当時の蒋介石に南京虐殺の認識あり得ない
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/09/01 21:47 投稿番号: [7308 / 41162]
>1938年1月22日の日記に、
>寇(日本軍)は南京であくなき惨殺と姦淫をくり広げている。野獣にも似たこの暴行は、もとより彼ら自身の滅亡を早めるものである。それにしても同胞の痛苦はその極に達しているのだ』
>と書いた蒋介石が、
まず、日記の原文には「殘殺」という言葉が使用されており、蒋介石が「市民大虐殺」について記述するなら日記には「屠殺」とか「大屠殺」と書き込むのが普通であり、「殘殺」という言葉は、南京占領後の便衣兵などの処刑を指しているものと考えられる。
そもそも、蒋介石が日記で日本軍の悪口が書くのは当たり前のことだ。
一体、1月22日頃のどこに虐殺があったと言うのだろうか?
どうして早々と南京を逃げ出した蒋介石がそのような誰も知らないことを知っていて、南京戦を戦った何応欽将軍が大虐殺を全く知らなかったのだろうか?
1938年の2月に顧維鈞が国連で行った演説でも、本当に南京で大虐殺があったと認識していたら誰でもすぐに判るような明らかな嘘や逆宣伝や戦時プロパガンダと一緒に南京のことを演説をする筈がない。
ましてや、その日記の約5ヵ月後、支那事変一周年目の7月7日に発表した『日本国民に告げる書』に「広州などへの爆撃」については述べて、「南京虐殺」については述べなかったのだから認識はなかったのだ。
>1938年7月7日の「日本国民に告げる書」で
>「一地區占據後、貴國軍隊は奪掠焚焼を肆にし、無辜の良民及負傷兵士を大規模に殺戮す。或は千百人を廣場に縛し機銃を以て掃射し、或は敷十人を一室に集め油火を以て焚焼す。甚しきは殺人の多寡を競ひて矜持と爲す。」
>と述べた蒋介石が
>南京で虐殺があったという認識がなかった、というのは、どういう発想から出てくるのか
>理解不能だ。
「南京で虐殺があった」とは全く書いていない。
蒋介石は『日本国民に告げる書』で広州などへの爆撃のことを長々と具体的に述べていたが、虐殺については「日本軍の占領地で殺戮がある」と、抽象的かつ短い文言で述べただけだ。
これじゃ、当時の日本国民や外国人などがこの『日本国民に告げる書』を読んだとき、「南京で大規模な虐殺があった」なんて誰も思わない。
これは、蒋介石が日本軍による南京市民虐殺を認識していなかった何よりの証拠だ。
そもそも『日本国民に告げる書』は、日本軍の毒ガス使用や都市爆撃を非難しているが、それらは全て支那軍が行なった暴虐であり、日本軍の仕業に転嫁する毎度お馴染みの嘘宣伝でしかないのだ。
この『日本国民に告げる書』こそ、蒋介石が日本軍による南京市民虐殺を認識していなかった何よりの証拠なのだ。
これは メッセージ 7298 (ja2047 さん)への返信です.
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