1930年「中国政府中央政治会議は、…II
投稿者: sinagakusya_sinologist 投稿日時: 2006/12/29 02:37 投稿番号: [15687 / 41162]
續きです。
1930年當時、支那の名稱は以下のとおりだったと想われます。
支那語名;「大中華民國(Da Zhonghua Minguo,Ta Chunghua Minkuo)」
日本語名;「大支那共和國(だいしなきょうわこく)」
英語名;National Republic of China=「支那の國民共和國」
當時の支那語羅馬字表記は pinyin(中國=Zhongguo)でなく、Wade 式(中國=Chungkuo)でしょう。
1949年以降、臺灣が繼承した「中華民國」の英語名は Republic of China,葡萄牙語名は Republica da China で、阿蘭陀語名は Republiek China.
葡萄牙語と阿蘭陀語で China の發音は[∫i:na],即ち「シーナ」です。
http://pt.wikipedia.org/wiki/Chinaこの1930年の要請によれば、當時の日本は支那向けの外交文書では、日本語(日文)原文だけでなく支那語(中文)譯の外交文書でも相手を日本式に「大支那共和國」と書いていたことになります。
支那當局が自分たちの母語である「中文」に限って自國の名稱の訂正を日本側に求めたのなら、それは理解できます。
一方、「日文」の方は改める必要はないので、日本語の文書では「大支那共和國」、支那語譯では「大中華民國」と書き分けるようになったのでしょう。
要請前(日本が書いた外交文書)
「日文」;“大支那共和國”
「中文」;“大支那共和國”←「支那はこれを改めろと請求した」
「英文」;“National Republic of China”
↓
要請により改めた後
「日文」;“大支那共和國”
「中文」;“大中華民國”
「英文」;“National Republic of China”
これは メッセージ 15686 (sinagakusya_sinologist さん)への返信です.
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