wadatumiさん ③数は重要なファクトです
投稿者: steffi_10121976 投稿日時: 2012/01/15 17:13 投稿番号: [38185 / 41162]
●>第十六師団長の日記によると、同師団は12月13日だけで2万4千〜5千人の捕虜を「片づけた」と記録しており、同師団の旅団長も「我支隊のみで二万以上の敵は解決した」と記録している。また、同師団隷下の歩兵第三十三聯隊の戦闘詳報では、13日に捕虜2,896を「処断」したと記録している。
私文書に過ぎない個人の日記、あるいは「片づけた」「敵は解決した」「処断した」といった不明確な表現が、即捕虜の違法な虐殺を“証明”しているとおっしゃりたいのであれば、それが確実に実行されたということを疑問の余地なく立証する裏づけ史料をお示しください。
もし1日で2万人超もの捕虜が違法に殺害されたのであれば、当然第三者による記録や証言等が複数残されているはずです。
(幕府山事件)
●>支隊長の日記には、捕虜の処置について軍司令部と打ち合わせしたこと、その結果、皆殺しにせよとの指示があったことが記されている。
この指示がそのとおり実行されたのであれば、それは明らかにハーグ法違反です。
けれども、その事実を示す客観性のある証拠は何ひとつ存在しません。
確かなことは、日本軍が当初確保した約15,000名のうち、非戦闘員約7,000名を解放したこと、残りの約8,000名については移送中(現地部隊の判断で釈放方針であったという説もあります)に脱走騒ぎが発生したために約半数が殺害されるという事態を招いたこと、その点については捕虜側に非があったとして中国および連合国側も戦後の戦犯裁判で問題にしなかったということです。
この事件に言及されるのであれば、こうした事実にもきちんと触れるべきではありませんか?
●>30万人という数字は、戦後になってから中国政府が主張した犠牲者数であり、事件当時は、その数字は報道されていないし、また、戦後においても、その数が確定されたものではない。
なぜ、現在に至るまで犠牲者数が確定できないのでしょうか?
後述のとおり、中国政府は“事件”直後、国際連盟理事会における演説で、犠牲者は2万人であると主張していました。
それが8年後の東京裁判では一気に15倍の30万人に膨れ上がっています。
“虐殺”は南京、それも多くは国際委員会が監視する安全区という狭い空間で、きわめて短時日のうちに行なわれたということになっています。
それが事実とすれば、たとえ概算ベースであっても、犠牲者数にこれほど大きなぶれが生ずることはあり得ません。
これをあなたがたはどうご説明なさるのでしょうか?
よく“数”など問題ではないとおっしゃる“捏造派”の方が少なからずいらっしゃいますけれども、冗談ではありません。
もし当時の日本軍の行為に何らかの違法性があったとした場合、その被害者数が30万人であるか数千人・数百人であるかは、その事件の歴史的重みを評価するうえで、決定的に重要なファクトです。
少なくとも、私たち良識ある日本人にとっては、祖国がいまだに“加害者”呼ばわりをされる以上、“数”には重大な関心がありますし、主権者のひとりとして、それを主張する相手方に対し、その根拠について納得のいく説明を求める権利があります。
なぜならば、先の大戦においてはわが国民も、中・米・ソといった国々を中心に非戦闘員を含めて百万人単位の同胞を敵国に違法に殺害されており、公正な歴史事実の検証や評価を行なうためには、それらの数字の比較を抜きにしては考えられないからです。
いまさら改めて申しあげるまでもないことですけれども、南京において日本軍による大量虐殺があったと主張されるからには、その立証義務はあったと主張する側に存在します。
ましてや、あなたのおっしゃる「個人的な思い込みや憶測に基づく主観論」(38146)を排除するのであれば、その立証は、【一切の疑問を差し挟む余地のない】明瞭で強力な客観的証拠をもって行なわれなくてはなりません。
その際、犠牲者の数は事件の性格や戦争史上の位置づけを判断する上で、決定的な意味を持ちますから、「虐殺はあった、しかし数など問題ではない」は通用しません。
いっぽう私たち否定派には、(大虐殺呼ばわりされるような違法行為は)“なかった”ことを立証する義務はなく、ただ“捏造派”の論拠の瑕疵や矛盾を指摘すれば足りるということですから、くれぐれもお忘れのなきよう。
(つづく)
私文書に過ぎない個人の日記、あるいは「片づけた」「敵は解決した」「処断した」といった不明確な表現が、即捕虜の違法な虐殺を“証明”しているとおっしゃりたいのであれば、それが確実に実行されたということを疑問の余地なく立証する裏づけ史料をお示しください。
もし1日で2万人超もの捕虜が違法に殺害されたのであれば、当然第三者による記録や証言等が複数残されているはずです。
(幕府山事件)
●>支隊長の日記には、捕虜の処置について軍司令部と打ち合わせしたこと、その結果、皆殺しにせよとの指示があったことが記されている。
この指示がそのとおり実行されたのであれば、それは明らかにハーグ法違反です。
けれども、その事実を示す客観性のある証拠は何ひとつ存在しません。
確かなことは、日本軍が当初確保した約15,000名のうち、非戦闘員約7,000名を解放したこと、残りの約8,000名については移送中(現地部隊の判断で釈放方針であったという説もあります)に脱走騒ぎが発生したために約半数が殺害されるという事態を招いたこと、その点については捕虜側に非があったとして中国および連合国側も戦後の戦犯裁判で問題にしなかったということです。
この事件に言及されるのであれば、こうした事実にもきちんと触れるべきではありませんか?
●>30万人という数字は、戦後になってから中国政府が主張した犠牲者数であり、事件当時は、その数字は報道されていないし、また、戦後においても、その数が確定されたものではない。
なぜ、現在に至るまで犠牲者数が確定できないのでしょうか?
後述のとおり、中国政府は“事件”直後、国際連盟理事会における演説で、犠牲者は2万人であると主張していました。
それが8年後の東京裁判では一気に15倍の30万人に膨れ上がっています。
“虐殺”は南京、それも多くは国際委員会が監視する安全区という狭い空間で、きわめて短時日のうちに行なわれたということになっています。
それが事実とすれば、たとえ概算ベースであっても、犠牲者数にこれほど大きなぶれが生ずることはあり得ません。
これをあなたがたはどうご説明なさるのでしょうか?
よく“数”など問題ではないとおっしゃる“捏造派”の方が少なからずいらっしゃいますけれども、冗談ではありません。
もし当時の日本軍の行為に何らかの違法性があったとした場合、その被害者数が30万人であるか数千人・数百人であるかは、その事件の歴史的重みを評価するうえで、決定的に重要なファクトです。
少なくとも、私たち良識ある日本人にとっては、祖国がいまだに“加害者”呼ばわりをされる以上、“数”には重大な関心がありますし、主権者のひとりとして、それを主張する相手方に対し、その根拠について納得のいく説明を求める権利があります。
なぜならば、先の大戦においてはわが国民も、中・米・ソといった国々を中心に非戦闘員を含めて百万人単位の同胞を敵国に違法に殺害されており、公正な歴史事実の検証や評価を行なうためには、それらの数字の比較を抜きにしては考えられないからです。
いまさら改めて申しあげるまでもないことですけれども、南京において日本軍による大量虐殺があったと主張されるからには、その立証義務はあったと主張する側に存在します。
ましてや、あなたのおっしゃる「個人的な思い込みや憶測に基づく主観論」(38146)を排除するのであれば、その立証は、【一切の疑問を差し挟む余地のない】明瞭で強力な客観的証拠をもって行なわれなくてはなりません。
その際、犠牲者の数は事件の性格や戦争史上の位置づけを判断する上で、決定的な意味を持ちますから、「虐殺はあった、しかし数など問題ではない」は通用しません。
いっぽう私たち否定派には、(大虐殺呼ばわりされるような違法行為は)“なかった”ことを立証する義務はなく、ただ“捏造派”の論拠の瑕疵や矛盾を指摘すれば足りるということですから、くれぐれもお忘れのなきよう。
(つづく)
これは メッセージ 38148 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.