公文書からみるスマラン事件、他
投稿者: nukabosi 投稿日時: 2013/01/14 20:00 投稿番号: [29125 / 29399]
公文書からみるスマラン事件(白馬事件)、他の解説。
http://d.hatena.ne.jp/dj19/20120225/p1
1994年にオランダ政府が公表した『日本占領下蘭領東インドにおけるオランダ人女性に対する強制売春に関するオランダ政府所蔵文書 調査報告書』、それに、戦後のオランダによるバタビア裁判(バタビア臨時軍法会議)の公判記録などを基に、スマラン事件といくつか同様の事件を具体的にみていきます。
■スマラン事件(白馬事件)
オランダ政府の調査報告書には、1944年2月、インドネシア・ジャワ島のスマラン郊外の3ヶ所の民間人抑留所から選び出された17、8歳から20代のオランダ人女性たちが、抑留所で「強い抗議」が起きたにもかかわらず、4ヶ所の慰安所に「力ずくで連行」され、そこで「少なくとも24名」の女性が性行為を強制されたと記載されている。報告書ではさらに、2人は脱走したが警官に捕まり連れ戻され、1人は自殺未遂、1人は精神病棟に監禁、1人は妊娠中絶の処置を受けたと報告している。
(中略)
こうした周到な準備の上、1944年2月下旬、スマラン郊外の数カ所の民間人抑留所から女性が集められた。その際、オランダ人女性には読めない日本語で書かれた同意書に署名させたり、「仕事の種類が記されていなかったことがわかった」(公判での池田大佐の供述)。(1) さらに(起訴状によれば)女性に対し「抵抗すれば家族に最も恐怖すべき手段をもって報復する」と脅迫も行われたという。
(中略)
判決では岡田少佐の行為を「軍の名の下に若い女性を売春目的で強制連行し、理解出来ない日本語の承諾書に署名させ、女性を各慰安所に分け与えて、売春を強制し、強姦した。」と事実認定されている。
(中略)
ところで、この事件を「唯一」とか「例外的」な事件とする主張があるが、そうでないことは、オランダ政府の調査報告書を読むだけでも明らかになる。スマラン事件の現場でもある「スマラン倶楽部」(軍慰安所)で、閉鎖を前にして別の事件が発生しているのである。
■フロレス(フローレス)島事件
1944年4月中旬、憲兵と警察がスマランで数百人の女性を検束し、「スマラン倶楽部」で選定を行い、20名の女性が憲兵によってスラバヤに移送された。そのうち17名(20名のうち2人は逃亡、1人は病気で残留)がさらにフロレス島の慰安所に移送され、そこで売春を強制されたと報告している。
(※憲兵はいい関与どころか、ここでも女性が逃亡しないよう監視している。)
報告書にはさらに、マゲランの事件も記載されている。
■マゲラン事件
この事件は、1944年1月、ムンチラン抑留所から、日本軍と警察が女性たちを選別し、反対する抑留所の民間人の暴動を「抜刀」して抑圧し連行した。その一部は送り帰され身代わりの「志願者」が送られる。そして残りの13名の女性はマゲランに連行され、そこで売春を強制されたと報告されている。
オランダ政府の調査報告書には、これら3つの事件以外にも、未遂1件や強姦事件1件を含め他に6件、計9件の強制連行や性行為を強制した事件が報告されている。
http://d.hatena.ne.jp/dj19/20120225/p1
1994年にオランダ政府が公表した『日本占領下蘭領東インドにおけるオランダ人女性に対する強制売春に関するオランダ政府所蔵文書 調査報告書』、それに、戦後のオランダによるバタビア裁判(バタビア臨時軍法会議)の公判記録などを基に、スマラン事件といくつか同様の事件を具体的にみていきます。
■スマラン事件(白馬事件)
オランダ政府の調査報告書には、1944年2月、インドネシア・ジャワ島のスマラン郊外の3ヶ所の民間人抑留所から選び出された17、8歳から20代のオランダ人女性たちが、抑留所で「強い抗議」が起きたにもかかわらず、4ヶ所の慰安所に「力ずくで連行」され、そこで「少なくとも24名」の女性が性行為を強制されたと記載されている。報告書ではさらに、2人は脱走したが警官に捕まり連れ戻され、1人は自殺未遂、1人は精神病棟に監禁、1人は妊娠中絶の処置を受けたと報告している。
(中略)
こうした周到な準備の上、1944年2月下旬、スマラン郊外の数カ所の民間人抑留所から女性が集められた。その際、オランダ人女性には読めない日本語で書かれた同意書に署名させたり、「仕事の種類が記されていなかったことがわかった」(公判での池田大佐の供述)。(1) さらに(起訴状によれば)女性に対し「抵抗すれば家族に最も恐怖すべき手段をもって報復する」と脅迫も行われたという。
(中略)
判決では岡田少佐の行為を「軍の名の下に若い女性を売春目的で強制連行し、理解出来ない日本語の承諾書に署名させ、女性を各慰安所に分け与えて、売春を強制し、強姦した。」と事実認定されている。
(中略)
ところで、この事件を「唯一」とか「例外的」な事件とする主張があるが、そうでないことは、オランダ政府の調査報告書を読むだけでも明らかになる。スマラン事件の現場でもある「スマラン倶楽部」(軍慰安所)で、閉鎖を前にして別の事件が発生しているのである。
■フロレス(フローレス)島事件
1944年4月中旬、憲兵と警察がスマランで数百人の女性を検束し、「スマラン倶楽部」で選定を行い、20名の女性が憲兵によってスラバヤに移送された。そのうち17名(20名のうち2人は逃亡、1人は病気で残留)がさらにフロレス島の慰安所に移送され、そこで売春を強制されたと報告している。
(※憲兵はいい関与どころか、ここでも女性が逃亡しないよう監視している。)
報告書にはさらに、マゲランの事件も記載されている。
■マゲラン事件
この事件は、1944年1月、ムンチラン抑留所から、日本軍と警察が女性たちを選別し、反対する抑留所の民間人の暴動を「抜刀」して抑圧し連行した。その一部は送り帰され身代わりの「志願者」が送られる。そして残りの13名の女性はマゲランに連行され、そこで売春を強制されたと報告されている。
オランダ政府の調査報告書には、これら3つの事件以外にも、未遂1件や強姦事件1件を含め他に6件、計9件の強制連行や性行為を強制した事件が報告されている。
これは メッセージ 1 (yuu*ou*eiwa さん)への返信です.