Re: 関東軍トンヅラ −続き
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2010/10/05 13:21 投稿番号: [23543 / 29399]
「あの日
終戦60年企画
下」
NHK「あの日昭和20年の記憶」取材班編
日本放送出版協会
8月11日
なかにし礼
作家
当時6歳
中国東北部(満州)牡丹江を脱出
家は造り酒屋
満州に侵攻してきたソビエト軍から逃げようと駅の前はもう人でいっぱいで、その上を 飛行機が旋回しているような、もうたいへんな緊迫した状態でした。怒号が飛び交って。
人びとは、避難列車を出せ、どうしてるんだって叫ぶような、そういう状況です。
われわれもその避難民列車に順番を待って乗らなきゃいけなかったのかもしれないけれど、 うちの母親は、そういう時にやたら機転のきく女性で、日頃から関東軍にうちのお酒を 納めていたりしたもんですから、誼を通じていたということもあって、関東軍の人にうちの お袋が掛け合って、軍用列車にこの八月十一日の夜、乗せてもらうことになったんですよ。
牡丹江の駅から、かなり離れたところから。駅では何万人もの人が汽車を出せーて騒いでる。
その声を遠くで聞きながら、われわれは夜陰に紛れて汽車に乗り込み、汽車は 汽笛ももちろん鳴らさず、ゆっくりと静かに逃げるように牡丹江の駅からかなり離れたところ、 夜の闇の中を汽車は走り出して逃げたんです。
そのときの後ろめたさっていうのは、僕たちも感じていたけれど、軍人たちだって感じて いました。
だから汽車の中は何とも言えない暗い沈痛な空気がどんよりと流れていて、
何かものを喋っても、「しっー」っというような感じでとにかく牡丹江の町を出たわけです。
中略(ソ連軍機に襲われる)
別の貨物列車に乗り換えたんですが、途中で開拓団民なんかが歩いて逃げてきてるわけです。
それでこの汽車に乗せてくれ、病人だけでもいいから乗せてくれと言うんです。
汽車がいっぱいだったわけじゃないんだけど、ひとり乗せるってことはもう全員乗せなきゃ ならないわけで、それは不可能なことであり、もう一つは、これは軍用列車であって 民間の避難列車じゃないんだという建前のもとに、開拓団民たちを蹴散らして汽車は走る。
でも、その汽車に開拓団民の人たちがすがりつく。それを刀で切って落としはしなかった けれど、刀を振り上げて指を切るぞと言わんばかりに手を振りほどいて、空に向かって 拳銃を鳴らして、とにかく開拓団民たちを振り払って逃避行を続けた軍用列車です。
日本国の民を守るべき軍人が自分たちが逃げるのに忙しくて、追いすがる「同胞」を 蹴散らして逃げていくっていうこの風景はちょっと忘れがたいですね。その中に 自分もいたんです。
これは メッセージ 23542 (fukagawatohei さん)への返信です.
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