1930年「中国政府中央政治会議…III
投稿者: sinagakusya_sinologist 投稿日時: 2006/12/29 03:28 投稿番号: [15691 / 41162]
>故敦促外交部須从速要求日本政府,今后称呼‘中国’,
>英文須写 National Republic of China,
>中文須写大中華民国。
>儻若日方公文使用“支那”之類的文字,中国外交部可断然拒絶接受。
この要請で書かれてあるのは「日本『政府』が『外交文書』で『支那』という類の『文字』を使ったら中國は受け取りを拒否する」ということだけです。
Ferdinand de Saussure の言語學でいう parole(限られた個人、場面、時間の言葉)への要請に過ぎず、日本語という langue(民族が持つ言語全體)を縛るものではありません。
そして、日本「社會一般」が「支那」という「言葉」を使うことを禁じる文面は一つもありません。
また、この要請は「“支那”之類的文字」とあるように「支那」という「文字」の組み合わせを拒絶するもので、「シナ」という「言葉」を拒絶するとは書いていません。
要するに「支那」の表記法の問題で、カタカナの「シナ」はOKという結論になりますが、「“支那”源流考」ですら認めているとおり、「支那」という文字表記は古代の支那人の發明です。
ましてや、日本人が支那を表現するため口から「シナ」と發音するのは問題ありません。口から「シナ」という言葉を發しても、「支那」という文字を發してはいないのですから。
當然、結果はこうなりました。
↓
>从1930年底起,日本政府的公文都改“支那共和国”為“中華民国”,
>但社会上一般書面語和口語,仍把中国蔑称為“支那”,……
要請があった1930年以降、日本政府の公文書で「支那共和國」が「中華民國」になりながら、日本社會が書面語のみならず口語でも「支那」を使い續けたのは、上記要請の内容から見れば當たり前です。
「蔑稱」だというのは支那人側の勝手な思い込みに過ぎません。なぜなら支那人は日本語を「中文」(支那語)だと勘違いして批判していたのですから。
現代支那人が日本語の「油断一秒、怪我一生」を支那語式に解釋して誤解した有名な話と同次元の問題です。
從って、後半で「日本製の地圖の『東シナ海』という表記に華僑が反感を持っている」という主旨の内容は、「支那という文字」でないものを嫌がっているわけで、前の内容と矛盾しているわけです。しかも支那では日本語の假名表記も漢字にしないと理解されないので、「シナ」という文字も「支那」という文字に變えられて傳えられます。
これが後に支那本國の人が採用した sina.com の名稱について、本國支那人と在日華僑で見方が眞っ二つに分かれる結果を生むわけです。
これについては後で述べます。次は所謂「終戰」直後の通達についてです。
これは メッセージ 15687 (sinagakusya_sinologist さん)への返信です.
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