南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実
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中国の大不発明
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/12/15 12:03 投稿番号: [24204 / 29399]
中国の四大発明については、世界のお喋り屋が十分に騒いだので、わしは中国の二大不発明(レンズと電気)に気がついたのをきっかけに、それ以外の中国の大不発明はと考えたところ、たちまちたくさん思いついた。多すぎるから興味がなくなった。
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Re: 中国の四大発明 続
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/12/15 05:15 投稿番号: [24203 / 29399]
歴史 [編集]
1281年の弘安の役における「てつはう」を描いた『蒙古襲来絵詞』中国の唐代(618年 - 907年)に書かれた「真元妙道要路」には硝石・硫黄・炭を混ぜると燃焼や爆発を起こしやすいことが記述されており、既にこの頃には黒色火薬が発明されていた可能性がある。
日本人が初めて火薬を用いた兵器に遭遇したのは13世紀後半の元寇においてである。当時の様子を描いた『蒙古襲来絵詞』(竹崎季長
永仁元年2月9日(1293年)和暦は改元前のため実際は正応6年か。)の写本の図には、元軍が用いた「てつはう」と呼ばれる兵器が描かれている。「てつはう」は鉄球に火薬をつめた炸裂弾で、強力な弓の先端につけて発射された。ただし、この「てつはう」(とモンゴル兵)は江戸時代の加筆であるとする説もある(佐藤鉄太郎『蒙古襲来絵詞と竹崎季長の研究』、2005年)。
ヨーロッパで初めて火薬を製造したのは13世紀イギリスのスコラ学者であるロジャー・ベーコンとされていたが、その火薬の製法の写本は偽書とされており現在は疑問視されている。 また、ドイツではベルトルド・シュバルツなる人物が火薬を発明したとされているが、これも伝説のようである
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紙と印刷技術の年表
投稿者: maximirion 投稿日時: 2010/12/15 01:15 投稿番号: [24202 / 29399]
【紙と印刷技術の年表】
年 代
印
刷
印刷関連
前4000頃 (バビロニア)押圧印刷
前3500頃
パピルスが作られる
前3000頃 (メソポタミア)円筒印章(シリンダーシール、スタンプシール)
前220頃
パーチメント
105
(中国)蔡倫が紙を作成、
王に献上する
100年代 (中国)石経の拓本、印仏・摺仏がつくられる。
285
(日本)中国より竹墨の製法、漢字、紙が伝来する。
610
(日本)中国より製紙法が伝来する。
7〜8世紀 (中国)木版印刷
8世紀前半 (韓国)「無垢浄光大羅尼経」印刷。 <推定される現存最古の印刷物>
765〜770頃(日本)「百万塔陀羅尼経」印刷。 <記録ある現存最古の印刷物>
868 (中国)「金剛般若波羅蜜経」印刷。<現存最古の印刷書籍>
1041〜1049 (中国)畢昇、膠泥製の活字をつくる。
(フランス)エーローに製紙工場が作られる
1195 (日本)「成唯議論述記」の版木がつくられる。印刷物を「春日版」と呼ぶ。
1234〜1241 (韓国)鋳造活字による「詳定礼文」刊行。 <現存最古の金属活字印刷物>
1314 (中国)王偵、木製活字による「農書」22巻を刊行。
<巻末に活字の製法・文選・植字・印刷工程を付記>
1300前半 (日本)京都五山を中心に木版印刷の出版物刊行。印刷物を「五山版」と呼ぶ。
1400頃
(ヨーロッパ)中国より木版印刷術が伝来する。
1403
(韓国)官立の銅製活字鋳造所がつくられる。
1423 (ドイツ)「聖クリストファの図」印刷。<欧州における現存最古の木版印刷物>
1445頃 (ドイツ)グーテンベルク、活版印刷術を発明する。
<グーテンベルクの印刷技術革命>
1457 (ドイツ)フストとシェッファーにより、はじめての3色刷りが行われる。
1460頃 (ドイツ)シェッファー、活版印刷を企業化する。
(イタリア)フィニゲラ、彫刻凹版印刷技法(金属板蝕刻法)を考案する。
<エッチングのさきがけ>
1469 (イタリア)独人ヨハネスの設けた印刷所で「オールド体」
「アンチック体」が使用される (ニコラ・ヤンノンの作と推定される)。
1470 (イタリア)仏人ニコラス・ジャンセン、新活字「ローマン体」を鋳造する。
1474 (ドイツ)ドライポイント凹版が行われる。
1486 (ドイツ)ラートドルト、ローマン体3種・ゴシック体3種を含む活字見本帳を刊行する。
1488 (イタリア)アルドゥス・マルティヌス、小型本を刊行。イタリック活字が使用される。
1513 (ドイツ)「マクシミリアン皇帝の祈祷書」刊行
(手写体を模したフラグトゥーアを用いる。ドイツ文字のはじまり)。
(ドイツ)グラーフ、エッチング(腐食凹版技法)発明。
1516 (イギリス)「ユートピア」刊行。<現存最古の鋼活字本>
1536 (イタリア)「カゼッタ」発刊。<最初の活版印刷新聞>
1590 (日本)イエズス会宣教師バリニャーニによって活版印刷術が伝来する。
印刷物をとくに「キリシタン版」と呼ぶ。
1592 (日本)文禄の役によって李氏朝鮮から銅活字による印刷術伝来。
「古活字版」のはじまり。
1593 (日本)後陽成天皇の命で金属活字により[古文孝経」印刷。
印刷物をとくに「文禄勅版」と呼ぶ。
1597 (日本)後陽成天皇の命で木活字により「勧学文」「錦繍段」印刷。
印刷物をとくに[慶長勅版」と呼ぶ。
1599 (日本)徳川家康の命で円光寺の僧三要らが木活字により「貞観政要」印刷。
印刷物をとくに「伏見版」と呼ぶ。
1608 (日本)本阿弥光悦らが木活字により「伊勢物語」印刷。
印刷物をとくに「嵯峨本」と呼ぶ。
1615 (日本)徳川家康の命で金地院崇伝・林羅山らが銅活字により「大蔵一覧集」印刷。
印刷物をとくに「駿河版」と呼ぶ。
1642 (ドイツ)ジーゲン、メゾチント(金属凹版技法)発明。
1665 (イタリア)ボルタ、携帯用暗箱発明。<写真のはじまり>
1765 (日本)鈴木春信ら、多色刷り版画(錦絵)作成。
1768頃(フランス)バプチスト、アクアチント凹版法発明。
1797 (イギリス)ビュイック、口木版(西洋木版)技法発明。
1798 (ドイツ)ゼネフィルダー、平版印刷術(石版印刷)発明。
1800頃(イギリス)スタンホープ、総鉄製の手引印刷機を発明。
1808 (アメリカ)パーキンス、銅凹版法を完成。
1812 (イギリス)独
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常識としての支那の四大発明②
投稿者: maximirion 投稿日時: 2010/12/15 01:14 投稿番号: [24201 / 29399]
【紙と印刷技術の歴史】
印刷は、740年頃には中国で本格的な木版印刷が始まり、それから約700年後の1445年にドイツのグーテンベルグが鉛合金活字、活版印刷機を発明し「42行聖書」を印刷。
その後活版印刷技術はヨーロッパ全土に広がり、産業革命により印刷技術は飛躍的な発展を遂げ、活版印刷以外の印刷方法が次々と発明され今日に至っている。
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常識としての支那の四大発明①
投稿者: maximirion 投稿日時: 2010/12/15 00:54 投稿番号: [24200 / 29399]
【教科書における記述】
(近年、教育改革として世界史の記述から削除または記述削減している。)
『詳説
世界史』佐藤次高・木村靖二・岸本美緒著(山川出版
2004年3月)
A 宋代の文化(P90)
「唐代ころにはじまった木版印刷は宋代に普及し、また活字印刷法も発明された。羅針盤や火薬の実用化もはじまり、これらの技術はイスラーム世界をつうじてヨーロッパに伝わった。」
B 地中海世界の交流(P151)
「また、11〜13世紀には、十字軍とムスリム群との戦争にもかかわらず、地中海を経由して先進的な知識や技術がイスラーム世界からヨーロッパにもたらされた。医学・哲学・数学・化学などのアラビア語の著作は次々とラテン語に翻訳され、ヨーロッパ近代科学の誕生に大きく貢献した。さらに、イスラーム教徒が中国から学んだ製糸法・羅針盤・火薬なども、シチリア島やイベリア半島を経由してヨーロッパに伝えられた。」
C
科学と技術
「大航海時代とルネサンスの時代には、科学の新しい考え方がうまれた。16世紀の前半、ポーランド人コペルニクスは、古代の天文学に刺激されて地動説を唱え、聖書の天地創造説話にもとづく天動説を採っていた協会の世界観に挑戦した。また、技術面でも重要な改良・実用化が行われ、ヨーロッパの社会に大きな影響をあたえることになったが、それらはいずれも、もともとは中国で発明されたものであった。
羅針盤は中国の宋で知られていたが、14世紀のイタリアで改良され、天文学や海図製作の発達とあいまって、遠洋航海を可能にした。火薬もすでに元で実戦にもちいられていたが、その後ヨーロッパで火砲が発明されて、従来の戦術を一変させ、騎士が没落することになった。さらに、15世紀なかばごろドイツ人グーテンベルグが改良した活版印刷術は、製糸法の伝播と結びついて、書物の製作を従来の写本よりもはるかに迅速・安価なものとし、新しい思想の普及に大きく貢献した。」
『新編新しい社会
歴史』(東京書籍
1998年2月)
宋の社会と高麗(P63)
「南の長江の流域の開発が進み、すぐれた陶磁器や絹織物などがつくられ、各地に都市も発達した。火薬、羅針盤などがヨーロッパにさきがけて実用化され、活字も発明された。」
ルネサンスと科学(P106)
「建築や科学、思想にも自由で合理的な試みが広がった。中国で先に発明されていた火薬、羅針盤、活版印刷が、このころ改良され、実用化した。」
※ 日本語に不自由な者には、「ルネサンスと科学(P106)」にある
「中国で先に発明されていた火薬、羅針盤、活版印刷が、このころ改良され、実用化した。」
という記述が、キリスト教文化圏が東アジアやイスラム圏に遅れての実用化を果たしたことを示す記述だということが理解できないのだろう。
これは メッセージ 24199 (maximirion さん)への返信です.
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anthony_749 のブサヨな歴史観
投稿者: maximirion 投稿日時: 2010/12/15 00:39 投稿番号: [24199 / 29399]
中学生に駄目出しされかねん歴史認識だな。
こんな奴が歴史の事実だの言うのだから、笑える。
Re: 中国の四大発明 続 2010/12/14 19:34 [ No.24198 / 24198 ] 投稿者 : anthony_749
>発明実用化したのは中国です、脳無し君。
残念だね。
中国人は発明はしたものの実用化することはできなかった。
欧州におけるそれらの発明の「実用化」とは以下のとおり。
・コロンブスの新大陸の発見をはじめとした大航海時代。
・カトリック、プロテスタントの宗教戦争における銃器、大砲の実践的な使用。
・グーテンベルクの印刷による聖書の普及とキリスト教の浸透。
これは メッセージ 1 (yuukouheiwa さん)への返信です.
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Re: 中国の四大発明 続
投稿者: anthony_749 投稿日時: 2010/12/14 19:34 投稿番号: [24198 / 29399]
>発明実用化したのは中国です、脳無し君。
残念だね。
中国人は発明はしたものの実用化することはできなかった。
欧州におけるそれらの発明の「実用化」とは以下のとおり。
・コロンブスの新大陸の発見をはじめとした大航海時代。
・カトリック、プロテスタントの宗教戦争における銃器、大砲の実践的な使用。
・グーテンベルクの印刷による聖書の普及とキリスト教の浸透。
これは メッセージ 24197 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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Re: 中国の四大発明 続
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/12/13 23:26 投稿番号: [24197 / 29399]
>実は、火薬、羅針盤、印刷などは中国で発明されたのですが、それを実用化したのは西洋人です。
↑これは真っ赤な嘘ですよ、脳無し君。
発明実用化したのは中国です、脳無し君。
それを依り効率よく発展させたのが、西洋です、脳無し君。
これは メッセージ 24195 (anthony_749 さん)への返信です.
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Re: 中国の四大発明 続
投稿者: maximirion 投稿日時: 2010/12/13 23:10 投稿番号: [24196 / 29399]
錬金術も占星術もキリスト教の産物ではないし、キリスト教が育んだものでもないのさ。
火薬の実用化は、中華文化圏が自前でやっているが、西洋人は是をまた別の使い方に転用しただけの話だ。
印刷の実用化も中華文化圏なりにできていたが、西洋ではまた別の工夫が為されて発展しただけのこと。
文化が交流すれば双方の発明が発案を生み合い相互発展するものだ。
相互発展する中で、各々の文化や環境その他の背景の違いで実用の仕方に差が生じるってことだ。
西洋は、総体連鎖としてのメカニズム解析が出来ない故に個別解析や細分化分析という方向でその特性が花開いたが、その連鎖や関連に因るメカニズムの解明には未だ不明な文明と言えるのさ。
だから、今になって中華文化圏などの東洋的連鎖と干渉のメカニズム解析を基礎とした様々な学術や技術との融合を目指す指向が西洋でも顕著になってきているのだよ。
その中で、日本が持ち育んできた特質というものがまた別に存在する故に、中華文化圏や西洋文化圏にも無かったその特質が数百年前から尊重され、現在尚その基礎と伝統を継承した生産物は、世界で少なからぬ影響力を持って浸透しつつあるのさ。
レスした投稿文の一文節にある「支那人は思いつかなかった」というのは、支那に於いては統一国家としての国号を持たなかったに等しい歴史と伝統と世界観、つまり中華思想に因って”己の姿は客観されない”という特質の顕れを云ってるのだよ。
支那人が自分たちの当たり前に実用化する技術のより以上の有用性に気付かなかった以上に、西洋人がその素晴らしさに気付かずに歴史を重ねた多くの事物や思想や発想や技術というものが存在するのも事実さ。
それは日本に於いても言えること。
砂漠化する文明と砂漠化しない文明が何故あるのかって話と同じ。
自然の循環を人間が一定の食料文化を維持する循環の中に封じる叡智が、古代支那人と近代に至る日本人の中にあったのだけどね。
キリスト教を何も知らない者が、一神教文明を言い募っても当の総本山である教会やその権威の下にあるアカデミズムから見れば、只の戯言。
一神教を貫けば、自らの聖典に仕立てた聖書の原典由来の消せない本質的教義との矛盾を露呈するばかりか信徒も宗徒も満足に得られない歴史を経て三位一体というこじつけに等しいレトリックで、多くの民族の信仰の根源である慈母信仰や自然崇拝或いは祖先信仰を包み込んで帰依させるに至ったのさ。
ローマ国境として教会成立させて後のキリスト教世界などというのは、統治の為に信仰を教会組織という洗脳装置で従属させるメカニズムで動いた世界だ。
キリスト教世界に多くの自由が欠如し、それに対して東洋の専制的国家が実は多くの自由を許容した中で立脚した現実すら知らんのだろう。
支那と欧州の歴史を比較する知能が無い者には到底信じられないことだろうが、政治や統治という面では欧州は支那に遠く及ばない現実が今尚あるということだ。
何故品は、数千年前から広大な土地で膨大な人口が増え続けてこれたのか。
どの時代でも欧州全体の倍は人口があってそれでも統一政府の下に統治される時間の方が圧倒的に長いのだよ。
欧州国家が分裂や吸収或いは勃興や滅亡を繰り返して稀にしか統一されないばかり統一されても長続きしないで戦争に明け暮れるのをしり目に、彼らは統一された地域として一政府が責任を持って統治するにはどうすべきかということで文化文明を築き続けたのさ。
右から左へ他人の言質や見識を脳味噌に張り付けるだけの者に、何が優れ何が劣るのかという異文明間の違いや相互に影響し合うことでの発展とそこから分れる独自性の違いを認識し、双方を認めるということなどあり得んのだろうな。
自分達の住む社会のスケールに照らして、全く違うスケールで存在する社会のメカニズムを量るあいだは、その創造や推察が現実に迫ることなど永久に無いのさ。
日本やアメリカ或いは欧州やその他の多くの国家の様に、経済の崩壊でその国家が一国として浮き沈みするが如きに、支那にメカニズムが働くと思ったら大間違い。
最悪でも幾つかの地域に対等な統一政府が出来ての分裂であって、そこで生じる地域格差が再び一つの統一政府を求めて集約するのさ。
何故、蒋介石が台湾へ逃げ込んだのかというのと同じ話なんだよな、実は。
これは メッセージ 24195 (anthony_749 さん)への返信です.
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Re: 中国の四大発明 続
投稿者: anthony_749 投稿日時: 2010/12/13 22:19 投稿番号: [24195 / 29399]
>「支那の四大発明」は西洋人が言い出したのであって、支那人は思いつかなかった。
実は、火薬、羅針盤、印刷などは中国で発明されたのですが、それを実用化したのは西洋人です。
中国人はそれを実験、観察して数学的な法則を見つけることができなかった。
しかし西洋人はそれができました。
それはなぜか?
一神教であるユダヤ・キリスト教的な自然現象のなかに一つの決まりごとを求める性向が、錬金術、占星術などを通じて自然法則を発見し、数式化することができたのです。
これは メッセージ 24182 (unhoo さん)への返信です.
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中国では人食いが美談です、孔子学院では
投稿者: stmtr314stmtr 投稿日時: 2010/12/13 18:11 投稿番号: [24193 / 29399]
中国では、戦争の最前線に他民族等の部隊を配置し、最前線の部隊が退却等したら射殺するための部隊を後ろに配置する。
そして、その最前線の部隊が壊滅したら、別の他民族の部隊を最前線に送り、後ろに部隊は引続き退却しないように監視する。もっとも、その後ろの部隊もその後ろの部隊に監視されてもいる。
だから戦争になれば、敵から撃たれて死ぬ人数よりも味方から撃たれて死ぬ人数が多いと言われ、南京事件でも味方の中国人から撃たれて死んだ中国人兵士が多かったのでしょう、、、、か。
日本は、約1200年の間、中国大陸を支配する正当な政権と正式な国交を結んだことがない。これは歴史的な事実である。正式な国交の期間は高々百数十年でしかない。
中国とは正式な国交は結ばないことが日本にとって最良の選択である、、、中国あるいは日中友好は災いでしかない、、、、これが古来からの日本人の英知・知恵なのでしょう。
世界四大文明発祥の地ということで、日本人は異常に中国を崇めますが、実態は酷いものです。
日本でも有名な三国志・劉備の逸話等においても「人食いを大変な美談」としておりますが、更に中国では、親が病で倒れたら子供は自分の腿肉を切って親に食わせることが孝行であるとされている。このように、世界中で人食いを美談とするのは中国・漢人だけです。
文部科学省推薦の優良図書でもある水滸伝の日本語訳は、意図的に誤訳していて人食いが判らなくなっていますが、本来の水滸伝は初めから終わりまで人食い物語が随所に出てきます。
中国人の子供達は幼少の時から、この反吐の出る・気色の悪い人食い水滸伝を「楽しく」・「ワクワクとして」・「嬉々として」・「愉快に」、子守唄のように聞いて育った人々です。このような中国人・漢人の鬼畜のようなメンタリティを理解できませんし、解したくもありません。
ただ少なくとも日本人は、中国人・漢人と付き合う際には心得ておくべき最低限の知識です。
中国の諺として有名なものに「中国人(漢人)は四足の食台以外は何でも食べる」というものがあるが、比喩ではなく事実で、人肉も食べるという意味で使われたのが本来の意味でしょう。
昔の中国の食料市場では、人肉が売られていたことがマルコポーロの東方見聞録等にも記載されているが、日本人の翻訳者が何を思ったのか「事実ではない」等と訳の判らない注釈を付けています。
学者は信用なら無いという見本ですが、坊主はもっといけません。
人肉の値段も子供(不明)・女(1斤8銭)・男(1斤7銭)の順で安くなるそうです。中国人は、人間を「両脚羊」と呼んでもいましたが、丁度、羊のマトンとラムの連想を思い出します。
漢方の本草拾遺や本草綱目にも、人肉・人間の薬効が記されていますが、中国の奴隷制度等と「両脚羊」とを織り交ぜると、次のような推測も強ち間違いではないでしょう。
当時の中国人は、豚や牛のように人間を家畜として飼育していた。
あるいは薬効が確かめられるほど、組織的・体系的に人食いをしていた。
さらに王朝交代の度に、人口が10分の1まで何度も激減したが、これも漢人同士が共食いしたためでしょう。
子供と女とを先に食べる中国人の食文化から考えれば、人口が増える筈も無く、最近のアフリカ等で起きた大飢饉でも人口が減らないことも、この補強材料です。
追伸
半世紀前の文化大革命の時でも人食いが大流行したが、その時も、馬鹿な日本の左派学者・朝日新聞・岩波書店などは「文化大革命バンザイ」でしたね。
また孔子の頃の諸国の王は「人食いが大好きです」が、その孔子も「ししびしお」という塩辛・生ハムが大好物と言われます。愛弟子が殺され「ししびしお」とされた時に、家にある「ししびしお」を全て捨てたと記録にありますから、それは人肉に間違いないでしょう。(学者は反対のこと書きますが)
ところで中国が世界各地に開講している孔子学院では、人肉の捌き方や人肉の調理方法、特に美味しい人肉「ししびしお」の作り方でも教えるのでしょうかね。流石です、人食い料理が盛んな中国は一味違う、、、、笑
これは メッセージ 24179 (stmtr314stmtr さん)への返信です.
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Re: 慰安婦 証言集会
投稿者: neonanashinogonbei 投稿日時: 2010/12/13 17:48 投稿番号: [24192 / 29399]
知りもしないのに、単に日本人を罵倒したいだけでは、
君自身が惨めなだけだよ!
これは メッセージ 24189 (fukagawatohei さん)への返信です.
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人格が崩壊した狂人fukagawatohei
投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2010/12/13 17:44 投稿番号: [24191 / 29399]
何が何だか分らないことが書かれているが、
とにかく日本人への憎悪であるのは間違いない。
もちろん理由も根拠もない。
狂人fukagawatoheiの人格は崩壊している。
これは メッセージ 24148 (koudousuru009 さん)への返信です.
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Re: 慰安婦 証言集会
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/12/13 14:04 投稿番号: [24190 / 29399]
親子嘘吐き君は中国人だったんだね、大嘘つきという訳だ。
これは メッセージ 24189 (fukagawatohei さん)への返信です.
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Re: 慰安婦 証言集会
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2010/12/13 13:07 投稿番号: [24189 / 29399]
>実に色情狂敵国民ですよね。
そういう意味では、古本屋さんは親子そろって中国人ですね。
これは メッセージ 24186 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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Re: 旧暦
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/12/13 12:31 投稿番号: [24188 / 29399]
暦には余り知識はなかったけども、中国暦は非常に面白いようですね。
夏暦・農暦・陰暦・旧暦等があって太陰太陽暦と総称するそうですね。
芿時代には時憲暦が公式な暦だったそうですね。
辛亥革命後にグレゴリオ暦に変わって、時憲暦の置閏法に基づいた暦が農暦の名称で使われているそうですね。
之は日本の旧暦に当たるそうですね。
中国の歴史は面白いですね。
これは メッセージ 24187 (unhoo さん)への返信です.
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旧暦
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/12/13 11:54 投稿番号: [24187 / 29399]
>
http://www.geelake.com/cnCalendar/?year=1944
>之が中国の旧暦カレンダーですよ。丁度1944年。
________________
日本で旧暦と言っているものは、現在の中共では農暦と言い、台湾では農民暦と言う。
暦学者が計算した暦は、そのままではその学者の「学説」であって暦ではない。どこかの国の政府が暦として採納し、国民に公表して、はじめてその國では暦になる。
孫文の革命軍が清朝を倒すと、すぐに世界の文明国でおこなわれているグレゴリオ暦という太陽暦に改めた。だから現在では日本の旧暦、台湾の農民暦、中共の農暦は暦とは言えず、単なる学説である。この「学説」は日本、台湾、中共の学者が別々に計算しているが、おおむね一致する。清朝は滅亡したとき、数十年先までの暦をすでに発表していた。国は滅びても、暦は残った。「1944年の中国の旧暦カレンダー」は多分清朝が公表したものの内だろう。現在では清朝の発表した暦はもう終わっていて、中共の学者が農暦を計算している。
どうもうまく説明できなくて困る。わしは専門家ではなくて、興味を持っていた故に、本を読んで、一知半解になっただけである。
これは メッセージ 24184 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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Re: 慰安婦 証言集会
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/12/13 10:39 投稿番号: [24185 / 29399]
解
説:桂林に侵攻した日本軍と大陸打通作戦
↑此の解説は完全な間違い、一号作戦(大陸打通作戦)は、昭和14年から。
この様な馬鹿な解説者が居るから、馬鹿が混乱する。
これは メッセージ 24174 (nukabosi さん)への返信です.
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Re: 慰安婦 証言集会
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/12/13 09:00 投稿番号: [24183 / 29399]
実は数え年に新暦と旧暦が混じるのが中国の年齢の数え方。
だから、同じ日に生まれても四五歳の年の開きが出るのは、現在の中国でも同じ事らしいですね。
以下に中国で教鞭を執った方の例を引用します。
中国で日本語の教鞭をとっていた■■■さんという方がおられるが、縁あってハルピンでの教学体験を私のホームページで連載されている。最近の報告でたまたまこの問題について述べているので、引用しておこう。
<<いつだったか、まさか……と思って、学生に「誕生日は旧暦で祝わないよね?」と尋ねたことがあります。意外にも、返ってきた返事が「いいえ、旧暦です」「えっ?」私は目が点になりました。すると、近くにいた別の学生が「私は旧暦じゃないよ」と言うのです。
「じゃあ、みんなが履歴書に書いてくれた生年月日は?」
「私は新暦で書きました」
「私は旧暦です。戸籍が旧暦ですから」
「戸籍?と言うことは、戸籍も旧暦と新暦があるの?」
「どちらでもいいです」
と、驚きのやり取りをしてわかったことは、生年月日の記載は新暦でも旧暦でもよく、特にどちらかということを明記する必要もないとのことでした。
以前から、学生の履歴書を整理していて、大学卒業の年が22歳の人と、25歳の人、26歳の人、いろいろいたので不思議には思っていました。たぶん、浪人や留年だろう……と深く追求しなかったのですが、「暦」の問題も絡んでいそうです。
これは メッセージ 24180 (unhoo さん)への返信です.
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中国の四大発明 続
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/12/13 07:24 投稿番号: [24182 / 29399]
支那は国土が広い。古代支那文明の中心地であった洛陽、長安から見ると北極星の位置は高く、もうひとつの支那古代文明中心地の揚子江下流地帯から見ると北極星の位置は低い。これによって大地は平面でなく球状であることを思いつくことは可能である。しかし支那人は明代に西洋から来たイエズス會士から地球というものを教えられるまでは、大地は無限に広がった平面だと思っていた。
支那人は月とは何か、太陽とは何かを全く論じなかった。ヨーロッパ人は二千年前からこの問題を議論していた。
「支那の四大発明」は西洋人が言い出したのであって、支那人は思いつかなかった。西洋人が言い出したことで支那人を尊敬していないで、支那人にはには出来なかった事が沢山あったことにも注意するべきである。
これは メッセージ 24181 (unhoo さん)への返信です.
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中国の四大発明
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/12/13 03:12 投稿番号: [24181 / 29399]
>世界四大文明発祥の地ということで、日本人は異常に中国を崇めますが、
レス:
人類がなしとげた重大発明のうちに、中国人が全く参与しなかったものを、今即座に二つ思い当った。ひとつはレンズである。レンズによって、望遠鏡と顕微鏡が作られたが、中国人はこれには全く参与していない。望遠鏡で木星を見て、木星の衛星を発見し、天動説は間違いで地動説が正しいことがわかり、ニュートンの力学がうまれた。顕微鏡によって微生物が発見され、多くの病気が細菌によって引き起こされることがわかって、真正の医学がうまれた。
西洋人はギリシャ時代から静電気現象に気がついていたが、中国には電気に関する発明はない。18世紀頃から主として英国で電気学が発達し、今日のように電気なしには人間の生活はない時代になった。
これは メッセージ 24179 (stmtr314stmtr さん)への返信です.
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Re: 慰安婦 証言集会
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/12/13 02:33 投稿番号: [24180 / 29399]
>中国の年齢の数え方、生まれた時が1歳、新年が来たら1歳プラス、次の年で3歳になる。
レス:
この数え方は「数え年」と言って、戦前は日本でもおこなわれていた。遅生まれ(4月から12月までの生まれ)の子は数え年8歳の4月1日小学校に入学する。早生まれ(1月から3月までの生まれ)の子は数え年7歳の4月1日に小学校に入学する。
わしの入った小学校では、遅生まれの子と早生まれの子とはクラス(教室)を別にしていた。すると理論上では、同じ学年の早生まれの子の人数は、遅生まれの子の人数の33%しかないはずだが、事実は90%ぐらいあった。このことは親たちが3、4、5月にほかの月よりも3倍セックスに励んだ証拠になる。すなわち人間以外の動物の発情期に一致する。
これは メッセージ 24177 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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中国では人食いが美談です、孔子学院では
投稿者: stmtr314stmtr 投稿日時: 2010/12/12 16:49 投稿番号: [24179 / 29399]
中国には人食いが無数に数限りなくあるが、日本には数えるほどしかない。このように歴史は厳しいために、最近も出没するキチガイに元気が無い。頑張れ、頑張れ、、、、人食い孔子が泣くぞ。
日本は、約1200年の間、中国大陸を支配する正当な政権と正式な国交を結んだことがない。これは歴史的な事実である。正式な国交の期間は高々百数十年でしかない。
中国とは正式な国交は結ばないことが日本にとって最良の選択である、、、中国あるいは日中友好は災いでしかない、、、、これが古来からの日本人の英知・知恵なのでしょう。
世界四大文明発祥の地ということで、日本人は異常に中国を崇めますが、実態は酷いものです。
日本でも有名な三国志・劉備の逸話等においても「人食いを大変な美談」としておりますが、更に中国では、親が病で倒れたら子供は自分の腿肉を切って親に食わせることが孝行であるとされている。このように、世界中で人食いを美談とするのは中国・漢人だけです。
文部科学省推薦の優良図書でもある水滸伝の日本語訳は、意図的に誤訳していて人食いが判らなくなっていますが、本来の水滸伝は初めから終わりまで人食い物語が随所に出てきます。
中国人の子供達は幼少の時から、この反吐の出る・気色の悪い人食い水滸伝を「楽しく」・「ワクワクとして」・「嬉々として」・「愉快に」、子守唄のように聞いて育った人々です。このような中国人・漢人の鬼畜のようなメンタリティを理解できませんし、解したくもありません。
ただ少なくとも日本人は、中国人・漢人と付き合う際には心得ておくべき最低限の知識です。
中国の諺として有名なものに「中国人(漢人)は四足の食台以外は何でも食べる」というものがあるが、比喩ではなく事実で、人肉も食べるという意味で使われたのが本来の意味でしょう。
昔の中国の食料市場では、人肉が売られていたことがマルコポーロの東方見聞録等にも記載されているが、日本人の翻訳者が何を思ったのか「事実ではない」等と訳の判らない注釈を付けています。
学者は信用なら無いという見本ですが、坊主はもっといけません。
人肉の値段も子供(不明)・女(1斤8銭)・男(1斤7銭)の順で安くなるそうです。中国人は、人間を「両脚羊」と呼んでもいましたが、丁度、羊のマトンとラムの連想を思い出します。
漢方の本草拾遺や本草綱目にも、人肉・人間の薬効が記されていますが、中国の奴隷制度等と「両脚羊」とを織り交ぜると、次のような推測も強ち間違いではないでしょう。
当時の中国人は、豚や牛のように人間を家畜として飼育していた。
あるいは薬効が確かめられるほど、組織的・体系的に人食いをしていた。
さらに王朝交代の度に、人口が10分の1まで何度も激減したが、これも漢人同士が共食いしたためでしょう。
子供と女とを先に食べる中国人の食文化から考えれば、人口が増える筈も無く、最近のアフリカ等で起きた大飢饉でも人口が減らないことも、この補強材料です。
追伸
半世紀前の文化大革命の時でも人食いが大流行したが、その時も、馬鹿な日本の左派学者・朝日新聞・岩波書店などは「文化大革命バンザイ」でしたね。
また孔子の頃の諸国の王は「人食いが大好きです」が、その孔子も「ししびしお」という塩辛・生ハムが大好物と言われます。愛弟子が殺され「ししびしお」とされた時に、家にある「ししびしお」を全て捨てたと記録にありますから、それは人肉に間違いないでしょう。(学者は反対のこと書きますが)
ところで中国が世界各地に開講している孔子学院では、人肉の捌き方や人肉の調理方法、特に美味しい人肉「ししびしお」の作り方でも教えるのでしょうかね。流石です、人食い料理が盛んな中国は一味違う、、、、笑
これは メッセージ 24138 (stmtr314stmtr さん)への返信です.
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Re: 慰安婦 証言集会
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/12/12 15:15 投稿番号: [24177 / 29399]
1944年11月に強姦されたと言うことですね。
息子の年が65歳、母親の年が86歳、と言うことは21歳の年に生んだと言うことですよね。
2010−86=1924生まれと言うことで間違いないですよね。
子供との年齢差は21歳。
中国の年齢の数え方、生まれた時が1歳、新年が来たら1歳プラス、次の年で3歳になる。
と言うことは此の中国人は自分の年齢も計算できないと言うことですね。
当然息子の年齢も間違いの様ですね。
現在でも年齢はこの様に計算するそうですよ。
これは メッセージ 24174 (nukabosi さん)への返信です.
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Re: 慰安婦 証言集会
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/12/12 15:01 投稿番号: [24176 / 29399]
中国では夫が居ない間に、売春することは、恥でも何でもありませんでした。
売春を強姦などと言う人の証言は当てになりませんね。
これは メッセージ 24174 (nukabosi さん)への返信です.
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Re: 慰安所の「天国」と「地獄」
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/12/12 14:59 投稿番号: [24175 / 29399]
脳無し君は、自分で考えることが出来ないんだね、脳が無いから、脳無し君。
実に稼ぐもんだね、売春婦は、脳無し君。
哈爾浜の醜業婦に対する遊興費
芸妓
一時間
1円80銭
午後六時より又は五時より午後十二時迄
十一円三十銭
午後十二時より午前十時迄
十一円三十銭
酌婦
一時間
三円
午後十一時頃より午前七時迄
七円
午後八時頃より午前七時頃まで
八円
これは メッセージ 24169 (anthony_749 さん)への返信です.
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慰安婦 証言集会
投稿者: nukabosi 投稿日時: 2010/12/12 14:52 投稿番号: [24174 / 29399]
■[慰安婦]証言集会のお知らせ
『中国・桂林の元慰安婦・葦紹蘭さんを迎えて』〜日本兵を父に持つ息子
羅善学さんとともに〜
http://d.hatena.ne.jp/Stiffmuscle/20101205/p1
1944年11月、葦紹蘭さんは桂林近郊の桂東村に住んでいました。日本軍が来ると聞いて、夫とともに山に隠れましたが、2〜3週間経った頃、娘をおぶって洞窟を出たところで日本軍に捕まり、6〜7人の女性たちと馬嶺鎮の慰安所に監禁され、日本兵に強姦される毎日が三ヶ月間続きました。
見張り番兵士の隙を見て、子供を抱えて逃げることができましたが、夫にも慰安所のことを話せませんでした。やがて、慰安所で身ごもった子供が生まれると、村人からは「日本鬼子」と噂され、夫からは「売女」と罵られるようになりました。
葦さんと息子の羅善学(ルオ・シャンシュエ)さんの戦後は、苦難の連続でした。日本兵の子であるために、他のきょうだいから差別され、小学校は途中で退学した羅さん。「私の人生は台無しだから何を望んでも仕方ないが、日本政府は母には謝罪してほしい」と語り、日本政府への嘆願書を書いています。
これは メッセージ 1 (yuukouheiwa さん)への返信です.
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◆「慰安婦」問題に関する正しい認識④
投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2010/12/12 11:53 投稿番号: [24173 / 29399]
●強制連行された慰安婦はいたか?(日本側の調査)
当時、内閣官房副長官だった石原信雄氏は、次のように明らかにしている。強制連行の証拠は見あたらなかった。元慰安婦を強制的に連れてきたという人の証言を得ようと探したがそれもどうしても証言がなかった。納得できる証拠、証言はなかったが(今に至るも発見されていない)「彼女達の名誉のために、これを是非とも認めて欲しい」という韓国側の強い要請に応えて、河野洋平氏が強制的という言葉を使ってしまったというわけです。もう少し補足しますと、この問題の初期の段階では韓国政府は、この問題をあまり問題にしたくないような雰囲気を感じたんですけれども、日本側のいま申した人物がとにかくこの問題を掘り起こして大きくするという行動を現地へいってやりましてそしてこれに呼応する形で国会で質問を行うと。連携プレーのようなことがあって、韓国政府としてもそう言われちゃうと放っておけないという、そういう状況があったことは事実です。
●強制連行された慰安婦はいたか?(韓国側の調査)
韓国で慰安婦問題の取組みの中心となっている「挺身隊問題対策協議会」は、元慰安婦として登録された55名のうち、連絡可能な40余名に聞き取りをした。論理的に話が合うか、など、検証をしつつ、その中から信頼度の高い19人を選んで、証言集を出版した。今まで何らかの機会に、強制連行されたと主張しているのは9人だが、信憑性があるとしてこの証言集に含められたのは、4人のみ。さらにそのうちの二人は富山、釜山と戦地ではない所で慰安婦にされたと主張していて、「従軍慰安婦」ではあり得ない。残る2人が、金学順さんと、冒頭の4〜5千万円相当の貯金をしたという文玉珠さんなのだが、この証言集では、強制連行されたとは述べていない。結局、韓国側調査で信憑性があるとされた証言のうち、従軍慰安婦として強制連行されたと認められたものは、ひとつもない、というのが実態である。
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/24173.html
◆「慰安婦」問題に関する正しい認識③
投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2010/12/12 11:53 投稿番号: [24172 / 29399]
韓国人女性、呉善花氏の証言
従軍慰安婦という言葉は最近になって出てきたものです。慰安婦がいたことは事実ですが、強制的に戦地へ連れて行くことなどは絶対にあり得ません。朝鮮も同じ国内でしたから、法治国家として司法の三審制度もあり、無法地帯ではありませんでした。もちろん、警察権力もしっかりしていました。そういう法治主義システムの網をかいくぐって、婦女子を強制的に連れて行くことなど、当時の朝鮮ではとうていできることではありませんでした。
私は韓国で生まれて二十六歳まで韓国で生活していた間、村の女を軍や総督府の官憲が 強制的に連行したといった話はいっさい耳にしたことがありません。
また、私が『生活者の日本統治時代』で、インタビューした植民地世代の韓国人の誰一人として、 そのような光景を見たことも聞いたこともないといっていますにもかかわらず、最近になってそうした話が出るなんて、まったくおかしなことだというしかありません。日本の左翼活動家が反日民族主義の活動家に入れ知恵して以来、 「そういうことがあったらしい」「そういうことがあったに違いない」「そういうことが事実あった」 というようにエスカレートしていったことは明らかです。こうして「従軍慰安婦」問題は、女子挺身他(女性の徴用者たち)と意図的に混同させられ、 大量の女たちが「従軍慰安婦」させられた、強制連行でそうさせられた、という物語がつくられ、 それがあたかも真実であるかのように韓国国内で信じられるまでになってしまったのです。
「台湾人と日本精神」
蔡焜燦(台湾人)著
より
引き揚げ者の中には、海南島から日本兵と共に引き揚げてきた二十名ほどの台湾人慰安婦の姿もあった。彼女達は我々と同じキャンプに収容されて台湾への帰国を待っていた。彼女らは口々に、「海南島は儲かるし、それよりも兵隊さんが喜んでくれたんです」と語っていた。そうした生の声には、日本で騒がれるような強制連行の(悲劇)などは存在しなかったことを、私のこの耳がしっかり聞いている。(略)1999年、8月号の「正論」に掲載された許文龍氏(実業家であり、李登輝総統の国策顧問)の記事も、まさしくそんな氏の客観的な歴史観と実行力の賜物だったと言っていいだろう。日本でくすぶり続ける慰安婦の「強制連行」なる問題に首を傾げた許氏は、戦時中に慰安婦だった女性を集めてその事実を明らかにしたのである。もちろん結果は、日本の一部のマスコミや学識者がヒステリックに訴えるような「強制連行」なる事実は存在しなかった。
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◆「慰安婦」問題に関する正しい認識②
投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2010/12/12 11:52 投稿番号: [24171 / 29399]
●1989年大分市の青柳敦子氏と在日朝鮮人の宋斗会氏という二人の反日運動家が「慰安婦に日本国家が謝罪と補償をする運動」を起こしました。そして原告を100人と被害者を募集しはじめたわけです。
●1990年韓国梨花大学教授尹貞玉氏は吉田証言を事実と信じ込み、挺身隊と慰安婦を同一視しました。そして日本兵29人に対し、慰安婦1人(ニクイチ)のごろ合わせを用いて、慰安婦の数は朝鮮人だけで17万人から20万人いたと換算しています。大学教授であっても反日とか反体制とかいうイデオロギーに捕らわれると巧みなこじつけをするのは、韓国でも日本でも同じです。
●1991年4月にはソウルの日本大使館が尹氏を呼び、「強制連行の証拠はない」と伝えて韓国挺身隊協議会からの六項目の要求を拒否しました。その六項目とは下記です。
①強制連行を認める
②公式謝罪する
③蛮行の全てを自ら明らかにする
④慰霊碑を建てる
⑤補償をする
⑥歴史教育で語り続ける
●1991年から朝日新聞は従軍慰安婦強制連行に関する一大キャンペーンを開始しました。初めの証言者となった金学順という朝鮮人慰安婦は日本軍に強制連行されたと報ぜられましたが、本人が日本に来て証言したところによれば、14歳の時、家が貧しかったのでキーセンハウスに売られ、17歳になったとき、キーセンハウスの経営者である義父に日本軍の慰安所につれて行かれたことが分かりました。しかし朝日新聞はこれについての訂正記事を出していません。まだ前出の吉田清治の嘘の証言も真実として報道しました。更に宮澤首相訪韓の時に合わせて「挺身隊の名で連行された慰安婦の数は8万人とも20万人とも言われる」という嘘の解説を載せました。その結果、1992年1月宮澤首相は韓国でこの件について謝罪せざるを得ないようになりました。また、その後も河野官房長官談話でこれを追認した形になりました。この二人の日本高官の行った軽率な謝罪が国連に対するクマラワスワミ女史(スリランカ)の「日本軍性的奴隷問題に関する報告書」の中で、日本政府がその犯罪を認めたとされることになったのです。
●1992年1月14日、韓国ではマスコミが一斉に「小学生までが慰安婦にさせられた!」というショッキングなニューズを流しました。ところがこれがまた大言誤報で、真相は女子児童が挺身隊として勤労動員されたというだけの話だったのです。つまり挺身隊=慰安婦というデマを信じたマスコミの判断であったのです。
●1992年11月中央大学教授吉見義明編「従軍慰安婦資料集」が刊行されましたが、その中に「強制連行」を示す資料は一つもありませんでした。その本の解説の中で吉見教授は「一般には、強制連行というと人狩りの場合しか想定しない日本人が多いが、これは狭義の強制連行であり、詐欺などを含む広義の強制連行の問題をも深刻に考えてしかるべきであろう」と述べています。この人はこれまで「強制連行はあった」と論じてきたのに、色々調べていった末、それを裏付ける資料がないことが分かると論点をすり換えて「広義の強制連行」を考えるべきだなどと言い始めました。また「政府が資料を隠しているのかもしれないから、それが出てきたら事情が変わってくる」と暗示しているのも学者らしい狡さを見せつけられます。
●1997年1月3日の「朝まで生テレビ」に出演した吉見義明教授は、「植民地での奴隷狩り的強制連行は確認されていない」ことと、および「挺身隊が慰安婦にさせられた例も確認されていない」ことを認めました。これは日本政府の5年前に調査した公式発表と一致するものです。
従って、従軍慰安婦強制連行問題は、議論が出つくして、調査もしつくして決着していると言わねばなりません。
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◆「慰安婦」問題に関する正しい認識①
投稿者: newdendenmaru 投稿日時: 2010/12/12 11:51 投稿番号: [24170 / 29399]
●日本ではじめて「従軍慰安婦」を戦争犯罪として世に広めたのが、千田夏光著「従軍慰安婦」(1973年)および「続・従軍慰安婦」(1974年)です。
この本では、千田氏が「挺身隊」として動員された朝鮮人女性20万人のうち、5〜7万人が慰安婦にさせられたと書いています。しかし「挺身隊」とは軍需工場などへ勤労動員された者のことで「慰安婦」とは全く別のものです。
また、挺身隊員で慰安婦になれと強制された例は一つも確認されていません。これは朝鮮の反日運動家が「挺身隊で連れて行かれる者は慰安婦にさせられる」というデマを流したのを、千田氏がろくに検証もせずに書いてしまったようです。
●次に発行されたインチキ本は「私の戦争犯罪−朝鮮人連行−」吉田清治著(1983年)です。この本で吉田氏は韓国済州島で慰安婦にするための女性狩りを度々行ったと告白した上、日本・韓国およびアメリカなどで謝罪講演をして廻りました。
しかし、千葉大学教授の秦郁彦氏が済州島に行って実際に調査したところ、吉田氏が慰安婦にするための女性を1000人近く徴用したとう事実はないことが判明しました。
それに現地の新聞がすでに「吉田証言に該当する事実はない」と報道していたのです。
韓国政府も国際人権委員会も吉田証言を引用して報告書を書いていますが、それは日本の朝日新聞が吉田証言をとりあげて、これを権威付けたからです。
しかし、今日では、吉田証言は全くの嘘であることが証明されて、本人もフィクション(作り話)であることを認めています。
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Re: 慰安所の「天国」と「地獄」
投稿者: anthony_749 投稿日時: 2010/12/12 11:22 投稿番号: [24169 / 29399]
「脳無し君」を4回も書いているところをみると、ニャンコは錯乱状態のようだね。
君は、真実を突きつけられ追い詰められると混乱し動揺し精神錯乱状態におちいる。
いま君に必要なことはパソコンを休むこと。
ただ感情的になり興奮状態では、何が「真実」なのか、何が「現実」なのかを見極めることはできない。
猫に遊んでもらったりして少しリラックスしなさいね♪
これは メッセージ 24166 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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Re: 慰安所の「天国」と「地獄」
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/12/12 11:04 投稿番号: [24168 / 29399]
スラバヤ警察署の一九二四年末調査に依ればスラバヤ市に於ける売笑婦の数は土人二七九支那人二一〇支那人混血児三〇欧州人六欧州人混血児一〇日本人皆無
当地に於ける売笑婦は車馬に乗り夜間市中の繁華地域を横行するを例とし警察署の調査票には土人二七九人と記載せらるるも実際の数は遙かに多数に上がるべく警察署に於いては時々旅館を探索して之が抑制に努め居り最近旅館取締規則一層厳重の度を加えつつあり
当地方に於ける外国人売笑婦は支那より渡航する者及び仏領印度支那地方より佛国船によりて渡航する者多数なるが如し
ダバオ・コタベト両州
売笑婦の数
娼婦(有鑑札)
比島人二十八名
娼家六軒
踊子(娼婦とて無鑑札密淫)比島人
十一名
踊場一件
酌婦(無鑑札密淫)日本人
六名
料理店四軒
蘭領印度に於ける売笑婦の実情調査(バタビア)
蘭領印度に於ける売笑婦の数に関し当該事務を管轄する司法部に問い合わせしも同部に於いては其の概数すら判明せず蓋し当領に於いては公娼を認めず総て密娼なるによる乍併現在最も多数なるは土人にして之に次を順次混血児支那人なりとす日本人及び欧米人に就いては其の数甚だ尠少にして欧米人は爪哇に於いて十三四名を出ざるべく日本人は爪哇に於いて殆ど之を認めず只外領「スマトラ」の西北端「サバン」に於いて十名内外尚残存するを認めるのみ
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Re: 慰安所の「天国」と「地獄」
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/12/12 10:21 投稿番号: [24167 / 29399]
比律賓における売笑婦の実情
比律賓群島に於いては去る大正七年迄公娼を認められ比島婦女子の外米国陸海軍駐屯地付近には欧米人乃至本邦人婦女子抔の醜業等に従事せるものありしが米国が欧州大戦に参加するに到る結果軍隊衛生上の見地より米国大統領の布告により軍隊所在地十哩以内の遊郭舞踏場を悉く撤廃することとなり当「マニラ」市に於いても同年十月十六日午前五時を以て突如一列営業を停止せらるるに到れり
「マニラ」市に於ける醜業婦は同市「サンパロック」邑「ガルデニヤ」街に在りたり其の当時郭内に於いて醜業婦として営業し居りたる者は外国人(欧米人)十数名比島人約二百名本邦人百二十二名にして外国人(主として米国人)は其の自国迄比島政府の費用を以て送還せらるることとなりたり本邦人百二十二名も同命令後約一ヶ月間にて悉く「マニラ」市を撤退し多数のものは帰国せり又比島人中約八十名は当地に於いて父母又は兄弟抔身内の者に引き渡されたる由なるも爾余の者は適当なる保護者なかりしを以て「ミンダナオ」島「ダヴァオ」へ追放せらるるに到れり
(一)売笑婦の数
公娼制度廃止を見たる結果として私娼の数漸次増加し来たり目下「マニラ」市及び其の付近に於ける私娼数は比島人五六百名、欧米人二三十名、日本人は市内数軒の料理店に於いて酌婦として又市外に於いて旅館兼酒場の給仕人として密に売春の疑いあるもの約三十名ばかり散在し居れりマニラ市外には広大なる舞踏場二箇所在り此等に出入りする比島人及び欧米婦女子の大部分は売笑婦なりと見て大過なかるべしという
(二)売笑婦制度及び其の実際の概要
前述の如く比島に於いては全然私娼のみなるが公娼の存在せし頃よりも却って花柳病の蔓延甚だしく「マニラ」市会の如きは昨年顛末再び公娼制度許可せんとする意向に傾きおりたりしも婦人会、宗教家、教育家等より激烈なる反対を受け未だ同案の具体化するに到らず結果として良家の子女の堕落する者乃至地方より遊学する女学生等の誘惑せらるる者著しく増加し旁々市警察其の他諸官憲に於いても之が取締方を厳重に為し居るのみならず且昨年議会には政府側より売笑婦取締法案を提出したるものありしも未だ通過するに到らず私娼は益々猖獗を極めんとする状態にあり
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Re: 慰安所の「天国」と「地獄」
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/12/12 09:37 投稿番号: [24166 / 29399]
兵士にとって天国、慰安婦にとってはこの世の天国、脳無し君。
「北朝鮮は地上の楽園」と言われたが実際は、地上の地獄であった、脳無し君。
慰安婦は地獄から救われてこの世の天国だったから、恋人も出来、自由に恋愛をし、実家に仕送りをし、見た事もない様な大金を稼ぐことが出来た、脳無し君。
脳無し君は嘘に填っては駄目だよ、慰安婦の声に耳を傾けなさい、脳無し君。
これは メッセージ 24165 (anthony_749 さん)への返信です.
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Re: 慰安所の「天国」と「地獄」
投稿者: anthony_749 投稿日時: 2010/12/12 07:58 投稿番号: [24165 / 29399]
>兵士にとって天国、慰安婦にとってはこの世の天国、脳無し君。
これは、かつて「北朝鮮は地上の楽園」と言っていた嘘に匹敵するくらいの「嘘」だね。
ニャンコは北朝鮮なみの嘘つき君。
これは メッセージ 24162 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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