Re: 『回想録』, not 『陣中感想録』
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2007/04/30 22:40 投稿番号: [18263 / 41162]
> mwgipさんご自身の責任において告知していただくべきだと思うのですが、いかがでしょうか?
偕行文庫所蔵資料の名前が『岡村寧次大将回想録』であることは厳然とした事実なのですから、修正の必要は認めませんが。
そこに付された私の考察は二次的なものに過ぎません。
> さて、二種類の表題が存在する事情についてのnmwgipさんのご考察は大変参考になりましたが、はたして単純に
>
> >従ってこの資料は本来、『岡村寧次大将回想録』に収録されている「岡村寧次大将陣中感想録」と言うべきものです。
>
> と言いうるのでしょうか?
資料の表紙表題が『岡村寧次大将回想録』である以上、そうとしか言えません。
> 『岡村寧次大将回想録』は誤って記載されたものなのだとすれば、出典の表示にあたって前者を用いるのは十分正当化しうる判断だと思いますが?
この資料に何故『岡村寧次大将回想録』という名称をつけたのか、それはこの資料を製本した当事者に訊かなければ分かりません。
ですが、この資料が『岡村寧次大将回想録』という名称で形になっている以上、それを尊重するのは当然のことです。
それにこの名称は、誤って記載されたものとは言えません。
この資料は陣中感想録そのものではなく、それを本人が後年抜粋摘記したものですから、陣中感想録そのものと区別する名称が必要だと考えても何ら不自然ではありません。
> >しかし、(靖国偕行文庫所蔵)であるならば、偕行文庫に所蔵されているのは『岡村寧次大将回想録』だけです。
> とおっしゃるからには靖国偕行文庫には目録があり、その目録にはあくまで『岡村寧次大将回想録』と記載されているのでしょうか?
目録は『岡村寧次大将回顧録』になっていましたが、それを閲覧請求すると『岡村寧次大将回想録』が出てきます。
この程度は誤差の範囲内ですが、『岡村寧次大将陣中感想録』という資料は偕行文庫のデータベースに登載されていませんでした。
少なくとも、私が上京して調査した時点では。
何を意図して笠原・吉田両名を弁護されているのか存じませんが、目録上も実物上も、『岡村寧次大将陣中感想録』は靖国偕行文庫に所蔵されていません。
あるのは『岡村寧次大将回想録』に収録された「岡村寧次大将陣中感想録」だけです。
あくまでも『岡村寧次大将陣中感想録』と主張したいなら、(靖国偕行文庫所蔵)以外の資料を論拠としなければなりません。
それに、問題にすべきはそこではないでしょう。
http://1st.geocities.jp/nmwgip/okamura/hikaku.html
このように、読点を句点に改変し、あたかもその一文がそこで終っているように見せかけている点が問題だと思いますが。
> なお、作成当時「一切転載並公表を禁ず」と分類された文献が一定の期間経過後に公開され、歴史研究の資料に供されることは近現代史においてはごく普通のことであり、なんら非難に当たらないでしょう。
岡村氏の没年は1966年。
編纂者が厚生省引揚掩護局であっても、著作者が岡村氏であることが明示されていますから、著作権は2016年まで継続します。
著作者本人の意思で公開を禁じた文献を、著作権が有効な期間内に公開することが普通だとおっしゃるんですか?
私としては、公開してもらったおかげで色々と疑問が解消しましたが。
偕行文庫所蔵資料の名前が『岡村寧次大将回想録』であることは厳然とした事実なのですから、修正の必要は認めませんが。
そこに付された私の考察は二次的なものに過ぎません。
> さて、二種類の表題が存在する事情についてのnmwgipさんのご考察は大変参考になりましたが、はたして単純に
>
> >従ってこの資料は本来、『岡村寧次大将回想録』に収録されている「岡村寧次大将陣中感想録」と言うべきものです。
>
> と言いうるのでしょうか?
資料の表紙表題が『岡村寧次大将回想録』である以上、そうとしか言えません。
> 『岡村寧次大将回想録』は誤って記載されたものなのだとすれば、出典の表示にあたって前者を用いるのは十分正当化しうる判断だと思いますが?
この資料に何故『岡村寧次大将回想録』という名称をつけたのか、それはこの資料を製本した当事者に訊かなければ分かりません。
ですが、この資料が『岡村寧次大将回想録』という名称で形になっている以上、それを尊重するのは当然のことです。
それにこの名称は、誤って記載されたものとは言えません。
この資料は陣中感想録そのものではなく、それを本人が後年抜粋摘記したものですから、陣中感想録そのものと区別する名称が必要だと考えても何ら不自然ではありません。
> >しかし、(靖国偕行文庫所蔵)であるならば、偕行文庫に所蔵されているのは『岡村寧次大将回想録』だけです。
> とおっしゃるからには靖国偕行文庫には目録があり、その目録にはあくまで『岡村寧次大将回想録』と記載されているのでしょうか?
目録は『岡村寧次大将回顧録』になっていましたが、それを閲覧請求すると『岡村寧次大将回想録』が出てきます。
この程度は誤差の範囲内ですが、『岡村寧次大将陣中感想録』という資料は偕行文庫のデータベースに登載されていませんでした。
少なくとも、私が上京して調査した時点では。
何を意図して笠原・吉田両名を弁護されているのか存じませんが、目録上も実物上も、『岡村寧次大将陣中感想録』は靖国偕行文庫に所蔵されていません。
あるのは『岡村寧次大将回想録』に収録された「岡村寧次大将陣中感想録」だけです。
あくまでも『岡村寧次大将陣中感想録』と主張したいなら、(靖国偕行文庫所蔵)以外の資料を論拠としなければなりません。
それに、問題にすべきはそこではないでしょう。
http://1st.geocities.jp/nmwgip/okamura/hikaku.html
このように、読点を句点に改変し、あたかもその一文がそこで終っているように見せかけている点が問題だと思いますが。
> なお、作成当時「一切転載並公表を禁ず」と分類された文献が一定の期間経過後に公開され、歴史研究の資料に供されることは近現代史においてはごく普通のことであり、なんら非難に当たらないでしょう。
岡村氏の没年は1966年。
編纂者が厚生省引揚掩護局であっても、著作者が岡村氏であることが明示されていますから、著作権は2016年まで継続します。
著作者本人の意思で公開を禁じた文献を、著作権が有効な期間内に公開することが普通だとおっしゃるんですか?
私としては、公開してもらったおかげで色々と疑問が解消しましたが。
これは メッセージ 18260 (cheap_thirll さん)への返信です.