関東軍トンヅラ
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2010/10/05 13:17 投稿番号: [23542 / 29399]
『満州開拓史』によれば、「新京特別市は、満州国の首都であり、
日ソ開戦当時は、満州国政府関係職員、満鉄社員、満拓公社、日本政府大使館関係職員、ほか軍人家族、自営業者など合わせて約14万余」いた。
半藤一利著の『ソ連が満州に侵攻した夏』によれば、
8月11日午前1時40分に軍人家族をのせた列車が出発した。
目的地は、平壌。新京―吉林―梅河口―通化―平壌コースであった。
「軍人家族の集結・出発を守る形で、ところどころに憲兵が立った。
自分らも、と駅に集まった市民は、なぜか憲兵に追い払われるようになった。
こうして11日正午までに18列車が新京駅を離た。
避難できたものは新京在住14万のうちの約38.000人。
内訳は、軍関係家族20.310余人、大使館などの関係家族750人、
満鉄関係家族16.700人。ほとんどないにひとしい残余が一般市民である」
こうした風景は、いたるところであった。
なかにしれいの『赤い月』の牡丹江駅風景を見ても同じで、
多くの満州引揚体験記には「特権を利用して列車に乗って帰国した」とある。
半藤一利氏は「その卑劣さには反吐が出そうになってくる」とまで書いている。
これは メッセージ 23540 (unhoo さん)への返信です.
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