あらためて、まとめます
投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/09/08 06:43 投稿番号: [7399 / 41162]
同一の声明文を巡って、一度にいろんなレベルの議論が出てますので、
一度整理を試みてみたいと思います。
まず、でり氏
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「南京で虐殺があった」とは全く書いていない。
蒋介石は『日本国民に告げる書』で広州などへの爆撃のことを長々と具体的に述べていたが、虐殺については「日本軍の占領地で殺戮がある」と、抽象的かつ短い文言で述べただけだ。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4n13&sid=1143582&mid=7308
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1.「南京で虐殺があった」とは書いてないが「(明らかに南京を含む)各地で虐殺があった」
と、書いている以上、「南京でもあった」としか読みようがありません。
2.「蒋介石は『日本国民に告げる書』で広州などへの爆撃のことを長々と具体的に述べていたが、
虐殺については「日本軍の占領地で殺戮がある」と、抽象的かつ短い文言で述べただけだ。」
と、言うのは、実際の「日本国民に告げる書」の内容を無視した、
単なる事実誤認による認定なので、根拠になりません。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4n13&sid=1143582&mid=7317
この2点は、誰からも反論がないので、このトピの合意が出来たものと思います。
unhoo氏
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
蒋介石の『日本国民に告げる書』は、日本軍はどこでもそうやったと「一般の場合」を述べたのであって、予定の宣伝戦である。もし後に東京裁判で言われたような大虐殺が南京で発生したとの報告を受けていたなら、第一に首都であること、第二に規模が桁外れに大きいことで、特別に言葉を尽くして強調するはずで、「一般」のうちに含めてしまうはずはない。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1.「他都市と比べて桁外れに大きな虐殺があったとは明言してないではないか」
と言われる分には、そのとおりです。
2.「第一に首都であること、・・「一般」のうちに含めてしまうはずはない。」
これについては、南京が陥落したこと自体を具体的に書いてないのだから、
理由にはならないと思います。
3.「第二に規模が桁外れに大きいことで、特別に言葉を尽くして強調するはずで、
「一般」のうちに含めてしまうはずはない。」
一つの推測であって、絶対の根拠にはならないと思います。
もっとも、この時点で蒋介石が後の東京裁判で挙げられた規模の数字を把握していた
という証拠はありません。 むしろそうではなかったと考える方が自然でしょう。
宋美麗の1月5日付の書簡に
「南京において彼らは冷酷にも何千人も屠殺いたしました。同様な虐殺は華北全体でも行われてきています。」
とあり、同じく宋美麗の1940年の編書に
「the savage massacre of some 20,000 civilians and unarmed soldiers in the city.」
とあることから、数万規模の殺害を伴う残虐行為が行われたという認識だった
のではないかと思われます。
asdl氏
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
civiliansだけにかかるとしたら、宋美麗は、どんな根拠でどのようなソースから20000という数字を得たのでしょうか。
実際に1940年に書かれたのだとすると、蒋介石の「日本国民に」云々からほぼ2年後。20000の無防備な民間人というのなら、それは、時の推移とともに尾ひれがつくの例かもしれない。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
宋美麗の編著で出版された本の、この部分の記述者は中国赤十字の Dr. K.S.Lim
という人ですので、中国赤十字の認識だと思います。
尾ひれうんぬんについて言えば、東京裁判の検察側資料収集の際に、30万以上という
集計がなされたのが一つの断絶になっており、それ以前とそれ以後について、漸増的に
増えたということはないと思います。
kintakunte氏
>かみ合わぬ意見
>わけのわからん言い訳にしか思えない。
文章が長
一度整理を試みてみたいと思います。
まず、でり氏
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「南京で虐殺があった」とは全く書いていない。
蒋介石は『日本国民に告げる書』で広州などへの爆撃のことを長々と具体的に述べていたが、虐殺については「日本軍の占領地で殺戮がある」と、抽象的かつ短い文言で述べただけだ。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4n13&sid=1143582&mid=7308
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1.「南京で虐殺があった」とは書いてないが「(明らかに南京を含む)各地で虐殺があった」
と、書いている以上、「南京でもあった」としか読みようがありません。
2.「蒋介石は『日本国民に告げる書』で広州などへの爆撃のことを長々と具体的に述べていたが、
虐殺については「日本軍の占領地で殺戮がある」と、抽象的かつ短い文言で述べただけだ。」
と、言うのは、実際の「日本国民に告げる書」の内容を無視した、
単なる事実誤認による認定なので、根拠になりません。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4n13&sid=1143582&mid=7317
この2点は、誰からも反論がないので、このトピの合意が出来たものと思います。
unhoo氏
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蒋介石の『日本国民に告げる書』は、日本軍はどこでもそうやったと「一般の場合」を述べたのであって、予定の宣伝戦である。もし後に東京裁判で言われたような大虐殺が南京で発生したとの報告を受けていたなら、第一に首都であること、第二に規模が桁外れに大きいことで、特別に言葉を尽くして強調するはずで、「一般」のうちに含めてしまうはずはない。
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1.「他都市と比べて桁外れに大きな虐殺があったとは明言してないではないか」
と言われる分には、そのとおりです。
2.「第一に首都であること、・・「一般」のうちに含めてしまうはずはない。」
これについては、南京が陥落したこと自体を具体的に書いてないのだから、
理由にはならないと思います。
3.「第二に規模が桁外れに大きいことで、特別に言葉を尽くして強調するはずで、
「一般」のうちに含めてしまうはずはない。」
一つの推測であって、絶対の根拠にはならないと思います。
もっとも、この時点で蒋介石が後の東京裁判で挙げられた規模の数字を把握していた
という証拠はありません。 むしろそうではなかったと考える方が自然でしょう。
宋美麗の1月5日付の書簡に
「南京において彼らは冷酷にも何千人も屠殺いたしました。同様な虐殺は華北全体でも行われてきています。」
とあり、同じく宋美麗の1940年の編書に
「the savage massacre of some 20,000 civilians and unarmed soldiers in the city.」
とあることから、数万規模の殺害を伴う残虐行為が行われたという認識だった
のではないかと思われます。
asdl氏
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
civiliansだけにかかるとしたら、宋美麗は、どんな根拠でどのようなソースから20000という数字を得たのでしょうか。
実際に1940年に書かれたのだとすると、蒋介石の「日本国民に」云々からほぼ2年後。20000の無防備な民間人というのなら、それは、時の推移とともに尾ひれがつくの例かもしれない。
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宋美麗の編著で出版された本の、この部分の記述者は中国赤十字の Dr. K.S.Lim
という人ですので、中国赤十字の認識だと思います。
尾ひれうんぬんについて言えば、東京裁判の検察側資料収集の際に、30万以上という
集計がなされたのが一つの断絶になっており、それ以前とそれ以後について、漸増的に
増えたということはないと思います。
kintakunte氏
>かみ合わぬ意見
>わけのわからん言い訳にしか思えない。
文章が長
これは メッセージ 7390 (kintakunte2002 さん)への返信です.