Re: 中国の四大発明 続
投稿者: maximirion 投稿日時: 2010/12/13 23:10 投稿番号: [24196 / 29399]
錬金術も占星術もキリスト教の産物ではないし、キリスト教が育んだものでもないのさ。
火薬の実用化は、中華文化圏が自前でやっているが、西洋人は是をまた別の使い方に転用しただけの話だ。
印刷の実用化も中華文化圏なりにできていたが、西洋ではまた別の工夫が為されて発展しただけのこと。
文化が交流すれば双方の発明が発案を生み合い相互発展するものだ。
相互発展する中で、各々の文化や環境その他の背景の違いで実用の仕方に差が生じるってことだ。
西洋は、総体連鎖としてのメカニズム解析が出来ない故に個別解析や細分化分析という方向でその特性が花開いたが、その連鎖や関連に因るメカニズムの解明には未だ不明な文明と言えるのさ。
だから、今になって中華文化圏などの東洋的連鎖と干渉のメカニズム解析を基礎とした様々な学術や技術との融合を目指す指向が西洋でも顕著になってきているのだよ。
その中で、日本が持ち育んできた特質というものがまた別に存在する故に、中華文化圏や西洋文化圏にも無かったその特質が数百年前から尊重され、現在尚その基礎と伝統を継承した生産物は、世界で少なからぬ影響力を持って浸透しつつあるのさ。
レスした投稿文の一文節にある「支那人は思いつかなかった」というのは、支那に於いては統一国家としての国号を持たなかったに等しい歴史と伝統と世界観、つまり中華思想に因って”己の姿は客観されない”という特質の顕れを云ってるのだよ。
支那人が自分たちの当たり前に実用化する技術のより以上の有用性に気付かなかった以上に、西洋人がその素晴らしさに気付かずに歴史を重ねた多くの事物や思想や発想や技術というものが存在するのも事実さ。
それは日本に於いても言えること。
砂漠化する文明と砂漠化しない文明が何故あるのかって話と同じ。
自然の循環を人間が一定の食料文化を維持する循環の中に封じる叡智が、古代支那人と近代に至る日本人の中にあったのだけどね。
キリスト教を何も知らない者が、一神教文明を言い募っても当の総本山である教会やその権威の下にあるアカデミズムから見れば、只の戯言。
一神教を貫けば、自らの聖典に仕立てた聖書の原典由来の消せない本質的教義との矛盾を露呈するばかりか信徒も宗徒も満足に得られない歴史を経て三位一体というこじつけに等しいレトリックで、多くの民族の信仰の根源である慈母信仰や自然崇拝或いは祖先信仰を包み込んで帰依させるに至ったのさ。
ローマ国境として教会成立させて後のキリスト教世界などというのは、統治の為に信仰を教会組織という洗脳装置で従属させるメカニズムで動いた世界だ。
キリスト教世界に多くの自由が欠如し、それに対して東洋の専制的国家が実は多くの自由を許容した中で立脚した現実すら知らんのだろう。
支那と欧州の歴史を比較する知能が無い者には到底信じられないことだろうが、政治や統治という面では欧州は支那に遠く及ばない現実が今尚あるということだ。
何故品は、数千年前から広大な土地で膨大な人口が増え続けてこれたのか。
どの時代でも欧州全体の倍は人口があってそれでも統一政府の下に統治される時間の方が圧倒的に長いのだよ。
欧州国家が分裂や吸収或いは勃興や滅亡を繰り返して稀にしか統一されないばかり統一されても長続きしないで戦争に明け暮れるのをしり目に、彼らは統一された地域として一政府が責任を持って統治するにはどうすべきかということで文化文明を築き続けたのさ。
右から左へ他人の言質や見識を脳味噌に張り付けるだけの者に、何が優れ何が劣るのかという異文明間の違いや相互に影響し合うことでの発展とそこから分れる独自性の違いを認識し、双方を認めるということなどあり得んのだろうな。
自分達の住む社会のスケールに照らして、全く違うスケールで存在する社会のメカニズムを量るあいだは、その創造や推察が現実に迫ることなど永久に無いのさ。
日本やアメリカ或いは欧州やその他の多くの国家の様に、経済の崩壊でその国家が一国として浮き沈みするが如きに、支那にメカニズムが働くと思ったら大間違い。
最悪でも幾つかの地域に対等な統一政府が出来ての分裂であって、そこで生じる地域格差が再び一つの統一政府を求めて集約するのさ。
何故、蒋介石が台湾へ逃げ込んだのかというのと同じ話なんだよな、実は。
火薬の実用化は、中華文化圏が自前でやっているが、西洋人は是をまた別の使い方に転用しただけの話だ。
印刷の実用化も中華文化圏なりにできていたが、西洋ではまた別の工夫が為されて発展しただけのこと。
文化が交流すれば双方の発明が発案を生み合い相互発展するものだ。
相互発展する中で、各々の文化や環境その他の背景の違いで実用の仕方に差が生じるってことだ。
西洋は、総体連鎖としてのメカニズム解析が出来ない故に個別解析や細分化分析という方向でその特性が花開いたが、その連鎖や関連に因るメカニズムの解明には未だ不明な文明と言えるのさ。
だから、今になって中華文化圏などの東洋的連鎖と干渉のメカニズム解析を基礎とした様々な学術や技術との融合を目指す指向が西洋でも顕著になってきているのだよ。
その中で、日本が持ち育んできた特質というものがまた別に存在する故に、中華文化圏や西洋文化圏にも無かったその特質が数百年前から尊重され、現在尚その基礎と伝統を継承した生産物は、世界で少なからぬ影響力を持って浸透しつつあるのさ。
レスした投稿文の一文節にある「支那人は思いつかなかった」というのは、支那に於いては統一国家としての国号を持たなかったに等しい歴史と伝統と世界観、つまり中華思想に因って”己の姿は客観されない”という特質の顕れを云ってるのだよ。
支那人が自分たちの当たり前に実用化する技術のより以上の有用性に気付かなかった以上に、西洋人がその素晴らしさに気付かずに歴史を重ねた多くの事物や思想や発想や技術というものが存在するのも事実さ。
それは日本に於いても言えること。
砂漠化する文明と砂漠化しない文明が何故あるのかって話と同じ。
自然の循環を人間が一定の食料文化を維持する循環の中に封じる叡智が、古代支那人と近代に至る日本人の中にあったのだけどね。
キリスト教を何も知らない者が、一神教文明を言い募っても当の総本山である教会やその権威の下にあるアカデミズムから見れば、只の戯言。
一神教を貫けば、自らの聖典に仕立てた聖書の原典由来の消せない本質的教義との矛盾を露呈するばかりか信徒も宗徒も満足に得られない歴史を経て三位一体というこじつけに等しいレトリックで、多くの民族の信仰の根源である慈母信仰や自然崇拝或いは祖先信仰を包み込んで帰依させるに至ったのさ。
ローマ国境として教会成立させて後のキリスト教世界などというのは、統治の為に信仰を教会組織という洗脳装置で従属させるメカニズムで動いた世界だ。
キリスト教世界に多くの自由が欠如し、それに対して東洋の専制的国家が実は多くの自由を許容した中で立脚した現実すら知らんのだろう。
支那と欧州の歴史を比較する知能が無い者には到底信じられないことだろうが、政治や統治という面では欧州は支那に遠く及ばない現実が今尚あるということだ。
何故品は、数千年前から広大な土地で膨大な人口が増え続けてこれたのか。
どの時代でも欧州全体の倍は人口があってそれでも統一政府の下に統治される時間の方が圧倒的に長いのだよ。
欧州国家が分裂や吸収或いは勃興や滅亡を繰り返して稀にしか統一されないばかり統一されても長続きしないで戦争に明け暮れるのをしり目に、彼らは統一された地域として一政府が責任を持って統治するにはどうすべきかということで文化文明を築き続けたのさ。
右から左へ他人の言質や見識を脳味噌に張り付けるだけの者に、何が優れ何が劣るのかという異文明間の違いや相互に影響し合うことでの発展とそこから分れる独自性の違いを認識し、双方を認めるということなどあり得んのだろうな。
自分達の住む社会のスケールに照らして、全く違うスケールで存在する社会のメカニズムを量るあいだは、その創造や推察が現実に迫ることなど永久に無いのさ。
日本やアメリカ或いは欧州やその他の多くの国家の様に、経済の崩壊でその国家が一国として浮き沈みするが如きに、支那にメカニズムが働くと思ったら大間違い。
最悪でも幾つかの地域に対等な統一政府が出来ての分裂であって、そこで生じる地域格差が再び一つの統一政府を求めて集約するのさ。
何故、蒋介石が台湾へ逃げ込んだのかというのと同じ話なんだよな、実は。
これは メッセージ 24195 (anthony_749 さん)への返信です.