南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実
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Re: 猫の勘違い
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/05 22:25 投稿番号: [23557 / 29399]
大学の先生に史料を提供しているよ、脳無し君。
これは メッセージ 23555 (anthony_749 さん)への返信です.
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Re: 猫の勘違い
投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2010/10/05 22:15 投稿番号: [23556 / 29399]
お前がニャンコと呼び捨てにしている以上は、お前なんぞくそったれって事だろうぜ〜。
証拠も出せない、南京大虐殺。
これは、シナ人と反日日本人の造った創作。
真実は暴かれる。日本人の精神をずたずたにする反日工作にノー天気な日本人。お前だ。
これは メッセージ 23555 (anthony_749 さん)への返信です.
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Re: 猫の勘違い
投稿者: anthony_749 投稿日時: 2010/10/05 22:06 投稿番号: [23555 / 29399]
>因みに、歴史の本は読みませんよ、歴史の本の基になった資料を読むのが一番なので、脳無し君。
それじゃあ大学の教授たちにはかなわないよ。
個人で収集できる資料などたかがしれてるからね。
大学の歴史学の教授たちは国立公文書博物館のような所で、一般人はお目にかかれないような資料を研究しているんだよ。
そしてまたその資料を解釈するために、事象と事象の因果関係の妥当性を確認し、それを理論的に考察し論述しなくてはならない。
そのためには過去の歴史書を読みこなし、そこから歴史学的な特殊性と普遍的性の解釈を明確化する訓練も必要になる。
つまり、本を読まない人間に資料は読めないし歴史は理解できないんだね。
がんばって読書もしようね、ニャンコ
(^Д^)
これは メッセージ 23551 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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Re: 関東軍の逃亡 追加
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/10/05 22:05 投稿番号: [23554 / 29399]
「これによれば、在満平民が内地へ帰りたがらなかった。そのときの内地の
様子を思い出せば納得できる。やっと帰る気になったときにはもう手遅れに
なっていた。」
↑在満平民には帰る場所がなくなっていたのだ。だから平民が駅へ押しかけ
て列車に乗ろうと争ったというのは、戦後白痴サヨが捏造したデマである。
これは メッセージ 23553 (unhoo さん)への返信です.
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Re: 関東軍の逃亡
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/10/05 20:37 投稿番号: [23553 / 29399]
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1413975844
上文のうち、特に下に引用した部分に注目してください。
「在満邦人の意識の問題。
之は威勢のいい喧伝ばかり行ってきた関東軍の責任ともいえますが関東軍
が満州の地にある限り大丈夫だとの意識が在満邦人にどうしてもあり又、
内地は連日の空襲を受け焼け野原の情報は当然耳に入っていましたから生
活基盤の満州を見捨てて寧ろ空襲の危険性のある内地へ戻る必要なぞない
ではないかとの思いから自然と避難が遅れてしまった面はあります。」
これによれば、在満平民が内地へ帰りたがらなかった。そのときの内地の様
子を思い出せば納得できる。やっと帰る気になったときにはもう手遅れにな
っていた。
現地召集の関東軍はスターリンの命令で極寒のシベリアへ奴隷労働に送ら
れ、数万の凍死、餓死、病死を出した。早期に日本内地や南方へ移動させら
れた本物の関東軍が生き残った。上海市街を通過した本物の関東軍が通過し
た時期は記憶していないが、冬であった。
これは メッセージ 23546 (anthony_749 さん)への返信です.
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Re: 猫の勘違い
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/05 20:32 投稿番号: [23552 / 29399]
関東軍・軍司令部
山田乙三大将第一方面軍
喜多誠一大将
敦化
第3軍
村上啓作中将
延吉
第79師団
太田貞昌中将
図們
第112師団
中村次喜蔵中将・自決
琿春西方
第127師団
古賀竜太郎中将
図們南方
第128師団
水原義重中将
羅子溝
独立混成第132師団
鬼武五一少将
大咸廠
第5軍
清水規矩中将
掖河
第124師団
椎名正健中将
穆陵
第126師団
野溝武彦中将
掖河
第135師団(イルクーツク) 人見与一中将
掖河
第122師団
赤鹿
理中将
南湖頭
第134師団
井関
仭中将
方正
第139師団
富永恭次中将
敦化
第三方面軍
後宮
淳大将
奉天
第30軍
飯田祥二郎中将
新京
第39師団(チタ州)
佐々木真之助中将(支)四平
第125師団
今利竜雄中将
通化
第138師団
山本
務中将
撫順
第148師団(チタ州)
末光元広中将
新京
第44軍
本郷義夫中将
奉天
第63師団(チタ州)
岸川健一中将(支)
奉天
第107師団(チタ州)
安部孝一中将
索倫北方
第117師団
鈴木啓久中将(支)
大賚
独立戦車第9旅団
北
武樹大佐
四平
第108師団
磐井虎二郎中将
錦県
第136師団
中山
惇中将
奉天
独立混成第79師団
岡部
通少将
安東
独立混成第130師団
桑田貞三少将
奉天
独立混成第134師団
後藤俊蔵少将
臨江
独立戦車第1旅団
阿野安理少将
奉天
第4軍
上村幹男中将
ハルピン
第119師団(チタ州)
塩沢清宣中将
ブハト
第123師団
北沢貞治郎中将
孫呉
第149師団(チタ州)
佐々木到一中将
ハルピン
独立混成第80旅団
野村登亀江少将
ハイラル
独立混成第131旅団
宇部四雄少将
ハルピン
独立混成第135旅団
浜田十之助少将
愛琿
独立混成第136旅団
土谷直二郎少将
嫩江
第十七方面軍(朝鮮軍管区)
上月良夫中将
京城
第58軍
永津佐比重中将
済洲島
第96師団
飯沼
守中将
済洲島
第111師団
岩崎民雄中将
済洲島
第121師団
正井義人中将
済洲島
独立混成第108旅団
平岡
力少将
済洲島
第120師団
柳川真一中将
京城
第150師団
三島義一郎中将
井邑
第160師団
山脇正男中将
裡里
第320師団
八隅錦三郎中将
京城
独立混成第127旅団
坂井
武少将
釜山
第34軍
柳淵宣一中将
咸興
第59師団
藤田
茂中将(支)
咸興
第137師団
秋山義允中将・自決
定平
独立混成第133旅団
原田繁吉少将
新京
大陸鉄道隊(チタ州)
草場辰巳中将
新京
これは メッセージ 23549 (anthony_749 さん)への返信です.
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Re: 猫の勘違い
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/05 20:28 投稿番号: [23551 / 29399]
東大の教授であろうが無かろうが、史料を持たないではお話しにならないの、脳無し君。
因みに、歴史の本は読みませんよ、歴史の本の基になった資料を読むのが一番なので、脳無し君。
これは メッセージ 23549 (anthony_749 さん)への返信です.
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日本人が苦しむと喜悦するfukagawatohei
投稿者: koudousuru009 投稿日時: 2010/10/05 19:59 投稿番号: [23550 / 29399]
この投稿はfukagawatoheiが日本人に対して抱く理由も根拠もない憎悪が生んだものである。
事実が存在しなければ憎悪は妄想にはけ口を求める。まさに狂っている。
fukagawatoheiの日本人に対する憎悪に狂った精神は、同時に女性に対する凄惨な加虐性をも燃やしている。
だからこのような妄想に日夜狂い続けているのである。
残虐性では負けないでしょうね 2010/ 9/14 17:17 [ No.46249 / 46252 ]
投稿者 : fukagawatohei
>【足立区綾瀬女子高生誘拐監禁集団リンチ虐殺コンクリート詰め死体遺棄事件の真相】
◆アルバイト帰りの女子高生を誘拐して不良仲間4人で輪姦
◆不良仲間の家に監禁し暴走族仲間十数人で輪姦、関係者は100人に及ぶ
◆陰毛を剃り、陰部にマッチの軸木を挿入して火をつける
◆全裸にしてディスコの曲に合わせて踊らせる
◆自慰行為を強要
◆性器や肛門に鉄棒、瓶などを挿入
◆殴打された顔面が腫れ上がり変形したのを見て「でけえ顔になった」と笑う
◆度重なる暴行に耐えかねて、被害者は「もう殺して」と哀願
◆顔面に蝋を垂らして顔一面を蝋で覆いつくし、両眼瞼に火のついたままの短くなった蝋燭を立てる
◆衰弱して自力で階下の便所へ行くこともできず飲料パックにした尿をストローで飲ませる
◆鼻口部から出血し、崩れた火傷の傷から血膿が出、室内に飛び散るなど凄惨な状況となった
◆素手では、血で手が汚れると考え、ビニール袋で拳を覆い、腹部、肩などを力まかせに数十回強打
◆1.74kgのキックボクシング練習器で、ゴルフスイングの要領で力まかせに多数回殴打
◆揮発性の油を太腿部等に注ぎ、ライターで火を点ける
◆死んだのでコンクリート詰めにして放置
◆遺体の性器には、オロナミンCの瓶が2本突き刺さっていた
◆性器と肛門と顔面は完全に破壊され原型をとどめていなかった
◆腕や足は、重度の火傷で体液が漏れ出していた
◆脳が萎縮して小さくなっていた
これは メッセージ 23483 (koudousuru009 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/23550.html
猫の勘違い
投稿者: anthony_749 投稿日時: 2010/10/05 19:59 投稿番号: [23549 / 29399]
僕のソースは、東大教授の加藤陽子先生の著作からのものです。
日本近現代史では権威ある方なので、一応信用はしていますが、
違う意見の歴史家がいるのなら、その本も読んでみたいと思います。
ニャンコさんのお薦めの歴史本はありますか?
これは メッセージ 23548 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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君の勘違い
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/05 19:46 投稿番号: [23548 / 29399]
昭和19年末の大本営・関東軍が推定した極東ソ連軍の兵力は兵員70万、戦車1000両だったのが、昭和20年7月の時点で兵員130万、戦車4000両と修正され、大本営の対ソ判断は「ソ連の対日作戦準備は、予想を上回る進展を示し、8月末ごろには武力発動可能の態勢を一応既成し得て、軍事上からみるときは、本年初秋の候、対日武力発動の公算が極めて大きくなった」としている。
関東軍の配備兵力は、兵員70万で兵力・装備とも劣勢で、しかも精鋭師団を南方作戦に抽出(兵力転用)され、総合戦力は精鋭師団の30パーセント程度まで低下していた。このために昭和19年9月18日に大本営は関東軍に対して「対ソ持久戦作戦」の作戦計画を命令した。
これは メッセージ 23546 (anthony_749 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/23548.html
Re: 関東軍の逃亡
投稿者: anthony_749 投稿日時: 2010/10/05 18:54 投稿番号: [23546 / 29399]
>ソ連侵攻以前に、本来の関東軍は大本営命令により南方戦線へ移動したという正式の報道がある。
それはunhooさんの勘違いでしょう。
ソ連侵攻前、もはや日本には戦うべき南方戦線は存在しませんでした。
本土決戦で一億玉砕するかどうかのところまで追い詰められていたのです。
その当時、満州には200万人の日本人がいて、そのうち50万人が関東軍でした。
50万人の関東軍が、150万人の日本人民間人を見捨てて逃げたのです。
これは メッセージ 23540 (unhoo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/23546.html
南京事件の元兵士の日記は中国産
投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2010/10/05 13:57 投稿番号: [23545 / 29399]
文芸春秋・読売新聞・毎日新聞に投稿しました。
今後の報道に生かしてもらいたいと思っています。
*****
秦郁彦著『南京事件』中公新書p131に、
昭和12年の、井家又一上等兵の日記の現物が写真版で掲載されていますが、
中国製作のニセモノではないでしょうか。
これは南京入場式の前日、12月16日に難民区を掃蕩したという記事です。
「12月16日」が「拾貳月拾六日」、「(〜して)しまった」が「志満っ多」。
こんな書き方は、当時、日本国内では、やっていなかったのではないかと思います。
昭和10年版の平凡社『手紙講座』全8巻が手元にあり、著名人たちの手紙実例を見ることができます。
この講座は、国会図書館にもあります。
また私は、戦国時代や江戸時代などの筆跡実例も見てきました。
そもそも「(〜して)しまった」というような口語文体というのが明治以降のものですが、
ひらがなは、幕末に活字印刷で「現代ひらがな」の使用が始まり、
明治33年(1900年)の小学校令で、「現代ひらがな」使用が固定化した、
というのが通常の理解です。
つまり、昭和12年(1937年)に44歳以下の普通の兵隊さんは、
特別でない限り、日常は「現代ひらがな」を使ったと思われます。
また口語文の「しまった」で、「志満っ多」という変体仮名は、歴史的に見て、日本人は、普通は使いません。
ネット検索で出てくる井家又一日記の文章も、きちんと目を通すと、日本語ではない、という感想の方が多い。
また、人の生活としては異常な日であるのに、
清書したような整然とした字面、画数の多い凝った文字は変です。
井家又一日記は、中国共産党か国民党の情報工作員が作成した、偽作だと、私は思います。
以下は仮説ですが、「虐殺場面を日記に書いた兵士は、中国軍に捕虜になっていた。
南京の地理や事件に詳しい、
中国共産党(あるいは国民党)の情報工作員が、虐殺事件を作文した。
それを捕虜の一部に強制して書かせ、あるいは偽作の日記を持たせて、
命の保証と帰国許可の踏み絵にした。
中国共産党・国民党に、「絶対に日記を捨ててはいけない。我々は必ず確認に行く。家族が大事だったら、捨てるな」
そう言われたので、捨てるに捨てられなかった。」
日本入国の際にきびしい検閲があったと書いてある本(笠原『南京事件』岩波新書p102、p228)もありますが、
これはむしろ、虐殺描写がない日記が存在する、その理由についての仮説ではないかと見ました。
中国産の偽作「元兵士の日記」が一つあるからには、いろいろなことが考えられます。
虐殺記事には、裏があるのではないでしょうか。
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/23545.html
Re: 関東軍トンヅラ −続き
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/05 13:48 投稿番号: [23544 / 29399]
満州での日本人の被害は、蘇連軍の国際法違反、陸戦規定違反、現在で言えば(A項目)
『平和に対する罪』 、(B項目) 『通例の戦争犯罪』 、(C項目) 『人道に対する罪』 に該当するが、馬鹿サヨはそれを無視する。
真っ赤な嘘吐き野郎も無視している様だな。
これは メッセージ 23543 (fukagawatohei さん)への返信です.
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Re: 関東軍トンヅラ −続き
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2010/10/05 13:21 投稿番号: [23543 / 29399]
「あの日
終戦60年企画
下」
NHK「あの日昭和20年の記憶」取材班編
日本放送出版協会
8月11日
なかにし礼
作家
当時6歳
中国東北部(満州)牡丹江を脱出
家は造り酒屋
満州に侵攻してきたソビエト軍から逃げようと駅の前はもう人でいっぱいで、その上を 飛行機が旋回しているような、もうたいへんな緊迫した状態でした。怒号が飛び交って。
人びとは、避難列車を出せ、どうしてるんだって叫ぶような、そういう状況です。
われわれもその避難民列車に順番を待って乗らなきゃいけなかったのかもしれないけれど、 うちの母親は、そういう時にやたら機転のきく女性で、日頃から関東軍にうちのお酒を 納めていたりしたもんですから、誼を通じていたということもあって、関東軍の人にうちの お袋が掛け合って、軍用列車にこの八月十一日の夜、乗せてもらうことになったんですよ。
牡丹江の駅から、かなり離れたところから。駅では何万人もの人が汽車を出せーて騒いでる。
その声を遠くで聞きながら、われわれは夜陰に紛れて汽車に乗り込み、汽車は 汽笛ももちろん鳴らさず、ゆっくりと静かに逃げるように牡丹江の駅からかなり離れたところ、 夜の闇の中を汽車は走り出して逃げたんです。
そのときの後ろめたさっていうのは、僕たちも感じていたけれど、軍人たちだって感じて いました。
だから汽車の中は何とも言えない暗い沈痛な空気がどんよりと流れていて、
何かものを喋っても、「しっー」っというような感じでとにかく牡丹江の町を出たわけです。
中略(ソ連軍機に襲われる)
別の貨物列車に乗り換えたんですが、途中で開拓団民なんかが歩いて逃げてきてるわけです。
それでこの汽車に乗せてくれ、病人だけでもいいから乗せてくれと言うんです。
汽車がいっぱいだったわけじゃないんだけど、ひとり乗せるってことはもう全員乗せなきゃ ならないわけで、それは不可能なことであり、もう一つは、これは軍用列車であって 民間の避難列車じゃないんだという建前のもとに、開拓団民たちを蹴散らして汽車は走る。
でも、その汽車に開拓団民の人たちがすがりつく。それを刀で切って落としはしなかった けれど、刀を振り上げて指を切るぞと言わんばかりに手を振りほどいて、空に向かって 拳銃を鳴らして、とにかく開拓団民たちを振り払って逃避行を続けた軍用列車です。
日本国の民を守るべき軍人が自分たちが逃げるのに忙しくて、追いすがる「同胞」を 蹴散らして逃げていくっていうこの風景はちょっと忘れがたいですね。その中に 自分もいたんです。
これは メッセージ 23542 (fukagawatohei さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/23543.html
関東軍トンヅラ
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2010/10/05 13:17 投稿番号: [23542 / 29399]
『満州開拓史』によれば、「新京特別市は、満州国の首都であり、
日ソ開戦当時は、満州国政府関係職員、満鉄社員、満拓公社、日本政府大使館関係職員、ほか軍人家族、自営業者など合わせて約14万余」いた。
半藤一利著の『ソ連が満州に侵攻した夏』によれば、
8月11日午前1時40分に軍人家族をのせた列車が出発した。
目的地は、平壌。新京―吉林―梅河口―通化―平壌コースであった。
「軍人家族の集結・出発を守る形で、ところどころに憲兵が立った。
自分らも、と駅に集まった市民は、なぜか憲兵に追い払われるようになった。
こうして11日正午までに18列車が新京駅を離た。
避難できたものは新京在住14万のうちの約38.000人。
内訳は、軍関係家族20.310余人、大使館などの関係家族750人、
満鉄関係家族16.700人。ほとんどないにひとしい残余が一般市民である」
こうした風景は、いたるところであった。
なかにしれいの『赤い月』の牡丹江駅風景を見ても同じで、
多くの満州引揚体験記には「特権を利用して列車に乗って帰国した」とある。
半藤一利氏は「その卑劣さには反吐が出そうになってくる」とまで書いている。
これは メッセージ 23540 (unhoo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/23542.html
Re: 関東軍の逃亡
投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2010/10/05 13:00 投稿番号: [23541 / 29399]
みなさんありがとう。
私の30年前の印象でした。
軍の事情については、ちょっと変な認識だったでしょうか。
とにかく、何も殺さなくてもいい、武装解除した日本人を、
虐殺したのは、中国人だった、よねえ、
と、思い出していました。
記憶ですので、確認しておりません。
これは メッセージ 23535 (nannkainosima さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/23541.html
Re: 関東軍の逃亡
投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/10/05 12:47 投稿番号: [23540 / 29399]
ソ連侵攻以前に、本来の関東軍は大本営命令により南方戦線へ移動したという正式の報道がある。
たぶん昭和20年の初頭、その移動部隊の一部が上海市街を通過した。当時上海に居住していたわしは、街頭でその部隊の通過を見た。上海駐在の日本軍とちがって、みな防寒帽をかぶり、外套を着ていた。その数二、三千人ぐらいと思う。騎馬の将校から歩行の兵士まで一様に栄養不良の顔色であった。それに比べて街を通る市民の顔のなんと血色のよいことか。しかしその部隊は一糸乱れず粛々と行進した。先頭の小部隊は地図を持っていて、道筋を確かめるために小走りでで先に進み、小走りで戻ってきて報告した。重病人のような顔色をして、よくも走れたものである。
南方へ移動した関東軍の将兵で生き延びて戦後帰国した者があるために、関東軍が真っ先に逃亡したというデマが立ったのだと思う。
これは メッセージ 23539 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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Re: 関東軍の逃亡
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/05 11:43 投稿番号: [23539 / 29399]
日本軍の一切の武力行動禁止が命じられ、ソ連軍が満州各地に進駐してくると地域の在留邦人は悲劇的な事態に追い込まれていく。ソ連軍首脳部は日本軍と日本人に対する非人道的な行為を戒めていたが、ソ連軍の現地部隊はそれを無視しており、正当な理由のない発砲・略奪・強姦・車両奪取などが堂々と行われていた。また推定50万人の避難民が発生し、飢餓と寒さで衰弱していった。関東軍は当時、武装解除が行われており、具体的な対応手段は完全に封殺され失われていた。このような中で、ソ連軍から支配地を引き継いだ八路軍による圧政から通化事件‎のような虐殺事件が起きた。
このような逼迫した状況下で関東軍の現地責任者は、一刻も早くこの現状下に鑑み現地での状況を東京に逐次伝え、ソ連に対してこのような事態を一刻も早く改善するようにと外交的交渉を早く進展するようにと求めることが限界であった。この時点で本来なら関東軍を指揮督戦して励ます筈の上層部はすでに航空機等で本土にいち早く退避しており、満州国に残された現地の責任者等は、このような現地状況を日本政府に電報を使用して再三に渡って送り続けた。一方日本政府は連絡船などによる内地向け乗船に満州からの避難民を優先するようにと本土より打電をして取り計らっていた。
これは メッセージ 23535 (nannkainosima さん)への返信です.
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Re: 関東軍の逃亡
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/05 11:42 投稿番号: [23538 / 29399]
対ソ防衛戦は満州国各地、及び朝鮮半島北部などにおいて広範に行われた。全体的には日本軍が終始戦力格差から見て各地で一日の間に陣地を突破される事態が各地で発生し、突破された部隊は南方への抽出を受けて全体的に戦力が低下しており戦況を立て直すことができず、いとも簡単に前線陣地を突破され壊走することがほとんどであった。
しかし、編成が終了したばかりの新兵と装備が不十分という寡弱な部隊を、強大なソ連軍が進撃してくる戦場正面に投入したが、交戦前に混乱状態に陥った部隊は皆無であった。例えば第5軍は、絶望的な戦力格差があるソ連軍と交戦し、少なからぬ被害を受けたものの、1個師団を用いて後衛とし、2個師団を後方に組織的に離脱させ、しかも陣地を新設して邀撃の準備を行い、さらに自軍陣地の後方に各部隊を新たに再編して予備兵力となる予備野戦戦力を準備することにも成功している。是には非常に優れた指揮の下で円滑に後退戦が行われたことが伺える。
また既存陣地(永久陣地及び強固な野戦陣地)に配備された警備隊は、ほぼ全てが現地の固守を命じられていた。これは後方に第二、第三の予備陣地が構築されておらず、また増援が見込めない為である。そのため後退できない日本軍の警備隊は、圧倒的な物量作戦で波状攻撃をかけるソ連軍に対して各地で悲愴な陣地防御戦を行い、そのほとんどが担当地域で壊滅することになった。ここで注目すべき点は、戦闘力が寡弱な中隊・小隊であるにも拘らず、事前に防御すべき守備線を捨てる部隊がなく帝國陸軍発足以来の敢闘精神を発揮し、大挙満州国に侵入してきたソ連軍をみてもその戦闘開始以前において個人的に離隊した兵士が一人として見当たらないことである[2]。
これは メッセージ 23535 (nannkainosima さん)への返信です.
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Re: 関東軍の逃亡
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/05 11:38 投稿番号: [23537 / 29399]
ソ連軍との戦闘が始まると直ちに、関東軍は居留民に対し避難処置を取るべく、10日9時40分に総参謀長統裁のもとに官民軍の関係者を集め、具体的な研究を開始した。同日18時に民・官・軍の順序で新京駅から列車を出すことを決定し、正午に官民の実行を要求した。しかし官民両方ともに14時になっても避難準備が行われることはなく、軍は1時間の無駄もできない状況を鑑みて、結局民・官・軍を順序とする避難の構想を破棄し、とにかく集まった順番で列車編成を組まざるを得なかった。第一列車が新京を出発したのは予定より大きく遅れた11日1時40分であり、その後総司令部は2時間毎の運行を予定し、対立鉄道司令部に対して食料補給などの避難措置に必要な対策を指示した。現場では混乱が続き、故障・渋滞・遅滞・事故が続発したために避難措置は非常に困難を極めた。
これらに加えて辺境における居留民については、第一線の部隊が保護に努めていたが、ソ連軍との戦闘が激しかったために救出の余力がなく、ほとんどの辺境の居留民は後退できなかった。特に最前線地域の居留民の多くは第一線部隊と最後をともにする事態が続出し、また「根こそぎ動員」によって戦闘力を完全に失っていた家族・村落・地域においては、侵攻してきたソ連軍兵士やかつて土地を奪われた周辺住民による暴行・略奪・虐殺(葛根廟事件など)が相次ぎ、ソ連軍の包囲を受けて集団自決した事例や、各地に僅かに生き残っていた国境警察隊員・鉄路警護隊員の玉砕が多く発生した。また第一線から逃れることができた居留民も飢餓・疾患・疲労で多くの人々が途上で生き別れ・脱落することとなり、残留孤児となる人々も出た。
これは メッセージ 23535 (nannkainosima さん)への返信です.
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関東軍の逃亡
投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2010/10/05 08:36 投稿番号: [23535 / 29399]
ソ連が参戦してきた時、
関東軍が、満蒙開拓団を置き去りにして、真っ先に逃亡した、
が、常識ではないのですか?
満蒙開拓団は、中国人に襲撃され、ソ連にも襲われたのではありませんか?
そのために夥しい犠牲者を出しました。
確か、そういう話でしたよ。
関東軍の行動は、悪名高かったですよね。
あれから、史実が逆転したような話は聞きません。
これは メッセージ 23520 (maximirion さん)への返信です.
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Re: nyankoの「様式美」の使い方は誤用であ
投稿者: gatsdapoo 投稿日時: 2010/10/05 06:55 投稿番号: [23534 / 29399]
使い方は別の問題として、おいといて、
最初にあなたがNo23428で「様式美などという言葉はない」という主張と、
No23440の「広辞苑、大辞林に載ってないから、認知されているとはいえない」という主張は間違いであったと認識してもいいんですよね?
これは メッセージ 23528 (mak7664647 さん)への返信です.
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nyankoの「様式美」の使い方は正解
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/05 01:12 投稿番号: [23531 / 29399]
朱子学と陽明学の最も大きな違いは陽明学が「知行合一」という一元論であるのに対して、朱子学は「知」と「行」とは「一致しない」、即ち学問は学問、行動は行動、と割り切った二元論である点である。朱子学の五徳が「仁、義、礼、智、信」であり、陽明学の五徳が「仁、儀、礼、孝、信」であるように、朱子学は「仁、義、礼」の次に「智」を置き、陽明学が「孝」を置いていることから、300年の安定を築いた徳川幕府は「孝を中心に置いて行動する」陽明学思想に危機感を抱き、「知識収得に価値を置く」朱子学を幕府の学問とした。
行動に走る武士よりも、体面という様式美を武士に求めたのである。藤原惺窩、林羅山、室鳩巣、荻生徂徠などが代表的な朱子学派であるが、大きな変化を求めない幕府の方針としては結果として階層社会を確立する一助ともなり、その時代としては適切な選択であったと言えるだろう。
これは メッセージ 23528 (mak7664647 さん)への返信です.
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makの「様式美」の使い方は誤用であ
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/05 01:03 投稿番号: [23530 / 29399]
mak7664647は御用在りません。
これは メッセージ 23528 (mak7664647 さん)への返信です.
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Re: 南京大虐殺の「様式美」
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/05 01:02 投稿番号: [23529 / 29399]
国民党第3戦区作戦経過概要・南京会戦
12月初、南京守備軍約十五師強
(中国第二歴史档案館編『抗日戦争正面戦場
上』江蘇古籍出版
P415
1987年)
『南京大虐殺の証明』
P248
憲兵司令部
在京抗戦部隊之戦闘詳報
(撤退時に)10余万の大軍が長江岸に雲集・・・・悒江門から10余万の大軍が退出した。
( 中国第二歴史档案館編『抗日戦争正面戦場
上』江蘇古籍出版
P433
1987年)
『南京大虐殺の証明』
P248
劉斐「抗戦初期的南京保衛戦」
国民政府軍事委員会
軍令部第1庁(作戦)庁長
蒋介石は可能な限りの兵力を南京防衛に動員し、合計10余万人に達した
(中国人民政治協商会議全国委員会・文史資料研究委員会『南京保衛戦』中国文史出版社
P11
1987年)
『南京大虐殺の証明』
P248
宗希濂「南守城戦」
第78軍軍長兼第36師師長
(当初の七万人前後に加えて)3個軍の実戦兵力計約4万人前後を新たに増加し、南京防衛の総兵力は約11万余人になった。
(中国人民政治協商会議全国委員会・文史資料研究委員会『南京保衛戦』中国文史出版社
P233
1987年)
『南京大虐殺の証明』
P248
譚道平「回憶一九三七年唐生智衛戌南京之戦」
南京防衛司令長官部参謀処
第1科
科長
一二月八日・・・・・ここにいたり、南京防衛に参加した部隊はすでに一〇万人ほどに達した。
(中国人民政治協商会議江蘇省委員会 『江蘇文史資料選輯
第一六輯』江蘇古籍出版
P27
1985年)
『南京大虐殺の証明』
P248
欧陽午「南京保衛戦側記」
第78軍
第36師
第108旅
第216団
第1営営長
(南京外囲陣地と南京複廓陣地の)両戦線に配備し、合計兵力約十一万人、二〇万人と公称した
(中国人民政治協商会議江蘇省委員会『江蘇文史資料選輯
第一六輯』江蘇古籍出版
P99
1985年)
『南京大虐殺の証明』
P248
杜聿明「南京保衛戦中的戦車部隊」
陸軍装甲兵団司令
南京防衛の十余万の将士は、蒋介石の投降主義のため、不必要で報われない犠牲となった。
(中国人民政治協商会議全国委員会・文史資料研究委員会編『文史資料選輯
第一二輯』中国文史出版社
P39)
『南京大虐殺の証明』
P249
将緯国将軍総編著「国民革命戦史第三部・抗日禦侮
第三巻」
P104
“第八章野戦戦略” 十一月二十六日に唐生智上将を南京防衛司令長官に任命し、上海から撤退して南京に来た約十四個師(すべて残存部隊)の兵力を指揮させ、南京を守らせた。
『南京大虐殺の証明』
P249
これは メッセージ 23513 (anthony_749 さん)への返信です.
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Re: 反論にも抗弁にもなっていないねw
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/04 23:46 投稿番号: [23527 / 29399]
>「普通の人は殺人などしないと思います」
→では,普通の人でなかったということだな。
↑実に其の通り、戦闘以外の中国人殺害は、中国兵(督戦軍)がやった、真っ赤な嘘吐き野郎。
これは メッセージ 23525 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 日本刀は国民的文化遺産
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/04 23:28 投稿番号: [23526 / 29399]
宗希濂「南守城戦」
第78軍軍長兼第36師師長
(当初の七万人前後に加えて)3個軍の実戦兵力計約4万人前後を新たに増加し、南京防衛の総兵力は約11万余人になった。
(中国人民政治協商会議全国委員会・文史資料研究委員会『南京保衛戦』中国文史出版社
P233
1987年)
『南京大虐殺の証明』
P248
譚道平「回憶一九三七年唐生智衛戌南京之戦」
南京防衛司令長官部参謀処
第1科
科長
一二月八日・・・・・ここにいたり、南京防衛に参加した部隊はすでに一〇万人ほどに達した。
(中国人民政治協商会議江蘇省委員会 『江蘇文史資料選輯
第一六輯』江蘇古籍出版
P27
1985年)
『南京大虐殺の証明』
P248
これは メッセージ 23523 (shoujouji さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/23526.html
Re: 反論にも抗弁にもなっていないねw
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2010/10/04 23:26 投稿番号: [23525 / 29399]
はて,反論や抗弁ではなくて同意してるんだが,何か?
「普通の人は殺人などしないと思います」
→では,普通の人でなかったということだな。
これは メッセージ 23524 (maximirion さん)への返信です.
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反論にも抗弁にもなっていないねw
投稿者: maximirion 投稿日時: 2010/10/04 23:19 投稿番号: [23524 / 29399]
Re: 日本刀は国民的文化遺産 2010/10/ 4 23:12 [ No.23523 / 23523 ] 投稿者 : shoujouji
>それでも、日本刀という認識で持っていた人たちは、
数を切ればいいというような、安直な考えでいた人は、
いないと思います。
では,日本刀という認識で持っていなかったと
いうことだな。
これは メッセージ 23523 (shoujouji さん)への返信です.
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Re: 日本刀は国民的文化遺産
投稿者: shoujouji 投稿日時: 2010/10/04 23:12 投稿番号: [23523 / 29399]
>それでも、日本刀という認識で持っていた人たちは、
数を切ればいいというような、安直な考えでいた人は、
いないと思います。
では,日本刀という認識で持っていなかったと
いうことだな。
これは メッセージ 23492 (nannkainosima さん)への返信です.
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Re: 南京大虐殺の「様式美」
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/04 23:08 投稿番号: [23522 / 29399]
>日本兵が虐殺するまでに追い込まれていったことは横に置いとくとして、
南京大虐殺の一因に、蒋介石が住民や兵士を見捨てて南京からいち早く逃げ出したことがあります。
まるでソ連が参戦してきて満州の日本人を見捨てた関東軍のように。
↑脳無し君が大好きな国際法では、一般市民を蒋介石や赤軍が虐殺することは禁止されている、もっと追求しなさい、中国と赤軍を、脳無し君。
これは メッセージ 23513 (anthony_749 さん)への返信です.
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Re: 南京大虐殺の「様式美」
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/10/04 23:06 投稿番号: [23521 / 29399]
ゲルニカと、南京大虐殺を同列としたところが、脳無しと言われる所以、脳無し君。
ゲルニカは、爆撃を受けた、南京大虐殺は、夢幻、脳無し君。
これは メッセージ 23511 (anthony_749 さん)への返信です.
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Re: 続: 腐れは、毎度知りもしない話を持ち
投稿者: maximirion 投稿日時: 2010/10/04 22:58 投稿番号: [23520 / 29399]
あら、角田房子著『墓標なき8万の死者ー満蒙開拓団の壊滅』中公文庫
という本もありますよ。
<<多くの在満邦人は、引き上げの準備を事前にしたくすることが出来たのだね。>>
何なんでしょう、この書き込み。>
こっちが聴きたいねw。↑
何が分らないのかね?
これは メッセージ 23518 (nannkainosima さん)への返信です.
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日本語を知らない辞書ひきmak7664647
投稿者: maximirion 投稿日時: 2010/10/04 22:56 投稿番号: [23519 / 29399]
「美」なる単語は、単独で表記されれば、それは訓読みである。
送り仮名を送る際は、音読みである。
万葉仮名で送り仮名で送っていたのかどうかは知らない。
だが、漢字を輸入した際に日本語に当てたのが起源であることに違いは無い。
「形式美」「様式美」「自然美」「人工美」などと言ったように、ある一定の成り立ちや仕組みを顕す熟語と組み合わせて語句を形成することで、そこで謂わんとする「美」が、何についての「美」であるかを明確にすることが出来る。
ここで上げている語句は、皆漢字三文字で構成されてはいるが、「美」と組み合わさって語句を形成するこれらの熟語と「美」との単語の間には表記されていない助詞が含まれている。
熟語などの語句や単語の後ろに用いられている「美」という単語は、実は名詞なのだね。
それに対して、単語や熟語などの前に用いられる「美」という単語(多くは送り仮名で送る)は、形容詞として用いられている。
「○○美」と言った場合、先ず日本人なら「美」という単語の前にある「○○」の意味さえわかれば、「○○美」という語句となった際の意味も必然手じに解るのだね。
だから、辞書では通常「○○美」という語句での掲載をしない。
それだけの話だが、辞書がないと己が言語の意味すら不明確な白痴くんには理解し難いのであった。
これは メッセージ 23508 (mak7664647 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/23519.html
Re: 続: 腐れは、毎度知りもしない話を持ち
投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2010/10/04 22:49 投稿番号: [23518 / 29399]
あら、角田房子著『墓標なき8万の死者ー満蒙開拓団の壊滅』中公文庫
という本もありますよ。
<<多くの在満邦人は、引き上げの準備を事前にしたくすることが出来たのだね。>>
何なんでしょう、この書き込み。
これは メッセージ 23517 (maximirion さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4obbvbcb_1/23518.html
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