南京事件の元兵士の日記は中国産
投稿者: nannkainosima 投稿日時: 2010/10/05 13:57 投稿番号: [23545 / 29399]
文芸春秋・読売新聞・毎日新聞に投稿しました。
今後の報道に生かしてもらいたいと思っています。
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秦郁彦著『南京事件』中公新書p131に、
昭和12年の、井家又一上等兵の日記の現物が写真版で掲載されていますが、
中国製作のニセモノではないでしょうか。
これは南京入場式の前日、12月16日に難民区を掃蕩したという記事です。
「12月16日」が「拾貳月拾六日」、「(〜して)しまった」が「志満っ多」。
こんな書き方は、当時、日本国内では、やっていなかったのではないかと思います。
昭和10年版の平凡社『手紙講座』全8巻が手元にあり、著名人たちの手紙実例を見ることができます。
この講座は、国会図書館にもあります。
また私は、戦国時代や江戸時代などの筆跡実例も見てきました。
そもそも「(〜して)しまった」というような口語文体というのが明治以降のものですが、
ひらがなは、幕末に活字印刷で「現代ひらがな」の使用が始まり、
明治33年(1900年)の小学校令で、「現代ひらがな」使用が固定化した、
というのが通常の理解です。
つまり、昭和12年(1937年)に44歳以下の普通の兵隊さんは、
特別でない限り、日常は「現代ひらがな」を使ったと思われます。
また口語文の「しまった」で、「志満っ多」という変体仮名は、歴史的に見て、日本人は、普通は使いません。
ネット検索で出てくる井家又一日記の文章も、きちんと目を通すと、日本語ではない、という感想の方が多い。
また、人の生活としては異常な日であるのに、
清書したような整然とした字面、画数の多い凝った文字は変です。
井家又一日記は、中国共産党か国民党の情報工作員が作成した、偽作だと、私は思います。
以下は仮説ですが、「虐殺場面を日記に書いた兵士は、中国軍に捕虜になっていた。
南京の地理や事件に詳しい、
中国共産党(あるいは国民党)の情報工作員が、虐殺事件を作文した。
それを捕虜の一部に強制して書かせ、あるいは偽作の日記を持たせて、
命の保証と帰国許可の踏み絵にした。
中国共産党・国民党に、「絶対に日記を捨ててはいけない。我々は必ず確認に行く。家族が大事だったら、捨てるな」
そう言われたので、捨てるに捨てられなかった。」
日本入国の際にきびしい検閲があったと書いてある本(笠原『南京事件』岩波新書p102、p228)もありますが、
これはむしろ、虐殺描写がない日記が存在する、その理由についての仮説ではないかと見ました。
中国産の偽作「元兵士の日記」が一つあるからには、いろいろなことが考えられます。
虐殺記事には、裏があるのではないでしょうか。
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