスラバヤに移送された。そのうち17名(20名のうち2人は逃亡、1人は病気で残留)がさらにフロレス島の慰安所に移送され、そこで売春を強制されたと報告している。

(※憲兵はいい関与どころか、ここでも女性が逃亡しないよう監視している。)

報告書にはさらに、マゲランの事件も記載されている。

■マゲラン事件

この事件は、1944年1月、ムンチラン抑留所から、日本軍と警察が女性たちを選別し、反対する抑留所の民間人の暴動を「抜刀」して抑圧し連行した。その一部は送り帰され身代わりの「志願者」が送られる。そして残りの13名の女性はマゲランに連行され、そこで売春を強制されたと報告されている。


オランダ政府の調査報告書には、これら3つの事件以外にも、未遂1件や強姦事件1件を含め他に6件、計9件の強制連行や性行為を強制した事件が報告されている。

歴史学者の「慰安婦」問題に関する声明

投稿者: nukabosi 投稿日時: 2013/01/14 19:58 投稿番号: [29124 / 29399]
日本軍「慰安婦」問題に関する声明 (抜粋)

(前略)
こうした事態を放置しておくと、歴史的事実が歪曲されるだけでなく、日本社会の国際的な信用を大きく失墜させることになりかねない。決議案の提案議員たちが強調するのも、決議の採択が日米関係の強固な結びつきをそこなうどころか、むしろ日本軍「慰安婦」決議による「慰安婦」問題の解決促進が、東アジアの平和にとってよい影響をおよぼすだろうという期待である。

上記のような日本政府・与党の動きを憂慮し、私たちは、すでに明らかになっている以下の事実を改めて確認し、日本政府および関係者が適切な行動をとるよう要請する。

- 日本軍「慰安婦」制度に関する旧陸海軍や政府関係資料は、すでに数多く開示されている。これら資料によればこの制度は、旧日本陸海軍が自らの必要のために創設したものであり、慰安所の開設、建物の提供、使用規則・料金などを軍が決定・施行し、運営においても軍が監督・統制した。個々の「慰安婦」について、軍はその状況をよく把握していた。

- 日本軍「慰安婦」とされた女性たちのうち、当時日本の植民地であった朝鮮・台湾の女性たちは、売買され、だまされたりなどして国外へ連れていかれ、慰安所で本人の意思に反して使役された。これは、人身売買や誘拐罪、また当時の刑法でも国外誘拐罪・国外移送罪と呼ばれる犯罪に該当した。その実行は、主として植民地の総督府または軍の選定した業者などが直接行なったが、占領地で慰安所を設置した軍も、人身売買や誘拐などの事実を知っていたと考えられる。

- 日本軍「慰安婦」とされた女性たちのうち、中国・東南アジア・太平洋地域の女性たち(インドネシアで抑留されたオランダ人女性を含む)は、人身売買だけでなく、地域の有力者から人身御供として提供され、あるいは日本軍や日本軍支配下の官憲によって拉致されて慰安所に入れられるケースもあり、本人の意思に反して強制使役された。慰安所を設置した占領地の軍が、これらの事実を知らなかったとは考えられない。

- 日本軍「慰安婦」とされた女性たちの中には、相当高い比率で未成年の少女たちがいた。未成年の少女の場合、慰安所での使役は強制でなく本人の自由意志による、と主張することは、当時日本が加盟していた婦人・児童の売買禁止に関する国際諸条約に照らしても、困難である。

- 日本軍「慰安婦」制度は、居住の自由はもちろん、廃業の自由や外出の自由すら女性たちに認めておらず、慰安所での使役を拒否する自由をまったく認めていなかった。故郷から遠く離れた占領地に連れて行かれたケースでは、交通路はすべて軍が管理しており、逃亡することは不可能だった。公娼制度を事実上の性奴隷制度とすれば、日本軍「慰安婦」制度は、より徹底した、露骨な性奴隷制度であった。

- 被害女性たちへの「強制」の問題を、官憲による暴力的「拉致」のみに限定し、強制はなかったという主張もみられるが、これは人身売買や「だまし」による国外誘拐罪、国外移送罪など刑法上の犯罪を不問に付し、業者の行為や女性たちの移送が軍あるいは警察の統制下にあったという事実を見ようとしない、視野狭窄の議論である。なお、慰安所でのいたましい生活の中で、自殺に追い込まれたり、心中を強要されたり、病気に罹患したり、戦火に巻き込まれるなどして死亡した女性たちが少なくなかったことも指摘しておきたい。

  私たちは、上記の事項が正しく認識され、日本軍「慰安婦」問題が根本的に解決されることを強く願うものである。

http://space.geocities.jp/japanwarres/center/hodo/hodo37.htm

従軍慰安婦強制連行 インドネシアの事例

投稿者: nukabosi 投稿日時: 2013/01/14 19:53 投稿番号: [29123 / 29399]
日本軍が慰安婦を強制連行したケース

■インドネシアでの暴力的連行

  インドネシアでも暴力的な連行は少なくなかった。オランダ軍の資料を使った大村哲夫の研究によれば、カリマンタン島のポンティアナック市では、一九四三年前半に、海軍派遣部隊の隊長が在留日本人の「蓄妾禁止令」を出すとともに、日本人と性的関係にある住民を強制的に収容する命令が出され、海軍特別警察隊が集めた女性たちが三ヶ所の海軍用慰安所と五、六ヶ所の民間人用慰安所に入れられたという(大村「「現地調達」された女性たち」)。

  四四年、戦局悪化のためアンボン島では、日本人慰安婦は後方にさげられ、八月には、地元の女性がいる慰安所も閉鎖された。しかし、海軍特別警察隊の将校の回想によれば、軍人の非行がつづくので、第四南遣艦隊司令部(正確には海軍第二五特別根拠地隊司令部か)の先任参謀の指導で、軍慰安所をもう一度設置することになった。慰安婦体験者、売春婦、売春のうわさがある者、志願者を対象にしてリストをつくり、本人に交渉するが、「ある程度の強制はやむをえない」ということになった。治安維持を任務とする特別警察隊が前面にでるのはまずいので協力にとどめ、副官が中心となり、政務隊(民政警察)が集めることになった。その指導にあたった司政官からこの将校が聞いた話によれば、サパロワ島でリストにのった女性を強引に船に乗せたところ、住民がぞくぞくと集まって、「娘を返せ!!娘に返せ!!」と叫んだという(禾晴道『海軍特別警察隊』)。集められたのは、ユーラシアン(この場合、白人とインドネシア人の混血)とインドネシア人だった。

  また、右のケースと一部重なるが、海軍第二五特別根拠地隊司令部付の主計将校だった板部康正の回想によれば、アンボン島で日本人慰安婦を帰したあと、司令部の参謀が四つの慰安所を開設し、約一〇〇名の慰安婦を「現地調達」する案をつくったという。それは「日本軍将兵と姦を通じたるものは厳罰に処する」という布告を出し、「密告を奨励し」、「原住民警察官を使って日本将兵とよい仲になっているもの」を収容し、そのなかから美人で性病にかかっていない者を選んで、慰安婦とするというものだった(海軍経理学校補修学生第一〇期文集刊行委員会編『滄溟』)。彼は「倶楽部で泣き叫ぶインドネシヤの若い女性の声を何度か聞いて暗い気持ちになったものだ」とのべている。

http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20120609/1339261477 より

Re: 南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

投稿者: oszxcvnmweruoaszxcvnmasourewasz 投稿日時: 2013/01/14 14:02 投稿番号: [29121 / 29399]
>yuu*ou*eiwa
南京大虐殺も従軍慰安婦強制連行も実際にあったのであり、これは世界の常識である。しかし、南京大虐殺や従軍慰安婦強制連行はでっち上げだと妄言を吐く人が増えている。極めて由々しき事態である。騙されてはいけません。我々は事実をしっかりと受け止め、アジア諸国との友好と平和のためにもメディアや学校で事実を教える必要がある。


・その、根拠を述べよ。

Re: 今村回顧録に見る日本軍の慰安所運営関

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/14 10:32 投稿番号: [29120 / 29399]
南寧方面に新設された、第二十二軍司令官に補職された久納中将は、二月中旬、その官舎としている家に、私と桜田近衛旅団長を主賓とし、軍の幕僚各部長ら総数二十名ぐらいを招き、夕会食をやった。軍司令官に就任の披露を兼ねたもの。

↑「南支方面軍司令部及第二十二軍司令部臨時編成」の軍命が出されたのは、昭和十五年二月八日付。

編成完結日「第二十二軍司令部」昭和十五年二月十三日。

復帰完成日「第二十二軍司令部」昭和十五年十二月七日

近衛旅団は、昭和には存在しないよね、近衛師団又は近衛混成旅団だよね。

所で、近衛混成旅団は第二十一軍の指揮下にあったんだよね、君知っていた?

所で当時桜田兵団と言うのが普通だったよね。

今村の回顧録は当時の実情を反映していないようだね、御勉強しないと駄目だね。

Re: 米NY州議会 慰安婦問題で決議案提出

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/14 09:34 投稿番号: [29119 / 29399]
>米NY州議会 「慰安婦」問題で決議案提出へ
「人道に対する罪」 日本政府に謝罪求める

↑州議会が日本国に対し外交権を持っているなどと考えるのかい、君は。

若しそうであれば、米国議会や、米国政府の要求にはもっと従うんだろうね、君は。

例えば、辺野古移転のお話しとか、思いやり予算とかの要求の事だよ。

もっと言えば、集団的自衛権や憲法改正もそうだね。

Re: 日本軍将兵の証言・手記 慰安婦強制の

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/14 08:14 投稿番号: [29118 / 29399]
第59師団は、1942年(昭和17年)2月2日に済南で編成された後、司令部を済南に置き、前身であった独立混成第10旅団の任務を引き継ぎ済南付近の警備や治安維持に従事した。

↑可笑しいよね、証言者は1941年と言っているが、其の年には未だ存在しない師団だよね。

以下の通りなんだよ、編成年月日は。

第五十九師団・第六十九師団臨時編成の伴う不足資材報告の件

昭和十七年四月五日      北支方面軍司令官   岡村寧次

陸軍大臣   東條英機殿

Re: 日本軍将兵の証言・手記 慰安婦強制の

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2013/01/14 07:49 投稿番号: [29117 / 29399]
五十九師団   独立歩兵第四十三大隊第五中隊補充兵   陸軍一等兵   ■■■■

一.発生年月日
   昭和十七年六月三十日

一.違犯事項の概要
   被告は生来酒を好み一日平均約二合の支那酒を飲むを常としありたるが偶々昭和十七年六月三十日十六時頃所属部隊兵器係陸軍軍單碇谷藤四郎他一名と共に所属部隊前の辨公所に於いて飲酒しありたるが酒気に乗じ無断外出し支那遊郭を素見中・・・云々

↑支那遊郭があったんだね、之で満足しなかったのかい、元日本兵証言者達は。

第五十九師団

投稿者: asia1867 投稿日時: 2013/01/14 01:23 投稿番号: [29116 / 29399]
1941年のある日・・・・。

編成時期が違う。

所属部隊を間違える元兵士

怪しげな証言は、洗脳に抵抗した結果なのか。

米NY州議会 慰安婦問題で決議案提出へ

投稿者: nukabosi 投稿日時: 2013/01/14 00:04 投稿番号: [29115 / 29399]
米NY州議会 「慰安婦」問題で決議案提出へ
「人道に対する罪」 日本政府に謝罪求める
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2013-01-09/2013010901_01_1.html より抜粋

  日本軍の「従軍慰安婦」は人道に対する罪だとして日本政府に公式に謝罪を求める決議案が、近く米ニューヨーク州議会上下両院に提出される予定です。


  アメリカではこれまで、1999年にカリフォルニア州議会上院で同様の決議案が通過し、2007年には連邦議会下院で決議が採択されました。昨年9月にはニュージャージー州議会でも類似した内容の決議案2件が上程されています。

  NHKによると、ニューヨーク州議会に近く提出される決議案の草案は、「従軍慰安婦」は多くの人が巻き込まれ、残酷で人道に対する罪に当たるとし、日本政府に対して歴史的な責任を認め、女性たちへの公式な謝罪を求めています。



(写真)ドイツは謝罪したが…    ニューヨークのタイムズスクエアに掲げられた「慰安婦」問題で日本に真の謝罪を求める看板。旧西ドイツのブラント首相がポーランドで、ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺について謝罪した際の写真とともに、「彼(ブラント首相)の行 動が欧州の和解を進めた」「第2次世界大戦中に日本の性的奴隷として強制的に働かされた韓国の女性はいまも、日本による心からの謝罪を待っている」との解説を表示=2012年10月5日、米ニューヨーク

今村回顧録に見る日本軍の慰安所運営関与

投稿者: nukabosi 投稿日時: 2013/01/13 23:59 投稿番号: [29114 / 29399]
今村回顧録に見る日本軍の慰安所運営関与の内容
http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20120916/1347819219 より

「今村均回顧録」(芙蓉書房出版、昭和45年5月15日第1刷、昭和63年3月30日改題第9刷発行、P326-328)

  慰安所

  南寧方面に新設された、第二十二軍司令官に補職された久納中将は、二月中旬、その官舎としている家に、私と桜田近衛旅団長を主賓とし、軍の幕僚各部長ら総数二十名ぐらいを招き、夕会食をやった。軍司令官に就任の披露を兼ねたもの。

  話は大部分、安藤軍のやった大攻勢に関するものであり、その後は雑談に移った。同席していた軍の管理部長が、次のようなことを云いだした。

「話は下がりますが、きょう自動車で十五名ほどの抱え主につれられて、百五十名の慰安婦が到着し、軍管理部で、家屋の都合はつけました。全部を南寧に留めておいてよいか、近衛部隊は南寧から八キロも離れた部落におりますので、そちらには何名ほど移らせたらよいか、ご決定を願い、その方の設備は桜田旅団でやっていただきたいと存じております」

  すると誰かが、

「双方の兵員数に応じ、按分できめたらよいでしょう」

  そういうや否や桜田少将が、

「ご配慮は有難いですが、近衛の兵は、いくらかほかとは違っており、そのほうのご心配は無用にしていただきます」

  と、云う。同少将は性的方面にも謹直の人。

  誰かが、

「近衛の兵は各地方で選ばれている人たちですが、やはり本能上のことは、考えたほうがよいのではありませんか。でないと・・・」

  こうもいったが、やはり、

「私の方の宿営地には、無用にしていただきます」

  はっきりこうことわったので、他の話題に移った。

  慰安所というのは、将兵の性的慰安のためのところであり、わが国内では、戦地のこの種施設をひんしゅくする人が多い。これはわが国軍だけのことではなく、列国軍とともに「特種看護婦隊」の名でやっているとのこと。私もこの名のほうがよいと思う。ずっと以前、誰かから聞いたのだが、往昔わが東北地方の前九年後三年の戦のときも、朝廷は、京女からなる慰安隊を、源氏の軍に送っているとのことである。

  右の日から十日ほどたち、憲兵隊が各部隊の南寧慰安所利用状況を一表にして、参考のためと云い、各隊に配布してきた。それによると、予想に反し、これを利用する人は、近衛部隊の者が一番多く、しかも往復十五キロ以上の道を歩んで来てのことと云う。

  その後桜田少将に会ったとき、遠慮のない間柄のこととて、憲兵隊の調査表のことを話題にして見た。

「五十に手がとどきますと、こんなにも、二十代青年のことがわからなくなるものですかね。私も、あの表を見て驚いてしまい、会食の席での言葉を率直に取り消し、やっぱり部隊の宿営地に分派してもらうことにするつもりでおります」

「(略)君が率直に前言を取り消し、あの設備を宿営地内に設けてやれば、兵は遠路を通う必要がなくなり、きっと喜ぶだろうと思う」

  このように語った。

  しかるに私の師団長宿舎の井田軍曹と従兵三名が、その施設を利用しているように見えない。

「井田軍曹!君たちは、どうしてあそこに行かないのだ。私に遠慮してのことか」

「いいえ、司令部の兵隊たちは皆が憤慨し、『そんなことなら行くまい』と話しあっております」

「”そんなことなら”とは、どういうことか。悪いところは副官部に申しでて、軍管理部にかけあい、なおさすべきだ。遠慮なしにいってごらん」

「一人、一日一枚だけの切符より売らなければよいのですが、一人に何枚も売ります。その方が抱え主にも相手のものにも利益が多いのだそうです。一枚で三十分ですが、五枚買えば二時間半相手を独り占めにします。一枚だけより買えない者は、何時間も待たされ、しかもちっとももてないそうです」

「誰が一度に、そんなに何枚も買うのか」

「将校がた、次が下士官、ですから慰安所は、兵のいけるところではなくなっています」

  かように云う。私はこの事を師団副官に研究させ、軍の管理部と相談の上、一人一日一枚以上買えないことにし、その日の切符はその日だけの通用に制限するようにしたとの事を、聞くには聞いたが、間もなく南寧を去ったので、実効があったかどうかは、知らずに終わった。

今村の記載内容から、慰安婦の配置・配分、慰安所の運営方法に至るまで、日本軍が積極的に関与していることが明白で、「戦場に勝手についてきた\xC4

台湾における「慰安婦」の強制連行

投稿者: nukabosi 投稿日時: 2013/01/13 23:56 投稿番号: [29113 / 29399]
■[戦時性暴力]台湾における「慰安婦」の強制連行
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20120826/p2 より

野田正彰、『虜囚の記憶』、みすず書房

野田氏は台湾の元「慰安婦」16人を診察してこの本で紹介しているが、漢族の女性の場合「看護助手の仕事がある」などと騙されて「慰安婦」にされたケースが目立つのに対し、先住少数民族の女性の場合には拉致されたケースが少なくない。

12   タイヤル族。十七歳のとき、日本兵に捕まり、「飯炊きをすればよい」と言って新竹の軍駐留地へ連れていかれた。八ヶ月間拘束。二一歳で結婚、子ども六人。

13   タロコ族。一一歳のとき、花蓮・瑞穂へ強制移住させられ、過酷な日々を送る。一八歳のとき(一九四四年冬)、近くの日本軍駐留地へ連れていかれた。妊娠して出産、子どもは知人にあずけ、台北で働いて生き抜いてきた。

(……)

16   タロコ族。一七歳のとき、警察の車で花蓮の日本軍駐屯地へ、四人の村の娘と共に連れていかれた。彼女は抵抗し、強姦されていない、その日のうちに帰ったという。

(279-280ページ)

番号は原文にあるもの。他に2名、日本軍の倉庫で数ヶ月間監禁・強姦された先住少数民族女性がいるが(14、15)、倉庫に連れていかれた経緯が記されていないため省略している。

『虜囚の記憶』では他にも海南島と山西省の性暴力被害者を診察した結果が紹介されているが、日本軍将兵にとっての女性のハイアラーキーがかなり明確に現れているのが関心を惹く。野田氏も「植民地台湾の人びとを日本側の人と見ており、海南島や山西省の女性に加えた生殺与奪の暴行はなかったようである」(281ページ)としている。しかし同じ台湾人でも漢族と先住少数民族の扱いには(事例が多くないので断言するのははばかられるものの)違いがあるように思われる。
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